DESTINY 〜約束の出逢い〜 

(by 黎さん 1999.10.9up)

〜 Scene・3 〜

『今ならまだ引き返せる...この人だけは、好きになってはならない。』

ある人との恋の始まりに不安を抱き、そんなことを思うときがある。
けれども、そう思った人達のうちのどれだけが本当に引き返すことが出来ただろう...戸惑いを覚えたときにはもう遅いのだ。 そう、すでに恋は始まっている。
少なくとも、私の場合はそうだ。

あの日快彦に“抱きしめて”と言ったその言葉に深い意味などなかった。
あの時の私は誰かの温もりを感じることで、ほんの一時でも苛立ちを忘れることが出来ればそれで良かった... ただ、それだけだった。
私が救いを求めたのは人の温もりにであって、快彦にではなかった。
そしてそれはいつまでも変わることのない事実であったはずなのに、付き合いが始まって半年ほど経った頃から私の心に変化が現れ始めた。

私にとって快彦という男は不思議な存在だった。
思えばこれまで出逢ってきた男達の中で、快彦ほど第一印象と違っていた男は今までにいなかったような気がする。
まず何よりも、このぼうっとした幼い印象の男の子が芸術家の卵だということが信じがたいことだったし、それを裏付けるかのように時折はっとさせられるような鋭い感性を見せつけては私を驚かせることも意外だった。

私が呼び出せば快彦はすぐに飛んできたが、彼から逢いたいと言うことはこの半年の間で一度もなかった。 それが私には悔しくて、もう二度と呼びつけまいとその度に思うのだが、気が付くとまた快彦に連絡を取っている自分がいた。 
けれども“逢いたい”と言うことだけはどうしても言えなかった。 
一度も連絡をくれない快彦とそれでも連絡を取ってしまう自分が許せなくて、いつも私はきつい言葉ばかりを快彦にぶつけていたような気がする。
「ただの気まぐれなのよ。こうやってあなたを呼びつけるのも、退屈だから...暇つぶしなの。」
いつもそんなような言葉をまるで言い訳のように私が口にすると、快彦も決まって、
「...分かってますよ、そんなこと。」
と、一瞬だけ傷ついた顔を見せて言った後すぐに平気だと言わんばかりに笑顔を作り、
「これから何処に行きましょうか?」
などと言っては話題をさっと切り替えた。

私には快彦の真意が分からなかった。 逢いたいとさえ言わないのだから、好きだと言われたこともない。 それに快彦が連れていってくれる所といえば、美術館や植物園といった、私と行って何が楽しいのだろうと思うような所ばかりだった。
好きだ何だというところから始まった私たちではなかっただけに、何故付き合いが続いていくのかが不思議でならなかった。
そして気が付くと、快彦のことが分からないと首を傾げていただけだった私の心は、彼のことを知りたい、という気持ちに変わっていった。

ある日、私は酔った勢いで快彦を夜中に呼び出した。
いつもの如く快彦はすぐに飛んで来てくれた。
「どうしたんですか?」
「飲み過ぎちゃったの。 車、運転できそうになかったから。」
「...分かりました。 送ります。」
そう言うと快彦はさっと運転席に乗り込んで車を走らせようとエンジンを掛けたので、私はその快彦の手を抑えて彼をじっと見つめた。
「まだ、帰るつもりはないの。 何処か連れてって。」
「こんな時間から行けるところはないですよ。 もう帰って休んだ方が...」
「嫌よ、帰らない。」
私は更に快彦の手を強く掴んだ。
「...少し、ドライブしましょうか。」
私が頑なに言い張るので、快彦は小さく溜息を付いた後笑顔でそう言うと車を走らせた。
快彦が連れてきてくれたのは高台の住宅街にある大きな公園だった。
「ここ?」
“着きました。”と明るく言ってドアを開けてくれた快彦に思わず私は聞いていた。
「えぇ、今日は天気いいから星も見えますよ。」
帰りたくないと言う女を連れてくるところがここ? 私は本当に快彦のことが分からなくなってしまった。 この男は私をからかっているのだろうか...
「ねぇ...何考えてるの?」
どうしてもそう聞かずにはいられなかった。
「え?」
突然の私の一言に意味が分からないと言わんばかりに快彦は声を上げた。
「どうして、いつも何も言わずに飛んできてくれるの? あなただって都合が悪いときだってあるでしょう?」
「.....」
「ねぇ、どうして...どうして.....」
“好きだと言ってくれないの?” その続きがどうしても私には言い出せなかった。
快彦が私を好きだという保証はどこにもない。
困惑したような表情を浮かべ暫く黙っていた快彦が、ようやく口を開いた。
「じゃぁ、冴子さんはどうして...俺を呼び出すんですか?」
「え?」
「そんなに気まぐれって、あるものですか?」
「.....」
「俺の方こそ、貴女の気持ちが知りたい...」
こんな風に快彦が自分の気持ちをこぼすのは初めてだった。 快彦も私も、お互いの気持ちを測り倦ねていたのだ。 私たちはようやく今、お互いの心に向き合おうとしている。
もう、気付かない振りは出来ない。 私の心は他の誰でもない、快彦にだからこそ救いを求めている。 彼に愛されたいのだと叫んでいる。

迷宮の扉が静かに開き、私たちを誘う。 
快彦と私はしっかりと手を取り合い、その扉の向こうへと足を踏み入れた...


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