仕事を終え、家に帰る途中の昌行。
 突然後ろから袖をつかまれ、声をかけられる。
「(若い娘の声)お兄ちゃん!」
 昌行が振り向くと、娘(吉川ひなの)が微笑みながら立っている。
昌行「俺か?」
ひなの「お兄ちゃん。ねえ、お兄ちゃんを捜して」
昌行「お前の兄貴がどうかしたのか」
ひなの「お兄ちゃんが帰ってこないの。お兄ちゃんて、お兄ちゃんとおなじにおいがする。ねえ、お兄ちゃんを捜して」
 昌行、何が何だかさっぱりわからないという顔。そこへ博が通りかかる。
昌行「よう、博、ちょっと助けてくれ」
博「どうしたい」
 博が歩み寄ると、ひなの、博に飛びつく。
「あっ、この人もお兄ちゃんだ。ねえ、お兄ちゃんを捜して!」
 顔を見合わせる博と昌行。
 ひなの、次第に半泣きになり、昌行にすがりつく。
「お兄ちゃんが帰ってこないの。お兄ちゃんを捜して。ねえ、お兄ちゃんを捜して」

必殺! 苦労人

「お兄ちゃんを捜せ」
 昌行の長屋。先に入った昌行、ひなのを中に入れる。
昌行「おう、帰ったよ」
お和歌「お帰り。あら、その人は?」
 昌行、返答に困ってひなのを見る。
ひなの「(昌行に)ねえ、この人、お兄ちゃんのおかみさん?」
昌行「ああ」
 ひなの、お和歌に向かってぴょこんと頭を下げ、
「はじめまして。ひなのです」
お和歌「お兄ちゃん……! お前さんに妹がいるなんて聞いたことないよ」
昌行「俺もだ」

 膳を前にし、夕食を取っている昌行、お和歌、ひなの。
お和歌「(ひなのに)もう一度聞くけど、うちの人はあんたの本当のお兄ちゃんじゃないんだよね」
ひなの「うん、違う。でもお兄ちゃんと同じなの」
お和歌「何が」
ひなの「においが」
昌行「そのお兄ちゃんてのは髪結いなのかい」
ひなの「ううん、違う」
お和歌「じゃあ、何の仕事をしてるんだい」
ひなの「わかんないの」
お和歌「そのお兄ちゃんの名前は?」
ひなの「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ、名前なんかないよ」
 顔を見合わせる昌行とお和歌。
 先に食べ終えた昌行、
「ちょっくら、大家さんのとこに行ってくらあ。黙って人を泊めるのも具合が悪いだろうし」
お和歌「そうしとくれ」

 大家の所から戻ってきた昌行。
「事情を分かってもらうのに手間どっちまって」
お和歌「無理もないよ。あたしらだって何が何だか分からないんだから」
昌行「とにかく明日大家さんと一緒に番所に行ってみるよ」
 見ると、ひなのはもう布団に寝ている。
昌行「寝ちまったのか。疲れてたんだろうな」
お和歌「かわいそうにねえ。ちょっとおかしいのかもしれないね」
 昌行、枕元へ寄り、ひなのの寝顔を見る。それからお和歌に目を向け、何度も二人を見比べる。
お和歌「なんだい、ジロジロ見て」
昌行「こうしてみると、お前とこの娘って」
お和歌「似てるかい」
昌行「ずいぶん頭の大きさが違うな」
 お和歌、ちょっとむっとして昌行をにらみ、
「さて、あたしも寝るからね」
と言うと、もう一組の布団に入る。ほかに布団はない。
昌行「おい、もう少し端によってくれよ。俺が入れねえじゃねえか」
お和歌「頭の大きい女と同じ布団はいやだろう。あんたは、畳の上で寝な」
昌行「おいおい」
お和歌「この陽気なら風邪を引くこともないだろうよ」
 ふてくされたように横を向くお和歌。昌行、ため息をつく。

 翌日。
 頭を何度も下げながら番所から出てくる大家と昌行。ひなのはただうれしそうに昌行の袖を握っている。
昌行「それじゃあ、あっしはこのまま仕事に行きますんで」
大家「その子はどうする」
昌行「連れていきます。人目に付くところにいりゃあ、何か手がかりがあるかもしれません」
大家「それがいいだろう。じゃあな」
 大家と別れた昌行、ひなのを連れて歩き出す。
ひなの「お兄ちゃんの仕事ってなあに」
昌行「昨日も言ったろ。髪結いだ」
ひなの「これから髪結いのお店に行くの?」
昌行「いや、その前に寄るところがある」

 昌行がひなのを連れてきたのは快彦の長屋。
昌行「入るぜ」
 返事を待たずに戸を開けてはいると、快彦はちらかった部屋で傘張りをしている。快彦、昌行の方には目もくれず、
「何かあったのか」
 昌行、ひなのに向かって、
「この人はどうだ」
ひなの「この人もお兄ちゃんと同じだ。この人もお兄ちゃんだ」
 快彦、やっと二人の方を見る。
「何だその娘は」
昌行「お前の妹だ」
ひなの「ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんを捜して」
 快彦、驚いて昌行を見る。

 長屋の井戸端。話している昌行と快彦。開いた戸口から、ひなのが快彦の部屋にいて、作りかけの傘をいじっているのが見える。
昌行「俺たちだけじゃねえ。博のこともお兄ちゃんだって言うんだ」
快彦「ということは、俺たちと同じ……」
昌行「かもしれねえ。裏の稼業に手を染めているのは俺たちだけじゃねえはずだ」
快彦「どうする」
昌行「しばらく俺のところであずかる。済まねえが、元締めに知らせてくれねえか。何か心当たりがあるかも知れねえ」
 ひなのの方を見ながらうなづく快彦。

 髪結いの店。客を送り出した昌行が中に戻ると、ひなのはカミソリを手にしている。
昌行「おい、それは商売道具だ。おもちゃにしちゃ困る」
 ひなの、おとなしく昌行にカミソリを渡し、
「お兄ちゃんはね、もっと大きいの持ってるんだよ」
昌行「もっと大きいカミソリを持ってるのか」
ひなの「ううん、カミソリじゃない。ナタって言うんだよ」
昌行「ナタ……。お兄ちゃんは、ナタで仕事をしているのか」
ひなの「うん。でもね、もう抜けるんだって。だから最後のお勤めだって行ってでかけたの」
昌行「抜ける……」
ひなの「だけど、帰ってこないの。だから、ひなのが捜してるの。ねえ、お兄ちゃんを捜して!」
 泣き出すひなの。昌行、腕を組む。
ひなの「お金ならあるんだよ。お兄ちゃん、最後にたくさんお金くれたの」
 ひなの、懐から、小判を五枚取り出す。昌行、あたりに気を配り、
「そんなもの人に見せるもんじゃねえ」
ひなの「でも、お兄ちゃんを捜さなきゃ」
昌行「わかった。その小判、三枚だけ預からしてくれ。もし兄ちゃんが見つからなかったら返す。見つかったら礼に貰うぜ」
 ひなの、うれしそうに「うん」と頷くと、小判を渡す。

 にぎやかな門前。ひなのは物珍しそうに露店などを見ている。そのひなのを見守りながら、博と昌行が立ち話をしている。
昌行「快彦の話じゃ、元締めにも心当たりはねえそうだ」
博「ナタっていうのが気になるな。俺たちとは違うんじゃねえか」
昌行「そうなると……」
 そこに突然、ひなのの悲鳴。
「いやだあ! お兄ちゃん助けて、お兄ちゃん!」
 見るとひなのが見知らぬ男に連れて行かれそうになっている。昌行、すぐに駆けつけ、ひなのと男の間に入る。
昌行「何だ、おめえは」
 長野は男に気づかれぬように人混みに紛れる。
 男、一瞬昌行をにらむが、すぐに走って去っていく。気づかれぬようにその後を追う博。昌行、博が後を追っているのを見て、ひなのに目を向ける。
「大丈夫か」
「うん」
「今のは、知ってる男か」
「ううん、知らない。でも、お兄ちゃんの所に連れてってくれるって言ったの。だけど、お兄ちゃんにも一緒に行ってもらおうとしたら、それはダメだった言って怒りだしたの」
 昌行、あたりに気を配りながら、ひなのの肩を抱くようにして歩き出す。
 歩きながら、昌行、問いかける。
「いいか、ひなの。もしかすると厄介なことになるかもしれねえ。よく思い出してくれ。お前のお兄ちゃんの名前でも仕事でもいい、何か知らねえか」
ひなの「お兄ちゃんはね、名前はタツって言うんだよ」
昌行「どうして今まで黙っていた」
ひなの「お兄ちゃん以外の人には教えたくなかったの」

 あまり手入れされていない武家屋敷。ひなのを連れ去ろうとした男が門をくぐる。
 手軽屋の目印の旗を手にした博、しばらく遅れて、何食わぬ顔で門の前を通り過ぎる。

 屋敷の天井裏。忍び込んだ博が天井板の隙間から下を見ている。
 下の座敷には、身なりのいい侍と、見るからに凶悪そうな男。そして、床柱の前に後ろ手に縛られている男(山口達也)。
 侍が達也に向かって、
「どうしても殺しは嫌なのか、金太郎さんよ」
達也「俺は金太郎じゃねえ。嫌なものは嫌だ」
男「確かにおめえは今まで殺しはやらなかった。しかし、ずいぶん血は浴びてるだろう。おめえの体には血のにおいが染みついちまってるんじゃねえか」
達也「殺しは嫌なんだ。ナタで土蔵を壊すだけで勘弁してくれ」
侍「人をあやめなくとも、一味にかわりはねえ。つかまれば、はりつけはまぬがれんぞ」
達也「それでも嫌なものは嫌なんだ」
 じっと、下のやりとりを聞いている博。

 昌行の長屋。
 ひなのと一緒に帰ってきた昌行。
昌行「帰ったぜ」
お和歌「お帰り。早かったね。どうだった」
 昌行、ひなのを先があがらせ、自分は草履も脱がす、上がりがまちに腰をかけ、
昌行「手がかりは何もなしだ。今日は、俺は晩飯はいらねえ。博のところに泊まる」
お和歌「博さんて、手軽屋の? どうしてまた」
昌行「やっぱり畳の上じゃよく眠れねえよ。それにちょっと仕事の道具のことで話しもあるし」
お和歌「あんた、あたしといるより、博さんといるほうがいいのかい」
昌行「そうじゃねえよ。畳の上で寝るより、博んとこの布団で寝る方がいいっていうだけだ」
お和歌「(にじり寄って昌行の肩をつかみ)まさか、一つ布団じゃないだろうね」
昌行「変なこと言うなよ」
お和歌「あんた、博さんとしょっちゅう会ってるみたいだけど、変な仲じゃないだろうね」
昌行「いいかげんにしろよ。じゃあな、行ってくらあ。しっかり戸締まりしておけよ」

 博の長屋。昌行と快彦、博が座って話している。
博「俺たちと同じ稼業じゃないね。表向きは旗本だが、ただの悪党だ」
快彦「ただの悪党?」
博「押し込み専門ってとこだ」
昌行「その仲間から抜けようとしてるわけか」
快彦「すると、俺たちと同じにおいがするってのはどういうことだ」
博「まあ、血のにおいが染みついてるってことか……」
昌行「血のにおいなんてものはそういつまでもはっきりわかるもんじゃねえ。たぶん、やばいことに手を出しているのが分かるんだろう」
快彦「かみさんとあの娘は大丈夫なのか」
昌行「俺はつけられるほどドジじゃねえよ」
博「(昌行と快彦の顔を見回し)で、どうする?」
 昌行、懐から小判を三枚出して二人に見せる。
「金は貰ってある。やろう」
 快彦、その一枚を手に取り、
「仕事としてなら引き受けよう」
 博も一枚手に取り、
「これ一枚じゃわりにあわないかもしれないけどな」
 昌行、残った一枚を仕舞い、
「さっそくかかろう」

 屋敷。後ろ手に縛られたまま暗い顔で唇を噛んでいる達也。

 屋敷の簡単な見取り図を描いて、昌行と快彦に達也の居場所を説明している博。

 昌行の長屋。
 何も知らず寝ているひなのとお和歌。

 闇の中、並んで歩く三人。
 途中、十字路で三方に別れる。

 屋敷。
 廊下を人相の悪い浪人が歩いている。その床下に潜んでいる快彦。

 庭の植え込みの陰で様子を見ている博。

 屋根裏。そっと梁の上を進んでいく昌行。
 下から話し声がするのでそっと天井板をずらす。灯りが昌行の顔を浮かび上がらせる。
 昌行、天井板の隙間からのぞき込む。
 座敷には侍と達也だけ。
 屋根裏の昌行、頷くと、そっと天井板をはずし、カミソリを手にして侍めがけて飛び降り、一瞬のうちに侍の首筋をかき切る
 座敷の前の廊下にいた男、物音に気づき、刀を抜いて中に入ろうとしたところへ、床下から快彦が飛び出し、組み付く。快彦、片手で男の腕をねじり、片手で首を締め上げる。男、しばらく暴れていたが、動かなくなる。一方、中の昌行は達也を縛っている縄を切りながら話しかける。
「お前さん、妹がいるだろう」
「いる。どうしてひなののことを」
「頼まれた。さあ、行こう」
 快彦は男の死体を座敷に引きずり込む。昌行と達也が立ち上がり、快彦とともに外へ出ると、
「何かあったのか」
「今の物音は何だ」
という騒ぎが聞こえてくる。三人は庭に飛び降りると、床下に身を隠す。
 庭にいた博、部屋の前に集まってきた盗賊めがけて続けざまに吹き矢を吹く。何人かは首に手を当ててうずくまる。残りはさっと、部屋の中に飛び込む。
「殿がやられているぞ」
「頭(かしら)もだ」
「灯りを持ってこい」
 騒ぎの中、床下を進む昌行、快彦、達也。
 賊のうち一人が、吹き矢が飛んできた方向にあたりをつけ、博の方へ向かっていく。それを見た快彦、床下から飛び出し、後ろから組み付く。
「お、くせ者がいたぞ」
 ばらばらと庭に飛び降りる賊。博、必死に吹き矢を吹くが相手が動き回るので、思うように当てられない。昌行、賊が全員庭に出てしまうったのを見計らって飛び出し、すぐ前にいた賊の口をおさえ、のどをかき切る。快彦は倒した相手の刀を奪い取り、もう一人を切り殺す。
 昌行がさらに一人殺し、またもう一人の背後から口を押さえのどにカミソリを当てたとき、後ろから、
「おのれ」
という怒鳴り声が聞こえる。振り向くと、昼間ひなのを連れ去ろうとした男が刀を振り上げて向かってくる。昌行、とりあえず体を入れ替えながらのどをかき切り、その死体を盾にして身を守ろうとするが、相手はかまわず向かってくる。刀を振り下ろそうとしたその瞬間、男はのけぞり、崩れ落ちる。昌行が驚いていると、倒れた男の向こうには、血に染まったナタを手にした達也が、ほうけたように立っている。
達也「やっちまった……」
 昌行が声をかけようとしたとき、
「裏切ったな、タツ」
という怒鳴り声とともに、賊が一人達也に斬りかかる。あっけなく切られてしまう達也。
 そこへ快彦がかけつけ、刀を持った賊の手をねじりあげ、当て身をくらわす。
 昌行、達也に駆け寄り、だきかかえる。
「タツ。しっかりしろ。妹さんが待ってるぜ」
 達也、かろうじて目を開ける。
「俺がばかだった。妹に江戸でいい暮らしをさせてやりたかったばっかりに……。金のためとはいえ、盗みはよくねえよな。こんなことなら、くにで木を切ってりゃあよかった」
昌行「くにはどこなんだ」
達也「足柄山の時尾村だ。炭を焼いていたんだが……。まだおやじとお袋がいるはずだ。頼む、ひなのを……」
 達也、力を振り絞って懐から銭入れを出す。
「これでひなのを……」
 昌行、息絶えた達也の体をそっと地面に横たえ、立ち上がる。快彦と博もそばに来ている。回りにはいくつもの死体が転がっている。
 昌行、達也から渡された銭入れをじっと見る。

 日本橋。
 旅姿のひなのと博。見送りに来ている快彦、昌行、お和歌。
お和歌「ほんとに気の毒なことだったね。急な病で亡くなっていたなんて」
 ひなの、涙をこらえながら頷く。
お和歌「くにのおとっつぁんたちによろしくね。江戸に来ることがあった、遊びにおいで」
 ひなのとお和歌をよそに、博が昌行と快彦に、
「どうしても俺が連れていかなくちゃならないのか」
昌行「手軽屋はなんでも引き受けるんだろ」
快彦「どうせなら、そのまま婿に入って炭焼きになったらどうだ」
 ひなの、それを聞きつけ、急に笑顔になって博に駆け寄り、
「お兄ちゃん、あたしのお婿さんになってくれるの?」
お和歌「あら、それもいいかもしれないね」
博「そ、そういうわけじゃない。ただ送って行くだけだ」
昌行「ま、道中長いし、途中でいろいろあれば……」
快彦「ひなのちゃーん、博みたいないい男はそうはいないよ。この機会をのがさずに……」
博「おい、やめろよ、その気になったらどうするんだよ」
お和歌「博さんが身を固めりゃ、うちの人も博さんと変な仲じゃなくなるかもしれないし」
 慌ててお和歌の口をふさごうとする昌行。快彦がぎょっとしてその昌行の顔を見たところでストップモーション。

(終わり)