私が小学校の二年か三年の頃、星座に興味を持ち、夜、外に出て空を見上げたりしていたことがあった。しかし、星座は、本で見るようには、はっきりは分からなかった。
せいぜい、オリオン座、カシオぺア座、北斗七星が分かったくらいだ。
今でも、この三つは分かる。
本を見ると、オリオン座は、三つ星を囲む部分の他に、線になってのびている部分があるのだが、私の目には、三つ星が四つの星に囲まれているようにしか見えなかった。
本と見比べ、星座を見つけようとしている私を見て、母がこんな話をしてくれた。
オリオン座の三つ星に関する伝説である。
昔々も大昔、イザナギとイザナミが国を作った頃の話、というのだから、神話の世界だ。
国ができ、神々が次々に生まれ出た時のことだという。
神と言っても、必ずしも善とは限らない。
例えば、天照大神が天の岩屋戸に隠れると、この世は闇の世界になり、悪しき神が跳梁したという。悪い神も生まれていたのだ。
光があれば陰ができるのが道理で、太陽神が生まれるのと同時に闇の神もまた生まれていたのだろう。
人間が豊葦原(とよあしはら)の瑞穂(みずほ)の国に満ち満ちると、悪神との衝突も起こった。
ある土地に、悪神が住みついた。豊作を祈れば稲を枯らし、獲物を狙えば逃がしてしまう。何とかしたいが、人間の力ではどうにもならない。
土地の人々が、ほとほと困り果てていると、その土地を、六人の神が通りかかった。
旅の途中だったらしい。
「どうして旅をしていたの?」
私は疑問に思って尋ねたが、母は、
「とにかく旅をしていたのだ。どこから来てどこへ行く途中だったのかは分からない」
と、答えた。
実際には、この問答は方言で行われたのだが、方言をそのまま文字にするのは難しいので、共通語に直して書くことにする。
話を戻すと、何の理由もなく旅をする、というのは妙なものだが、大国主の命(みこと)の手助けをした少彦名命(すくなびこなのみこと)だって、他国から来てどこかへ飛んでいってしまったのだから、土地から土地へ渡り歩く神々もいたのだろう。大国主といえば、大国主の命の兄たちは、そろいもそろって悪党ばかりだった。神話の時代から悪いヤツというのはいるわけだ。
さて、その土地を通りかかった六人の神は(神なのだから、「六柱(はしら)の神」と言うべきなのだろうが、あまりにも人間的だし、母も「六人」と言ったので、「六人」にしておく)、兄弟でも何でもなく、もともとは何のつながりもなかったらしいのだが、仲良くなって六人で旅をしていたのだそうだ。
その六人は良い神様だということが分かったので、土地の人々は、その六人に、悪神の退治を願った。
このあたり、なんだか「七人の侍」のようだが、「七人の侍」にも、何かもとになった話があったのかもしれない。
また、どうして良い神様だということが分かったのか、ということになると、これも分からない。とにかく良い神様だったのだという。
人々に頼まれた六人は相談した。どうやって悪神をやっつけるか。
まず相手の様子を探らなくてはならない。
調べてみると、悪神は一人ではなく、四人いた。
その四人が、その土地の東西南北に一人ずついて、悪さをしているらしい。
六人はまず、東へ向かった。
東の悪神は、蛇に姿を変えていた。
六人は力を合わせて、その蛇をつかまえようとしたが、素早くてなかなかつかまらない。
やっとつかまえても、ヌルヌルしていてすぐに逃げられてしまう。
それで、東の悪神をつかまえるのはひとまずあきらめて、今度は南へ向かった。
南の悪神は、鳥に姿を変えていた。
六人はみんなでその鳥をつかまえようとしたけれども、手が届きそうになると飛び上がってしまうのでつかまえることができない。
それで、南の悪神をつかまえることも、ひとまずあきらめることにした。
そして、六人は西の悪神の所へ向かった。
西の悪神は、山犬に姿を変えていた。山犬というのはもしかしたら狼のことなのかもしれないが、単なる野生の犬だったのかもしれない。
六人でその山犬をつかまえようとすると、走って逃げるのでなかなかつかまえられない。
その六人の神様達だって、走るのは苦手ではなかったのだけれど、山犬の方がずっと早い。それに、六人の中には、あまり若くない神様もいて、息が切れてしまって追いかけ続けることができなかったのだそうだ。
それでまた、西の悪神をつかまえるのはあきらめて、六人は北へ向かった。
北の悪神は、姿を亀に変えていた。
亀ならば動きは鈍いから、簡単につかまえられそうなものなのだが、その亀は、深い池の泥の中に潜っていて、どうしても見つけることができなかった。
それでまたもや、つかまえるのはあきらめることになった。
しかしこれでは、土地の人々の願いをかなえることはできない。六人だって神なのだから、このままで終わっては沽券(こけん)にかかわる。
そこで六人は考えた。
つかまえようとするから逃げられるのだ。
こっちから追わずに、向こうからこちらへ来るようにしむけてはどうか。
そんな意見が出た。
では、どうやっておびき出すか。
土地の人々に聞くと、四人の悪神には、大好物があるのだという。
それは何かというと、ほかの神の肉だという。
悪神は弱いけれど、神の肉を食べたくて仕方がない。以前、この土地にも土地の神がいたのだが、病気になった時に、悪神に四人がかりで襲われ、食べられてしまったのだという。
六人は、これには驚いた。おれが一人でおとりになる、と言った神もいたが、いくら何でも、仲間をおとりにするわけにはいかない、と、反対した神もいた。
かといって、今のままでは、逃げられてしまうばかりで、捕まえることができそうにない。悪神を退治するのはやめようか、という話まで出た。
六人がそれぞれ自分の考えを通そうとするものだから、ちっともまとまらない。
結局、ケンカになってしまった。
六人が入り乱れてのケンカは三日三晩続いた。
それはもう大変なもので、土地が揺れ、森の木が倒れ、川の水は渦巻いた。
そしてとうとう、年上の三人は大けがをして倒れてしまった。
残ったのは若い方の三人だったが、その三人も、もう一緒にはいられない、と、バラバラの方向へ立ち去ってしまった。
後には、動けなくなった三人の神が残された。三人とも、まだ息はあったが動けない。
夜になった。
暗くなると、四方から、三人の神が倒れているところへ忍び寄ってくる気配がした。
もちろん、それは四人の悪神だ。
悪神は、しばらく様子をうかがって、倒れている三人が、ほんとうに動けないのかどうか確かめた。
しばらく見つめていたが、三人はただうめき声をあげるだけだった。
四人の悪神が、姿が見えてしまうところまで近づいても、三人の神は動けなかった。
悪神は、そっと合図しあい、一斉に飛びかかった。
その時。
倒れていた三人がさっと立ち上がり、四人を捕まえた。
悪神の方が多いので、中でも年上の二人は、二人で三人の悪神を捕まえた。
ケンカをして傷ついたふりをしていただけなのだ。
四人の悪神はもがいて逃げようとしたが、そこへ、去ったはずの若い三人の神が飛んできた。
その三人まで加わったのでは、悪神は逃げようがない。三人がそこに着くまでになんとかしなくてはならない。
悪神はとうとう思い切った方法をとった。
四人の力を合わせて、思い切り飛び上がったのだ。
悪神は、三人の神に捕まったまま飛び上がった。高く高く飛び上がった。
三人の神はそれでも手を離さなかった。
飛び上がりながら、悪神は何とかして逃げようとした。
若い方の三人の神もあわてて追いかけて飛び上がったが、追いつけない。
悪神はとうとう三人の神の手からのがれた。
そして四方へ離れた。
悪神を捕まえていた三人の神は、四人に囲まれる形になった。
しかし……。
あまりにも高く飛び上がりすぎて、その時にはもう空にいた。
結局、悪神はそのまま空に貼り付けられ、星になってしまった。
悪神をつかまえていた三人の神は、地上にもどろうとしたが、四人の悪神が回りを囲んで、それを許さなかった。
三人もまた、一列に並んで星になった。
後を追いかけていた若い三人は、中にいる三人の所へ行こうとしたが、悪神が邪魔して中へ入れなかった。
こうして、六人の神と四人の悪神は星になった。
オリオン座の三つ星が、年上の三人の神だ。
それを囲んでいるのが四人の悪神だ。
中に入れない三人の神は、何とか中にいる三人にあいたくて、流れ星になった。
流れ星になって、中へ入ろうとするのだが、いつも悪神に邪魔されて入れないのだそうだ。
この話を聞いて、私は母に尋ねた。
「じゃあ、その六人は、それからもう会えないでいるの?」
「空の世界ではね」
と、母は言った。
「空ではね。空では、邪魔されて会えないんだよ。でもね、六人は神様だから、不思議な力があって、体は星になったまま、魂は時々人間に生まれ変わるんだって。六人で示し合わせて人間に生まれ変わって、そうやって六人で集まるんだって」
今の私は、星空を見上げることはほとんどない。
しかし、何かのおりに、オリオン座の写真を見るたび、この話を思い出す。
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