DESTINY 〜約束の出逢い〜 

(by 黎さん 1999.10.30up)

〜 Scene・6〜“



“この出逢いが運命じゃないというなら、この世に運命なんてものがあるのだろうか。”

日に日に大きくなっていく冴子への想いが、どんどん俺を臆病にしていった。
冴子も俺を好きだと言ってくれた。 何も躊躇うことなんてなかった筈なのに、俺は彼女をこの腕に抱きしめることが、どうしても出来ないでいた。
俺の中で、呪文のように繰り返されていた言葉があった。
“彼女を抱くこと。 それは、彼女を失うこと...”
何故そんな言葉が頭を巡るのか、分からなかった。 
どうして冴子を失うことになるのか...その理由の分からない不安はまるで、雨雲のように俺の心に覆い被さり、冴子に触れることを躊躇わせた。
冴子を失うだなんて、今の俺には到底考えられないことだったからだ。

けれども、そんな俺の戸惑いなど一気に吹き飛ばしてしまうものがただ一つだけあることを知った。 冴子の涙を見た瞬間、どんな不安も消え失せて気が付くと俺は、小刻みに震える彼女の細い肩をこの腕に包み込んでいた。
冴子の涙は鋭い矢のように俺の心に突き刺さり、そこから彼女への想いが次から次へと溢れ出してきて、思わず俺は今感じている戸惑いを話し出していた。
すると冴子は冴子で、俺の気持ちをまだ疑ってしまう時があるのだと打ち明けてきた。
もちろん俺ははっきりと否定した。 冴子の体温を、匂いを、改めて間近で感じて俺は、“間違いなく彼女なんだ”と、確信していたからだ。

「もう、不安になんかさせない。」
そう言って俺は更にぎゅっと冴子を抱きしめた。
ずっと全身を強張らせていた冴子の身体からやっと力が抜けていくのを感じたその時、冴子はそっと俺の腕を解き、振り向いた。
...あの時の驚きをどう表現すればいいのか。 本当にあまりに突然のことで、俺はただ突っ立っているだけだった。
気が付いた時にはもう、冴子の唇は俺から離れていて、はっと彼女を見ると、
「今、私が感じているあなたへの想いを、とても言葉で表現出来そうになかったの。」
と、恥ずかしそうに言って俯いた。
どうしてこんなに愛しいと思う人と抱き合うことを俺は怖れて躊躇っていたのだろう...
この気持ちに嘘なんかない。 だから、素直になればいいんだ...

「俺は、貴女を失ったりなんかしない...」
無意識のうちに声に出していた。
「え?」
俺の突然の言葉に驚いたように、冴子が顔を上げたのと同時に俺は冴子を引き寄せて、今度は俺の方から彼女の唇に触れた。
反射的に冴子は少し後ずさりはしたが、すぐに彼女の腕は俺の首へとまわされた。
そして俺は冴子の髪の中に指を滑らせて、俺達は更に激しく口づけをした。
“冴子を離したくない。 何処へも帰したくない。 冴子を...愛してる!”
ふたたび冴子の唇に触れて、俺はもうどうにも彼女への想いを抑えきれなくなり、彼女をベッドに押し倒してしまった。

咄嗟に冴子は両腕でつっかい棒をするように、俺が抱きつこうとするのを止めて、何も言わずに困惑したような表情を見せて俺をじっと見つめた。
「“貴女のすべてを知りたい”と思うことは、そんなにいけないことですか?」
「.....」
俺の問いかけにも冴子は答えずじっと俺を見つめるばかりだったが、暫くしてようやく冴子が口を開いた。
「快彦... 私のすべてを知って、そして...私のすべてを、愛してくれる?」
「冴子.....」
全身に歓びが突き抜けていくのを感じた。 俺は、思わず冴子が“痛い”と声を上げるほどに強く彼女を抱きしめ、そして冴子の躰中至るところに口づけをし、大切に愛おしむように彼女を愛した。

冴子に触れるすべて...首筋・背中・足・唇...
彼女のすべてに触れるのは今日が初めてなのに、何故だか俺はこの温もりをずっと以前から“知っている”、と感じた。
どう説明すればいいのか分からないけれど、とにかく“知っている”と感じずにはいられなかった。
その感覚をもう一度確かめるように、俺は冴子の白く滑らかな肩先にそっと口づけた。
彼女に口づける度に、その想いは揺るぎない確信となっていく。
“俺達は間違いなく、それぞれに属する存在なんだ。”と...
そして...この不思議な感覚を起こさせる相手こそが、“運命の人”でなくて、何だというのだろう?

「何を考えてるの?」
眠っているとばかり思っていた冴子が背中を向けたまま話しかけてきた。
「このままずっと貴女を抱いていられたら、って。」
「...そうね。 私もずっとこうして快彦の腕の中にいたい...」
俺の腕を掴んでいた冴子の柔らかい手に優しく力がこもる。
「ねぇ、冴子さん...こっち向いて下さい。」
「うん? なぁに?」
ゆっくりと俺の腕の中で冴子は身体を動かしてこちらを向いた。
「キス、したい。」
「!?」
俺の言葉に冴子はまるで少女のように目を丸くし、頬は見る見るうちに紅く染まった。
その仕種があまりにも可愛らしくて、俺は冴子を強く抱き寄せて優しく額に口づけた。

こんなにお互いの心を近くに感じたのは初めてだった。
俺達はようやく一つになり、それぞれの心にあった雨雲も拭い去ることが出来た。
この先に俺達を待ち受けているものは辛い現実ばかりだろうけど、きっと二人の道を歩いて行ける... 俺は冴子を抱きしめながら思った。 きっと冴子も同じことを思ってくれているだろう。


この時の俺達は、二人の心がようやく分かり合えたことだけで胸がいっぱいで、心に覆い被さっていた雨雲など比べものにならない大きな闇が、すぐそこまで迫ってきていることに気付く術もなかった...


(「STORIES」に戻る)

(メインのページへ)