蝶屋敷・前編

これは、長野博くんが単独出演したというつもりのお話です。


 僕は、ひとり車を走らせていた。
 東京はまだ街並木が色づきはじめたばかりだが、このあたりはすでにどこも深い秋の色に変わっていた。
 山道に入ってからは、舞い散る枯れ葉がとぎれることがなかった。一度、枯れ葉に混じって、弱々しい秋の蝶が車の前を横切った。
 だが、今の僕に、その風景になにかの感慨を感じている余裕はなかった。
 僕は数日前、偶然にも同じ郷里の知人に出会った。そして、その知人から、繭子に関する重大な話を聞いたのだった。
 その話は僕を驚かせた。そして、そのときから、十年前に捨てたはずの故郷での思い出が、生きもののように、僕の脳裏によみがえってきたのだった。
 そうだ、そしてついに僕はあの屋敷に戻る気になった。十年前に飛び出したきり、一度も戻ったことのなかった、あの屋敷に。
 長い時間山道を走り続け、僕は、やっとその屋敷に着いた。
 だが、車を降りた僕は、あぜんとしてその屋敷を見つめた。
 なぜなら、その、僕のよく見知った黒い古びた屋敷の背後に、巨大な円筒形の建築物が、陽を受けて不思議に明るく輝いていたからだ。


 古い屋敷の玄関で僕を出迎えたのは、手伝いに雇われたらしい老婆だった。かなりな歳に見えた。雇われたのは僕がこの屋敷を去ってからなのだろう。僕は老婆を知らなかった。
 皺だらけの老婆は、僕を上から下までじろじろと眺めた。それから、何度も怪しむように振り返りながら、僕を玄関脇の応接間に通した。そして老婆は、「長野博さん、でしたっけね?」と幽霊のような声でもう一度僕の名前を確認し、「奥さんに伝えますんで、座っててくだせ」と言い残すと、ぺったん、ぺったん、と足音を立てて部屋を出ていった。
 こんな年寄りを手伝いに使わなくても、と思ったが、それもしかたがないかもしれない。今どき、ちょっと若くて気が利いた人間なら、こんな山奥に働きに来たりはしないだろう。
 老婆が出ていくと、僕は部屋のなかを眺め回した。
 部屋は、僕が出ていったときとなにも変わらなかった。
 僕は壁に飾られた、いくつもの蝶の標本を眺めた。僕は覚えていた。それは、まだ僕がこの屋敷にいた頃、英郎がこしらえたものだった。
 英郎は蝶が好きだった。よく、ひとりきりで山に出かけては蝶を捕っていた。何度か、僕もいっしょに行ったことがある。珍しい蝶をみつけると、いつもは無表情な英郎の目に、微かな光が浮かぶようだった。
 「ほら、博」
 そう言って捕まえた蝶を見せながら、英郎は僕に言った。
 「どうだ、きれいだろう」
 そういうと英郎は、網から捕りだした蝶の胴を掴んで、僕の目の前に突きだした。
 正直、僕は蝶がさほど好きではなかった。
 飛んでいるのを見てきれいだと思うことはあっても、自分から捕まえたいと思ったことなどなかった。
 蝶は、かぶと虫やくわがたと違ってあまりにはかなかった。ちょっと油断すると、羽が手の中でむざんに破れてしまうのが、なんだか怖かった。
 だが僕は、英郎に「蝶を捕りに行こう」と誘われれば、断るわけには行かなかった。
 なぜなら英郎は僕の遠縁の叔父の一人息子であり、僕は両親を亡くし、その叔父に引き取られた、身よりのない孤児だったからだ。

 両親を亡くして孤児となった僕は、小学校六年になったばかりのときにこの屋敷に引き取られた。
 英郎の父親は口やかましい、吝嗇な男だった。
 英郎の父親のような男が、遠縁とは言え、どうしてみなしごの僕なんかを引き取ったかと言うと、安い労働力として使うためだったろうと思う。僕は、恩着せがましく粗末な衣服と食事を与えられる代わりに、使用人と同じに働かされた。この屋敷で、僕に子どもらしい喜びが与えられることはなかった。
 しかし、僕は思う。……人間というものは、たとえ誰から与えられなくても、生きる喜びを自らみつけてしまう、いや、みつけずにはいられない生き物なのだ、と……。


 そのとき、足音が聞こえた。さっきの手伝いの老婆の、あのぺったんぺったんという足音ではない。耳をすまさないと聞き取れないくらいにかすかな、はかない足音だった。
 僕は顔を上げた。自分の心臓の音が聞こえるような気がした。
 ……繭子だ。
 これから、十年ぶりに繭子に会うのだ。……繭子は変わっただろうか。
 繭子。なにもかも失った僕に、人を愛する喜びを教えてくれた少女。


 繭子は屋敷の、下働きの爺やの孫娘だった。僕がはじめてこの屋敷に来たとき出会った繭子は、僕よりふたつ年下の、痩せて汚れた女の子だった。
 繭子の母親は繭子を産んですぐ亡くなり、妻を亡くした繭子の父親は、生まれたばかりの繭子を父親に預けて出稼ぎに出たきり帰ってこなかったと言う。だから繭子は、生まれてすぐからずっとこの屋敷で育ったのだった。
 繭子には、なにを考えているかわからないところがあった。
 いつもぼんやりして誰ともしゃべらなかったし、身なりも整わなくて、髪などは伸びっぱなしのまま一度も梳かしたことがないようだった。繭子の祖父である爺やでさえも、繭子をバカだと言って相手にしなかった。そう言われても、繭子はべつだんなんの表情の変化も見せなかった。確かに繭子は、知恵が遅れているように見えた。
 数人の使用人は、屋敷裏の一角で暮らしていた。僕が暮らすのもそこだった。そこには、僕と繭子しか子どもはいなかった。
 僕も繭子も学校には通ったが、繭子はまるで勉強ができなかった。返されたテストなどを見ると、いつもなにも書いていないのだった。やさしい漢字や計算などを聞いてみても、繭子は黙って僕を見るばかりで、なにも答えなかった。
 僕は繭子に勉強を教えてやることにした。僕が懸命に教えても繭子は黙って聞いているだけで、わかったのかわからないのかもわからなかった。しかし僕は繭子に教えるのを止めなかった。
 それを僕は、自分が繭子を憐れんだからだと思っていたが、今思えば、それは繭子のためではなかった。自分自身のためだった。
 この屋敷に引き取られてから、子どもながらやり場のない悲しみと憤りに捕らわれていた僕には、どこかに自分の居場所が必要だった。なにか、自分がしなければならないことが必要だったのだ。それが、繭子に勉強を教えることだった。
 僕は倦まずに繭子に勉強を教えた。力仕事のあとで眠くてたまらなくても、目をこすりながら教えた。それでも繭子は、じっと黙って座っているだけで、僕に何かひとことでもものを言うでもなかった。
 だが、ある日のことだった。僕が学校から帰って仕事を始めると、先に帰っていた繭子が寄ってきて、おずおずと僕になにかを差し出した。
 見ると、それはテストの答案だった。ところどころ間違いながらも、繭子はいくつかの問いに答えを書き、少し点を取っていた。繭子はじっと僕を見て、
 「繭子は、バカじゃないの?」
 と尋ねた。僕は胸が詰まった。やはり、自分が人になんと言われているかわかっていたのだ、誰からも相手にされないさびしさが、繭子を自分ひとりの殻にこもらせていたのだと思った。
 「……あたりまえだ」
 僕は答えた。
 「繭子は人より賢い。僕がちょっと教えたら、こんなにいろいろわかったんだから」
 僕の言葉を聞いて、繭子はにっこり笑った。僕は内心、その笑顔を見て驚いた。いつもむっつりと口を閉じ、かわいげのなかった繭子が、笑うとこのうえなくかわいらしく見えたからだ。
 それをきっかけに、繭子はだんだんと普通の子どもらしくなってきた。相変わらず無口ではあったが、表情が生き生きとしてくると、ほんとうはかわいらしい顔立ちだったことがわかってきた。
 繭子が愛らしくなってくると、爺やはこれまでほっておいた孫娘に、いくばくかの金を出してやるようになった。安物だが新品の服を着て、髪の毛を切りそろえてもらった繭子はみちがえるようだった。
 僕は中学生になった。中学になると勉強だの学校のことだので忙しくなった。屋敷では、いつも僕のためにいろんな仕事が山積みになっていたが、大きくなってきた繭子は、一生懸命僕の仕事を手伝うようになった。
 僕と繭子は、このように、ひとつところで、いわば兄と妹のように暮らした。しかし、むろん、僕たちは兄妹ではなかった。時が経つにつれて繭子はたいへんに美しい少女に成長していた。そしていつか、僕は自分が繭子を好きになっていることに気がついた。
 しかし僕は、繭子に自分の気持ちを伝えることはしなかった。
 そんなことをするには僕たちは近しい存在すぎた。また、愛に飢えた僕たちはふたりとも、自分の気持ちを表現するのが下手でもあった。
 中学が終わりに近づくと、将来への不安が大きくなって、僕は始終不機嫌になるようになった。早くここを出たかったが、当てもなしに家出などしてみても、ろくなことはないことはわかっていた。僕は自分に、もっとなにか輝かしい未来をのぞんでいた。
 僕は高校に行きたかった。しかし、あの吝嗇な伯父が僕を高校へやってくれるかどうかと言えば、答えは否に決まっていた。
 相談する相手もなく、しかし進路を決めなければならない日は迫っていた。僕は、悶々とした日々を送った。
 そんなときだった。英郎が、珍しく僕に話しかけてきた。
 「博。高校はどうするんだ」
 「どうって……」
 僕は返事が出来なかった。
 僕が困った顔をしているのを見ると、英郎はにやにやと笑った。
 英郎は僕と同じ年だったが、この陰気な屋敷で横暴な父親と暮らしているせいだろうか、子どもの頃から変わっていた。なにごとにも興味を持たず、興味を持つのは蝶に対してだけだった。
 「俺と違って博なら、どんな高校だって入れるのにな」
 英郎はまだにやにやしながらそう言った。確かに、僕は、県下で一番いい高校にだって入れる成績だった。しかし、僕はそんなだいそれたことは考えていなかった。ここは交通の便の悪い僻地であり、とても街の進学校には通えなかった。そんなにいい高校ではなくていい、ここに一番近い高校でいいから、僕は行きたかった。
 「なあ博、高校行きたいか」
 英郎が尋ねた。そう訊かれると、ごくりと咽が鳴ってしまった。僕はうなずいた。
 「そうかあ。行きたいかあ」
 英郎はそう言った。僕はかあっと体が熱くなった。僕が高校に行けないことをバカにする気だと思ったのだ。すると、英郎は意外なことを言った。
 「じゃあ、俺が親父に頼んでやるよ。親父はしこたま金を貯め込んでるから、おまえが高校に行くくらいのこと、簡単に許してくれるだろう」
 僕は驚いて英郎を見た。今まで、同じ屋敷に暮らしていても、英郎に感謝したいようなことなどなにもなかったが、このときばかりは英郎に感謝したかった。
 英郎の言ったとおり、僕は高校へ行けることになった。しかも、下宿して街の進学校に行けることになったのだ。僕は有頂天だった。
 しかし、僕が屋敷を出ることが決まると、繭子はさびしそうだった。僕は、休みには必ず帰るからと言って繭子を慰めた。
 僕は高校を出たら、次はどうやってでも東京へ出て、大学へ行こうと思っていた。
 僕が大学へ行く頃には、繭子も16になる。今の僕たちではふたりで生活できなくても、その歳になれば、なんとかふたりで生活できるはずだ。それまでの辛抱だと、僕は思った。
 英郎は、屋敷から通える高校に通いはじめたが、じきに高校に通うのを辞めてしまったようだった。
 僕が休暇で屋敷に戻ると、ますます蝶にはまった英郎は庭に小さな温室を建て、そこに入り浸っていた。温室で熱帯の珍しい蝶を飼うことに熱中していたのだ。
 僕は休暇中を屋敷の仕事で忙殺された。僕は、趣味だけに没頭して遊んでいても一生暮らしに困ることのない英郎を、結構な身分だと思った。
 英郎と違って僕は、自分だけが頼りなのだった。ぎりぎり生活できる費用は叔父が出してくれたが、僕は大学へ行くためにできるかぎりアルバイトをして金を貯めた。
 それでも僕にとって高校生活は楽しかった。僕の屋敷でのみじめな生活を知らない友人ができたのもうれしかった。
 高校が終わる頃、爺やと叔父とが、相次いで亡くなった。
 学校を休んで葬儀の手伝いに戻った僕は、弔問客が帰ったあと、屋敷の裏でひとり泣いている繭子をみつけた。
 「繭子」
 僕が声をかけると、繭子は僕に飛びついてきた。
 「博さん」
 繭子は泣きながら僕にすがりついた。
 「ここに帰ってきて。博さんがいなければ、繭子はひとりぼっちよ」
 「……」
 繭子がかわいそうだと思ったが、僕の計画が達成するのは、もうじきのはずだった。
 「繭子、もう少し待ってくれ」
 僕は言った。
 「僕は東京の大学に行くつもりなんだ。先生も、僕なら合格すると言ってくれている」
 「え……」
 東京という耳慣れない言葉を聞いて、繭子は驚いて僕を見上げた。
 「東京……?」
 「そう。誰になんと言われても僕は行くつもりだ。そして繭子、落ち着いたらすぐに君を迎えに来るから」
 繭子はまだ、瞳を大きく見開いて僕を見上げたままだった。
 「ね。もうじきなんだ。僕はきっと成功するよ。だから、僕が迎えに来るまで待っていてくれないか」


 ドアのノブを回す音が聞こえた。
 僕は立ちすくんだままだった。
 ゆっくりと、ドアが開く。
 そこに、繭子がいた。
 僕は固唾を飲んだ。
 あれから十年経ったというのに、今僕の目の前に現れた繭子は、まるで少女の頃と変わらないように見えた。
 ……いや、それは正確ではない。正確に言えば、こうなるだろう。
 あれから十年経って、繭子は、まるで、少女の姿のまま成熟した女になったようだった……。
 繭子は、むろん変わっていた。昔の繭子にはなかったなにかが、繭子から放ち出ていた。それをひとことで成熟と言ってしまってよいのかどうかは僕にはわからないが。
 僕はなにも言えず、ぼんやりと繭子を見つめていた。
 繭子は紋の付いた灰色の色無地に、黒い帯の和服姿だった。
 それは喪に服した人の装いだった。そう、僕が再び出会った繭子は、ひとつき前に夫を亡くした若い未亡人だった。
 僕は繭子から目をそらしてつぶやいた。
 「……昨日はじめて人から聞いて……、飛んできたんだ」
 「……そうですか」
 繭子の声だ。十年ぶりだ。そのはかない声を聞くと、僕はなつかしさでいっぱいになった。
 「英郎は、突然の事故で亡くなったんだってね。……たいへんだったね」
 僕は思いきって瞳をあげ、繭子の顔をみつめた。
 すると驚いたことに、繭子はすでに、その黒い大きな瞳で、ひたと僕を見つめていたのだった。
 「……繭子」
 その瞳を見ると、僕はどうしようもなくなって、絞り出すような声で言った。
 「僕は、二度と君と会うまいと思っていたんだ」
 「……」
 「君と英郎が結婚したと聞いて、僕がどんな気持ちになったかわかるかい?」
 「……」
 「東京でやっと暮らせるめどがついて、君を迎えに行こうと思った矢先、英郎から、君と結婚したという葉書を受け取った。そのときの気持ち。わかるかい?」
 もう、繭子を責めるつもりなどなかったはずなのに、僕の口をついて出たのは、十年も昔の、そんな恨み言だった。
 僕はなんて女々しい男なんだろう。僕は唇を噛んだ。もう二度と言うまい、こんなことは。
 「……ごめん」
 僕は謝った。
 「こんなこと、夫を亡くしたばかりの君に言うことじゃなかったね。……英郎に線香をあげさせてくれないか」
 繭子はうなずいた。
 僕たちが部屋を出ようとすると、ちょうど紅茶のカップを盆に載せた手伝いの老婆が部屋に入って来ようとしたところだった。
 「あっちゃちゃ」
 紅茶がカップからこぼれて手にかかったらしく、老婆が声をあげた。
 「奥さん、いきなり戸を開けないでおくんなさいましよ。火傷してしまいますで」
 老婆が顔をしかめて繭子に文句を言った。
 「お茶はいいわ」
 繭子が言った。
 「わたしたちのことはいいから、向こうで休んでいて」
 「……へえ」
 老婆はそんな繭子を見送って、後ろから聞こえよがしな声を上げた。
 「今日はまた、ずいぶんと色男なお客だねえ。奥さん」

 暗い広い座敷の奥にしつらえられた英郎の仏壇は、冷え冷えとしていた。
 僕は英郎の遺影に線香を上げ、手を合わせた。
 少女の面影をそのまま残す繭子と反対に、英郎の遺影は、人違いかと思うほどに老けて見えた。疲れた目に肌のたるんだ英郎の顔は、僕と同じ年とはとうてい思えなかった。
 しかし、線香を上げ、手を合わせると、僕の気持ちは落ち着いた。すべては、もう終わったことなのだと思えた。僕は振り向いて繭子に言った。
 「不思議なものだね」
 「……」
 「叔父さんも英郎も亡くなって、今は、君がこの屋敷の女主なんだから」
 僕は立ち上がって、廊下に出た。
 北縁の向こうに、あの、巨大な円筒形の建物が建っていた。
 「あれはなんなの?」
 はじめて見たときから、どうにもその建物が嫌な気がしてならなかったが、近くで見ると、それはますます大きく、非現実的なものに見えた。
 僕が尋ねると繭子が答えた。
 「温室です。……蝶のための」
 ……ああ、そうか……。
 僕はすぐ納得した。
 高校に行かなくなった英郎が、それまでに増して蝶に凝るようになり、庭に温室を拵えて、珍しい蝶を育てていたのは僕も覚えていた。
 その英郎が、父親が死んでなんでも自分の好きにやれるようになったら、蝶のために巨大な温室のひとつやふたつ作るくらいは、考えればあたりまえのことだった。繭子が、抑揚のない声で続けた。
 「最初何度か、もっと普通の温室を作ったんです。でも英郎さんはすぐ、それでは飽き足らないって言い出して。マレーシアかどこかの高木の葉を食べないと育たない蝶があるんです。それで、背の高い木も入れられるようにとあれを建てたんです」
 「君と結婚しても、英郎はずっと蝶が好きだったんだね」
 「はい」
 繭子はうなずき、そしてその視線をその建物のほうに向けた。
 「英郎さんは毎日朝から晩まで、あそこに居ましたの」
 「……そう」
 繭子の言葉にうなずいてから、僕は突然、自分でも思いがけないことを言った。
 「あのなか、見られるかな。珍しい蝶がいるんだろう?」
 え?と言うように、繭子が怪訝な顔で僕を見上げた。
 僕は自分でも、どうしてそんなことを言ったのかわからなかった。僕は蝶になんか興味がない。……たぶん僕は、もう少しだけ繭子といっしょにいたくなったのだ。このまま、よそよそしく話をしただけで繭子と別れるのが物足りなくなったのだ。
 繭子は、心持ち青ざめた顔を上げ、僕を見つめて、
 「はい。ご案内しますわ」
 と答えた。


 小説を載せるのはずいぶん久しぶりになってしまいました。もっとこう、アイディア豊富でどんどん書ける、というのにあこがれてるんですけど、全然だめなんですよ……(泣)
 今回の話は、ヒロシが主役で、ヒロシ以外のキャストはV6と関係のない女優さんや俳優さんというつもりで読んでくださいませ。

(2001.11.10 hirune)

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