(by さこさん)
むかし、むかし、あるところに、浦島マサユキという漁師がおりました。
ある日のこと、いつものように浦島マサユキが浜へ行くとなにやらこどもたちが騒いでおります。
いったい何事かと近寄ってみると、どうやら隣の加美仙村の悪たれどもがカメをいじめているようです。
「とにかく、いちいち突っ込むのやめてくれる? 俺がロケ弁食べられようが、食べれなかろうがあんたには関係ないでしょ!」
どこから発しているのか、脳天をつんざくような声で少年の一人が言いました。
「俺だって疲れてる時は一人になりたいのよ。それを無理してあんたに付き合ってやってんのにさ」
色素の抜け切った髪の毛に八重歯の少年が続けました。
「こいつだって『一緒に歌おうよ〜』とか言われてメーワクしてんだよ」
と二人は、妙に額の飛び出た少年を指さして言いました。
「ひどいなぁ〜。ほ〜んと最近の若い人って礼儀を知らないよねぇ。僕は君達の為を思って言ってあげてるのにさぁ」
「カチーン。マジ切れた。そーゆー言い方って気にくわねえな」
「もしかしてみんな、俺の事嫌いなの?」
カメの問いに、それまで黙っていた額の妙に飛び出た少年がボソっと一言。
「う〜ん、難しいとこやね」
「そんなぁ。。。」
なおも何か言おうとするカメに
「とにかく、うざいんだよ!」
と、少年たちはケツ蹴りを一発お見舞いしようとしましたがどこがケツやら分かりかねたので、取り敢えず手当たり次第に殴る蹴るでカメをボコボコにしています。
カメは必死になって頭をひっこめようとするのですが首のギプスが邪魔をして、甲羅に上手くひっこみません。
見てくれは少年たちより大きいのに、どうやら気は小さいらしいカメは情けない声で『ごめんなさい、ごめんなさい』とひたすら繰り返すばかり。
とうとう見かねた浦島マサユキが
「もうそのへんで許してやれ。ほら、こいつをやるから」
と、八重歯の少年には、彼にはちょっと大きくて腰履きになりそうな腰蓑、面白い声の少年には、地元の漁師たちが魔除けとして使う貝殻の首飾り、額の飛び出た少年には、ほかに彼が喜びそうなものが思いつかなかったので、持っていた握り飯を、それぞれに与えてやると、取り敢えずは納得したようで立ち去って行きました。
三人が去ると、浦島マサユキは
「いったい何だって浜になんか上がって来たんだ?」
とカメにたずねました。
するとカメは、ただでさえ細い目をいっそう細めると
「いやぁ〜、コレが」
と、嬉しそうに右ヒレを立て
「コレなもんで」
と、今度は両ヒレで腹の前で弧を描きました。
どうやら出産費用を稼ぎに、加美千村で撮影の行われている『画眼羅』のエキストラでやって来たらしく、先程の少年たちはその共演者のようです。
「なんかぁ〜、特別危険手当てが付くって聞いたもんで、主役のスタントで “甲羅落ち”やったんすけどね、ちょと失敗して痛めちゃったもんで」
と首に巻かれたギプスをヒレ指してみせました。
「ま、取り敢えず金もできたんで帰ります」
と言うが早いか、海へ向かって一目散に走り去って行きました。
「おかしな奴だな」
そう一人ごちると、何事もなかったように浦島マサユキは漁へと出掛けて行きました。
言い忘れておりましたが、浦島マサユキの仕事は、魚の代わりに女を釣る漁師(ほすと)でありました。
そんなことのあった数日後、浦島マサユキが浜へ行くと、先日助けてやったカメが、ニコニコ顔で浦島マサユキを待っておりました。
「いやぁ、こないだはどーも。帰って事情を話したら、うちのご主人さまが、是非お礼がしたいんで、お連れするようにって言うもんで」
「気にするな、大したことはしちゃいない」
「でも〜」
「あのガキどもには俺もちょっと思うところがあったし、別にお前のためにしたわけじゃない」
「でも〜」
「いいから、もう帰んな」
「でも〜」
「俺も暇じゃないんだよ」
「いい娘(こ)一杯いるんだけどなぁ。。。」
「ご一緒させて頂きます」
と言うわけで、カメに連れられて浦島マサユキがやって来たのは、『竜宮・蛇似威頭』。
珊瑚や真珠で美しく飾られた城門で、二人を出迎えてくれたのは、その真珠に勝るとも劣らない程の白い肌と、珊瑚のように赤い唇をした、目の下にある小さな泣ぼくろもセクシーなヒロ姫様でした。
「ヒロ姫さま〜、連れて来ました〜」
「お疲れさまでした、カメイノ。さ、マサユキ様、どうぞ奥へ」
ちょっと掠れた声もまた、なかなかセクシーです。
客間へ通された浦島マサユキは、ヒロ姫様のお酌で酒を飲み、ショーネン鯛の歌と踊りに感動し、キンキのかけあい漫才に腹をかかえ、楽しい時間を過ごしました。
気がつけば、もう漁(出勤)の時間です。
「色々とありがとうございました。そろそろおいとまさせて頂きます」
「そうですか、それは名残おしゅうございます。 これカメイノ、例の物をマサユキ様にお持ちして」
「えーーっ、でもこの人には必要ないんじゃないですかぁ?」
「そんな失礼な事を言うものではありません、ドンッ!」
にこやかな顔のまま、ヒロ姫さまはカメイノにボディーアッタックをくらわせました。
「いって〜ぇ。はいはい、分かりました」
「マサユキ様、これは私共からのほんの気持ちです。村へお戻りになって、なにか困った事が起きましたら開けてみて下さい」
そう言ってヒロ姫様は、浦島マサユキに玉手箱を手渡しました。
村に戻った浦島マサユキは、そのあまりの変わりように愕然としました。
どうやら蛇似威頭では時間の流れが異常に遅いらしく、数時間と思ったその時はこちらでは数年にも相当するようで、あたりの景色も村の人々もすっかり様変わりしてしまっていたのでした。
「なんてことだ。どいつもこいつも、みんな爺ぃと婆ぁになってやがる。そんな中に、昔のままの若い俺が戻っていったら化け物扱いだ」
途方にくれた浦島マサユキは、ふと手にした玉手箱の事を思い出しました。
「そうだ、なんか困った事になったらこいつを開ろって言ってたな、よし!」
と、浦島マサユキが玉手箱のふたを開けようとしたその時
「そこにおるのは浦島さんやないですか?」
と声をかける者がありました。
見上げるとそこには、薄い眉毛と下がった目尻に若干の面影はあるものの、以前にも増してシワの増えた元同僚漁師(ほすと)城島が立っておりました。
「ご無沙汰しとります。こんなところで、一体どないしました?」
「どないしましたって。。。お前、俺が分かるのか?! なんだか知らねえが、ちょっと留守にしてた間に、こっちじゃ 何年も経っちまったみてぇで、周りの奴等はみんな年寄りになっちまった。 でも、俺だけは昔のまんま、若々しいまんまなんだぜ?」
「はぁ〜? 何言うとるのかよぉ分かりませんが、浦島さんかてちゃんと年取っとるやないですか。だいじょぶ、だいじょぶ。ちゃんと爺ぃに見えますさかい」
実はヒロ姫様のくれた玉手箱の中には、時を進める魔法の煙が入っていたのですが、もともとが“フケ顔”であった浦島マサユキは、年寄りだらけになってしまった村の中に入っても何の違和感もなく、その後も、都弐仙村で幸せに暮らしたと言うことです。
おそまつ。
(1999.8.8up)