DESTINY 〜約束の出逢い〜 

(by 黎さん 1999.10.1up)

〜 Scene・2 〜



『何が貴女に、そんな悲しい瞳をさせるんですか。』

これは俺が、一心に轆轤を廻す冴子の横顔にいつも問いかけていた言葉だ。
気が付くといつも視線の先には冴子がいて、彼女のきりっとした美しい横顔に見取れている自分に気付いては、慌てて視線を逸らしていた。
思えば初めて逢った時から俺は、彼女に惹かれていたのだろう。
漆黒の瞳の奥に見え隠れしていた苛立ちの影を見た時から...それは彼女が無意識のうちに出していたSOSのサインで、誰にでも見えるものではなかったと思う。
けれども、俺にはそのサインがはっきりと見えた。 
それだけで理由は十分だろう。 ...俺は彼女に、恋をした。

けれどもその彼女への特別な感情を俺は素直に認めることがなかなか出来なかった。
彼女の左手の薬指に光るその証しが俺の心に規制をかけていたからだ。
周りから俺は“お前は熱すぎる!” と笑われるほど曲がったことが大嫌いだったし、当然のことだが、人の道から外れたことだけはすべきではない、といつも思っていたからとてもじゃないが人妻の冴子に恋をしただなんて認めるわけにはいかなかった。
またそれ以前に彼女のような大人の女性が俺みたいな子供を相手にするとも思えなかった。 事実冴子はあの時まで、俺のことなどまともに見たことはなかった。

あの季節はずれの雷の午後、俺は彼女の琴線に触れてしまった。
俺の言葉にほんの一瞬だけうろたえた顔をしては見せたが、すぐに彼女はいつものきりっとした表情に戻って、俺に食ってかかってきた。
『どうしてそんなに自分を強く見せようとするのだろう...』
そう思った時、俺の心の封印は解かれてしまった。
気付いたらあの言葉が口をついて出ていた。 許されることではないと分かっていても彼女を包み込めるものなら俺が包み込んでやりたい、と思わずにはいられなかった。

てっきり俺が黙り込んでしまうだろうと思っていた彼女は、ほんとうに戸惑っていたようだった。
“ばかじゃないの?” と笑われるならそれでも構わないと俺は覚悟して彼女の次の言葉を待ったが、以外にも彼女が返してきた言葉は全く違うものだった。
「じゃぁ...抱きしめて。 今すぐ、この苛立ちを何とかして。」

その声は悲鳴のように俺の心に響いた。 
もう、何の躊躇いもなかった。 俺の右手はそっと冴子の頬に触れて細くしなやかな髪を撫でていた。 そして俺はこの腕にしっかりと彼女を抱きしめた。
冴子だけでなく、冴子が抱える苦しみまで受け止められるようにと...


機嫌を損ねている彼女の隣りでそんなことを思い出している内にいつの間にかタクシーはホテルに着いたらしかった。 まだ冴子の眉間には縦皺が刻まれていたが、それでも俺は何だか急に嬉しさが込み上げてきた。 
これから四日間、彼女は何処へも帰らずに俺の傍にいてくれる...
そう思うだけで自然と自分の顔が緩んでいくのが分かった。

「...何にやけてるの? 何が楽しいのよ!?」
そんな俺の表情を訝しげに見つめ、いかにも気に入らないと言わんばかりに冴子は眉をひそめてそう言い放つとさっさとフロントへと歩き出した。
“まったく、感情の起伏の激しい人だ...” 
冴子の背中を見つめ、やれやれと俺は小さく溜息を付いてはみたが、決してそんな冴子を嫌だとは思わない... 自分でも可笑しくなるくらいに冴子に心を奪われていた。

“参ったな... 俺、貴女が愛おしくてたまらないよ。”

とにかく今は何も考えるのはよそう。 ここでは誰も俺達のことを知ってる人はいないのだから。 
ほんの束の間なんだ... 貴女と俺だけの時間を大切に使おう。
俺はそう自分に言い聞かせると彼女に駆け寄り、笑顔で話しかけた。
「お腹すきましたよね。 何食べに行きますか?」
突然の俺の言葉に驚いたように冴子はまじまじと俺を見た後吹き出して笑った。
「...やだ、快彦ったら。」
冴子の眉間からようやく縦皺が消え、優しい笑みが浮かんだ。
「そうねチェックイン済ませたらすぐ出掛けましょう。」

そう、せっかくの旅行なんだ... 2人で笑っていよう。
今は何を迷ったり悩んだりしても、この想いを断ち切ることは出来ないのだから...


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