DESTINY 〜約束の出逢い〜 

(by 黎さん 1999.11.22up)

〜 Scene・8 〜



“どうして、嫌な予感というものほどよく当たるのだろう...”

冴子の様子がおかしいことは、空港で落ち合った時点から気付いていた。
俺の隣りにいながらも心は何処かよそに向いている、そんな感じだった。
それがどれほどに俺を傷つけ、不安にさせたか...
俺の視線に気付き、ほんの一瞬でいいから俺を見て微笑んでくれたらそれで安心出来たのに、冴子は俺の視線になどまったく気付くことなく、じっと何事かを考え込んでいるようだった。

ここまできて、冴子はまだ迷っているのだろうか...
もしかしたら、冴子は俺に謝るタイミングを計っているのかもしれない。
“ごめんなさい。 やっぱり、今の生活を捨てられない。”
冴子が次に口を開く時、そんな言葉が俺に向けられるかもしれない...
もうじっと黙って、待ってなどいられなかった。
部屋に入るまでは待とうと思っていたが、タクシーの中で俺に背を向けてじっと外の風景を見つめている彼女の姿を見たら、もう俺は耐えられなくなり冴子にあの一言を投げかけてしまっていた。

本当に冴子は驚いているようだった。 正しく思いも掛けない言葉だったらしく、即座に冴子の機嫌は悪くなり、“後悔なんかしてない”と俺に投げつけるように言ったきり、また黙り込んでしまった。
おかしな話だが、彼女の逆鱗に触れたことで逆に俺は少しほっとしていた。
彼女は後悔しているわけではなかった。 しかし、とすると彼女が朝からずっと考え込んでいることは何なのだろう...
それが気にはなったが、ひとまず俺は考えるのをよそうと決めた。

冴子との初めての旅行なんだ。 離れたくないと思いながらも俺達はいつも別々の場所へと戻っていたが、ほんの数日とはいえ冴子は何処へも帰らずに俺の隣りにいてくれる。冴子と初めて一緒に朝を迎えることが出来るのだ。
せっかくの二人きりの時間をこんな気まずいままで過ごしたくはない。
俺は先ほどのやり取りなどなかったかのように、明るく冴子に話しかけた。
すると冴子にもすぐに笑顔が戻り、俺達はチェックインを済ますと少し遅い昼食を取るために外へ出掛けた。
冴子の笑顔を見て、俺はいつもの彼女に戻ったのだと安心していた。
彼女のあの表情を見るまでは、思い過ごしだったのかもしれないとさえ思い始めていた。

あんなに青ざめた顔をした冴子を見るのは初めてだった。 悲しい話だが、これまでも俺は冴子の笑顔よりも辛い表情をした彼女を見る方が多かった、が、今日の冴子の表情はそのどれとも違っていた。
俺は、一気に奈落の底へと突き落とされたような気がした。
“冴子の心にある不安は、とてつもなく大きなものなんだ...”
俺では、彼女を救えないのだろうか...?

すぐに部屋に戻りたい、と冴子は今にも泣き出しそうに声を上擦らせて俺に言った。
.....嫌な予感がした。 レールは俺達の意思に関係なく、俺達がもっとも怖れている終結へと向かって引かれてしまったのではないだろうか...
部屋に戻るなり冴子は、身体中の力が抜けてしまったかのように座り込んでしまった。
「何があったんですか?」
俺もすぐにしゃがみ込み、冴子の身体を支えるようにしっかりと両肩を掴み、彼女の顔を覗き込むようにして訊ねた。
「...ごめんなさい、自分でも分からないのよ。 どうしてこんなに不安になるのか。ごめんなさい、分からないの...」
俯いたまま冴子は言った。
「謝ったりなんかしないで下さい。 貴女をそんなに不安にさせるのは、きっと俺が頼りないからなんだ...」
「違う! 快彦、それは違うわ。」
冴子は慌てて顔を上げ、俺を見るとそう言って否定した。 彼女の瞳からは大粒の涙が溢れ出していた。
「確かに俺は頼りないかもしれない。 でも、どんなことがあっても俺は貴女を守ってみせる。 俺を信じて下さい。」
そう言って俺は冴子を抱き寄せた。
「...頼りないだなんて、思ったことはないわ。 あなたにどれだけ救われたことか...
少しこのままでいさせて。 そうしたらきっと、この不安も消えてなくなるから。」
「貴女の不安が消えるまで、俺ずっとこうしてます。」
「ごめんなさい。 今日はもう何処にも出たくない...」
「もう謝らないで下さい。 ずっと此処から出なくたって構わないんだ。 俺は、貴女と二人きりでいたいだけなんだ。 冴子...貴女さえいてくれたら。」
「快彦...」
しがみつくように冴子の腕が俺の背中にまわされ、俺は更に強く彼女を抱きしめた。

それから冴子はほとんど片時も俺の傍を離れようとしなかった。
そんな風にして、俺達の初めての一夜は過ぎていった。
翌日になると、冴子は冷静さを取り戻したようで、“昨日はごめんなさい。 せっかくの旅行だものね、楽しく過ごしましょう。” と俺に言うと、それからは一切不安げな表情は見せなかった。
笑顔の戻った冴子とのそれからの時間は瞬く間に過ぎていき、俺達はまた元の世界へと戻らなければならない日をすぐに迎えてしまった。
けれども俺は、もう大丈夫だと思っていた。 冴子は俺と新しい道を歩き出す決心を固めてくれたのだと信じていた。

「本当に楽しかった。 この四日間快彦とずっと二人きりで過ごせて、幸せだった。」
空港で別れる間際に冴子が言った。
「きっともうすぐ、俺達はずっと一緒にいられるようになりますよ。」
「えぇ...そうよね。」
「はい。 あ、明日は陶芸教室ですね。 またすぐ逢えますね。」
「あ、ほんとだ。 じゃぁ、また明日。 お休みなさい。」
「お休みなさい。」

すぐに明日また逢えるものだと信じて、俺達は笑顔で別れた。
それが最後になるだなんて、あの時の俺は夢にも思ってはいなかった。 いや、冴子だって思ってはいなかっただろう。

翌日、冴子は陶芸教室にやっては来なかった。
それきり彼女は、俺の前から姿を消した。

どうして...嫌な予感というものは、こんなにも的中してしまうのだろう.....
冴子...どうしてこんなことに。 一体何が起こったのか、ちゃんと説明してくれ。
冴子、冴子...どうして.....

決して答えの返っては来ない問いかけを、俺は何度も何度も心の中で叫び続けていた...


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