DESTINY 〜約束の出逢い〜 

(by 黎さん 1999.12.21up)

〜 Scene・11〜


同じ夢を見て目覚める毎日を、繰り返している...

不意に快彦が目の前に現れて、笑顔で私に手を差し出す。
私は嬉しくって、その手を必死に掴もうとする... すると急に快彦の姿は消えて、私は深く暗い、奈落の底へと突き落とされていく...

快彦のことを早く忘れようと先走る気持ちが、かえって彼への執着を強くするのか...
もう何度、同じ夢を見て目覚めたことだろう...
少しずつ、時がその記憶を曖昧にしていく中に、身を委ねることが出来ない。
すぐにでも、彼を、彼との想い出を、忘れてしまいたい。
この痛みに耐えうる強さなど、私は持ち合わせてはいなかった。
快彦を愛し、そして彼に愛された記憶を、消してしまいたい...
快彦と離れてみて、改めて自分が、どれだけ彼のことを愛していたのかということを、思い知った。

空港での別れから、三ヶ月近い日々が流れた。 着々とこれからの生活に向けての準備が整い、いよいよ来週から自宅療養を始めることになった。
海の見えるところへ移り住みたい、という主人の希望があったため、杉浦医師に相談して、何かあった時に診てもらえる病院も、主人の希望に添う立地条件の病院を紹介してもらうことが出来、私と義弟とで、慌てて住居探しを始め、何とか住むところも見つかった。 主人との新たな生活が、始まりかけている...
もう、後戻りは出来ない。 これは、自分で決めたことなんだから...

これまで住んでいたところは、売りに出すことにしたが、まだ荷物はほとんど運び出してはいなかったので、この一週間で、大急ぎで新居へと移さなければならなかった。
今、主人が入院している病院は、実家から近かったため、私はほとんど家には帰らずに実家で寝泊まりしていた。

久しぶりに戻った我が家は、何だか懐かしささえ込み上げてきて、思わず胸が詰まってしまうほどだった。 暫く家主の不在だった家は、どこか寂しい雰囲気すら漂っていた。
ここであの人と、四年という月日を共にした...
初めてこの家に、足を踏み入れた日のことが思い出される。
私は主人との新しい生活に胸を弾ませ、幸せ一杯だった...
まさか、主人との仲がこじれるだなんて、夢にも思っていなかった... そして、主人がこんなことになるだなんてことも、もちろん、考えてなどいなかった。
どこで何が...狂ってしまったのだろう。
...今更そんなことを考えても、どうしようもないけれど.....

そして、あっと言う間に一週間が経った。
ついに、この家で過ごす、最後の夜となった。 引っ越しの作業も何とか無事に終えることが出来ていたので、実家に泊まるつもりだったのが、何だか急に名残惜しくなり、こちらに泊まることにした。 荷物が運び出され、空っぽになった部屋の真ん中に座り込んで、何をするわけでなく、ただぼうっと辺りを見回してみた。
“何もかもが、終わってしまったんだな...” と、訳もなく寂しい想いが込み上げてくる。
主人はこれから、苦しむのだろうか... その姿を目の当たりにして、果たして私は、耐えられるのだろうか...

はっと我に返る... いけない、今からこんな弱気なこと言ってちゃ、先が思いやられる... 私はすっと立ち上がった。 そういえば、今日は何だか忙しくって、お昼も食べていなかった... そんなに食欲はなかったが、何か軽く口に入れようと思い、私はコンビニへ出掛けることにした。 パラパラと降っていた雨は、いつの間にか本降りになっていて、一瞬、出掛けるのを止めようかとも思ったが、気持ちの切り替えもしたかったので、傘を開くと、私は思いきって土砂降りの雨の中に飛び出した。

買い物を済ませて、家の近くまで戻って来た頃には、すっかり私の足はびしょ濡れになっていた。 あちこちに水たまりが出来ていたので、私は足下に気を取られながら俯き加減に歩いていて、ふと視線を上げると、家の車庫の前に、誰かが立っているのが目に入った。 激しい雨と暗さで、ぼんやりとしか見えなかったが、そこに人影があるのは間違いなさそうだった。
“傘も差さないで... 誰なんだろう? 家に用があるのかしら...”
何だか私は怖くなって、その場に立ち止まり、様子を窺った。
じっと目を凝らして見ると、ぼんやりと見えていたその人影が、少しずつはっきりと映り始めてきた。 そして私は... 思わず息を呑んだ。

「...快、彦.....」
不意に名前を呼ばれ、一瞬ぴくんと身体を動かした後、その人影は、ゆっくりとこちらを向いた... 間違いなく、快彦だった。
無意識のうちに、私は駆け寄ると、快彦に傘を差し掛けた。
「傘も差さないでこんな所にいたら、風邪を引いてしまうわ。 ...取り敢えず、身体拭かなくちゃ。」
「...大したことなんかじゃない.....」
「...え?」
「これくらいの雨に濡れる事なんて、全然大したことなんかじゃないですよ!」
快彦は傘を差し掛けた私の手を払い除けて、言葉を続けた。
「この三ヶ月間、俺がどんな想いで毎日を送っていたか... 少しでも、ほんの少しでも、考えてくれたことありますか?」
「快彦...」
「貴女がいなくなってからのこの三ヶ月... 今日が何日だろうが、何曜日だろうが、晴れていようが、雨が降っていようが、俺には、そんなものどうでもいいことだった。いつだって俺は、土砂降りの雨の中を、ずぶ濡れになりながら歩いている気分だった。ただただ必死に、貴女を捜すためだけに歩いていたんです!」
「.....」
「...ご主人との生活を捨てられないと思ったのなら、そうはっきりと言って欲しかった... こんな、逃げるみたいに俺の前から、突然姿を消すだなんて... あんまりじゃないか!」
「そんな... 逃げる、だなんて...」
「違いますか? ...貴女は、今までの生活が捨てられなくて俺から逃げた...そうじゃないですか!」

快彦の悲痛な叫びに、それは誤解だと、私は今にも言い出しそうになるのを必死に堪え、心とは裏腹の答えを返した。
「...ごめんなさい、あなたの言う通りよ。 やっぱり、私... ここから抜け出す勇気がないの。 あなたとは、暮らせない...」
「...本当にそれが、貴女の本心なんですか?」
「...ごめんなさい。」
見る見るうちに、快彦の表情が、怒りと悲しみに染まっていった。
もちろん、本心から言っている言葉であるはずがなかった。 けれども... こう答えることが、快彦... あなたのためになると思うから.....
「...ひどい人だ。 貴女は...ひどい人だ!」
震える瞳で睨み付けるように、私を一瞥した後、快彦は走り去っていった。

「快彦... 待、って.....」
消え入りそうな声で、私は彼の背中に向かって言った。
追いかけたい... 追いかけて、すべてを彼に打ち明けたい。
...けれどもそれは、許されないこと。

走り去る快彦の姿が闇に紛れた後も、暫く私はそこから動けないでいた。


こうして私達は、最悪の別れを迎え、そして二度と逢うことはなかった...


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