Dahlia

Please visit our sponsors.
↑スポンサーも訪れて下さい

これはhongmingが書いたものです。感想などはこちらへ→
(postpet兼用)

 俺はいつも、彼女が朝食の用意をしている音で目が覚める。トースターの音、コーヒーメーカーの音、テレビの音、椅子を引く音……。
 俺が彼女のそばへ行っても、彼女は俺のことを気にせずコーヒーを自分のカップに注ぐ。そしていつもコーヒーのにおいが部屋に満ちるんだ。
 彼女はトーストを頬張るとカップを口に運ぶ。俺の分も用意してもらえないかと思って声をかけても、彼女はちらっと俺を見るだけで、またテレビに目を向けて黙々とコーヒーを飲みほして、知らんぷりしている。いつものことさ。
 俺が彼女とこの部屋で暮らし始めてどれくらいたったんだろう。もう、お互いに相手無しではいられないようになってしまった。少なくとも俺はそうだ。彼女もきっと同じ気持ちのはずだ。
 俺と彼女は、気が向くと、二人で散歩することがある。別にどこか行きたいわけじゃない。ただ部屋の中にばかりいると気がくさくさしてくるから、俺が誘うんだ。断られることもあるけれど、たいていは一緒に来てくれる。
 町を歩くと、俺たちを見てうらやましそうにするやつもいる。じろじろ見るやつもいるし、全く気にかけないやつもいる。中には俺たちを見て慌てて横道にそれていくやつもいる。しかし、俺も彼女もそんなものは気にしない。
 仲間の中には、一人で暮らしているのもいる。昌行がそうだ。昌行はいつも、
「ひとりの方が気楽でいいぜ」
などと言うが、それは単なる負け惜しみだ。俺にはよく分かっている。俺は彼女との暮らしに満足している。
 中には俺よりずっといい暮らしをしているのもいる。博のやつだ。あいつは生まれたときからお屋敷に住んでいる。口には出さないが、それを自慢に思っているらしい。しかし、俺に比べると博には自由がない。
 俺は基本的に自由だ。彼女は俺を束縛したりなんかしない。俺は一人で出かけることもある。だけど博にはそれができない。
 もちろんケンカをすることだってある。そりゃあ、どんなにうまくいっているカップルでも、ちょっとしたいさかいぐらいあるはずだ。俺も彼女も腹を立ててしまうと、一緒にいるのが気まずくなる。そんな時は、俺は一人で散歩に出る。
 今日もそうだ。彼女の怒った顔に背を向けて、俺は一人で町に出た。別に行きたい所などない。ただぶらぶらするだけだ。そのうち俺も彼女も興奮が冷めてくる。いつも、原因は冷静になってみれば何でもないことなんだ。
 一人でぶらついている俺を見て、昌行が声をかけてきた。
「おっ、とうとう一人になったのか、快彦」
「そんなわけないだろう。ちょっと頭を冷やしに出てきただけだ」
「ケンカしたのか」
「まあな」
「でもすぐ帰るんだろう」
「そりゃあ帰るさ」
「全く根性なしだな」
「そうじゃない。ただ、彼女を一人にしておくことができないだけなんだ」
「ま、口では何とでもいえるさ」
 俺が言った言葉は強がりじゃない。彼女は俺がついていてやらなくちゃだめなんだ。彼女が心配で戻るだけなのさ。
 俺は一時間ほどぶらぶらしてから部屋に戻った。アパートが見えてくると、日の当たる窓辺に彼女がいた。窓辺のプランターに水をやっている。まだつぼみのダリアに水滴が光っている。俺が声をかけると彼女は笑顔で俺に手を振った。
 部屋に戻ると彼女は俺を抱きしめた。俺は笑顔で応えた。
「ごめんね、快彦。今、ご飯の用意をするからね」
 そう言って彼女は皿を出し、俺の食事をその中に入れた。それを見るとつい条件反射でしっぽを振ってしまう。
 念のためにいっておく。俺が彼女と一緒にいるのは、こんなドッグ・フードを食べたいからじゃない。彼女を愛しているからなんだ。

(終わり)


 時々、これに出てくる女性は誰の設定なのか、と聞かれることがありますが、特に誰かを想定しているわけでありません。適当に想像してください。
 また、言わずもがなのことですが、これに登場するトニセンはいずれも人間ではありません。念のため。


メインのぺージへ