DESTINY 〜約束の出逢い〜 

(by 黎さん 1999.10.14up)

〜 Scene・4 〜



『貴女に触れたいと思ってる。 貴女のすべてを手に入れたくて仕方がない...』

何度そう言って彼女を抱きしめたいと思っただろう。
彼女に触れられないのはただ俺が臆病なだけ、彼女に何も言わないのは俺の気持ちをどんな言葉で表現すればいいのか分からなかっただけだ。
何故だろう...心の中で繰り返す“好き”や“愛してる”の言葉は、とても熱を帯びた真剣な響きを持っているのに、それを口に出した途端にどこか嘘っぽい匂いがする。
冴子には真実を伝えたい、どこにも嘘臭さのない言葉で俺の気持ちを伝えたい。
けれどもどこにもそんな言葉は見当たらなくて、何もかもが俺の邪魔をしているようにさえ思えてもどかしかった。

逢うたびに想いは募る...冴子のすべてを奪いたい、と。

“どうして冴子は誰かのものなのだろう... 
 どうしてその誰かが俺ではなかったのだろう...
 どうして...こんな風にしか出逢えなかったのだろう...”

だから冴子に触れられなかった。 彼女の気持ちが分からなかったからだけではなく、自制が効かなくなるのが怖かったからだ。 彼女を抱いてしまったら、きっと俺は彼女を自分だけのものにしたくなる...だから、彼女に触れることが出来なかった。

いつだって必死だった。 自分の気持ちを抑えることに必死になっていた。
そんな俺の気持ちなどお構いなしと言わんばかりに振り回す冴子を、時に憎いとさえ思うこともあった。
そう、愛しさと憎しみが背中合わせにあることも俺は冴子と出逢って初めて知った。
泣きたくなるほど冴子を愛していると1人の部屋で思うとき、どうしてこんなにも俺の心を乱すのかとその愛情が憎しみへと姿を変えるのだ。 ぞっとするような瞬間だ...“これは本当に俺なのか?” 何度そう鏡に向かって問いかけただろう。
俺のすべてが冴子を求めている。 でも、冴子は...どうなのだろう?
彼女への想いに苦しみもがく夜を俺は幾度となく過ごした。

そしてあの夜...あの真夜中の公園で、俺は明らかに今までとは違う冴子を見た。
俺の気持ちが知りたい、と言った冴子に俺の方こそ貴女の気持ちが知りたいと問い返すと、冴子は狼狽えたように俺を見た後、すぐに視線を逸らしてしまった。
“俺が彼女の心を乱し始めているのかもしれない...”そう思わずにはいられない表情だった。
俯いたまま、冴子が弱々しい声で呟いた。
「質問を質問で返すなんて、ずるい。 あなたから言ってくれなきゃ...私から先に言わせようとしないで。」

あの時俺は、2人の時が刻み始める音を確かに聞いた。 もう俺達は、後戻り出来ないところまで来ている... この気持ちを抑え込む方が不自然なのかもしれない。

「好きです。 どうしようもなく、貴女に惹かれています。」

冴子がゆっくりと顔を上げた。 彼女が俺の言葉に少しの不安も抱かぬようにと、俺はまっすぐに冴子を見つめた。
「私も...って、答えていいのかしら...」
戸惑う気持ちの方がまだ強いのか、冴子は怯えたような瞳で俺を見た後、すぐにまた俯いてしまった。
「...お願いです、ちゃんと聞かせて下さい。 俺だって...不安で仕方がないんです。」
俺の最後の言葉にはっとしたように冴子は顔を上げ、再び俺を見つめた。 彼女の瞳はまだ震えていたが、それでももう逸らされることはなかった。 そしてゆっくりと冴子の唇が動いた。

「.....私も、あなたが好き。」

ずっと聞きたかった言葉だった。 そして同時にその言葉はずっと冴子に伝えたかった言葉でもあった。
きっと俺達の告白は間違っている...そう、許される告白ではないことは、百も承知だった。
けれどもどうしても伝えずにはいられなかった。 気持ちを告げないことの方が大きな過ちを犯すような気がしてならなかった。
冴子となら俺はどんな罰でも受けられる。 いや、冴子の罰も俺が背負って一人地獄の底へ堕ちても構わない。
冴子の苛立ち、苦しみ、すべてを俺が受け止めて、あの頼りない細い肩をしっかりと抱きとめたい。 誰にも理解されなくたっていい、今はすべてに背を向けてでも冴子だけを見つめていたい。


公園のベンチに腰掛けて、俺は冴子の肩を抱き二人静かに秋の柔らかい風に吹かれていた。
「月が綺麗...」
不意に冴子が言い、その言葉に促されるように空を見上げると、澄んだ秋の夜空に丸い月が鮮やかに浮かび上がっていた。 その月を見て、ふと俺は思った。
この月は俺達の味方だろうか... 
鮮やかに輝くその色は、俺達を暖かく包み込んでくれているようにも冷たく突き放しているようにも見える不思議な光を放っていた。
しかし例えこの輝きが俺達を冷たく見つめていたとしても、そんなことはどうでもいいことだ...もう、迷いはない。
暗く険しい道を俺は選んだのだ、引き返す道も自分で断ち切ってしまった。
何処まで行けるか分からないけれど、冴子の手を取り俺は歩いて行く。

この、冴子への想いだけが今の俺の真実なのだと信じて。


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