DESTINY 〜約束の出逢い〜 

(by 黎さん 1999.12.26up)

〜 Last Scene 〜


運命の人はきっと必ずいる。 裂かれても尚、求め合う魂がそれを証明してくれる...

一月とは思えない、穏やかな日差しの午後だった。
私は主人が眠る、海が一望できる高台の墓地で一人、静かに凪ぐ海を眺めていた。

目まぐるしく駆け抜けていった、四年間だった...
長く苦しく思えた日々も、こうして振り返ってみると、何だかあっと言う間に過ぎていった気がする。
長い長い眠りからようやく目覚めて、気が付くと独りぼっちになっていた...
今の私の胸の内を表現するなら、そんな感じだろうか.....

自宅療養を始めてから半年という短い期間で、主人は逝ってしまった...
後悔ばかりが残る、結婚生活だったけど... 最後に主人と二人だけの時間を持つことが出来たことだけが、救いだった。
静かに流れていく時の中で、まるで私達はこれまで互いを避けるようにして暮らしてきた日々を埋めようとでもするかのように、色々なことを話し合った。
そのお陰で、この結婚が正解だったのか、間違いだったのかは今でも分からないけれど、彼に惹かれ、彼を愛したことはやはり、間違いではなかったのだと、今私は自信を持って言える。

ふと、彼が私に言った言葉を思い出した...
“俺達は出逢いの瞬間に、あまりにも強く惹かれ合い過ぎて、それを赤い糸なんだと、錯覚してしまったのかもしれないな...”
確かにそうかもしれない...
“でもやっぱり、あなたを愛したこと、間違ってなかったと思うわ...”
私は後ろを振り返り、彼の墓石に向かって呟いた。

二週間前に主人の三回忌の法要を終え、私は明日、日本を離れる...
アメリカに住む姉夫婦を頼って、しばらくは向こうで暮らそうと思っている。
主人にしばしの別れを告げるため、今日こうして訪れたというわけだ。
“いつ帰るか分からない... もしかしたらもう、ずっと向こうで暮らすかもしれないけど、あなたの命日には帰ってくるつもりだから...”
私は最後に彼にそう話しかけて、立ち上がろうとした...


『!?』
私の瞳は今、誰を映し出しているのか... 自分の瞳が捉えている状況を、瞬時に受け入れることが出来なかった。
ただただ、立ち尽くすのみの私の方へ、少しずつその人は近付いてきた。

「冴、子.....」
掠れぎみに呟く声から、その人の緊張が伝わってくるようだった...
「快彦...どう、して..... あなたが、ここに?」
あまりの驚きに声が上手く出せなくて、私の声も掠れてしまっていた。
「貴島さんが... 教えてくれたんです。」
「...千果子が!?」
「えぇ... あなたのご主人から、頼まれたんだそうです。」
主人の墓石に視線を向けて、快彦が言った。
「...主人に、頼まれた?」
驚いて快彦に訊ねると、彼は黙って私を見て頷いた。

「自分がいなくなったからと言って、さっさと好きな男の元へ行けるような性格じゃないから、相手の男の方から迎えに来てやってもらえるよう、伝えて欲しい、と...」
「主人が千果子に、そんなことを?」
「はい... 貴女は一人で生きていく覚悟を決めているようだけど、一人で生きて行くには、あまりにも若すぎる... 今度こそ幸せになって欲しい... 自分が幸せにしてやれなかったぶんまで.....」
「.....主人が、そんなこと...」
思いも掛けない主人の言葉に、私は頭の中が真っ白になってしまった。

「貴島さんから、そのことを聞かされたのは、去年です。 ご主人が亡くなって、ちょうど一年が過ぎた辺りです。 まだ今、貴女のところへ迎えに行っても、きっと貴女は首を縦には振らないだろうから... 三回忌の法要が終わった頃、俺の気持ちが変わっていなかったら、迎えに行ってやって欲しい、って.....」
「.....あなたの気持ち... 変わっていないの?」
それまで呆然と主人の墓石を見つめたまま、快彦の話を聞いていた私は、ゆっくりと彼の方に顔を向けて訊ねた。
「貴女が... どれだけ俺の心に深い傷を刻み込んだか、分からないんですか? この傷が癒えないことには、新しい恋だって出来やしませんよ。 俺の時は... ずーっと、止まったままですよ... 空港で別れたあの夜から、動いてないんです。」
真っ直ぐに私を見つめて、快彦は話を続けた。
「貴女には幸せになる権利がある。 と、ご主人が言ったそうです... そして俺も、この傷を癒し、幸せになる権利があるはずです...」
「.....」
私は黙って彼を見つめ、次の言葉を待った。
「俺の... 俺のこの傷を癒せるのは、冴子... 貴女しかいないんだ。」
「快彦.....」
「貴女が幸せになるには、俺が必要だし、俺が幸せになるには、貴女が必要なんだ。
冴子... 貴女じゃなきゃ、だめなんだ。」

「.....快彦!」
気が付くと私は駆け出して、快彦の胸に飛び込んでいた...
何度も何度も忘れようとした、愛しい温もり...快彦の匂い... こんな瞬間が再び訪れるだなんて、夢にも思わなかった.....
「冴子... どれだけこの胸に、貴女をもう一度抱きしめたいと思ったことか.....」
快彦はそう言うと、ぎゅっと私を抱きしめてくれた。
「もう二度と、逢えないと思ってた... ほんとに私でいいの?」
「貴女でいい、じゃなくて、貴女じゃなきゃ、俺はダメなんです。」
ゆっくりと私から離れて、私の頬に伝う涙をそっと拭ってくれた後、快彦が言った。
「...ご主人に、挨拶させて下さい。」

「随分と長いこと手を合わせてたけど、何をそんなに話してたの?」
主人にどんなことを快彦が話したのかが気になって、私は快彦に訊ねた。
「色々ですよ。 俺という人間が何をしてる奴なのか、とか、貴女をどれだけ大切に思っているか、ってこと... それから.....」
「それから...?」
快彦の顔を覗き込むようにして私が次の言葉を促すと、彼は私の肩を抱いて言った。
「貴女を必ず、幸せにしてみせます!って.....」
「.....快彦」
「それともう一つ...」 
「もう、一つ?」
「はい。 俺に貴女のこれからを託してくれて、ありがとうございます。って.....」
そう言って、快彦は照れ臭そうに笑った。


...運命だとか、赤い糸だとか、いつの頃からか信じなくなっていた。
けれどもこうして、快彦と再び巡り会えたことに、運命というものを感じずにはいられない...
様々な障害に行く手を阻まれ、引き裂かれても、私達はそれを乗り越え、遠回りはしたけれど、こうしてまたお互いに辿り着いた。
まるで生まれる前から私達二人は、寄り添い合うのだと決められていたかのように...
再び繋がれたこの愛しい人の手を、私は二度と、離すことはないだろう.....

そう、これこそが運命... この出逢いは、約束の出逢い...


                            

 < END >