探偵物語・3

危険を売る女

後編

「ねえねえ、どうなった」
 電話の声は中沢裕子だ。
「まだ何とも言えない」
 俺は眠気でぼんやりした頭で答えた。
 まだ朝十時だ。
「中間報告ぐらいしてよ」
「あのねえ。君が雇用者じゃないんだから。君に報告する義務はないだろう」
「でもうちの事務所からの紹介よ。うちの事務所の信用にもかかわるもの」
「電話で簡単に言えるようなことじゃないんだよ。それに、君の所の弁護士さんになら報告してもいいけど、君に話す義理はない」
「あたしはうちの先生の代理よ。何よ、あたしには話せないの。ふうん、あの日、あたしにあんなことしておいて」
「……」
「会って話そうよ。一緒にお昼食べよ。フランス料理のランチの店、知ってるんだ。けっこうおいしいわよ」
 裕子は、一方的に、店の名と場所を告げ、
「じゃ、十二時半に待ってるね」
と言って電話を切った。
 俺は枕に顔をうずめ、我が身の不幸を嘆いた。

 俺が重い足を引きずって裕子との待ち合わせ場所に向かう途中、さらに気が重くなるような顔を見てしまった。
 井ノ原だ。
「よう」
 どういうわけか、井ノ原はニヤニヤしてる。何かたくらんでいるのだろうか。そう言えば、あいつには、あの三人組の働いている店を教えてやったが、もしかして、行ったのだろうか。
「この間、教えてもらった店に行ってみたぜ」
 これはやばい。何か俺への復讐をたくらんでいるに違いない。
「ど、どうでした」
「いやあ、よかったよ。気に入った」
 俺は井ノ原の顔を見つめた。こいつは本気で言っている。笑顔は本物だった。
「准子ちゃん、まじでかわいいな。いいとこ教えてもらったよ」
 そう言うと、井ノ原は俺の肩を軽くたたいた。
「感謝してるぜ。何か知りたいことがあったら言ってくれ。たいしたことじゃなかったら教えるから」
 井ノ原は機嫌良く去っていった。
 世の中、理解できないことが多すぎる。

 フランス料理の店で、裕子は、テーブルについて待っていた。
 ジャケットを羽織っていたからよかったものの、上着なしでは入れてくれなさそうな店だった。
「注文しといたから」
 彼女の前では、俺には選択権はないらしい。
「で、どうなの。仕事は」
 俺は、ホームレスの目撃証言の所までは話して聞かせた。
「やっぱりね。保険金の支払いは拒否することになりそうね。それで倉庫会社が裁判を起こしてきたら、うちの先生の出番だわ」
 料理が運ばれてきた。魚料理と肉料理が別々の皿に載っている。裕子はグラス・ビールまで頼んでいた。
「フランス料理なんだからワインを頼まなくちゃいけないんだけど、ビールの方が好きなの。お昼じゃなかったらジョッキを頼むところだわ」
 料理はうまかった。裕子はよく食べる。
 俺は、食べながら、藤木のことを聞いてみた。
「あの藤木さんとこの会社は、経営状態はどうなの」
「まあまあじゃない。保険会社は、どこも苦しいみたいだけどさ」
「やり手なのかな」
「そうでもないみたいよ。創業者の一族なんだって。血筋と持ち株で専務になったんだろうって、うちの先生が言ってた」
 デザートが来た。シャーベットにラズベリーソースがかけてある。
「頼みがあるんだけど」
「何?」
「俺が君になにかしたって言ってるけど、何をしたのか教えてくれないかな」
 シャーベットが冷たすぎたのか、裕子は顔をしかめた。
「本当に覚えてないの?」
「ああ」
「ふうん。ま、そんなにたいしたことじゃないから気にしないで」
「でも気になるよ」
 裕子は腕時計を見ると、いそいでシャーベットの残りをかきこみ、
「もう行かなくちゃ。じゃ、ごちそうさま」
と、小走りに出て行った。
 俺は裕子がいなくなってはじめて、メニューを手にした。
 俺たちが食べたのは……コース・ランチ、一人前五千五百円。グラス・ビール一杯五百円。俺は思わずこぶしを握りしめた。

 軽くなった財布と不愉快な気持ちを抱いて、俺はまた倉庫街へ向かった。
 ホームレスがいるかどうか、確かめるためだ。
 今日はいた。テントの前で雑誌を読んでいた。
 俺が声をかけると、
「あんた、探偵さんだったね」
と、記憶力のあるところを見せた。
「夕べはお留守でしたね」
 男は俺をにらんだ。
「夜も来たのかい」
「ええ、ちょっと気になることがあって」
「夕べはね、あんたに貰った金でパーッとやったんだよ。ここに来る前は、公園にいてな。そんときの仲間のところに行ってた」
「どうして公園を出たんですか」
「ここの方が段ボールがあるからさ」
「でも、コンビニもないし、食べ物は手に入らないでしょう。見たところ、段ボールもあんまりないようだし」
 雑誌を放り出し、男は立ち上がった。
「あんた、何を調べてるんだ」
「それは言えません」
「そうかい。あの火事のことなんだろ。よし、明日の夜、八時にここに来な。いいこと教えてやるよ」
「今教えてもらうわけにはいきませんか」
「それはだめだ。俺のほかにも見たやつがいるんだよ。そいつを呼んでおくよ。情報料はたんまり頼むぜ」
「なるほど。期待してますよ」
 そう答えて、自転車にまたがった。

 俺は事務所に自転車を置き、電車で、長門の娘が通う大学へ行ってみた。
 敷地は広くはなかったが、学生は何千人いるかわからない。
 幸い、通用門は一つだったので、俺は門の正面にある喫茶店に入り、門の見える席に座った。
 ポケットから電話を出し、まず、番号を非通知にして、長門の会社に電話をかけた。
 受付の女の子が出た。俺が、偽名を名乗り、社長を頼む、というと、用件を尋ねられた。
「火事の件で、役に立てるかもしれないので」
と言うと、取り次いでくれた。
「はい、長門ですが」
 緊張を隠せない声だった。
「倉庫の火事の件です。社長さん、疑われてますよね」
 返事はなかった。
「お役に立てるかもしれません。お嬢さんのつきあっている男性について、何かご存知ありませんか」
「カオリが、いや、娘が何か」
「夕べ、何時頃帰ってきました」
「なんであんたにそんなことを教えなくちゃならないんだ。あんた、何者だ。切るぞ」
 受話器をたたきつけた音が、俺の耳に響いた。しかし、知りたいことはわかった。
 俺は次に、裕子に電話をかけた。今度は番号を通知した。
「あら、お昼はごちそうさま」
 ムッとしたが、それを押し隠し、穏やかに切り出した。
「藤木さんの家族のことが知りたいんだ」
「どうして」
「少しでも多くの情報が欲しいんだ。何が参考になるかわからないから」
「怪しいわね」
「君に迷惑はかけない。約束する」
「息子さんがいるわ。大学生。あとは奥さん。娘さんもいるけど、もうお嫁に行って孫がいるって言ってた」
 意外にあっさり教えてくれた。
「息子さんの名前はわかる?」
「何だったかな。大学は覚えてるんだけど」
 裕子が口にした大学は、俺の目の前にあった。
「ありがとう。助かるよ」
「お昼のお礼よ。今度は京懐石のお店なんかどう? すっごくお豆腐がおいしいの」
「おごってくれるならね」
「冗談じゃないわよ」
 こっちこそ冗談じゃない。うまい豆腐というのには少し心が動いたが、あんな女と一緒に行く気はしない。
 俺は大学の周りの駐車場を見て回った。そして、見覚えのあるスポーツカーを見つけた。ナンバーも一致する。
 俺の予想通りだった。
 俺が門の所に戻ると、見覚えのある後ろ姿が、駅への道を歩いていた。
 急いで追いかけ、
「長門さん」
と声をかけた。振り向いたのは、間違いなく長門の娘だった。
「わたくし、こういう者です」
 俺は、偽名の名刺を差し出した。架空の興信所の名前が書いてある。
「藤木くんのことでちょっとお話を伺いたいんですが。よかったら、喫茶店でも」
「ユウイチの何が知りたいの」
 藤木の息子はユウイチという名らしい。
「実は、藤木くんが就職を希望している会社から頼まれまして」
「あの人、就職活動なんかしてないでしょ。黙ってたって就職できるって言ってたもん」
「どこの会社ですか」
 カオリが口にしたのは、藤木の保険会社ではなかった。予想がはずれたかと思ったが、カオリは、
「お父さんの会社の子会社なんだって」
と続けた。
 俺が、藤木の保険会社の名を出すと、カオリは、それが父親の会社だと言い、足早に去っていった。

 事務所に戻り、ぼんやりと夕焼けを見ていると、藤木から電話があった。
 携帯ではなく、事務所用の電話にかかってきたので、録音することができた。
「坂本さん、いろいろお世話になりました。もう結構です」
「仕事は終わってませんよ。わたしの方からは何も報告してませんし」
「いや、もう充分です。うちの方で調べがつきました」
「でも、それは真実を明らかにした、という意味ではないでしょう」
「とにかく、調査は打ち切ってください」
「明日、人に会うことを約束してしまったんです。その約束を果たしてからにします」
「その必要はありません。わざわざ夜おいでいただく必要はありません」
 俺は少し笑ってしまった。
「どうして夜だということをご存知なんですか」
 藤木はしばらく黙っていた。
「では、坂本さん、こうしましょう。明日の午後四時に、焼け跡に来てください。倉庫の裏。そこで話をつけましょう」
「了解。息子さんによろしく」
 その日はビールは一本だけにして、早めに寝た。

 次の日は一日が長かった。
 俺は、朝から昼過ぎまでかかって、ことの顛末をワープロでまとめ、藤木から貰った名刺と、夕べの電話の録音テープを封筒に入れ、長野に預けた。
 もし、明日の昼過ぎまで俺からの連絡がなかったら、中を見るように頼んだ。
 それから事務所に戻り、裕子に電話した。裕子も俺に用があるようだった。
「どうしたの。藤木さんから、もういいって言われちゃったわよ」
「いろいろあるんだ。ということで、この話はなかったことになったんで」
「ちょっと待って。一割払えないっていうんじゃないでしょうね」
「だって、なかったことになったんだから」
「お金は前金で払ってあるって、藤木さんは言ってたわよ」
 あの野郎。つくづく嫌なやつだ。
「わかった。払います。払えばいいんだろう」
「じゃあ、晩ご飯食べながらその話をしましょうよ。駅ビルのビヤホールが始まったし。あたしは五時に仕事が終わるから」
「俺は四時に人に会うんだ。残念だけどだめだ」
「どこで誰に会うのよ」
「誰だっていいだろう。俺の方の仕事はおわってないんだ」
「どういうことよ。断られたんじゃないの」
「断られたってな、引き受けた以上、最後までやらなくちゃ気が済まないんだよ」
 俺はそう言って電話を切り、携帯の電源を切った。事務所の電話もコードを抜いた。
 それから、ベッドに横になって体を休めた。
 西日が遠慮なく部屋を照らす季節になった。もうそろそろクーラーなしでは暮らせなくなる。
 光熱費がはねあがることだろう。

 午後四時十分前。
 俺は倉庫街に着いた。
 焼け跡から少し離れたところに自転車を止め、電話をひとつかけた。
 気がつくと、焼け跡のわきには車が止まっていた。
 俺が近づくと、中から裕子が現れた。
「やっぱりここだったのね」
「何しに来たんだ」
「だって、ここでお金の話をするんでしょう。休暇とって来たの」
「どうしてわかった」
「だって、藤木さんの電話が変だったし、きっと、あなたが何かつかんでゆするんだとおもったの」
「バカにするな。俺はゆすったりはしない」
「ねえ、一緒にいていいでしょ」
「だめだ。何があるかわからない。ここにいろ」
 俺の表情に、裕子はすこしたじろいだ。俺は裕子を無視して歩き出した。待ち合わせ場所は裏手だ。
 倉庫と倉庫の間の狭い通路を通って裏側に出た。
 予想通り、そこには、藤木と息子、そしてサングラスをかけた男が十人ほどいた。
 俺は倉庫の裏口の前に立った。
「坂本さん」
 真ん中にいた藤木が言った。
「あなたは知りすぎた。しかし、手荒なことはしたくありません。手を打ちましょう」
「どういう意味ですか」
「あなたが、あの男の話を素直に信じてくれれば良かったのに」
 そう言って、藤木はホームレス役の男の方を見た。その男は、川沿いの柵にもたれていた。
「ユウイチくんの口から本当のことを聞きたい。火をつけたのは、君だね」
 俺は、藤木を無視して、息子に声をかけた。ユウイチは頷いた。
「君は、長門さんのお嬢さんが好きになった。それで、彼女の気を引こうと思って、取り壊し寸前の倉庫に火をつけた。そうすれば、長門さんに保険金が入る。それが自分のおかげだとわかれば、カオリさんは君を好きになってくれる、そう思ったわけだ」
 ユウイチは俺をにらんだまま頷いた。
 俺は、今度は藤木に向かって言った。
「藤木さん、あなたは最初からそれに気づいていた。だから、いろいろ細工をして長門さんが自分で火をつけたように見せようとした。それが無理でも、犯人は息子さんではないということにしようとした」
 藤木は表情を変えなかった。
「違いますか」
 俺が念を押すと、藤木はやっと言った。
「わたしから話すことは何もない。条件を聞こう」
「条件?」
「口止め料だ」
「そんなものはいりません。火事の原因を探るのが仕事です。わたしは原因を究明しました。これで仕事は終わりです」
「まさか、警察に」
「昨日、そちらから一方的に契約を解除されました。言ってみれば契約違反です。そちらが違反した以上、今日知ったことを誰に話そうが、わたしの自由でしょう」
 藤木の隣にいた男が、黙って上着の内側に手を入れ、中から黒い金属の固まりを取りだした。銃だ。リボルバー。銃口はもちろん俺に向けられている。
「手荒なことはしたくなかったんだ」
 藤木の声は震えていた。
「息子にはまだ未来がある。わかってくれ」
 俺は息子に目を向けた。
「ユウイチくん、あんた、これでいいのかい」
「しかたねえだろう」
 俺は両手をあげながら、さりげなく左手の腕時計を見た。
 四時十分。
 その時、後ろから声がした。
「坂本さん、こっちこっち」
 振り向くと、裕子が倉庫の戸を開けて中から手を振っている。男たちからは見えないところにいる。
 俺は倉庫の中に飛び込んだ。銃声がした。裕子が金属製の扉を閉め、俺がかんぬきをかけた。
「ここ、あいてたの」
 そう言って、裕子は表側を指差した。そちら側も扉が開いている。俺は表側に走っていき、そこの扉も閉めた。
「あたし、命の恩人よ」
「ありがとう。でも、まだ助かったわけじゃない」
 裏口のドアに、何か大きな物がぶつかる音がした。轟音が倉庫の中にこだまする。倉庫が揺れる。隙間からのぞくと、フォークリフトだった。藤木の手下が、フォークリフトをぶつけて、倉庫の扉を破ろうとしていた。
 大きな音がするたびに、扉はゆがみ、隙間が広がる。
 俺は裕子を荷物の陰に引っ張っていき、扉のが壊されていくのを見ていたが、ふと見ると、裕子は、携帯電話を取り出して、指をいそがしく動かしている。
「何やってるんだ」
「友達にメールしてるの。110番してって」
「自分でかけろよ」
「あっ、そうか」
 裕子が警察に電話をしている声を聞きながら、俺は腕時計を見た。四時十五分。
 ついに、扉が破られた。俺は慌てて頭をひっこめた。銃声がして、俺たちの後ろの壁に穴があいた。男たちが飛び込んでくる気配がする。しかし、それと同時に、サイレンの音が聞こえた。間に合った。
 男たちにもそれは聞こえたようだ。慌てて外に飛び出していった。
 怒鳴り声とエンジン音が聞こえ、しばらくして静かになった。
 俺が外をのぞくと、井ノ原が立っていた。俺は安心して外に出た。男たちが連行されていくのが見える。
「よう、来てやったぜ。だいぶ派手にやったようだな。確かに窃盗団らしいな」
「助かりました。恩に着ます」
「それならな、教えて貰いたいことがあるんだけどな」
「何でしょう」
「准子ちゃんのうちがどこだか知らないか。お前、知ってるんだろう」
「さあ、そこまでは」
「そうか、とりあえず明日、事情を聞くから、署まで来てくれ」
 井ノ原がいなくなると、裕子が出てきた。
「なによ、最初から連絡してあったのね」
「当たり前だ。窃盗団が倉庫をねらってるから、四時十五分に来てくれって言ってあったんだ」
 井ノ原は、あとで事実を知って驚くことだろう。
「だから落ち着いてたのね」
「まあな。でも、倉庫に入れたのは君のおかげだ。危なかった」
「じゃあ夜はごちそうしてね」
「あのスナックでよければね」

 一時間後、俺と裕子は、初めてあったスナックのカウンターに並んで腰掛けていた。
 ピザとスパゲッティを頼み、ビールで乾杯した。
「もしかして、最初から藤木のことを疑ってたの」
 裕子が俺の顔をのぞき込んだ。こうしてみると、かわいいところがなくもない。
「まあな。ちゃんと調査員がいるのに、わざわざ外部の人間を雇って調べさせようとするのが、そもそも不自然なんだ。何かあると思ったら、俺の調査結果も、所有者があやしいということにしようとして工作してたんだ」
「頭いいのね」
「そうでもないよ。ところで、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「なあに」
「俺が君に何かしたらしいが、何があったのか教えて欲しい。この店は俺にはなじみの店だし、人目もある。俺が変なことをしたとは思えないんだ」
 裕子は少し笑った。
「あの時、友達と来たんだけど、友達は急用ができてかえっちゃったのよ。で、あなたと話があったから、あたしだけ残ったの」
 言われてみればそんな気もする。
「二人でカラオケ歌ったの覚えてる?」
「ああ」
「銀恋とか、『いつでも夢を』とか、古いのばっかり歌いたがるからおかしかった」
 そう言われても、デュエット曲はほかに知らない。
「でね、歌いながらあたしの肩を抱いたのよ。あなたが」
 飲んだ勢いでそんなことがあったのかもしれないが……。
「それが嫌だったのか」
「ううん。楽しかった」
「だったらあんな言い方しなくたっていいだろう」
「だって、あたしのこと忘れてるんだもの」
 すねた横顔が俺の気を引いた。
「まあいいや。飲もう」
 俺は、グラスのビールを飲み干すと、ボトルを出して貰った。裕子はビールがいいと言うので、ビールを追加した。
 ボトルが来ると、裕子が水割りを作ってくれた。
 いい雰囲気だ。
 水割りのグラスを俺に渡しながら、裕子が言った。
「忘れないでね」
「忘れないよ」
「これからも?」
「もちろん、これからも」
 お互いフリーだし、付き合うことになるかもしれない。一緒にいて肩が凝ることがないのがいい。うまくやっていけそうだ。
 裕子は、俺に向けて手をつき出した。
「じゃあ、さっそく、今回の分」
「え?」
「藤木さんは三十万円で頼んだって言ってたわ。一割で三万円ちょうだい。約束、忘れてないんでしょ。これからも、一割の手数料は忘れないでね」
 ……前言撤回。

(終わり)


【次回予告】
 依頼を受けた事件は、やばい組織の内部問題に関わっていた。
 ドジな三人組まで面倒見てやらなくちゃならなくなって、忙しく働くこの俺だ。
 俺の助けがなけりゃ、あの三人組はどうなることやら。
 俺の面倒見の良さにめいっぱい泣ける、次回「能力組織」。


「探偵物語」目次

メインヘ