DESTINY 〜約束の出逢い〜 

(by 黎さん 1999.11.9up)

〜 Scene・7〜“


“花が水を得て潤うように、私は快彦によって癒されていった...”

どうしようもなく、孤独な毎日だった。
寂しくて寂しくてどうにかなりそうだった。 私は、世界中の人達から注目されたかったわけじゃない。 ただ一人、主人の気持ちを自分に向けたかっただけだった。
それなのにあの人は私の心の叫びになど、まったく気付いてはくれなかった。 そして、いつの頃からか私はもう主人に期待することを諦め、自暴自棄とも言えるような毎日を送っていた。 もう、息をする術さえ忘れてしまいそうなほど、私の心が限界に達し始めていた頃、彼が目の前に現れた。
私の心の叫びに気付き、そして手を差し伸べてくれた人...それが快彦だった。

快彦と出逢えなかったらいったい私はどうなっていたのだろう、と考えると背筋に冷たいものが走るほどだ。
あの陶芸教室での出来事から、一年という月日が過ぎようとしていた。
それが長かったのか、短かったのか...私達は新しい二人の道を歩き出そうとしていた。

ある日突然、別れ間際に快彦が私に言った言葉...

「どうして俺達、別々のところへ帰って行かなきゃならないんですか?」

胸に突き刺さる言葉だった... 快彦はこんなのは不自然だ、と言った。 そしてそれは、私も感じ始めていたことだった。
快彦の言葉で、私の心が動いた。
“すべてに逆らってでも、快彦と...歩き出したい。”
それから私達はたくさん話し合った。 今の状況、これからのこと、私達を取り巻くありとあらゆることについて、話し合った。
何度も何度も気持ちを確認しあい、そしてそれでも快彦は、
“貴女と歩いて行きたい” と言ってくれた。

この歳になって、初めて心から愛した人かもしれないその人が、
“一緒に歩いて行こう”、と言ってくれている。
その私に差し向けられた愛しい人の手を、どうして払いのけることが出来ただろう...

そして最後にもう一度お互いの気持ちを確かめ合い、一歩前へ踏み出す勇気をつけるために、私達はこの旅行を計画した。 快彦とは初めての旅行だった。
今朝出掛ける間際までは、この旅行のことと、快彦とのこれからのことしか私の頭の中にはなかった。 主人のことなんて、もうどこにもなかった。
そう、今朝のあの人の変化に気付くまでは.....

いつもと何ら変わりのない朝のはずだった。 あの人は朝はコーヒーしか飲まず、しかも味に煩い人で、私の入れたコーヒーは美味しくないからと自分で入れていたので、私は何も彼の世話をする必要もなく、慌ただしく身支度を整えていた。
私が彼の前を行ったり来たりしようが、まったく意に介せずと言わんばかりにコーヒーを飲みながら新聞に目を通していた。
迎えのタクシーが来たので私が家を出ようと玄関口へ向かおうとしたその時、背後で、“ガタン”という大きな音がして、私は慌てて後ろを振り返った。
するとあの人が尻餅をついたようなかたちで倒れていた。
「どうなさったの? 大丈夫?」
私は駆け寄り、身体を起こそうとしている彼の腕を掴んで手伝おうとした。
するとあの人は、私のその手を軽く払いのけるようにしながら言った。
「何でもない...それより早く行きなさい。 君はいつも人を待たせてばかりだから。あんまり人を待たすもんじゃない。」

あまりにも素っ気ない態度だった。 今更何も期待などしてはいなかったが、それでもやはり私はその態度に傷付いていた。 
しかし、その態度よりも更に気になることがあった。 もう長いことまともに顔を見て話すこともなかったので、今日まで気が付かなかったが、随分と痩せたような気がした。
あんなに頬が痩けていただろうか? 腕も何だか細くなっていたような気がする...

そのことがどうしても頭から離れず、折角快彦と旅行に出掛けてきたというのに、私はどこか上の空、という感じだった。 そして挙げ句の果てには快彦に、出掛けてきたことを後悔しているのではないか、などと要らぬ心配をさせてしまった。 
しかもその原因はやはり、主人のことが気になっているからではないか? と痛いところを突かれついきつい口調になってしまい、快彦を傷付けてしまった。
主人のことが気にはなってはいたが、後悔などはしていなかった。
ただ、何だか嫌な予感がする... その思いに捕らわれていただけだった。

目の前で、少し遅い昼食を美味しそうに頬張っている快彦を見つめながらも、私はまだその嫌な予感に怯えていた。
突然、恐ろしい言葉が私の頭に浮かんだ。

“快彦と、二度と逢えなくなるかもしれない...”

自分でもどうしてそんな言葉が浮かんだのか、分からなかった。
私は今にも泣き出しそうな気分で、じっと快彦を見つめた。 
私の視線に気付き、笑顔で私を見つめ返そうとした快彦の表情が一瞬で曇った。
それほどに、私の顔色は青ざめていたらしかった。
「...どうしたんですか?」
深刻な面持ちで快彦が訊ねてきた。
「...ごめんなさい。 出来ればすぐ、部屋に戻りたいの.....」
「...分かりました。 戻ろう、すぐ。」

部屋に戻るまで、私達は一言も口を聞かなかった。
ただ快彦はしっかりと私の手を握ってくれていた。
その手の温もりがあまりにも温かくて、余計に私を不安にさせた。
この愛しい温もりを、やっと掴んだこの手を、私は離さなければならないのだろうか...

闇が、大きな大きな暗闇が、私達を包み込んでいく。
その闇から私達は逃れられないかもしれない... 
拭い去ろうとしてもどうしてもその思いが、頭から離れてはくれなかった...


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