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新着投稿(15件)

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投稿時間:01/09/04(Tue) 23:21
投稿者名:よりいっそうビンボー藤原
Eメール:
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タイトル:坂本家の難儀な新学期
 夏休みも終わった新学期の坂本家は異様な殺気に包まれていた。
「おい、見せろよ、健。俺、明日日記提出なんだよ。お前の写させろよ」
「やだよっ。日記なんて自分で書かなきゃ意味ねえじゃん。今までさぼってた剛が悪いんだろ?」
「兄が困ってる時に助けるのが弟ってもんだろ?ほら、さっさとよこせよ」
「ヤダっ!」
 健の日記帳を巡って繰り広げられるバトル。必死で日記を胸に抱え込む健とそれを横取りしようとする剛、2・3歩離れた場所で准一がぼーっとそれを眺めている。
「おいおい、お前ら何やってんだ?」
 長男の快彦がつかつかと近づくと、もみ合う二人を引き分けた。
「こらこら、剛。お前去年も健の日記丸写しして、先生にバレてたじゃねえか。今年もどうせバレるに決まってるだろ?だからさ」
と快彦は健に向かってにっこりした。
「俺に写させて?俺とお前だっから学校も違うからだいじょうぶだよ」
「あーっ!兄ちゃんずるい!横取りする気かよ?」
「ずるいも何もないの。ね?健ちゃん、俺に貸してくれるよな?」
 いったんは快彦に感謝した健だったが、ふたたび眉をひそめて仏頂面に戻った。
「やだね。だいたい中学生が日記なんかでおたおたしてるのってみっともねえよ。なんだよ?ちゃんと日記書いたのって、俺と准一だけ?」
「俺も書いてへん」
 ぼそっと答える准一に兄3人の視線がきっと向けられた。
「じゃあお前も提出明日じゃねえかよ。何やってんだよ」
「お前、毎日一生懸命なんか書いてなかったっけ?」
「あれは毎日食うたもんつけてただけや」
「食いもん日記かよ。それでもいいじゃん。俺に写させろよ」
「けど、毎日あまり書くことなかってん」
「見してみろって」
 剛が准一の日記を取り上げると広げると、そのまま固まった。
「な、なんだ?これ。こんだけかよ?」
「うん」
「何?なんて書いてんの?」
「読んでみてよ、剛」
 快彦と健も興味津々で聞いてくる。剛はぶすっとした声で読みだした。
「○月×日 朝 ぬき、昼 そうめん 薬味なし、夜 白いメシ 梅干し 味噌汁」
 快彦と健はふむふむと頷いた。
「まあ、そんな日もあったよな」
「母ちゃん、夏休みは食べる口が多くて食費がかさむから我慢しろって言ってたもんね」
「おい!」
と剛が日記を叩きつけながら大きな声を出した。
「わかってねーな。これがこの後10日間続くんだ」
「はあっ?何だ?それ。准一、お前さぼっちゃダメじゃないか〜」
「べつにさぼってなんかないわ」
「そういえば、やけになじみのあるメニューのような?」
「俺たちが毎日食わされてるからじゃねえか!」
 坂本家に一瞬の沈黙が訪れた。だが、それは儚くもすぐに破れる運命にあった。
「ひでー!ちょっとそれはひどすぎるぜ。俺たち成長期だぜ?」
「暑さで身体がだるいんだと思ってたけど、栄養不足のせいだよ、これは」
「俺なんてクラスで一番チビなんだぜ?みんなにチビだの頭悪いだの言われてんだぜ?」
 熱弁をふるう剛を快彦は覚めた目でちらっと見た。
「あのさ、チビはともかく頭は関係ねーんじゃねえか?」
「関係あるっ。頭まで栄養が回らねえんだよっ」
「けど健は同じもん食って優等生だぜ?」
「こいつは食いすぎなんだよ。ちっとは俺にもよこせってんだ」
「何言ってんだよ?同じもん食ってんじゃん。自分のバカを人のせいにすんなよ」
「なんだと?このヤロー!」
 剛が健の胸に掴みかかり、ふたたびバトルが始まった。上になり下になりもみあううちに剛の手が健の日記帳を取り上げた。
「やった!これもらってくぜ。もう俺のもんだかんな」
「あっ、卑怯者!返せよっ」
 健があわてて日記帳をひったくろうとする。健の手が日記帳の端をつかんだと思うと、それはビリビリと音をたてて裂けてしまった。
「あ”〜っ!!!!」
「お、俺知らねー」
 超高音の悲鳴をあげる健に、台所にいた博子があわてて飛んできた。
「何耳障りな声出してんのっ!近所迷惑でしょ?!」
「あ、母ちゃん、その手に持ってるもんは何や?」
「え?」
 ふと見ると、博子の右手にトウモロコシが握られている。
「あ、あら。ほほほほ。お隣さんにさっき頂いたのよ」
「自分一人で食ってたのかよ?」
 快彦の細いが凄みのある目に睨まれて、博子はひきつった笑顔を浮かべた。
「な、なに言ってんのよ?みんなで食べようと思ってたわよ」
「けど、それほとんど囓ってあんじゃねーかよ」
「食ってたな。歯の間にコーンがはさまってるぜ?」
「可愛い子供に食わせんと一人で食うんか?」
「あ、あら、そんな。ついおなかすいちゃったもんだから、ちょっとだけ」
 四人の子供にじりじりと追いつめられた博子はついに手の中のトウモロコシを放り出して逃走した。
「おっ、俺のトウモロコシ!」
「モロコシに手出すんじゃねえっ」
「俺だって食いたい!こっちによこせよっ」
「モロコシや、モロコシや」
 たった1本の(しかもほとんど食べさしの)トウモロコシに四人の欠食児童が群がった。トウモロコシをめぐる戦いはその後10分間続いた(らしい)。

「あのさ、日記のことなんだけどさ」
 トウモロコシ騒動が一段落した頃、快彦が言い出した。
「あっ、そうだ、日記!まったくどうしてくれるんだよ?俺の日記までダメになっちゃったじゃないか〜!」
「お前がしつこく食い下がるから悪りぃんだよ。さっさと最初から俺に写させてればさ」
「俺の話を聞け!」
 長男に一喝された次男と三男は口をつぐんだ。
「俺の友達んちにパソコンがあんだよ。そいつんち、家にインターネットひいてんだ」
「ミ、ミスコン?それって美女選びのアレ?」
「ちげーよ、バカ兄。パソコンも知らねーの?で?インターネットがどうしたの?」
 ここでは三男にバカにされてふてくされる次男の図をご想像いただきたい。
「それがさ、そいつが言うにはインターネットではいろんな人が日記を公開してるってんだ。それをさ、見せてもらってさ」
「なるほど!丸写しするわけか」
 次男は思わず手をぽんと叩いた。
「バーカ。丸写しなんかしたら、すぐにバレちゃうだろ?適当に参考にしつつ自分でアレンジするの!」
「うっせーんだよ、いちいちてめえはよ」
 ふたたび三男につかみかかろうとする次男の髪の毛を、長男は後ろからつかみ上げた。
「いっ、いててて!何すんだよっ」
「うるせえ。時間がねえんだ。とにかく見せてもらいに行こうぜ!ケンカは宿題が終わってからにしろ。准一、お前はどうする?」
 さっきからいるのかいないのかわからない四男にもいちおう聞いてみる。
「俺もいく。なんか食えるかもしれん」
「よし!じゃあ、友達に電話してみるよ。おい、母ちゃん、こういうわけだから電話使ってもいいよな?」
 台所の陰からのぞき見していた博子が大きく頷いた。
「そのかわり早くすますのよ。電話代高いんだから。それと、いい?時間をかけて、ちゃんと晩ご飯までご馳走になってくるのよ!みんなの分は用意しないわよ?」
 快彦はため息をつくと受話器を取った。

「よう。よく来たな。俺の部屋にあがれよ」
 快彦の友人の松岡は、機嫌良く四人を迎えてくれた。
「みんな前見た時よりおっきくなったなあ。あ、お前はそうでもないか」
 軽く言って、剛にぎろっと睨まれる。
「こら!剛。悪いな、松岡、それは禁句なんだ」
「ああ、悪い、悪い。さっ、こっちだよ。けどな、ホントに四人とも日記できてねえのか?」
「いや、健はできてたんだけどさ、兄弟げんかでビリビリに裂けちゃってさ」
「なるほどな。まあ、だったら早く始めよう。親父のパソコンも借りてきたから2台使えるぜ。日記の登録サイトを出してやっから、その中から適当なの選んで写せよ」
 松岡は自分の部屋に四人を案内し、2台のパソコンの前に座らせた。快彦と剛で1台、健と准一で1台。
「じゃあ、これで探してみな。飲み物とおやつおいとくから適当に食えよ」
と松岡が姿を消してから、四人の初インターネット体験がスタートした。
「なんだ?これ。あ、ここを押すんだな。わっ、なんだ?これ」
「うわっ、すげーっ。こっ、こんなのが好きなだけ見れるわけ?」
 そう言ったきり快彦と剛はうひゃうひゃ喜びながら画面に見入っている。不審に思った健が後ろから覗き込むと、画面いっぱいに下着姿の女の子の写真が広がっている。
「な、なに見てんだよっ。日記探すんじゃなかったのかよ?」
「うっせーよ。ここにも日記あんだよ。これでいいよな?剛」
「うん、いい、いい。あ、俺たちココの日記丸写しにするから」
「ほんっとにしょうがねえなあ」
 健はため息をつくと自分のほうのパソコンに戻った。准一が一生懸命にノートに写している。
「あれ?もう日記写してんだ。どれ?どんなやつ?」
 画面を覗き込んだ健の眉間に皺が寄った。
「○月×日 起きた。メシ食った。昼寝した。ゲームした。メシ食った。寝た・・・。なに?これ。これだけ?」
 准一の頬が不満そうにふくらんだ。
「けど、これランキング1位になってんで?」
「ウソつけ。こんなのに人気でるわけないじゃん」
「ほら、ここに(1)って書いてるやん」
「ちげーよ。これ、昨日の閲覧者数だよ。これさ、昨日1人しか来なかったってことなの。書いた人以外誰も見てねーの」
「じゃあ、俺が見たから明日は(2)になるわけやな?」
「まあね」
 気にする様子もなく写し続ける准一を、健はあきれ顔で眺めた。前のパソコンからは、相変わらず下卑たうひゃひゃ笑いが絶えない。
「昨日はぁ、エッチな夢見ちゃいました・・・だって!わー、こんなの書いちゃっていいの?」
「こっちのがもっとだよ。彼ったらぁ、電話でエッチなこと言うんです、だって!わーっ、すげーっ。きっと読んだ先生心臓バックンバックンだよ」
「あのさ、ホントにそんな日記写して出すわけ?」
 おそるおそる聞いた健に、二人は大まじめな顔で答えた。
「なんで?当たり前だろ?」
「出すよ?悪い?」
 健はふたたび一人で大きなため息をついた。
「しかたない。せめて俺だけはまじめに自分で書こう・・・」

 おやつを食べ、ついでに晩ご飯までご馳走になって、四人はにこにこ顔で坂本家に引き上げてきた。
「あら、お帰りなさい。みんな、どうだった?」
 四人分の食費がういてご機嫌の博子に四人は笑顔で答えた。
「うん、うまかったぜ。俺、ご飯3ばいおかわりしちゃった」
「俺さ、生まれて初めて腹いっぱいに食った気がした」
「おかずが3つも並んでるなんて、うちじゃ見たことなかったよ」
「うまかった、うまかった、うまかった」
 それを聞いて昌行一人が苦い顔をした。
「なんなの?昌行さん。しかたないのよ。あなたの働きが悪いから、みんなにまともに食べさせてあげられないんだから」
「いや、そうじゃねえ。なんだって子供らはご馳走食って、俺だけ梅干しと味噌汁なんだ?」
「やだっ、そーんなぁ!」
 博子が力にまかせて、昌行の背中をばーん!と叩いた。昌行は思わずゴホゴホッと咳き込んだ。

 次の朝、子供たちは意気揚々と学校に登校した。
「みんな宿題もちゃんとやって、いい子ばかりだわ」
と博子は満足の笑みを浮かべて見送ったが、快彦と剛の通うそれぞれの学校から呼び出しの電話を受けたのは、それから3時間後のことだった。
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 みなさまおひさしぶりです。もはや私のことを知らない方ばかりだと思います。誤解のないように申し上げておきますが、私はピンキー藤原さんやボンバー藤原さんとは別人です。以前、ビンボー藤原のHNで投稿したことがありますが、物いりだったため、よりいっそうビンボーになって戻ってきました。苦情や暴動や討ち入りは、決してピンキーさんやボンバーさんになさらないでください。そういうものはhongmingさんにしていただくと、きっと正しく私に届くものと信じます。それでは、貴重な内職の2時間を使ってしまいましたので、いまから取り戻すべくがんばります。明日は一日日雇いの下水工事にいそしんでおりますので、見かけたら声をかけてやってくださいませ。

投稿時間:01/05/27(Sun) 07:54
投稿者名:きらきらぽー
Eメール:mamiko@grrrls.net
URL :
タイトル:LIFE 3(完結)
”あれ、僕は・・・”
その頃、博は空の上にいた。正確には博の魂が、空中に浮かんでいた。
「ひろしー、おひさやなあ。」
天使ジュンイチが博の魂の横に居た。
「天使さん、これでよかったの?」
パニック状態に陥っている船の状況を見ながら博は尋ねる。博は、悲嘆に暮れる二人の大事な友人を悲しそうに見つめていた。あんなに悲しませて、これでよかったというのだろうか。
「大丈夫や。言うたやろ、博の魂は戻れるって。ほんの一時のことやから、我慢してや。」
ジュンイチは博を元気付けるように言った。
「いや、僕の事よりも、周りに迷惑をかけたんじゃないかなって。」
悲しそうに船の上の人々を見つめて言う博。
「ひろし、ほんまええヤツやなあ。」
ジュンイチは大きな瞳を輝かせて呟く。
「ま、あとはゴウ達にまかせときや。事が順調に行けばすぐ戻れるんやから。博の魂は俺たちが丁重にあずかるで。」
このジュンイチの言葉に博は伏目がちにうなづいた。

 博の魂には船の上で起きる様々な事がめまぐるしいスピードで知ることが出来た。時間の流れが魂の状態になると全く違った。予知能力を持った肉体を持つ博の上体以上に、魂のみとなった博には空間と時間を超えてある程度ものが見えてくる。いや、目も耳もないのだから、感じられると言う方が正しいのかもしれない。
・・・潜入していた城島と、実は同様に会社に疑惑を持っていた他社の記者達が、フラッシュをたく。
・・・船が再び港へ向かい、会社の役員達が慌て戸惑っている。
・・・参加者たちの泣き悲しむ声。
・・・ライトが海面に沢山あてられ救命ダイバーの数名が飛び込み捜索をしている。
・・・”ミノリカワ商事の裏の顔、長野博氏事故行方不明ーかの裏所得疑惑に関与か?”という見出し記事が一面トップの新聞が印刷される。
・・・そして、昌行と快彦のつらそうな顔。
時空を越えて全てが博の魂に感じられる。心配しないで欲しい、僕はここにいるのだから、と思ってもその思いも、声も誰にも伝わらない。これが肉体のないということなのか、博は実感した。

 数時間たったが、博の体は海から見つかる事はなかった。昌行と快彦は深夜まで港で捜索を見つめていた。肉体がなければ博の魂が戻れないじゃないか・・・二人はそう思ってかたずを飲んでダイバーの一挙手一投足を見守っていたのだ。
「だめなのか・・・。」
昌行がうめくようにつぶやく。
「まさか・・・やめてくれよ、体があがらないなんて・・・。博が生き返るって言うのは嘘なのか?!」
快彦が叫んだ。すると背後からいきなり高めの少年の声がした。
「今博さんの体が見つかる見つからない、というのは彼の魂が戻る事とは無関係ですよ。24時間後には必ず生きた状態で見つかる事になっていますから。」
二人は振り返った。そこには上目がちに昌行たちを見上げる薄い栗色のストレートヘアの少年が立っていた。
「驚かせてごめんなさい、昌行さん、快彦さん。お二人の事はゴウから聞いて知っています。博さんのことでは本当にご迷惑をおかけいたしました。ごめんなさいね。僕の指導不足で担当の天使が事故時にミスを犯したのです。」
少年はとうとうと語りだした。昌行はついていけないという顔をして、
「ちょっと待て、お前は何だ?ゴウって、あの鳥の巣頭の”死神”って名乗った坊主だよな。それに天使の指導?お前自身も天使だっていうのか?」
と少々どもりがちに怒鳴る。快彦も、それが尋ねたい事の一部だったらしい。横でコクコクとうなずいている。
「ごめんなさい、僕の事もゴウから聞いていると思っておりましたのに。申し遅れましたね、僕はケンといいます。一応天使です。羽は、皆さん人間の前に姿を現すときは消しておりますので、あまり天使に見えないかもしれませんが。」
少年はにっこり笑った。笑顔が子供のようで、精神的に参っていた二人の心をほんの少し和ませる。その少年、天使ケンは続けた。
「博さんの事故の時に立ち会っておりました。僕は博さんのお父様の魂を天へお連れしました。そして後輩の天使ジュンイチがお母様の魂を担当しました。本当はジュンイチは博さんもお連れする予定だったのですが・・・。」
天使ケンの続けた話の内容は死神ゴウの以前語った内容と同じだった。
「さて、ゴウから聞いていると思いますが、これからお二人に手伝っていただこうと思います。」
ひととおり話し終えるとケンは真面目な顔になり、博の魂を戻すために重要になる手順を語った。それはなかなか難しく思える計画であった。24時間以内に行わねばならない・・・。

 「よろしいですね?」ケンは二人にきつく言い放つ。
「おい、それで必ずうまく行くのか?」
昌行は精神的にぎりぎりの状態で話された計画だっただけに、不安を隠し切れない。
「全てはあなた方の博さんを思う気持ちにかかっています。快彦さんの役回りも重要ですよ。」
「そうだな、なんにせよ、俺たちがやれることは何だってやってやる!」
熱くなっている快彦の言葉に、ケンはにっこりと答える。
「心強い事です。さあ、あと24時間を切っています。計画を成功できるよう頑張ってください。」
そして、二人に輝く羽を1枚ずつ渡した。

 2月11日。某一流ホテルの一室。そこには快彦がいつもと打って変わって大真面目な顔でソファに座っている。彼の前にはミノリカワ商事の専務とその秘書がいた。
「さて、井ノ原君、君が同僚の長野君が海に落ちる前に、同じ能力を継承したというが、それは本当なのか?」
専務がいぶかしげに尋ねる。
「ええ、本当ですよ。間違いなく。」
快彦が静かに答える。これがケンから言われた計画だった。快彦が博の力を継承したと、専務に昨夜のうちに電話をしたのである。すると、すぐ翌日此処へ呼び出され、話をする事となったのだ。
「例えば、V社との取引ですが・・・。」
快彦はケンから昨夜貰った羽をポケットの中でそっと握り締めた。羽は昨夜のようにうっすらと光り輝く。すると、頭の中に取引の場面、書類の内容など、ありとあらゆるものが念じるだけで、浮かんでくる。快彦は頭の中に浮かぶイメージをそのまま専務に伝える。
疑っていた専務と秘書の女性の表情が徐々に変わってきた。どうやら、信じ始めたようだ。
「なるほど、確かに長野君の能力に酷似しているな。」
専務がソファに深く腰掛けた。秘書はコーヒーの用意を始めた。
「しかし、専務。どうやら、長野博の能力は私だけが持っているのではなさそうです。実は彼の従兄弟の坂本昌行も継承しているようなのです。」
快彦は専務にヒソヒソと耳打ちした。もちろんこれも計画の一環である。専務はそうか、とうなづいた。

 その頃ロビーでは昌行がいた。腕時計をちらりと見て、タイミングを合わせたように座っていたソファーから体を起こした。周囲を瞬間的に注意した後、神妙な顔でホテルの内線専用電話へ向かい、2001号室をコールした。

 プルルルル、プルルルル。2001号室の電話が鳴る。
それは坂本からの電話だ。
「なに、今そこに?わかった、すぐ行くからその場で待っていてくれ。」
専務はその電話にこう答えて、快彦達にすぐ戻ると告げて、部屋を出て行った。
部屋には快彦と秘書だけが残された。沈黙はすぐに破られた。秘書からだ。
「あなた、本当に予知が出来るようになったの?」
「ええ。ですから、もちろん、専務と、あなたのお二人の事も、とっくに見させていただきましたよ。」
快彦はニヤリと笑い続けた。
「あなたも随分ワルですね。」

 同ホテルのロビーでは、昌行が内線専用電話の前のソファに腰を下ろしていた。エレベーターからお待ちかねの中年男性が出て来るのをみつけ、ゆるりと立ち上がり、手で合図をする。
「待たせたな、私がミノリカワ商事の専務の、」
専務が昌行を見つけ話し掛けると、それを遮るように昌行が口をひらいた。
「存じております、博から聞いて。専務も私の顔はご存知ですよね、何度かお会いしていますし。」
「ああ、だからすぐに分かった。で、用件は?」
「博が海に投げ出された時から、なぜか人の未来が見えるようになったのです。」
先ほど快彦からその事を告げられていた専務は大して驚きはしなかった。その様子を見ながら昌行が続ける。
「博は専務に大変お世話になったそうですね、残念ながら博はまだ海から見つかっていません。多分、もう還らぬ人となっているのでしょう。ですから、博の代わりにご恩返しと言ってはなんですが、専務の未来を見させていただきました。」
「・・・な、なに?!」
専務は驚いた。彼自身の未来を、博に見てもらうことは何度か有ったが、ある理由からここ何ヶ月かは見てもらうことはなかった。昌行が何を見たのか、恐怖を感じ、専務は青ざめた。しかし、それには構わず昌行は続けた。
「専務、あなた、ご自分が幸せになろうと随分気をお遣いになったようですね、確かにその計画は着実に上手くいっているようですが・・・。なにか、お忘れではありませんか、あなたの忠実な右腕があなたの利益を狙っているようですよ。」
昌行がニヤリと笑う、その笑みは2001号室の快彦のそれによく似ていた。。
「何を根拠に・・・。」
専務のこめかみに汗が流れる。
「それは私が予知能力を継承しているからですよ、ほら、あのエレベーターを見てください。これから20秒後、12階、10階、6階を経由してロビーまで降りてくるはずです。そして降りてくるのは若い男女のカップルと小さな子供が3人のはず。」
昌行の後ろの手に握っている羽がぼんやりと光った。エレベーターの階数を示すインジケーターの点灯が長いのは確かに12階、10階。そして6階でのゆっくりとした点灯の後このロビーにエレベーターは直行した。ドアが開くと、若い男女のカップルと3人の小さな子供が専務の視界に入った。まさに、この時、昌行の言葉どおりになり、専務は彼の言葉を信じざるを得なかった。
「坂本君!では、私の右腕と言うのは、あいつだな!あいつが私の金を横取りしようとしているのか!」
昌行はうなずいた。専務は急いで自分の部屋2001号室へ向かい、エレベーターに乗り込んだ。

昌行と専務がロビーで落ち合った頃、2001号室では、快彦と秘書の会話が続いていた。
「あたしがワル?どういうことかしら?」
「とぼけるなよ、君、専務が寝ている隙に、あの金をとって高飛びしようとしていただろう?偽造パスポートまで作って凄い用意周到。女は怖いなあ。」
快彦が、語調をきつく続ける。
「すまないな、俺は睡眠薬入りのコーヒーは嫌いなんでね。」
嘲笑するように快彦は先ほど秘書が用意していたテーブルの上のコーヒーを指差した。
「そ、そんなもの入っていないわよ!」
しらをきる秘書。
「じゃあ、飲んでみろよ、君が。」
快彦がフフンと笑う。
秘書は見抜かれていたことに恐怖を覚え、快彦の能力を信じずにはいられなかった。”この人は長野博の能力を本当に継承している!”
「君の事ばかり見ていたわけじゃないよ。素直な君に1つ忠告。」
快彦がソファーから立ち上がった。
「どうやら専務はもともと、あの金を独り占めしようとしていたのさ。君になんて一銭もやらずにね。なんて、ただ働きだったんだろうね。今までの苦労が水の泡・・・。残念だったね。」
秘書の顔が怒りで紅潮した。微かに体も震えている。
「じゃ、俺はこれで失礼するよ。」
快彦はその場を立ち去った。

 昌行はロビーでタバコをふかしていた。エレベーターから降りた快彦は、すぐに昌行を見つけ彼の前のソファに腰を下ろした。
「首尾は?」
昌行がタバコを灰皿に軽く打ちつけながら、快彦に尋ねる。
「上々。」
快彦が無表情に答える。
ケンに言われた作戦はこれで終了だった。軽い疲労感を彼ら二人は共有していた。ゆらゆらと立ち上る昌行のタバコの煙。それをぼんやりと見つめる快彦。
ふと、思い出したように昌行が携帯を取り出し誰かに電話する。相手が出ると、坂本は言った、
「城島、特ダネだ。事に真相が判るぞ。Tホテルの2001号室、7時過ぎ・・・」

 2001号室。金に目がくらんだ男女が争っている。口汚くののしりあう二人、専務と秘書。
「なさけねーなあ。」
それをじっと見つめていたのは、死神ゴウである。もちろん、ゴウの姿は専務と秘書、彼ら二人には見えない。ゴウは、来るべき目の前の醜い命の終焉を待っていた。快彦が部屋を出た後、秘書は例のコーヒーと専務の良く飲むホテルのミネラルウオーターの入った水差しに青酸カリを混入していた。頭に血がのぼっている専務が悪びれた風もない秘書を撲殺する可能性。そして、午後から何も飲み食いしていない専務がそのコーヒーかミネラルウォーターに口をつける可能性。どちらにしても、ゴウの手には魂が手に入ることになっている。ゴウは窓近くに浮かび、それを待っているのだ。もちろん、普通の人間には特殊な場合を除いては死神や天使は見えない。
「俺に見られてるとも知らないで、無様なもんだな。まあ、愚かしい人間よ、勝手に争ってくれ。」
ゴウはつぶやいた。

 あと2分で7時、ゴウはもうすぐだな、と待ち構えていたその時だった。
「ゴウ君!ゴウ君!その喧嘩を止めてくれ!」
という博の声がゴウの耳に届いた。ふと背後の窓を見ると、窓ガラスを叩く博の魂と、それを止めようとする天使ジュンイチの姿があった。
「おい、お前ら何してるんだよ。」
ゴウは驚いて聞いた。
「ごめんなー、ゴウ君。この人あかんわ。その人たちの喧嘩の声聞きつけて、ここに来ちゃったんだよ。なんか、喧嘩止めたいらしくって。」
ジュンが、博の魂を引っ張ってへとへとになりながら答える。
「ったく、この喧嘩が止んじまったら、どうなるかわかってるんだろうな、こいつらの魂を持っていけないって事はさ、」
ゴウが不愉快そうに怒鳴る。その言葉に反応して博の魂が言う。とうとう、窓を越えて室内にジュンイチと博は入り込んでしまった。
「え?!なに、専務と秘書さんが亡くなることになっているの?だめだよ、そういうの!」
博にもその状態が見えるのだ。
「簡単に人が死んでしまうのは、いけないことなんだよ、ゴウ、わかってるの?」
博が叫ぶ。
「長野君、それ、死神にいう言葉かよっ!」
ゴウも負けてはいない。
長野の心の中に会社の頃の思い出が蘇った。
・・・両親が亡くなった頃、平社員の僕に、とても気を遣ってくださった専務。
・・・残業のとき、よく差し入れを持ってきてくれた秘書さん。
楽しかった、みんな優しくしてくれた、幸せだった、みんなに支えられて僕は・・・。
「とにかく、やめろ、やめてくれゴウ!」
博は叫び、死神の持つ命のスケジュール帳を破り捨てた。
「ばかやろー、どうしてくれるんだ!」
ゴウが慌てる。
「やめてや、ひろし。それやってもうたら、おしまいやで。あんさん、生き返れないで!」
ジュンイチも叫ぶ。しかし、博の魂は専務と秘書の間に入り込み、大きく光り輝いき、次の瞬間はじけ飛んだ。

 明け方の病院。薄暗い病室の中。
「・・・というわけで、専務も秘書も死ぬ事はなかった。」
天使ケンが昌行と快彦に、昨夜の一件を伝えた。ジュンイチもケンの背後に立っていた。昌行たちにとって、ジュンイチは初めて見る天使だったが、ゴウやケンから聞いていたので、それほど違和感はなかった。ジュンイチは泣いていたのか目が赤かった。天使も泣くのだろうか、快彦は思った。
「だから博の魂は戻らないのか・・・?」
昌行がきく。一年前と同じ、集中治療室の中には博が横たわっている。奇跡的に、近くの岸壁で釣り人に見つけられたのである。しかし、意識が戻る事は万に1つ。いわゆる植物状態に陥ってしまっていた。肉体はここにあるけれども、魂は宿っていないと言うのだ。
「今、すぐに・・・というのは難しいでしょう。」
ケンは残念そうに答える。
「なんでだよ、俺達、お前が言ったとおりうまくやったのに!」
快彦が病室の壁を叩いた。
「・・・すみません、力不足で・・・。」ケンは言った。
「けれど、長い時間はかかると思いますが、きっと魂は戻ります。ゴウもそう言っていたし・・・。」
どうしても、この辛い雰囲気は変えられないでいた。
 
 その頃、病院の玄関に朝刊が配られた。ゴウが現れ、それを昌行たちに差し出した。一面には専務の顔写真が載り、彼が博の予知の代金として高額な金額の多くを独占しそれを隠蔽していた事、またそれを利用して政財界との癒着があったことなどが書かれていた。昨夜のうちに逮捕されたとのこと。秘書も事情聴取中ということもわかった。博は、周囲の誰が命を落とす事も許せなかったのである。
 確かに専務と秘書の二人を陥れたのは、昌行と快彦である。初めの計画では、この二人の少なくともいずれかは命を落とすはずだった。自分達が彼らを死に追いやる、それは少なからず昌行と快彦の気持ちを暗くしていた事は否めない。もし、計画がうまくいき、長野博がこの段階ですぐに戻ってきたとしても、多分昌行も快彦も心のどこかに重荷が残ったような気がしていた。博の魂が、専務と秘書を救ったのは、昌行と快彦をも後悔の残る可能性のある人生を選択させずに済んだということでもあった。二人は親友の深いいたわりの心に感じ入った。

 「折角俺が計画してやったのにな。」ぽつりとゴウが言う。
昌行たちはおもむろにゴウを見る。以前の鳥の巣のような髪型ではなく、所々外巻きのウェーブがかったメッシュになっていた。その髪を少しかきあげつつ、ゴウがまたボソッと言う。
「時間はかかると思うけど、俺も長野さんの魂が戻れるように努力するから。」

目を真っ赤に泣き腫らしたジュンイチも言った。
「死神さんが約束してくれるんやから、大丈夫や。ひろし、ええヤツやし、こんな早くに天に来てしもうたら、もったいないわ。はよ、人間の世界に戻したる。俺も協力するで。」

 その場の者達はみな、横たわる長野を見つめた。絶対かえってくると言っていた彼を思い出す。

「そうだよな、待とう。きっと博は帰ってくる。」
昌行は夜明けの空を見つめて言った。どんなに長い夜でも、必ず夜明けがやってくるように、きっと今の辛い状況もきっと好転するに違いない。そう、昌行は思った。


 長野博の魂は、時空を越えて飛んでいた。飛びながら様々なものを感じた。
あるときは大地を、海を、宇宙を、太陽を、惑星を、彗星を、地球の始まる瞬間を、大気の誕生を、生命の誕生を、星の爆発を、木々のざわめきを、砂漠を、恐竜を、流氷を、火山の噴火を、人の誕生を、種の誕生と滅亡を・・・。時を越え、空間を越え、魂は浮遊した。己の人間であるときの記憶は薄れていた。ただ、時空のあいだを彷徨っていた。
 どのくらい彷徨していたであろうか。長野博の魂が何かの声を感知する、そして意識下に目覚める何か。
それは
自分は一定に流れる時間の中を生きていた事。
自分は一様に固定される空間の中で生きていた事。
生きるとは、何か。何かの語りかけから、長野博の魂の浮遊が止まる。自分の人間としての意識が蘇る。
”・・・って、長野君”
”・・・戻って、長野君”
”・・・時間だよ、戻って、長野君”
”・・・帰る時間だよ、戻って、長野君”
”自分自身に帰る時間だよ、戻って、長野君”

 長野博は病院で目覚めた。瞳が開き、魂の彷徨が終わるのを確認する。魂が肉体に戻ったのだ。自分が海に落ちてからどのくらいの時間がたったのか、全く判らなかった。1日?数週間?数ヶ月?それとも・・・。博は考えた。
 見回りに来た看護婦が博が目覚めているのに驚き
「先生を呼ばなきゃ、それと坂本さんに連絡を!」
と慌しく出て行った。坂本・・・従兄弟の昌行のことだな、とはっきりわかる。意識にはもや1つかかっていない。それほど時間はたっていないのだろう・・・、と博は思っていた。

 いくつかの検査を一通り終えた、どれも問題がなかった。目覚める可能性が皆無に等しかったのに、まさに奇跡、と医者は驚いていた。中には感涙する看護婦もいた。そして車椅子で自分の病室に入ると、昌行と快彦がそこに居た。外見がかなり違っている。
「おかえり、博。」
「長野君、よかった、俺、待ってたよー!長かったよ、この12年!」
そう、あれから12年の月日が流れていた。博は、涙が出た。
”12年もの月日をこの友人達は待っていてくれたんだ。ごめん、そしてありがとう・・・。”

「退院したら、上手いラーメンおごってやるからな。お前の部屋もそのままだぞ。」昌行が笑う。
「あ、昌行の鍋皆で食べるのもいいかも。また、ゴウとか呼んでさ。」快彦がニッと明るく笑った。
博も笑顔になった。12年ぶりの博の笑顔だった。昌行も快彦も胸が熱くなった。
博はゴウやケン、ジュンイチが居るであろう窓の外の空を見つめた。
”いつまでも感謝するだろう、この友人達とあの不思議な死神と天使たちに・・・。そして、いつまでも忘れないだろう、生命の尊さを・・・。”
時は3月、木漏れ日がまぶしく病室に差し込んでいる。暖かな日々の訪れはもうすぐである。



投稿時間:01/05/27(Sun) 07:51
投稿者名:きらきらぽー
Eメール:mamiko@grrrls.net
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タイトル:LIFE 2
 「やっぱ、人が揃ったら鍋でしょう。コタツで鍋、あったまるぞ。」
昌行が無表情に言いながら、もくもくと支度を整える。
「もうー、坂本君ところ来ると必ず鍋だからなあ。」
快彦が苦笑する。
「僕なんか、しょっちゅう付きあわされてるよ、たまには快彦も一緒に食べてよ、なかなかいけるよ。」
博が微笑する。
「ひろしっ!つきあうってなんだあ?俺が遅くまでメシ待っててやってんだろ、感謝しろよ。」
昌行が博をにらむと博が首をすくめた。
「けど、今日、来るって言うのは誰だい?長野君の友達なんだろ?女の子?鍋合コン?」
興味津々の快彦。
「ン?なんのこと?」
「とぼけるなよ、博。俺も今日連絡貰ったぜ、ほら。」
昌行がファックスを博に投げる。

”こんにちは、長野博君の友達のゴウです。
今夜は長野君がお家昌行さんの美味しいお料理を馳走してくれるというのでとても楽しみにしています。では、また夜に伺います。ご招待有難うございます。
ゴウ”

そんな事がそのファックスには書いてあった。博はそのファックスを見て、天使の言っていたゴウという彼らの仲間の名前を思い出した。そうか、とうとう死の告知にあらわれるんだな、ファウストのようだな、博は心の中でつぶやいた。

 「こんばんは。」
玄関で、少し高めの声が聞こえる。
「おっ、現れたな。いらっしゃーい。」快彦が迎えに出た。「この家の主は俺だぞ!」昌行が文句をいう。玄関にはフワリとしたボリュームのある薄い色の髪、そして人を射るような瞳の全身黒ずくめの少年が立っていた。
「ゴウ、待っていました。」
博が迎える。この子が僕に死を告げるのだ・・・。
ゴウは無表情のまま、博を見上げた。

 「無口な人だね。」
快彦が興味深そうに、コタツに入って黙々と鍋をつつくゴウに言う。
「・・・・。」
「快彦、ゴウは寡黙な子なんだ、無理に話し掛けたりしないでね。」
がフォローする。
「うん、でもさあ、俺、長野君にこんなに若い友達がいたなんて知らなかったなあ。」快彦のおしゃべりはまだ止らなかった。
「俺も知らなかったけど、いつからの付き合い?」
人見知りがちの昌行も、酒がはいってやっと口を開いた。
「え、えーとー。」
博が苦笑し口篭もる。
「一年前からです。」
いきなりゴウがきっぱりと答えた。
「へえー、どこでえ?」
「極楽寺山で。」
場が凍った。極楽寺山とは、約1年前の博一家の交通事故の場所だ。一年前の極楽寺山、それは事故の日を意味するのではないか?
「ゴウ、それは・・・。」
博がちょっと困惑しながら言うと、
「俺はめったに嘘はつけない性分なんで。」
ゴウは相変わらずの無表情だった。
「ちょっと待てよ、じゃあ、お前はあの時一緒に車に乗っていたとでもいうのか?それとも、事故の原因を作り出したとか?!」
昌行が立ち上がって怒鳴る。
「いいえ、違いますよ。」
ゴウがサラリとかわす。
「はあ?じゃあ、君、何者よ。どこでどうやって長野君の友達になったの?あの事故の状態で?」
「正確には友達とは言えませんね、長野博君の魂は良く知っているつもりです。」
昌行と快彦の顔にクエスチョンマークが浮かぶ。
「僕は死神です。」
この言葉に博も絶句した。昌行と快彦に至っては、今の言葉が脳の中へダイレクトには入っていかないようだった。
「えー、死神って、なあにー。じゃあ、俺を迎えに来たってか?」
快彦が全く信じていないように笑い飛ばした。
「いいえ、貴方ではありません。」
「ま、まさか俺?」
昌行は冗談だと心に言い聞かせながらも、目はびくついている。
「いいえ、貴方でもありません。」
「じゃあ、博かっ!?」
昌行と快彦が同時に叫ぶ。
「然りともいえ、否とも言えます。」
ゴウが二人を見据えた。
「なんなんだ、そりゃ?」と快彦。
「長野博さんは死んでいた筈なのです。一年前。しかし、まぬけな黒髪の関西弁天使が、手順も踏まずにこの人を生かしてしまった。ですから、もう一度魂を頂く告知をしに来たのです。」
ゴウはニコリともせずに、淡々と話した。
「はあっ?何言ってんだあ?冗談もたいがいにしろよなあ。おい、博もなんとか言えよ。」
これは昌行。死神といわれた恐怖感も、異様な状態が広がる現実も、酒の良いで飛んでいったようだ。
「ゴウさん、貴方が死神だったとは・・・・。僕はあの二人と同じ天使と思いましたよ。」
博のこの言葉に、ゴウはニヤリと笑った。この部屋で初めての笑顔だった。天使に見えたのがよほど嬉しかったのだろうか。ポーカーフェイスを決め込んでいたゴウのはずだが、不覚にも笑みが漏れてしまったのだ。しかし、死神の微笑を見て再び恐怖を覚えてしまったのは、年長者の昌行その人である。はっと我に返ったゴウは、ゴホンと咳払い一つしてこう言った。
「期日は2月10日の夜7時です。出来ればこの時間の前後には体から魂が出られるようにしていただきたい。こちらにもその後の手順というものがありますので。もちろん、状況は我々がコントロールできておりますので、単に長野さんにはご覚悟をということですが・・・。」
この言葉に博は微笑みながら静かにうなずいた。
「なんだよ、まじかよ、おい、長野君もこんな事言われて笑ってるなよな、おい、お前、いいかげんにそういうくだらない事言うのやめろよ。」
快彦がゴウに掴みかかろうとすると、ゴウはそこから消え、一瞬で快彦の背後に立っていた。天使達をも驚かした死神ゴウの瞬間移動である。快彦の手は空を掴んだだけだった。
「なに、今の〜!やめてくれよお。ここ、俺の部屋だぜ〜。」
昌行はその瞬間移動を見てさらにパニックを起こしている。快彦も何度も目をこすり、自分の手とその空間を首をかしげて見直している。
「魂は戻ります。ほんの少しの間、魂をお借りするだけです。長野さんはすぐに生き返りますので、ご安心を。」
二人の様子を見ながら、ゴウは実は笑いをこらえていた。”人間ってこんなに楽しいんだなあ。でも、最後まで死神の威厳を保つぞ、笑いをこらえねば。”
「小僧、わかんねー事言ってんじゃねーよ。」
快彦はゴウに言い放つ。柔軟性を欠いた昌行はまだ凍り付いている。
「あなたがたには、もしかしたらお手伝い願うかもしれませんね。あの2人の少年天使たちより使えるかもしれません。長野さんのお友達だからこそお願いできるのですし。それと、一番大事なことは、長野さんの魂は必ず帰ってくるということ、それを覚えておいていただきたい。」
ゴウは昌行と快彦を射るように見て語った。
「・・・では、俺も忙しいのでこれで失礼します。」
ゴウが言うや否や、フッと消えた。
凍りついた鍋の食卓。博はうつむき、快彦は熱くなり、昌行は固まっていた。その固まっている昌行の背後にまたフッとゴウが現れ
「お鍋、ごちそうさま。」
と一言告げ、すぐ姿が見えなくなった。うひょひょという、不思議な笑い声だけをその場に残して・・。さぞかし、恐怖感が増したであろう、昌行にとっては。
 博は今の話をある程度飲み込めた、もちろん1年前に天使にあらかた内容を聞いていたからだ。快彦は半信半疑だった。昌行はまだ、状況をきちんと把握するまで至っていなかった。・・・が時が経つにつれ、この3人の誰もが、全てを覚悟できるようになっていく。それもそのはず、目の前で、死神ゴウが消えたり、出たりしたのを見たのだから。マジックでもイリュージョンでもなく・・・。

 死神からの宣告日まであと数週間。昌行も快彦もとても心配だった。時折博に大丈夫か、と尋ねる事もある。それに対し、博は必ず
「大丈夫、生き返るって言ったでしょ。ゴウが。」
と笑顔で答える。しかし、この笑顔がこの瞳が一番不安をかきたてるのだ、なぜなら、博の笑顔がまるで自分の本当の死を覚悟しているようだったのだから。死の宣告日まで、昌行は博の好きなラーメンを夕飯に用意しつづけた。

 しかし、現実は容赦の無いものである。上司から告げられる「予知」の仕事は増える一方だった。3〜5人が普通一日で頼まれる平均人数だったのが、今や10人は優に超える。さらに、会社自体に必要な「予測」も狂いの無いように、日々行われる。快彦は不安に思っていた、宣告日の博の死は過労死ではなかろうかと。

 一方、昌行の新聞社では、城島がミノリカワ商事について取材調査を深めていた。同期ということもあり、城島はある程度昌行に情報を教えてくれていた。不正な所得が多大にありそうだということ、そしてクルーズ船が2月にチャーターされ多くの会社外からの招待客があるということ。
「このクルーズって不気味やろ。ごっつ高いらしいで、参加費。なんか、宗教がらみっていう話も入ってるで。なんやろな。俺も取材費なんとか都合つけて参加しようか検討しとるんやで。」
城島が真剣に言う。”宗教・・・博の不思議な能力・・・まさか博?!”昌行はなんだか胸騒ぎがした。”今日にでも夕食のときに博に聞いてみよう。”

 「うん、2月10日はクルーズがあるよ。」
博はラーメンの湯気の向こうでニッコリと笑った。
「お前、その日は・・・確か例の・・・。」
昌行は箸が進まなくなった。なんで、こんなにも恐ろしい状況なのにニコヤカに微笑んでいられるのか、昌行には理解できない。
「うん、死神の宣告日だね。ひょっとしたらクルーズで船が嵐に巻き込まれるとか、沈んじゃうとか、なんかあるのかもね。昌行は来ない方がいいよ。ねえ、このラーメン美味しいね。尾道ラーメンって家で食べるの初めて。」
ズルズルとラーメンを食べる博に、昌行は何を言っていいか分からなかった。
「ま、他の人までたくさんなくなるって事は考えにくいよ。だって、予知したところ、その日にあのクルーズで亡くなる参加者はいないみたいだし。予知できないことは自分の事だけだから、そりゃあ死ぬのは僕しかいないよね。」
「お前はそれでいいのかよっ!」
昌行はとうとう噛み付いた。それも柔和な笑顔にうちけされてしまう。
「いいよ、大丈夫。だって、知ってるでしょ、昌行。僕の魂はまた戻ってくるって。信じようよ、あの死神君をさ。・・・いやー、美味しかったよ。ごちそうさま!」
博の自分の死に関する言葉を昌行はどうも薄っぺらく感じてしまうのだ、本当の死を覚悟しているその瞳が昌行を不安にさせた。
「あのなあ、俺、心配してるんだぜ。」
食器を洗い始める博の背中に向かい、昌行が大声を出す。博はただ、大丈夫、と微笑むばかり。とりつくしまもなかった。

 2月10日、クルーズの日がやってきた。快彦は何とか船に潜入する事が出来たが、直前に快彦にかかってきた携帯によると昌行はどうしても行く事が出来ないようだった。関係者以外はチェックが厳しかったのだ。快彦は、博の口利きでなんとか乗れたのだ。
「あの死神の言った事、本当なんだろうか。いずれにせよ、親友の運命がかかっているんだ、全てを見定めたい!」快彦は胸の中で叫び拳を握った。
午後6時半、船は予定通り出航した。

 「おー、おー、VIPばかりでんなあ。」
サングラスにタキシードの男が快彦に話し掛けた。城島と昌行だった。裏ルートでクルーズに参加できる事が決まった城島を拝み倒し、昌行も同行する事が出来たのであった。
「来られないかとおもったぜ。」
快彦が安堵の声を漏らす。
「心配かけて悪かったな。」
坂本が低い声で快彦に言う。
城島の言うとおり、参加者達は時折経済紙で見かけるVIPが多く、その様子からして他の人間達も財界の大物やその家族だろう。社長や役員達とグラスを傾けて談笑している。快彦は、それよりも博から目が離せなかった。博も何名ものVIP連中に取り囲まれていた。あいかわらずニコヤカに微笑んでいる。どうやら、博に予知をしてもらった人々らしい。「先生、ありがとうございました。」「先生、私達の今後はどうしたらよろしいのでしょう?」などと言う会話が漏れ聞こえてきたからだ。
「”先生”やて、なんや、あの中心に居る人が噂の宗教家だかなんかかいな。」
城島が言った。
昌行と快彦は顔を見合わせた。人から見れば、正確な未来を予知する博は、神にも等しい能力者であろう。そこには宗教にも似た盲目的な長野崇拝があってもおかしくはない・・・。
「・・・!おい、坂本!あれはあんさんの従兄弟やないか!従兄弟の博さんが教祖かなんかだったんか?なんで教えてくれへんかったんや?!」
城島が、自分が狙っていた宗教家が博だと気づくのは、すぐだった。
「俺だって、わからなかったんだよ、城島。博は利用されているだけだ。何も知らない・・・。」
坂本がうめくようにつぶやく。

 快彦にもやっとわかった。これは「予言者長野博と楽しむクルーズ」なのだ、クルーズの参加料金が昌行に聞いたような莫大な金額。これは、そのような内容であるからこそ、要求できる金額なのだ。このクルーズに参加すれば、予言をたくさんして貰える、また、崇拝する予言者長野博と共に時間を過ごす事が出来る・・・、今までその予言の恩恵に与り且つ予言をする長野に畏怖さえ覚えた人間なら、そのくらいの金額は惜しくはあるまい。
 ”この事を長野は本当に知らないのだろうか。聡明な長野だ、うすうすは気づいているんだろう、だからこそ自分の死をもって会社ぐるみのこの悪事を終わらそうとしているんじゃないか?”坂本もそんな風に考えている時、快彦がささやいた。「あと、2分で7時だ。宣告時間だぞ。」昌行は我に返り、博を目で追った。博はデッキに出るところである。昌行はそれを追った。やっとデッキの近くの出入り口に来たときだった。博と目が合う。博が昌行に微笑んだ。船が大きく揺れた。ほんの一瞬の出来事だった。あっというまに博が海の中に消えていった。微笑みながら、まるで海に吸い込まれるように・・・。いや、誰かに海へ招かれるように、死神の誘いか、天使の呼び声か・・・。

・・・・”なみの下にも都のさぶらふぞ”
    なぐさめたまひて
    ちひろの底へといり給ふ・・・・・
ふとそんな声が昌行の耳に聞こえた。誰だ・・・。そらみみか・・・?

「長野君〜〜〜!!!」
快彦が叫ぶ、昌行は身を乗り出すようにして博の落ちていった海面を見つめる。
そこには何も変わった事はなかった。この数分の出来事などまるで何もなかったかのように、海面にはいつもと同じく小さな波が続いている。
昌行も快彦も、深いため息をついた。本当に信じていいのだろうか、あの死神ゴウの言う事を・・・。博は返ってくるのだろうか・・・・二人は同じ事を考えていた。博が落ちた事がすぐに知れたのだろう、船上は既に恐慌状態だった。

続く

投稿時間:01/05/27(Sun) 07:48
投稿者名:きらきらぽー
Eメール:mamiko@grrrls.net
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タイトル:LIFE 1
 「ありがとうございます、長野先生」
老婆は涙ぐみながら、長野博に礼を言う。
「いえいえ、僕にできることはこの位の事だけです。僕でお役に立てればいつでも言って下さいね。」
博は微笑みながら、老婆の手を優しく握った。老婆はほっとしたようにミノリカワ商事のオフィスビルの中にあるその部屋を出て行った。
 先生と呼ばれている長野博は、別に教師でも、医者でも、弁護士でもない、一介のサラリーマンである。それがなぜ先生と呼ばれるのか・・・。理由は博にはあるときから不思議な能力”未来予知能力”が備わり、その事を知る者が博を頼って博のオフィスを訪れ、長野に己の未来や家族の未来を見てもらうからだ。彼らは口々に長野先生、と彼を呼び敬う。
 一番それに困惑しているのは長野博自身だった。なぜなら、博には他人の未来を見ることが出来る、つまり、悪い未来でも、相手に告げなくてはいけないからだ。
「・・・お気の毒ですが、貴方の会社は半年後、このままでいきますと倒産してしまいます。」
こんなふうに相手に対して大変辛い宣告もしなければならない。
「え・・・、そんな・・・・。長野先生、な、なんとかならないでしょうか?」
相談者は焦りを隠し切れずに博に詰め寄る。
「そうですね・・・。”このままでは”ということですから、なんとか今からでも対策を練りましょうか?有能な弁護士やいろいろな方に相談なされば、なにか救いがあるかもしれません。未来は必ずしも変えられない、というのではありませんから。」
博のこの言葉は真実だった。ある程度複数の要因が重なって、未来は作り上げられる。未来予知は殆どの場合、博の告知どおりになるのだが、いくつかのそこへいたる要因を上手く取り除けば、多少のずれを生じる事があるのだ。悲しい未来を見てしまう博ではあるが、彼は何とかして、そこから彼らを救ってあげたいといつも思うのであった。

 博は普通のサラリーマンである、いや、それは今や過去の事かもしれない。博のこの並々ならぬ未来予測の力を知った、博の会社ミノリカワ商事の役員達は、この力を求める彼らのビジネスパートナーや、会社にとって有益になりうる政界の大物、そして彼らの親族などを、博のオフィスの部屋に連れてきた。そして、その誰もが、博の的確な未来予知に驚愕し、ある意味ものごとを先に知ることにより、自分の時間や力の温存を多少できるようになる。心配事がなくなるのであるから、それに関わる事をなくすことが出来るのだから・・・。博の存在は会社にとって今やなくてはならない存在となった。事実、会社の近い未来、一つ一つの取引の有用性、そのような事も博の目を借りれば簡単に且つ正確に把握できる。いつしか、彼の元来の仕事は極端に減少し、未来を見る、予測することがメインの仕事になりつつあった。
彼はこの事になんの不満も言わず、いつもにこやかに微笑んでいた。なぜなら、役員のうちの何人かは、博の両親に親しい関係にあり、両親が事故で死んだ後、ひとりになった博を不憫に思い、様々な面で世話をしてくれたのだから。博はこの役員達の恩に報いるためにも、自分の能力を惜しみなく使った。

「ただいま、戻りました。」
夜遅く、博は帰宅した。表札は「長野」ではなく「坂本」である。両親が事故で亡くなった時、伯父の家に引き取られたのだ。そこには1つ年上の昌行も住んでいた。
「おう、今日も遅かったな。」
ぶっきらぼうに昌行が言う。
「あ、起きてたんだね、昌行。」
博がコートを脱ぎながら昌行の方を見た。昌行はタバコに火をつけようとしていた。
「いつも、遅くまで大変だな、無理すんなよ。」
タバコの最初の煙をふーっと吐き出す。
「ああ、大丈夫。僕は頑丈に出来ているからね。」
博はにっこり笑って、軽くシャワーを浴びにバスルームに消えた。
「確かにな・・・。あの事故でもお前だけ、生きてたんだしな。」
昌行は約一年前の記憶に思いを馳せた。博と両親が乗る乗用車は大破していた。トレーラーに巻き込まれ、原型を留めていなかった、乗用車。集まる人々、パトカーの音、救急車のサイレン。その中で、奇跡的に命を取り留めた博・・・。
「あれ、ご飯、今日は鍋物だったの?」
タオルで髪を少し拭きながら、ダイニングにやってきた。
「だったの?じゃなくて、今から食べるんだよ。」
ブスッとしながら、昌行が言う。
「あれ、叔父さんたちは?・・・あ、そっか、今日から長期海外出張だっけ。」
「ったく、ちゃんと覚えとけよなあ。」
遅くまで我慢して、自分と食べるために夕食を待っていてくれた昌行に感謝した。
「昌行、鍋好きだもんね。味が楽しみだな。・・・待っていてくれて、ありがとう。お腹すいてたんじゃない?」
「・・・・。」
昌行は無言で、鍋をもくもくと準備しだした。すぐに良い香りがダイニングを包んでいった。
「ハラ減ってたのはお前も同じだろ。」
昌行がボソッと言った。
「ご心配なく、僕は残業のときに、オニギリの差し入れ3つもらったから。」
博がにっこりと笑う。昌行は「やっぱり、こういうヤツだよ、博は・・・。」と心の中で思った。「プラモデル作りながら待ってた俺って、一体・・・・。」ため息をつく昌行をよそに、博はもう鍋の中をつついていた。

==== 約一年前 ====
 雪の降る寒い晩、二人の天使が交通事故の現場に立っていた。
「痛ましい・・・。かわいそうやな、ケンくん。」
黒髪の背の高い方の天使が、栗色の髪の少し背の低い方の天使に話し掛けた。
「本当にね。こういう悲しい事故、なくなってくれるといいのにね。ジュンイチは、事故の魂を運ぶの初めてだもんね。」
ケンくんと呼ばれた、栗色の髪の天使は黒髪の天使ジュンイチを気遣うように言った。
「うん、でも大丈夫や。早いところ、魂を安らかに天国に運んであげようや。ケンくん。」
「ちぇっ、調子いいなあ。悪いけど、僕は君の先輩天使なんだからねえ、あんまり態度悪くしないでよね。」
ケンが少し口を尖らせて、飛んだ。バサッと大きな翼をはばたかせると、少し白い小さな羽が雪と一緒に舞い落ちた。最初にケンは、運転席の父親の魂を天国へ運んだ。
「ジュンイチ、あと、二人ぶん、よろしくね。」
ケンはそうジュンイチに言い残して、天国の扉の奥に消えた。
 次にジュンイチは助手席の母親の魂を抱きしめた。普通は何も話さぬ魂が、このとき急に言葉を発した。
「お願い、天使さん、息子だけは生き残らせて。私の魂が天国に行けなくてもいいから。どうか、お願いだから!」
「えっ。なんやねん、こういうこと、あるんか?」
ジュンイチはびくっとした。確かに後部座席にもう一人倒れていた。”綺麗なにーちゃんやな、ルネッサンス期の絵画のようや”ジュンイチはため息をついた。しかし、その青年はほとんど息はない。先輩天使のケンはあと二人、と言った。”つまり、この後部座席の綺麗なにいちゃんも連れて行かねばいけないんや”と、ジュンイチは心の中で再確認する。
「おばさん、それは無理や。俺、おばさんと、もう一人、そのにーちゃんも連れて行かんと、ならへんのや。かんにんな。」
ジュンイチは、はばたこうとする。すると、母親の魂が、ジュンイチの腕をするりとすりぬけた。
「困ります。ほら、博はまだ、生きられる」
母親の魂が後部座席の青年に近づいて言った。博と呼ばれたその青年は確かに微かに息があり、魂はその体から抜け出るか、抜け出ないかの瀬戸際にある。怪我の具合も急いで治療すれば何とかなりそうだ。
「ありゃ、確かにこれは生きられそうな感じやな。もったいないわあ、この人の魂持っていってしもうたら。」
ジュンイチはつぶやいた。
「後生ですから、天使さん、博だけはこの世に生かしてやってくださいな。」
母親の魂は震えながら懇願する。ジュンイチはあっさりと認めた。
「ええよ、確かに、博さんっていうこの人、まだ生きられるで、無益な殺生はいかんのや。」
ジュンイチは笑って母親の魂を抱き天へ向かった。そして、救急隊員の一人に向かって自分の羽を落とした。きらきらと光るその羽が救急隊員の体に触れると同時に、
「生きてます!奇跡です、この事故で。。。!」救急隊員は叫び、博を急いで病院へ運んだ。

 「なにー?おいてきたあ〜?!」
天国で天使ケンが天使ジュンイチに叫ぶ。
「そうや。だって、あの博っていうにいちゃん、まだ使えるねん、あの体。もったいないやん、生きられる魂もってきちゃうのは。」
だらりと寝転んだまま、のほほんと天使ジュンイチが答える。
「も、もったいないやんって・・・。」
ケンは頭を抱えて続けた。「俺たちがそんなの決定しちゃいけないんだよお。」ジュンイチを一人であの場に残すんじゃなかった、とケンは後悔しきり。
「せやけど、緊急のときは天使が決定してええって、神さん言っとったで。」
ジュンイチはまだ、のんびりと構えている。
「違うよお。確か、そういう時って、現場の死神さんに同意を得ないといけないはず。そうじゃないと、その魂に支障が出てくるんだよ。」
「支障って?」
ジュンイチも少し焦りがでてきた。
「う〜ん、詳しい事は分かんないんだけど、僕も。」
ケンはがっくりと肩を落としている。神様からお叱りを受ける事も、ケンの気を重くしている原因のようだ。それをちょっと察知したのか、ジュンイチは、
「ええよ、俺、神さんに聞いてくる。こういう時どうしたらいいかって。」
寝転んでいたジュンイチがぱっと起き上がり、すばやく神様のおられるところへ向かって飛んでいった。
「ちょ、ちょっと待てよー。指導天使は僕なんだから、僕が報告にいくよお。」
ケンもそれに急いで続いた。

 救急治療室では、博はまだ意識が戻らずにいた。ベッドの見えるガラス越しには友人の井ノ原快彦と、従兄弟の昌行が心配そうに彼を見つめている。博を介して、二人は面識を持ち、ここ数年は3人で行動する事もよくあった。
「長野君、このまま、目を開けないなんて事、あったら・・・。」
快彦がつぶやく。
「何も言うなよ、井ノ原。」
きっと同じ気持ちであろう昌行が、首を振った。全身事故の怪我だらけの博は、何も答えない。

 その頃、二人の天使は神様の館から、死神の館へ向かっていた。
「あ〜あ、やっぱり、死神さんのところに行かなきゃならなくなったよお。遠いのに。」
ケンが文句を言っている。
「ええやん、そんなに神さん、怒ってへんかったし。ようは死神さんと交渉するって事やろ。そうすれば、なんとかなるんやろ?まかしとき、なんとかしとくさかい。」
ジュンイチが気楽に言う。ケンはまだ心配だった。そして、死神の館に着いた。館の中は薄暗く、奇妙に静かだった。
「怖い人なんやろか、ケン君会った事あるんか?」
ジュンイチがちょっと不安げに言う。
「今になって、怖がってどうするの!僕だって会った事ないよっ。」
いざという時には強くなるケン。もう行くしかない、会って話をするしかないんだもの、ケンは気合をいれるように背筋を伸ばして、死神の居室のドアを開けた。
 部屋の中は、暖炉の光と数箇所に置かれたランプに照らされて、廊下よりずっと明るかった。といっても、天国の神々しい明るさとは違い、あくまでも照明によるものだ。さらに、そこかしこに、多くのメモやペンが散乱し、仕事に忙しい様子がうかがわれた。
「あの、死神さん、こんにちは。天使のケンといいます。後輩の天使ジュンの先日の件でお話が・・・。」
ケンが大きな声で部屋の中の人影に告げる。すると、その人影がすうっと消え、いきなりケン達の目の前に現れた。死神ならではの能力だ。
「うわっ、なんやねん、びっくりしたわあ。」
ジュンがそれに驚いて後ずさりする。
「ノックもなしに開けるなよ、お前らの事は、神から連絡受けて知ってるよ。」
寝癖をそのままにしたようなフワフワとした薄い色の髪の小柄な死神はぶっきらぼうに言った。それを指摘するように、ジュンイチは、
「死神さんなあ、寝癖つきっぱなしやで、大丈夫?」
慌ててジュンイチの口をケンが塞ぐ。ここで死神を怒らせて話し合いが決裂するのを恐れたのだ。
「うひょひょひょひょ」
いきなり死神が笑い出した。
「こんな、失礼な天使初めてみたぞ。はっきりしてていいなあ。」
笑いながら死神は続ける。
「俺はゴウ。死神さんって呼び方はやめてくれ。嫌いなんだ、そういうの。」
これを聞いてほっとしたケンは、用件を伝えた。
「そうか、ようするに、死ぬ予定の魂を勝手に置いてきちゃったってことだな。」
死神ゴウが神妙な顔でこう言いながら、近くのメモを探した。目的のメモを見つけると、それを入念にチェックしながらゴウはこう言った。
「その魂は一度、身体から抜け出てるはずだ。普通、この手のケースでは魂に支障が少し出てくるわけなんだが・・・。うーん、この博って男の魂の場合は・・・そうだ、天国に居る魂のように、時空の観念がゆらぐ、他の人の過去や未来等が俺たちのようにそこそこわかってくるんだ。」
「あ、それっておトクやんかあ。」
ジュンイチがあっけらかんと言う。
「お得ってねえ。急にそんな風になったら、気持ち悪いと思うよ。本人。」
ケンは対照的な態度だ。さらにゴウは続けた。
「それと、この長野博、どっちにしても魂は天国に持ってこなくちゃいけないことになってるぞ。どうする。」
「え、今から行って、持ってこないといかんの?そんなのかわいそうやん。折角助かったんやで。治療すれば、まだまだ元気に暮らしていけそうな体だったんやし。」
ジュンイチが反論すると、
「お前が、そういうの決める事じゃないって、何度も言ってるじゃないかあ。」
ケンが超音波のような声でジュンイチを諌めた。
「二人とも、ここでもめるなよ。」
少し考え込んでいたゴウが天使二人をたしなめる。
「長野博のこの特殊能力、多分予知とかだと思うんだけど、これもそんなにガンガン使わなければ、ある程度命は延ばせるけれど、多分、自然とこれを使わざるを得ないことになるんだろうな。」
ゴウは長野博の未来データを見ながら続けた。
「1つだけジュンイチのやったことを活かせるチャンスはある、俺がある指定した時間に命を落としてもらうんだ、長野博に。」
「え、それじゃあ、結局魂とるんやんかあ。あんまりや。折角命拾いしたのに・・・。」
ジュンイチが涙目になった。ケンも同情したのか、瞳がうるむ。
「待てよ、聞けよ、誰が魂を天国に持って行けなんて、言ったんだよ!最近の天使はせっかちだなあ。」
ゴウの話には続きがあった。
「一時的に魂を引き止めさせてもらう、そして24時間以内に予定外の魂を代わりに頂くんだ、どうやらそれに値する悪さをしている魂もあるようだし。うまくすると、2人くらいそういう悪さをした魂が不慮の事故で取れるかもしれない。そうすれば、博の魂を戻して生き返らせる事が出来る。」
「えー、でも、死ぬ事が大体確定したら、僕達のスケジュールに組み込まれるはずでしょ?その2人だって、そうなったら、代わりの魂として使えないんじゃない?全くの予定外の魂でないと、だめでしょう。」
ケンが突っ込んだ。
「そのスケジュール組んでるのは、誰だよ。俺、死神じゃん。」
ゴウがニパっと八重歯を出して笑った。
「俺が都合つけとくよ、この2人に関しては、スケジュール公開しないでおくから。」
「でも、ゴウくん、どうしてそこまで長野博の命を考えてあげてるんだい?」
ケンが不思議そうに尋ねる。
「長野博の体がそんなにダメージ受けてないのに死ぬ事にしてしまったのは、俺のミスだ。それに、見ろよ、こいつの今までの人生・・・。」
ゴウが死神の持つ人の人生についてのデータの中の長野の部分を天使二人に見せた。ゴウも、ケンも、ジュンイチも沈黙した。
「・・・だろ、こういう人には生きててほしいよな。」
ゴウが言うと、二人はうなづいた。

 つまり、博の予知能力は、両親と一緒に巻き込まれたこの交通事故のときから、備わったものである。その理由は博自身も良く知っている。というのは事故後、殆ど意識がなかった博の元に二人の天使が現れたのだ。そう、二人の天使は死神ゴウと話し合い、博に事の次第を明かしに来たのだ。
「ひろしぃ。ごめんなあ。俺が独断でこんなことしたせいで迷惑かけちゃったなあ。」ジュンイチが博の耳元で言う。話をしたこともないのに、既に”ひろし”と呼び捨てだった。その言葉に博は目を開けた。
「君、君達は?だれ?」
体の動かない博の意識の中に天使が入り込んできたのだ。
「僕達、天使です。体が辛いところごめんなさい。」
ケンが丁寧に言う。
「あ、そうか、事故で僕・・・。もしかして父さんと母さんは?!」
「すみません、もうご両親の魂は天国にございます。」
ケンの言葉に博はショックを受けた。自分だけが助かった事実に困惑しているようだ。
「本当は博も、天国に行かんといけんかったんやけど、博のおかんに頼まれてな、それに体もまだ大丈夫そうやったから魂はこばなかったんや。」
ジュンイチが事の次第を話した。正式の手順を踏まずに博の魂を残した事、これから予知の能力が備わる事、けれど本当は博は死ななければいけないこと。
「じゃあ、殺してくれていいよ。」博は微笑んだ「君達に迷惑かけられないし、両親ももういないんだし。魂を運んでいいんだよ。」
それを聞いたジュンイチが怒った。
「博のあほっ!あんた、自分のおかんがどんな思いで俺に頼んだと思ってるんや。そんなに簡単に死ぬなんて言ったらあかんで!」
「とにかく、指定される時間までに、申し訳ないんですが、もう一度瀕死の状態になっていただかないといけません。段取りは僕達でしますが・・・。そして貴方の魂を僕らの仲間のゴウさんに預かって頂いている間に、僕達が手順どおり事を行いますので、その後生き返っていただくことになります。」
ケンは、身代わりに他の魂を持っていく事やゴウが死神である事を告げるのを控えた。これ以上ショックを与えてはいけないと思ったからだ。とにかく、もう一度魂を体から抜いてその間にゴウが非公開にしている魂を持っていけば、博は救われる、生き返るのだから。ジュンイチも折角助けた魂、この博を生かしたかった。
「わかりました。とにかく僕はご指定の日にもう一度死ぬわけですね。」
遠くを見るような瞳で博がつぶやく。
「正確には、”死”とは異なりますが、形式的にはそれに近いでしょう。けれど、必ずあなたは生き返ります。どんな形にせよ、生き返るのです。間違いなく。」
どことなく寂しそうな博を励ますように、ケンは心を込めて強く言った。
「・・・ありがとう、二人の天使さん達。ご迷惑をおかけしましたね。」
博は微笑んだ。
「迷惑、ちゃうねんで。ひろし、いい人すぎるわ、俺たちに任せといてや。」
ジュンイチがポンと自分の胸を叩いて言う。
「他人の未来が見えてしまう能力ですが、いろいろ辛い事もあるでしょうね、でも、生き返りましたらその能力は消えますからご心配なく。」
ケンは能力に関するフォローも忘れなかった。
「指定の日に関しては、また、決まり次第告知しに参ります。ゴウさんが代わりに来る事も有るかもしれませんが、はっきりはまだ決まっていません。大体1年くらい後になるとは思いますが・・・。」
ケンとジュンイチの姿が、博の意識からすうっと無くなった。

 「あ!長野君が目を開けた!」
快彦が叫ぶと、隣に居た昌行が博の手を握る、
「がんばったな、博。」
快彦が医師に告げに行くと、すぐザワザワと病室が慌しくなる。長野博は、悲惨な交通事故の生死のはざまから戻ってきたのだ。
========

 「今日は3人の方が、長野に予知をしてほしいそうだ、時間は・・・。」
上司が博に告げた。忙しいミノリカワ商事のオフィスの中で、全く違った内容を仕事にしつつある博。同じフロアには快彦も働いている。同僚の快彦は、博から予知能力の事を聞いて知っているので、特に驚きもしなかったし、博が「恩返しが出来るなら・・・」と考えて、この予知能力を惜しまず会社の言うとおりに用いている事も知っていた。同居人の昌行も、能力については実際に見るまでは信じなかったが、時間をかけて納得できるようになった。
「大丈夫かあ、頭痛くなったりしないの?」
快彦が博に聞いてくる。
「大丈夫、自然に見えちゃうだけだし。」
博がお決まりのスマイルで返す。
「へえー。じゃさ、俺、もうすぐ彼女できるかなあ?」
「また、その質問?・・・また遠のいちゃってるみたい。」
「なんでだー!!」
快彦が博のネクタイをひっぱった。苦しがりながらも博は笑っていたが、心の中で思う事があった。”もうすぐ、天使が言った期限の一年・・・”
死の時期が近い事を博は悟っていた。

 坂本昌行は新聞社に勤めている。しかし、美術専門のライターだったので記事の内容により、比較的時間にゆとりがあることも多かった。経済面担当のライター仲間の城島が特ダネだと喜び、担当の違う昌行のところに話しに来た。
「なんだ、このネタ・・・。」昌行が息を飲む。そのライター城島の見せる手帳には博が勤めるミノリカワ商事の黒い噂について、メモが記されていた。最近ミノリカワ商事が様々な企業と手を組み、多大な所得を裏で得ているという話だ。
「まさか、博が絡んでいるのでは・・・?」昌行は嫌な予感がした。城島も、昌行と同居する従兄弟がミノリカワ商事の社員と知り、なにか情報を得るためにやってきたようだ。
「俺は何もきいていないが、このネタの裏は取れているのか?」昌行が尋ねると、城島はなかなか尻尾がつかめない、新しい事業の展開が他の企業と組んで行われている様子もまだないし、なぞだ、と語った。多大な所得、そして提携・・・、一体どういうことだろう・・・。昌行は考え込んだ。

続く

投稿時間:01/05/24(Thu) 07:39
投稿者名:きらきらぽー
Eメール:mamiko@grrrls.net
URL :
タイトル:Euphoria その3・浪人「生」(准&快編)
 渋谷の騒がしいセンター街を抜けハンズの少し裏道をとおると、たくさんのレア盤をおくCDショップがある。俺はここを歩くのが好きや。たまに、お目当ての品があると、
「おお、俺をこのジャケットが待っていてくれたんやなあ。やったでー!」
と嬉しくなる。けども、そんな音楽生活もそれほど熱心にし続けるわけにはいかへんのや。だって、俺、浪人生なんやから。

 俺が受験に失敗したことに、周りの連中はほんまにおどろいとった。俺も、皆が「准一はk大行くのが当たり前や」
と言っとったの、よう知ってん。なんか、恥ずかしかったー。きっと大阪おったら、勉強できんかったやろ。だって、俺、他の奴みんな大学いっとって、自分だけ行けへんのが、悔しくて辛くて。投げ出しとったやろ。そういう俺の気持ちわかっていたのか、おかんが
「もう、大阪におるんやったらやる気がでえへんやろ?准一!あんたは東京に一人で出て予備校に通ってきちんと勉強せにゃいかんよ!」
と俺を東京に出しよった。実は東京っ俺が小学生の頃まで住んでた所だから、そんなに違和感はあらへんかったし。もちろん、俺は今は立派な大阪人やから東京行って巨人ファンの中で野球見るのは辛いやろうけど。おっと、話が横道にそれた・・、ま、通うことになった予備校の費用もなんとか模試の成績で優待生扱いで安くはなったんやけど、おかんに迷惑かけとるのは変わりない。なんとか今年で合格せにゃあかん。俺はいつも心に誓うのだが、どうも5月病とでもゆーんかいな、身が入らへん。あ、浪人じゃあ5月病とはいわへんのか。

 俺が大阪に子供の頃来る前、つまり関東に居た頃の幼馴染の健と剛も志望校、合格したそうや。うらやましいなあ。なんで俺だけ落ちよったんやろ・・・。神様ほんま、冷たいわ。・・・・そんな事思いながら、また俺はレア盤探しにショップに来とった。
そしてみつけた。
「あ、あれは!俺がさがしとった、あのバンドの自主制作盤や!!」
心の中で俺は歓喜の声をあげとった!
ドン!
いきなり後ろから小走りしてきた男にぶつかった。その男は細い目をさらに「線」みたいに細くして、にたーっと笑って、俺の求める品を手にとった。ジャケットを見つめにやにやしとる。きもわるー。え!?てことは、この細目のにーちゃんも俺の欲しいこの自主制作盤を買おうとしとるんか?それはあかん、あかんでえー!!

 俺の、鬼気迫る視線に気づいたのか、細い目のにーちゃんは、こっちを見とる。俺はゴクリと唾を飲み込む。買うな、買わんといてー!!心で叫ぶ。すると細い目にーちゃん
「あのー、君、これ買おうと思っていた?」
と聞いてきた。
「へ?あ、あー、そうですけどー・」
なあ、にいちゃん堪忍や。その自主制作盤はこの世の中に1000枚しかないんやで、ファンならどうしてもそいつが欲しいんや、お願いだから買わんといてくれや!俺はまた心の中で叫ぶ。きっとそんなんが顔に出ていたんかもしれん。
「そっか、そっかー。どうしよう、んーーー、ま、いいや、これ君に譲るよ。多分、これ、友達で持っているのがいそうだから、聴かせてもらえればそれでいいし。」
「ほ、ほんまに?」おー、ごっつラッキーやんかあ。細い目のにーちゃんはそれを快く譲ってくれた。感涙・・・。
「ほんまに、おおきに!」
俺は嬉しくて礼を言って帰り、その日はやっと買えたその自主制作盤を大事にMDに落としゆっくりとその音楽を聴きながら幸せな一晩を過ごせた。こいつが手に入るなんて、ほんまついてるわあ。ほおずりほおずり・・・。



 それから数日後の予備校の帰り、今度は西新宿のレアCDショップ街を歩いていた。やっぱ、関東に来て一番良かったんはこの掘り出し物いっぱいの街でレア盤探せる事かもしれんなー。

 けど、心のどこかでもう一人の俺がゆうとる
「これでええんか?准一。」
俺はその声をかき消すようにMDウオークマンの音量を大きくした。

 何店舗かまわったが、今日は収穫なしのようやった。1時間近く歩き回って、俺も少々疲れたわ。腹も減ったし。すぐ近くに見えたラーメン屋にとにかく入ってとんこつラーメンを頼んでみた。3時半という中途半端な時間にも関わらず割と人が入っている店やった。ひょっとして美味い店、穴場の店かもしれんと思い、目の前にやってくるであろうラーメンにおのずと期待が高まる。年の近そうな色白で明るめの軟らかそうな髪のにーちゃんがハスキーボイスで店主にこう言うのが聞こえた。
「いやー、東京ではここのラーメンは3本指に入ると思いますよ。帰省の度にこの店に僕は来るんですよ。まあ、最近は横浜の家系ラーメン制覇を目論んだりもしているんですけどね。いずれにせよ、店長の作るラーメンは絶品です!ほんと、ご馳走様でした。」
にこにこ顔のその綺麗なにーちゃんは満足そうにお腹をなでながら店を出て行った。そうか、そんなに美味いのか!彼と入れ替わりにまた人がやってきた。ごっつ繁盛してる店やなあと思いつつ、その人の顔を見て驚いた!
「あ、あの細い目のにーちゃん!」
俺は心の中で叫んだ。恩人やー。あのレアな品を譲ってくださった神様のような人やでー。
「あれ?君は??この前の!」
その細い目のにーちゃんも気がついたようだった。にーちゃんは今日もたくさんCDショップの袋を片手に下げていた。


 「先日は本当にありがとうございました!」俺は立ち上がって挨拶をした。
「いやいや、いーってことよ、俺はいろいろ聴くのが好きなんだから、どうしてもあれが欲しかったって言うんでもないし・・・。あ、ほら、ラーメン来たよ。ここのは美味しいんだから、伸びる前に食べた方がいいよー。」そのにーちゃんは親切に言ってくれた。俺はお待ちかねのラーメンが来たのにも気づかんほど、妙に興奮していた。こんな偶然ってあるんかあ?俺たちはラーメンを食べながら自己紹介をした。彼の名前は井ノ原快彦というそうや。これが俺たちの出会いやった。実際、ほんの時折下宿の大家さん一家くらいしか、ほとんど人と喋る事のなかった俺にとって、よく喋る井ノ原さんの存在は貴重やった。

 「へえー、岡田は浪人生だったのか。」
まだ会ってちょっとしか経たへんのに、井ノ原さんはもう俺を呼び捨てにしている。でもなんだかそれが妙に親しげでちょっと嬉しくもあったんや。ただ、浪人生でこんなにふらふらしている俺。井ノ原さん、なんか言ってきそうやなあ。ちょっと、俺、不安に思う。
「俺は今w大の2年。よろしくなー。」
井ノ原さん、全然浪人生って事に触れへんかった。あれ?っとちょっと俺拍子抜けしたで。その日、いきなり井ノ原さんの家に俺はあがりこんだ。ギターやらCDやら散乱した部屋は、いかにも楽しんでる大学生っぽかった。ええなあ、大学生って。俺は凄く憧れを感じた。
「このCDいいんだよー。岡田も聴いてみろよ、あ、こっちのアルバムもいいしな。」
と井ノ原さんは何枚も俺に渡してよこした。あまり興味がないのもあったけど、その楽しげな笑顔と熱い語りに負けて、つい俺は借りてしまった。このうち数枚は聴くことなくホコリをかぶる運命にあったわけなんやけど・・・。
「なあ、快彦っ!お前が言ってたコンビニのイタリアン棒餃子なかったぜ!ったくほんとにそんなモン存在したのかよ!」
急に玄関が大声と共に開けられる。そこには爆発したような謎なパーマのかけ方をした背の小柄な青年が立っていた。
「うわっ、くっせーな、この部屋。あいかわらず!ちょっとは掃除しろよ!」小柄な青年が顔をしかめる。
「わりいわりい、剛、イタリアン棒餃子あれ、コンビニのじゃないや、なんとかっつーファミレスのだ。もしかして、探しちゃった?」井ノ原さんが言うと、どうも憎めない。
「ったくよー、坂本君まで一緒に探してたんだからなあ。あー、時間無駄にした!俺、春の学祭の準備で忙しいだよ、といってもサークルの先輩の手伝いだけだけどさあ。とにかく、快彦世話やかせんなよなあ。」ぶつぶつ言っている青年の勝気な態度、そして目つきの鋭く、神経質そうな細い眉、見覚えのあるその顔・・・。
「剛君!森田剛君やないか!」俺は思わず叫んだ。
「え、あれ?岡田、俺の従兄弟と知り合いだったの?」
井ノ原さんがの細い目が気持ちだけちょっと大きくなる。
「あ?お前、岡・・・田?あのトローい坊主の岡田准一かあ?なんでお前が快彦の貧乏部屋にいるんだよ?」
剛がドカドカと部屋の中心までやってきた。
「おいおい、貧乏部屋はないだろー。」
ちょっとショックを受けとるようや、井ノ原さん。相変わらず、剛君、言いたい事をぽんぽんゆうとるわ。
しっかし、世の中わからんもんや。ほんま、狭いと思ったわ。俺と剛君、健君のおかん同士がずっと仲良くしてて、時折おかん達3人で集まったりしとったから、なんとなく剛君も健君もどうしているのか、おかんからはぎょうさん聞いていたで。そやけど、本人に会うのはもう、何年ぶりやろか・・・。この日はお互いの近況を話して盛り上がった。

 「坂本荘」これが俺の下宿だ、6畳一間の部屋は井ノ原さんの所と同じ位の狭さやけど、あそこまで汚くしてるつもりはない。この日、夜遅くに自分の部屋へ戻ると、急に静かな誰も居ない空間に、妙な違和感を覚えた。ちょっとだけ寂しいような。いつもなら、どうってことないんだけどなあ。大阪の俺を知ってる人には絶対会いとうないし、こういう一人暮らしを楽しんでいたんやし。きっと井ノ原さんがうるさすぎたから、ギャップが激しくてこんな風に感じとるんやろ、俺。この晩は、井ノ原さんがムリヤリ貸してくれたCDを2枚位聴きながら眠った。昼間の楽しさが曲と共に蘇って、夢見も良かった。

 翌朝、予備校へ出かける時に、大家さんの所の息子の昌行さんに出会った。彼はアメリカの大学に行くため、8月くらいまでは日本でのんびりした生活をしとるんや。うらやましいなあ、ほんまに。いつもなら軽く挨拶する程度なのに、今日にかぎって昌行さんは俺を呼び止めた。
「岡田君さ、いっつも音楽聴いてない?」
なんだかいつにも増して不機嫌そうや。俺、実は昌行さん苦手なんや、だっていつも怖そうな顔しとるし、下手な事言ったらどつかれそうな感じやし。・・・音楽、あ、もしかしてうるさくしてしもうたかいな?そんで昌行さん、めっちゃ不機嫌になってしまったんやないか?俺はちょっとドキドキした。
「ええ、聴いてますけど・・もしかしてうるさかったんやないですか?もし、そうやったら、ほんま済みません!」俺は丁寧に謝った。
「ああ、ちょっとうるさいぞ。」あー、やっぱりおこっとるわ、昌行さん。
「勉強大丈夫?ナガラ勉強派?」
こんなことを尋ねられるとは・・・。けど、俺、実はナガラでもなく、つまり家ではなんにも勉強してへんかった。なんでやろ。
その後、昌行さんはヴォリュームを下げろ、とムスッとして俺に文句を言ってからプラモデルの新作を買いにモールへ行ってしまった。俺はなんだかきちんと昌行さんの目を見て話せず・・・何をどう答えたかちゃんとは覚えてへん。



「本当にこのままで、ええんか?」
また心の中でもう一人の俺がささやいた。



 浪人生活というのはなんだか自分だけ時間がとまったようや。多くの同級生達は大学行くなり、専門学校行くなり、就職するなり、新しい時を生きている。俺はここに留まってるだけなんやろうか・・・。俺はそんな自分の不安から背を向けるようにCDを買いに街をふらついた。そのうち予備校に行くのもおっくうになった。知り合いが居ないところだからこそ、浪人生活、しっかりと勉強できるなんて思っとったのに、なんでやろ?これはもう5月病やない。 俺の時間が止ったまま勝手に夏がやってくる。

 8月に入り井ノ原さんから電話が来た。それまでも何度か会う事もあったし、剛くんの大学祭にも一緒に行ったりしたんやけど、7月は井ノ原さんが大学の試験があるらしく会っておらんかった。電話の内容はどうやら井ノ原さん所属のバンドサークルが吉祥寺で小さなライブをやるから来いとのこと。何組か面白いバンドが出るらしい。剛君も来るという。俺は久しぶりのイベントを楽しみにしておった。

 その井ノ原さんのライブの当日は剛君と健君に会った。初めての吉祥寺駅で地図を見ながら困っているところに、二人が通りかかったんや。俺、方向音痴やねんな、地元の人がいて助かったわ。そうそう、健君はほんま、何年ぶりやろ。殆ど声が変わっていないのには驚いたで。関西の大学に行っているので、夏休みの帰省らしい。
「そっかー、岡田こっちで勉強してるんだね。でも、確か8月って模擬試験がたくさんあるんじゃない?大丈夫?」
健君は昔どおり真面目やった。模試、それは余り考えたくない事やったから、俺はお茶を濁した。当の井ノ原さんのライブはちょっとナツカシ気味になるフォークソング系やった。気持ちがほぐれる、癒される音楽や。井ノ原さんのオリジナルやった。凄いなあ、才能あるんやな、井ノ原さん、と感心した。

 ライブの出番が終わると、井ノ原さんは俺を見つけて楽屋に呼んでくれた。ごちゃごちゃと機材が置かれる楽屋はほこりっぽく、独特の匂いがした。最初はライブの感想を話したり、他愛のない話やったけど、久しぶりに会ったせいか、ちょっと井ノ原さんの感じが違っとるように思える。そんなふうに感じている矢先に井ノ原さんがこう切り出した。
「あのさ、前から1つだけ気になってた事があるんだけどさ、」
俺はどきっとした。なんやろ、いきなり。真顔やで。殆ど初めてみる井ノ原さんのマジな顔。ひょっとして、浪人なのに勉強してないとか、そういうことやろか、今まで話題にも全く出えへんかったし。
「なんで東京に来て浪人してるん?確か志望校はk大だったよねえ。そしたら大阪にいた方が近いし、時々キャンパスにも遊びに行けるし、あっちにも確かいい塾あったよねえ。k大行くならその塾の方がいいって、聞いたことあるけど?」
井ノ原さんはいつもよりずっと真面目な表情で言った。
「・・・なんか嫌なんです。皆大学行ってるし、浪人してる自分を見られたくないっていうか。」
俺はちょっと言いにくかったんやけど、ぼそっと言葉が口をついて出てしまった。 こんなこと、人に打ち明けるの初めてやし、ほんま言いにくかったはずなんや。けどなんでやろな、井ノ原さんにはつい本音を出してしまった。
「まあ、こっちにいると自由だよね。誰も知らないし、束縛もないしね。好きなように音楽三昧も出来るしね。」
井ノ原さんは俺に同意するようにちょっと笑って言ったかと思うと、こう続けた。
「でもさ、それって逃げてない?」
痛いところやった。何も言い返せへん。
「お前、ちゃんと今、現在、自分の人生いきてるのか?友達が見てたっていいじゃないか、それがお前の人生にどこまで関わってくるんだ?変なプライド捨てた方が幸せだよ。」
そうかもしれん。どうしても俺は変に周りを気にしてしまうんや。こういう自分も情けなくて動けなかった。けど、まてよ、自分の人生?時間を止まってると思っとったけど、それってなんや、違うってことやろか?

「なんてな、俺に会ってから更にCD聴く時間ばっかり増えられても嫌だからさ。CD聴く時間の倍は気持ちだけでも受験に向けてくれよ。だから、1枚の70分のCD聴いたら、その日は少なくともその倍の140分は机に向かって欲しいなー。」
井ノ原さんは俺の肩をぽんと叩きながら笑った。
時間、時間、俺の時間はちゃんとあったんやな、俺がCDを聴いている時間、街を歩いてる時間。それを俺は止まってるなんて思っとったけど、それは違ったんや、俺が無駄にしていただけや。止まっとったのは自分や。自分が自分の人生をとめておったのや。こんなことに何で気が付かんかったのやろ。

「あ、あと、岡田の行ってる予備校だけど、あそこは模試の結果やら成績やらを学期ごとに親に送ってるって知ってた?」
「え?そうなんすか?」
ほんまに初耳やった。おかんはもう俺のこっちでのダメぶりを知っとるはずや。せやけど、一度もそういうこと俺に言わへん。俺のこと信じてくれとるんやな。それで一言も説教せずに見守ってくれてるんや。おかんの信頼を裏切って音楽に逃げ込んでいた自分を反省した。
「ま、気にすんな、逃げずに前へ進んでればいいんだよ。誰にどう見られようが構わないでさ、今を生きる、そんなんがいいじゃない?・・・あ、俺、この後打ち上げとかあるからさ、また電話するよ。忙しいのにきてくれてありがとうな。」
いつものこっちの気持ちまで和む笑顔で井ノ原さんは言った。そして、また1枚CDを貸してくれた。”Very Best”と、書かれた2枚組みやった。
「これ聴いたら、ちゃんと倍は机に向かえよ。」
俺もつい笑顔になった。井ノ原さんって気持ちを楽にしてくれるんやな。おおきに。

 ライブの帰り道、井ノ原さんに俺が楽屋へ呼ばれたのを気にしたのか、剛君が言った。
「岡田さあ、快彦に説教されてたんじゃねーか?あいつ、話し出したら止まらないからさ、大変だったんじゃねーの?」
「うん、快彦さん、アツイ男だからね、なんかうるさい位に言いそうかもね。大丈夫だった?」
健君もちょっと心配そうに聞いてくる。
なんだか、皆を心配させたんかな、俺。
「いや、言われて良かった事ばっかだったし、平気やで。」
俺は自然と顔が笑えてきた。あれは説教とかと違う。俺が耳をふさいどったことを、井ノ原さんが気づかせてくれたんや。そして、プライドに押しつぶされていた生きる力を解放してくれたんやで。
「ならいいんだけどねー。」
健君も剛君も心配性やな。俺は大丈夫やで。これからは平気や。
「心配してくれておおきに、二人とも。ただね、俺ひとつだけ不安な事あんねん。」
二人は不思議そうな顔で、なにか、と尋ねてきた。
「明日、模試なんや、健君の最初の質問が大当たりや。明日から毎週なんや、勉強せんと!俺、先に帰るわ、またな。」
俺はあっけにとられる二人を置いて駅へと走り出した。
「一夜漬けじゃ実力とは言えねーぞー!」
剛君が後ろで怒鳴ってた。健君の高い笑い声も聞こえる。た、確かに・・・剛君の言う通りなんやけど。

 駅の方向に夕日が落ちるところや。なんかかっこええなあ、俺夕日に向かって走っとる。俺の時間は止まってるわけやなかった。自分が後ろ向きになってただけやった。井ノ原さんの言葉が頭を回る
”逃げずに前へ進んでればいいんだよ。誰にどう見られようが構わないでさ、今を生きる、そんなんがいいじゃない?”
そうや、そうやった。俺は俺。自分の時を生きたいな。人を気にすることなく。大阪に戻って勉強するのもいいな。そしたらおかん驚くやろな、きっと。
俺はこの夕日を忘れへん。生きることを再認識したこの日を・・・。





^^^^あとがき^^^^
前2作が(特に剛&昌編)が暗い印象だったんで、かるーくしたら、内容が薄くなってしまいました。メンバーの役回りが気に入らないもので不愉快な気分になられた方、おられましたらごめんなさいね。でも、V6ファンですので、愛を込めて作りました。読んでくださり有難うございました。

投稿時間:01/05/24(Thu) 07:34
投稿者名:きらきらぽー
Eメール:mamiko@grrrls.net
URL :
タイトル:Euphoria その2・高校2年「夢」(健&博編)
 僕(三宅健)はなぜここに居るのか、講義の途中少し後悔し始めていた。
「すごい、よいセミナーがs予備校で夏あるらしい、合宿制でやる気が出るんだってさ。高校2年の今だからこそ、受講する意味がありそうだよな!」
という、中学からの友達の森田剛に誘われ、
「中学でもトップだった森田君が言うんですもの、健にもいい影響があるはずよ。あなたとは今は高校は違うけれど、仲良しなんでしょ?森田君が一緒だったら母さん安心だし。是非いっていらっしゃい」
と母が乗り気になり、つい僕もこの合宿セミナーに参加してしまった。しかし、いざ来てみると名門校のトップクラスの精鋭ばかりが参加して、朝から晩まで講義。夜の自由時間も参加学生の半分は自習室へ、半分はチューターとして参加している一流大学の先輩方に質問している。一緒にきている剛(森田)は前者だ。彼は人にアドバイスを聞くことなくマイペースに勉強に励む。それも出来ない僕はなんとなく居場所がないようにも思えた。知らないチューターの先輩に一人で話し掛けに行くのも気が進まないし。

 剛は中学でもいろんな活動をしているのに、成績は必ず学年でトップ。特にがりがり勉強をしているふうでもないのに。彼のようなものを天才というんだ。きっと。その天才と同じセミナーを受けるのは、本当に無理があった。比較的マイペースな僕だが、「何をやっているのか謎」な講義ばかりの毎日に、徐々に苦痛を感じていたのだ。

 講義が終わりやっとちょっとくつろげる夕食の時 に、剛が僕のところにやってきた。
「健、お前、なんだかつまんなそうだな、無理に誘って悪かったか?」
剛は栗色の髪をかきあげながら言う。
「え、そんなことないよ。来たのは・・・ぼくの意志だし・・・。緊張感のあるこういう生活もいいかなって、思うよ。」
僕は苦笑した。剛に心配をかけるのも嫌だったし、特に何の心構えもせず、ぼんやりとした自分の情けなさを痛感したのもあった。
「なら、いいんだけどさ。」剛は言葉を続けた。
「受験とかってさ、あっという間らしいぜ。2年になってまだまだ先って感じがしてたけどさ、なんか従兄弟の快彦の話だと、この時期から意識してないと、苦労するって。あ、快彦って高3なんだけど、この1年が早かったーっていつも言うんだよ。確かw大の文系志望だったと思うんだけど。最近はあと半年ーなんて焦ってるみたい。」
うひゃひゃと笑いながら剛は言っていた。剛の従兄弟の快彦さん、音楽好きな1つ上の人、僕も剛の家で何度か会った事がある。熱血漢で笑うと目がなくなっちゃう、一緒にいるだけでも楽しい人だ。なんだか、快彦さんが受験で焦っているなんて、想像すると可笑しかった。でも。。。
「んー、なんか明日は我が身だね。」僕は身につまされる思いだった。だってまだ頭の中に受験とか、志望校とか、なにもかもイメージがつかなくて、漠然としすぎているから。剛はいつもしっかりと自分を持っている。特に最近。ちょっと前までは神経がピリピリ張り詰めているみたいで、心配もしたけど、その頃でさえ自分のやる事はきちんとこなしてた。自分の道をちゃんとわかっているみたい。

 夕食も終わり、夜の自由時間、自習室か、チューターへの質問か、どちらも特に積極的にはなれない僕はロビーでぼんやりしていた。剛は
「明日の講義のテキストの単語だけでも調べないとね」
と言ってさっさと自習室へこもった。彼はなんだかこの高校2年の夏休み、一時金髪にしていた髪も自前のダークブラウンに戻し、受験体制へと切り替え始めている。当然彼はT大志望だろう。県内でも一番の高校へ進学し、いっときグレながらも(少なくとも僕にはそう見えた)その賢い高校でトップ10以内に入っていたというのだから。間違いないだろうな。そんなことを思っていたとき・・・。
「こんばんは!」チューターの一人が声をかけてきた。凄い笑顔。びっくりした!確かこの人k大の理学部の長野さん。セミナーの最初のスタッフ紹介で名前を聞いて知っている。
「君、三宅君だよねえ。」
え、なんで、僕の名前?きょとんとしていると
「僕の弟が君と中学同じでね。前に、写真見せてもらった事があるんだ。文化祭か何かでトナカイの着ぐるみ、きていなかった?それが印象に残っていてね。弟はよくクラスの子の事を家で説明してくれていて名前が記憶にあったんだ、そして今回のセミナーで君を見かけて..同じ子じゃないかって思っていたんだ。」
あ、中3のクラスに長野君って居たっけ。すごく笑顔の印象的な。確かにあの長野君にそっくりだ。そっか、長野君も頭良かったけど、お兄さんってこんなに優秀な人だったんだ・・・。僕はなんだか世間って狭いなあと実感した。そして中学の文化祭を思い出した。あの頃は良かったな、自由で楽しくて。
「このセミナーに来てるってことは、難関校志望なの?どこの大学行きたいの?理系?それとも文系?」
この質問に僕は言葉が詰まった。
「えーとー。。。」
本当に、僕はいま宙ぶらりんだ。文系か理系かもわからず、勉強もそんなにしていないし。塾もやめちゃっているし。大学だって、どこにいけるのかすら考えていない。
「あ、ごめんね、会ったばっかりでいろいろ聞いちゃって!」
長野さんは僕が困っているのを見て気を遣ってくれたみたいだ。。その後、チューターの打ち合わせがあるからって、急いで去っていった。

 僕は剛以外に、僕を知る人がいてなんとなくほっとした。だって、ここでは僕、居場所が・・・。場違いなんだ・・・。来るべきじゃなかったな。
セミナーの生徒は8人部屋に押し込められて寝起きをする。2階建てのベッドが4つある小さな部屋。不運な事に僕と剛は別の部屋にされていた。本当にひとりぼっちだ。剛は、人をひきつける魅力があるから、きっと別の部屋でもうまくやっていけているだろう。それに比べて僕ときたら・・・。8人部屋の生徒の中にはまだ1年生だが僕達と同じ2年生のセミナーに参加している人もいた。凄く優秀なんだ。中程度の僕のような学校から参加しているのは聞かない。自己紹介のとき、痛感した。セミナーももう半分。あと5日で終わりだ。もうすぐ帰れるんだ。そんな事ばかり僕は考えていた。

 翌朝、長野さんが朝食のときに僕の近くにやってきた。ちょっと気持ちが和んだ。
「今日の講義なに?」
またさわやかな笑顔で話し掛けてきた。
「古文と現代文です。午後は英語かな?」
「そっか、がんばってね。国語好き?」
「アー好きだけど、点数取れないです。」ちょっと困って僕が言うと
「そっかー。でもね、国語って日本語、ってことだよね。じゃあ、現代文って、日本人が話している事を学ぶわけでしょ?日本人だったら、現代文ちゃんとできないと変なんだよね、本当は。だって、意思疎通が日本語、つまり現代文で出来ないってことになってしまわない?」
「・・・!」
僕はなんだかこの言葉にはっとした。現代文=普通の日本語=日本人同士のコミュニケーション!?
その後長野さんはお勧めの参考書を教えてくれた。

 長野さんの言葉を反芻しながら授業を聞くとなんだか、すごくわかってくるみたい。魔法のよう・・・。じゃあ、英語は?僕の心はだんだん勉強を別の角度から見えるように、そして意欲的になっていくようだった。

 その晩の自由時間に長野さんにお礼を言いに行った。そしてそのついでに長野さんがお勧めのいろいろな参考書や問題集を教わった。
「ありがとうございました、本当に嬉しいです。」
「僕は何もたいした事していないよ。問題集も参考書も使う人のやる気次第だよね。使わないで持っているだけじゃ駄目だよ。」
長野さんがいたずらっぽく笑う。つられたのかもしれないけど、僕も此処に来て初めて心から笑う事が出来たみたいだ。
「ねえねえ、三宅君ってやりたいこと何?」
「いっぱいありますよー。言語学とか、考古学とか、犬とか好きだから獣医さんもやってみたいし、環境問題も興味あるし、新エネルギー研究とかも・・・。」
言っていて少し恥ずかしくなってきた。ただの夢だ、出来もしないただの夢物語だ。無理だよね、えらそーなこといって、全然分かってないのに。それなのに、長野さんは嬉しそうに微笑む。
「よかった、それでいいんだよ、夢をこんなに若いうちから限定しちゃうなんてもったいないよね。たくさんやりたい事があったほうが、楽しいよ。」
これを聞いて、長野さんは気楽だなあ、人事だと思って・・・、と少し残念に思ったそのとき、
「だからさ。。。理系とか文系とかって、今決めなくていいんだと思うよ、やりたい事が先だよ。そこから絞り込んでいけばいいじゃない。数学が得意だから理系、っていうのもいいけれど、やりたいジャンルが理系に多いからこっちにした、っていうほうが長い目で見ていいって思わない?」
「・・・!そう・・・ですね!」
僕は驚いた。本当に、この長野さんっていうのは凄い事言うよね。今までの後ろ向きの考え方がどんどん変わっていく。この人のおかげで。

 その日以降、どんどん僕は気持ちが前向きになって、授業もいろんな発見がある面白いものに感じられるようになった。知らない人ばかりの一緒の部屋でも、なぜだか打ち解けられる感じがしてきていたし、劣等感も少し緩和された。気持ちの上でも収穫のあるセミナーだった。たった一人の先輩に出会えただけでこんなに前向きになれるなんて。残りの日々はすがすがしく、本当にあっという間に過ぎてしまった。

 「うーん、セミナーきてよかったなあ。難しい講義も多かったけど、俄然ファイトが出てくるなあ。次の模試が楽しみになったりして!」
セミナーからの帰りの電車の中で剛が隣で言う。僕は違う意味が強かったけれど、本当に来てよかったと思えた。
「誘ってくれて、ありがとうね、剛。僕も本当に来て良かったよ。」

 嫌な事、考えたくない事だった進路が全然違ったものに見える。これからたくさん知識を集めよう。世界を見つめよう。そして心を育てていきたい。
    ・・・・・・・・
 「健!長野さんから手紙よ。」母が階下で呼んでいる。そう、僕はここから遠いk大に通う一人暮らしの長野さんと文通している。いつも、胸を打たれることを書いてきてくれるいい先輩。本当に感謝している。僕は夢を胸に、ペンを走らせる。いつか長野さんに胸を張って、どの夢がかなったかを笑顔で話す事が出来ますように。そんな日が来る事を信じている。




^^^^あとがき^^^^^
なんか勢いで書いてしまいました。次でシリーズ最後のイノッチと准君のお話です。こっちはコメディっぽくなりそうです。この時期だから。。。受験生の皆さんがんばって!という気持ちで書きました。

投稿時間:01/05/24(Thu) 07:30
投稿者名:きらきらぽー
Eメール:mamiko@grrrls.net
URL :
タイトル:Euphoria その1・中学〜高校「羽」(剛&昌編)
 高校1年の夏、やっと肩まで伸びた髪を俺(森田剛)は金髪にしてみた。制服のボトムもちょっと下ろす感じに履くようにした。いきがってファッション誌を研究してまるでコピーしたような格好をし始めた。
当然の如く学校ではうるさく言われた。中学時代の地元の友人は
「森田剛って高校生デビュー」
と笑った。一学期までの友達も離れるものが増えた。逆に同じような姿格好の人間が寄って来るようになった。でも、俺にはそんなヤツラはどうでもよかった。俺はあるたった一人のやつの為に変身した。そいつの名前は坂本昌行。彼を一学期の終わりに見かけたときから、俺は自分を変えようと、自分を認めさせようと頑張ったんだ・・・。

=============
 彼、坂本昌行とは、中学三年のとき1年間席が隣だった。坂本はいつも不機嫌そうな顔で、なかなか打ち解けてこない、大人びた奴だった。部活もやらずただ受験に向けて静かに一人でマイペースにやっていた。それに比べ俺は生徒会の副会長をしたり、サッカー部でレギュラーをしたり、何にでも参加していたし、クラスメートや部活の仲間とバカばっかりやって騒がしい生徒だった。そんな俺だからか、坂本は必要な事以外俺とは喋らなかった。俺はしゃべる友達も多かったし、特に気にしていなかった。

 もちろん坂本にも一人友達がいた、長野という柔和な印象のクラスメートだ。彼ら二人は本当に大人な雰囲気があって同じ中3とは思えなかった。背も俺より10センチは高い。普段から騒ぐわけでもなくただ静かに落ち着いた印象がある二人だった。ああいう大人っぽい落ち着いた人しか坂本とは付き合えないんだろうな。俺はそう思った。類は友を呼ぶ・・・。俺と坂本じゃ絶対ああいうしっくりと気の合う友達にはなれないだろう。

 受験が意識されてくる中学三年の2学期、俺は文化祭や運動会の役員をやる事になった。
「森田は成績いいし、バイタリティあるから」
と、皆口々に言う。ちょっとしんどいかとも思ったが俺は頑張った。それに俺にはほのかに片思いしている別のクラスの准子もいたし、目立って活躍して俺を意識して欲しかったし。そんな俺を坂本は冷ややかな目で見ていたに違いない。

文化祭で俺がしたスピーチは妙にみんなに受けた。先生方も
「森田にスピーチを頼んでよかった」
と誉めてくれた。運動会でも結構活躍できたと思う。友達の三宅健は
「森田はサッカーも強いし、走るのも速いし、勉強も出来るし。すごいよね!森田みたいに強い奴って尊敬するよ!」
と絶賛してくれた。俺も嬉しかった。そうだ、俺は強い男なんだ、凄い奴なんだ、とマジに思ったりもした。でも、どこか疲労感を消す事が出来ないようだ。なぜ。

 行事が終わった初冬、俺は結局好きな女の子准子とは付き合えなかった。というか、クラスで一番良く話す友達の三宅健がその子のこと好きだったと分かったから、あきらめた。健から准子と付き合い始めた話を聞いたとき、俺は
「よかったなあ、健は准子とお似合いだよ。」
と言っていつものように、うひゃひゃと声を出して笑ったんだ。健は、俺の彼女への気持ちに気がついていなかったみたいだった。ちょっと、きつかった。胸が痛い気がした。でも、俺の顔は笑っていた。声も大きく出して笑っていた。

 俺は強いんだ、こんなことじゃめげないよ、受験だってあるし、すぐに立ち直ってみせる・・・。(デモ、イママデヤッテキタコトッテ、イッタイ・・・ナンダッタンダ!)
健と准子が楽しそうに廊下を二人で歩くのを見る度に俺は震える唇にきつく力を入れて結ぼうとした。誰にも気づかれなかった俺の思い・・・。

 その日も健の准子とのデートの話を昼休みに聞かされて、5時間目が始まるチャイムの五分前に席に戻った。まだ、辛さが残っていたからか、ため息が出た。その時だった
「森田は強いんじゃないよ、本当は自分の弱い部分を隠しているだけなんだ。」
と低い声で坂本が言った。俺は耳を疑った。なんでこいつが、急にこんな事を言うんだ?!
「無理するなよ、肩に力はいってるぞ。」
まっすぐ俺の目を見て言った。



 確かに俺はいつも疲れをどこかで感じていた。皆の期待を裏切りたくない、俺は強い奴でいないと。何でも出来る奴でいないと。・・・だめなんだ、頑張らないと駄目だ。皆を引っ張っていける人間でいないと・・・だめなんだよ・・・。−−−そう、そんな風に思って生きてきた。でも、特に話もしていない坂本がなんだって俺の心を見透かすように言うんだ?!

 なんだかいらいらした。今まで誰にも話していなかった気持ちを勝手にえぐり出されて、不愉快な感じがした。その反面、どこかほっとしていたのも否めない。
「なんで、坂本君に言われなきゃなんないんだよ。」
机の上でペンをぎゅっと握った。
「・・・森田を見ていると、なんだか大変だなって、ずっと思っていたんだな、俺。」坂本は次の授業の教科書を出しながら言葉を続けた。
「とにかく、無理に元気ぶるのはやめといたほうがいいんじゃないか?強がっても疲れるだけだと思うぞ。」
俺は結局何も言えなかった。ただ、なんとなく、心のどこかでふうーっと深呼吸できたようなそんな感じがした。・・・その後も坂本とは特にたくさん喋るわけではなく、残り少ない中学生活を消化した。俺の心にちょっとだけ雪解けがある予感はしたが、なぜだかどうしても反発してしまう。

 俺も坂本も高校に合格し、卒業式を迎えた。三宅は准子と仲良く同じ高校へ行くそうだ。今はそれを落ち着いた気持ちで見守れる。
卒業式のその日、俺はどうも坂本が気になった。大人っぽい坂本。洞察力も深く・・・。なんだか負けた感じがあって。奴と同等になりたい。奴が俺の心をお見通しだったように、俺も奴のことを驚かせてやりたい。反発なのか、なんなのか、俺はどうもいらいらした。

 電車の方向も全く別になった俺と坂本は殆ど会う事はなかった。俺もなんとなく奴の事を忘れていた。ところが高1の一学期の終わりに俺は駅前の本屋で坂本を見た。隣には長野君もいた。中学の頃と制服が変わったせいもあるのか、二人が更に大人に見えた。背も、また伸びたみたいだ。長野君が俺に気づき微笑みかけてきた。
「森田君、久しぶりだね、元気だった?」
長野君はいつも優しい。さわやかな笑顔。落ち着いていて大人のような。坂本の友達・・・。こういう人だからな・・・。一緒にいた坂本も気づいたようだ。特に何も言わず、口元が少し揺るむ。俺はついガンを飛ばした。それを見た坂本が
「変わらないな、おまえは。」
とつぶやいた。

 すごく、悔しかった。坂本にバカにされた気がした。子供だって、中学のままのガキだって言われた気がした。顔が熱かった。俺は赤くなってくる顔を見られたくなくて、その場を逃げ出した。長野君は不思議に思っただろう、でも坂本は・・・。ーーーそのとき決めた。絶対次に会うときはバカにさせない。卒業式の日思ったように、いやそれ以上に思いは強かった。奴より凄い人になりたい。みとめさせたい!


==============
 それから、今に至るんだ。背も伸ばしたかったが、まずはルックスから変えてみようとした。髪を金髪にし、流行のファッションを追ってみる。ちょっと強そうに見えるように。中学の頃のような健康的な元気な少年、っていうのはもう嫌だ。負けない。驚かしたい。奴より凄いっていわせたい。次に会うときまでには・・・・!

 そして高校2年の初夏、約一年ぶりに坂本に遭遇した。去年と同じ場所、駅前の本屋で。それまでも時折坂本らしい姿を見かけることはあったが、まだヤツを納得させるほどにはなっていない、と思い気づかれないうちに坂本の視界から外れるようにした。でも、高校2年の今、そう今なら、彼を驚かす事ができる!俺は、そう確信し坂本に声をかけた。

「ひさしぶりだな。」急にかけた俺の声に本を立ち読みしていた坂本が気づく。
「森田・・。おお、ひさしぶり。」
「最近どうよ」驚いたそぶりもない坂本にいらいらしながら言ってみる。お前、俺が見えてないのか?
「まあまあだよ。森田は?」
「別に」こんなに変わった俺に、なにも一言もないのか?!特に俺に興味を持たない坂本にむかついていた。そんなとき坂本が言った。
「森田、お前・・・」
お!やった、やっときづいたか!どうよ、俺。もう昔のガキっぽい俺じゃないんだからな。
「昔の方が良かったよ。」
「・・・・!」何を言うんだ、こいつ、俺、こんなに・・・!
「また、なんだか、別の意味で無理してるな。」坂本がつぶやくように言う。
「なあ、お前自分に自信持てよ。自分自身に!素のままの森田がいいんだよ。余計な力を抜いて・・・さ。自分を愛してやれよ。」
坂本のその言葉と同時に、本当に力がすーっと抜けていく。なぜ?
「俺は中学の頃のお前が良かったと思うよ。」
なんだか俺は涙が出そうだった。
「だって、あの頃だって、無理しているって言っていたじゃないか!」
「ああ、お前はいつだって無理しているかもな。でも、本当の自分が悲鳴をあげているのに気づかないのかなあ。今、限界がきて特にな。」
「・・・。」俺は言葉に詰まる。
「無理しないで、気持ちにゆとりを持てよ、俺とか友達だっているんだから、たまには頼ってこいよ。」この坂本の意外な言葉に驚いた。
「友達?」
「え、違うのか?がっかりだな、俺は森田の友達だと思ってたけどな。」
なんだ、そうだったんだ、友達って、思ってくれていたのか。本当に体が、気持ちが軽く感じた。普通でよかったんだ、我慢しなくて良かったんだ、自分を自分が認めてやらなければ・・・。
「あれ?坂本君、森田君、意外だね、偶然またここで会うなんて。」
そこへ長野君がやってきた。どうも美味しいラーメンの店ガイドを探しに来たようだった。
「今日、この町の七夕祭りだね。二人とも行かない?期末も終わってるだろうし、羽を伸ばそうよ。」
今までの俺達の会話なんて知らない長野君がにっこり笑う。
「そうだな、行こうか、森田も。」
坂本もつられて少し笑って言う。
空も俺の気持ちと同じくらい晴れ晴れしている。催涙雨にならない七夕。
「楽しみだね、一緒に行けて嬉しいよ。」
心の声がやっと現実に解き放たれた。俺の心は羽が生えたように軽かった。






^^^^あとがき^^^^
あ、なんだかあっというまに終わってしまいました。初投稿作です。まだまだ荒削りでした、ごめんなさい。
このお話には准さんイノッチは出てこられないのですが、Euphoriaシリーズの最終編浪人編でこのコンビが主役になりますので待っててください。あと長野君と健君も高校編の主役コンビとなります。ドラマのような感じで見ていただけると嬉しいです。

投稿時間:01/04/12(Thu) 12:32
投稿者名:ナナ
Eメール:nana@quest.gr.jp
URL :
タイトル:太陽の当たる場所 7


・太陽の当たる場所 7  「5億円と5人の男」



「ちょっと、誰、あの峰不二子みたいな女!」
「えっ、じゃあ俺がルパン?」
「いや、それはないけど‥‥」
  剛と快彦は、紀香から少し離れてコソコソと話している。
「ここで働いてるらしいんだよ。協力してくれるっていうからさ」
「エッ、じゃあ全部しゃべっちゃったの!?」
「うん」
「ええっ!? どーすんだよ、まだ全然わかんねーんだぞ?
 大杉さんと約束したから、杏だって見つけないといけないし‥‥」
  快彦はまったく気にせず、能天気な顔で剛の肩を抱いた。
「大丈夫だいじょぶ、あの紀香さんが協力してくれんだぞ?
 それより、お前のほうこそエレベーターで何してたんだよ?」
  快彦に尋ねられ、「あ、そうだ」と剛はエレベーターを見た。
  だが、そのときにはすでに人だかりも散っていて、
  当然、准一の姿も消えていた。
「あれ‥‥?」
「? なんだよ、誰かいたのか?」
  二人が話していると、紀香がつかつかと歩み寄って、剛に手を差し出した。
「あなたが井ノ原くんのバディ、剛くんね。私は藤原紀香、よろしく」
「ど、どうも‥‥」
  剛が自分より長身の紀香を見上げて、訝しげに握手する。
「ところで、報酬の分け前は7:3でいいかしら?」
「は?」 快彦と剛がきょとんとして、顔を見合わせる。
「だから、つまり‥‥社長の遺産‥‥を、見つけたときのことよ。
 協力してあげるんだから、私にも分け前があって当然じゃない?」
  紀香が当たり前よ、という顔で言った。
「3ってのは、ちょっと取りすぎじゃねえの?」
  剛が反発しようとしたが、快彦はすっかり骨抜きにされている。
「なにケチくさいこと言ってんだ! たったの3割だぞ?
 それくらい渡してやれよ、女性に優しくするのは当然だろっ?
 まあ、特に俺は紳士だからよ、お前とちがって。 ねっ、紀香さ〜ん♪」
  快彦がデレデレしながら言ったが、
  紀香は不思議そうな顔をして首をかしげた。
「あら、何いってるの? 私の分が7割で、あなたたちが3割よ!」
「えっ‥‥」
  二人が言葉を失った。
「あったりまえでしょ〜?
 私はね、あなたたちに会社の機密を漏らそうとしてるのよ!
 そんな危険なことをするんだから、それくらい貰わなきゃ割に合わないわっ」
「そ、そんな‥‥」「俺たちが先に探しはじめたのに‥‥」
「じゃ、これで分け前は決まったわね。
 いい? しっかり働いて、必ず遺産を見つけ出すのよッ!」
  紀香が腰に両手を当てて仁王立ちすると、宣言した。
  剛と快彦は小さくなりながら、顔を見合わせた。
「井ノ原〜‥‥俺たち、もしかすると
 とんでもないヤツと手を組だんじゃないの‥‥?」
「ごめん、美人だったから、つい‥‥」
  剛が、何も言わずに、快彦の頭をべしっと叩いた。





「うっわ、もうこんな時間やん! はよ調べて帰らな‥‥
 あ、スーツめっちゃ汚れてる! クリーニング代、事務所から出るかなー‥‥」
  准一はブツブツ言いながら、階段で2階へ向かった。
"あれだけの金が動くことになるんだ、時間がかかるのも仕方ない"
"例の、渡部の雇ったという探偵は?"
"探しているのは娘だけ、事の真相には気がついてませんよ"
  という、エレベーターで聞いた話し声が耳に残っていた。
  2階は、資料室がワンフロアすべて占めている。

   階段を降りてすぐに、灰色の重たそうな両開きの扉があった。
  『資料室』のプレートが張られて、小さな窓は擦りガラスになっている。
「ギィイ‥‥」
  ドアを押すと、嫌な音がした。あまり利用されていないようだ。
  やはりエレベーターで出入りするのが普通らしい。
  ドアを閉じると、資料室全体が静まり返った。壁は相当厚い。
「あかん。これなら、中で何が起こってても、外には気付かれへんわ」
  准一は独り言を言うと、ポケットからペンライトを取り出した。
  念のため、蛍光灯はつけない。誰かがいると思われてはまずい。
  こんな人気のない場所で社員に会ったりしたら、顔を覚えられてしまう。
「金、いうからにはどのあたり調べたらええんかなぁ」
  准一はペンライトで周囲の棚を照らした。
  社員名簿や研修マニュアルなどが年度ごとに整然と並んでいる。
  しばらく探し回っていると、決算報告などを集めた棚があった。
「これ、片っ端から調べんのか?」
  めまいがしそうな数のファイルがある。
  准一はやりきれない思いで、
  ペンライトでファイルの背表紙を端から照らしていった。
「‥‥‥‥?」
  見ると、一部、帳簿が抜けているところがある。
  前後のラベルは「86年」「92年」となっている。
「86から92‥‥いわゆるバブル経済から崩壊するまでやな‥‥
 そういや、砂羽のやつが、銀竜会がバブル崩壊の頃どうとか言うてたな」






  『ミュゼット』の屋上で、幕の内弁当をつつきながら紀香が話した。
「ホントですか、それ?」
  快彦と剛が、すぐに聞き返す。
  社員食堂ではこの二人が目立ちすぎるので、屋上まで来たのだ。
「ま、あくまで噂だけどね。
 社長がマルサの目もかわして、とんでもない額の金を隠してるって。
 金額はまあ、推定だけど‥‥5億円はかたいわね」
「ごっ?!」「おく、えん‥‥?!」
  一般庶民である二人には咄嗟にイメージもわかない額であった。
「ね? 7:3でも悪くないでしょ?」
「‥‥‥‥‥」 やはり、それはイマイチ腑に落ちない。
「けどそんな大金だったら、隠すったって大変じゃねえの?」
  剛が言った。
「そんな場所もそうそうないじゃん。現金だったらすげー量になるしさ」
「ああ、それはそうだなあ‥‥」
「そこが、問題なのよ」
  紀香は弁当にふたをすると、二人を見た。
「もし、自分がお金を隠すとしたら、どうやって隠す?」
「俺だったら?」
  剛は空を見上げて、眉間にしわを寄せて考えこんだ。
  まず、隣のバカ(井ノ原)には絶対、預けない。
  アパートは無理だ。それに時折、大家が家賃を取立てに奇襲をかけてくる。
  そこらへんに埋めて、偶然誰かに見つかっても困る。
  紗弥加は、そんなことを頼んでも不審がって引き受けないだろうし、
  なにかとうるさいからパス。
  森本マスターではちょっと不安だ。
「‥‥家族かなあ‥‥」
  ふと思いついたまま口に出してみると、紀香がびしっと剛を指さした。
「それよ!」
「えっ?」 快彦と剛はまた、聞き返した。
「その隠し場所を、ひとり娘のお嬢さんが知ってるって噂なの」






  我衆院は椅子にふんぞりかえって、
『専務』という名札の置かれた机の上に足を投げ出していた。
「生瀬くん、筧く〜ん。杏はまだ見つからないのかな〜?」
  机の前で直立不動の体勢を取っていた二人は、頭を下げた。
「申し訳ありません、何分、動き回っているものですから‥‥」
  筧が頭を下げたまま言った。
  生瀬が苦い顔をして、それを横目で見る。
「おそらく、例の探偵二人組と行動を共にしていると思われます」
  部屋の隅にいた若い男が、ゆっくりと歩み寄りながら言った。
  俳優のような整った顔立ちで、身長が180センチ以上ある。
  中村俊介だ。
「ほう? 中村くん、何か見つけたのかい?」
  我衆院が嬉々として足を引っ込めると、身を乗り出した。
「はい。東山情報サービスを張り込んでいたところ、
 例の、坂本昌行がやってきましたから。間違いありません」
「本当かい! それじゃ、渡部に引き渡されるのも時間の問題だねぇ‥‥」
  我衆院がウーン、と腕組みして考え込んだ。
「手帳だよ、手帳‥‥あの手帳にすべて書かれているはずなんだよ!」
「それにしても、急に役者が増えましたね。
 あの張り紙をしたのは一体、何者なんでしょうか?」
  窓際にいた、一際小柄な男‥‥吹越満が首をかしげた。
「不安ですね、正体が見えない敵がいるというのは‥‥
 女の子が行方不明となれば、警察が動くかもしれないし、
 土壇場で、そいつにすべて横取りされるかもしれませんよ」
「せやな、もうちょい調べといたほうがよさそうや」
  生瀬がうなずいた。
「どうやら社長は、この秘密を墓まで持っていくつもりだったらしいね。
 この計画はなんとしても成功させるんだよ、なんとしても。
 そして、私を散々バカにした世間を見返してやろうじゃないか‥‥!」
  我衆院が誰にともなく言った。
  5人の男たちは、ゆっくりと頷きあった。


「お前、なんであのボケ専務にペコペコすんねん。
 あいつ一日椅子に座って、俺らの報告きいとるだけやぞ!」
  専務室から飛び出してくるなり、生瀬は筧に言った。
「頭下げるくらい、いいだろ。取り分を減らされたら困る」
  筧は平気な顔をしている。
  生瀬だけが自分のことのように怒っていた。
  それを見て、筧は短くため息をつくと、足を止めた。
「生瀬なあ。お前も、そういうとこ上手くやったほうがいいよ。
 もう俺たち40なんだぜ。ガキみてえな意地張ってられないだろ」
「‥‥歳の話するのは、ナシやんけ‥‥」
  生瀬はぽつりと言うと、シュンとなって黙った。

  1階のロビーを横切って、社員食堂へ向かったときだった。
  階段を下りてきた若い社員と、筧がぶつかった。
「あ、すいません」
「いや、こちらこそ」
  筧は気にせず歩いていく。
   だが、生瀬は驚いたように、足を止めた。
「どうした?」
  筧がたずねる。
  生瀬はぽつりと言った。
「今のやつ‥‥大阪弁やった‥‥」
「は?」
  筧が怪訝な顔をして「標準語だろ」と言うが、生瀬は首を振る。
「微妙に違うたんや、標準語でもちょいクセがあった。
 俺の実家は三代前から大阪やから間違いない!」
「大阪弁だったとして、それがどうしたんだよ」
  筧が言うと、生瀬が筧を見た。
「どっかで見たことないか、あいつの顔」
「いや、一瞬だったから、彫りが深いとしか‥‥」
  言いかけて、筧も気がついた。
  顔の彫りが深くて、大阪弁の男。
「渡部の雇った、探偵じゃないか!!」
「あかん、見失ったわ」
「どういうことだ? なんでうちの会社にいるんだ!」
  二人が慌てふためいた。
「まさか‥‥杏を引き渡しに来たんじゃ‥‥?!」
「どうする、ほんまにそうやったら」
  筧は少しのあいだ貧乏揺すりをして考えていたが、顔をあげた。
「仕方ない。渡部のところから、さらってこよう」






  渡部篤郎は辺りを見回しながら、地下1階の駐車場にやってきた。
「すみません、妙なところに呼び出して」
  コンクリートの柱の影から、博が微笑んで姿を現した。
「いえ。こちらこそ、遅くなって申し訳ありません」
  渡部は相変わらず淡々とした口調で言った。
  博が待ち合わせ場所を『ミュゼット』本社に指定したのは
  相手の反応を見たかったからなのだが、渡部の表情は読み取れない。
「約束どおり、杏さんは我々が見つけ出しました。
 こちらは調査の報告書です。報酬も、ここに書いてあります」
  博はそう言って書類の入った封筒を渡部に手渡すと、
「さあ」と、柱の影に隠れていた杏の背中を押すように、渡部と対面させた。
  杏は、渡部を見ると、驚いて大きな目をさらに見開いた。
  渡部はやはり、ポーカーフェイスのままだ。
  だが、杏に歩み寄ると、低く、「帰ろう」と呟いた。
「―――――」
  杏がかすかに、頷いたように見えた。
  博は見守りながらなぜか、本物の兄妹の再会のようだと思っていた。
   こういう瞬間は、探偵という職業が最高だと思えるときだ。
  人間同士の絆が見えるその瞬間に、立ち会う仕事‥‥
「ありがとうございました。報酬は約束どおり、後ほど」
  渡部の声で、博ははっとすると、にっと笑顔をみせた。
「ええ、よろしくお願いします。
 また、何かあればいつでもうちの事務所にご相談ください。
 我々はクライアントの頼みならば、ボディガードから
 秘密工作、浮気調査、ワンちゃん探しまで、何だってやりますからね」
  営業文句を言って一礼すると、
  渡部も軽く頭を下げ、杏を連れて帰っていった。

――さて、どうしようか。

  渡部と杏の姿が見えなくなると、
  博はスーツの胸元から、ある物を取り出した。
"これを、届けてほしい人がいるの。お金は払うから―――"
  杏の言葉がよみがえる。
「クライアントの頼みなら、何だってやりますよ」
  博はさっき自分が言ったセリフを繰り返すと、
  手元に残されたそれを見つめた。
  杏から、坂本昌行へ届けてほしいと言われた、その手帳を。
 
 
 
 
 
             ――TO BE CONTINUED――
 
 
 
 
 
 

投稿時間:01/03/17(Sat) 18:51
投稿者名:ピンキー藤原
Eメール:neoteny@wave.plala.or.jp
URL :
タイトル:分からなかった方への親切解説

 「スチュワーデス物語」
 ……当時、アイドルだった堀ちえみが主演していたスチュワーデスになるまでのサクセスストーリー。クサい演技がとても初々しく(いい表現)、可愛らしかったです。「ドジでのろまなカメ」は、当時の流行語となりました。(お母さん達に言ってみるとウケると思います。ウケなくても私のせいにしないで下さい)


 「家なき子」
 ……子役アイドル安達祐美ちゃんが主演していた土9のドラマ(よく覚えてるな私)。
 主題歌は中島みゆきの「空と君とのあいだに」。当時、カラオケでよく真似して遊んでました。(私の話はいいね。はい)
 「同情するなら〜」は当年、流行語大賞を受賞しました。
 しかし家なき子なのに彼女は強くたくましく、同情する兆しは見えませんでした。(それを言っちゃあアンタ)きっと視聴者に「小さなことでくじけるな!」と訴えたかったのでしょう。そうね。不幸者を見ると「私はマシ」と思っちゃうもんね…(泣)


 「積木くずし」
 ……えっと誰が主演だっけ。(おい)とにかく、当時小学生だった私にはとても恐ろしいドラマで、手で顔を覆っては指の隙間から見てた…って感じですか。(あ、私の話じゃなくて)
 実際にあった話をドラマ化したということで、本当にリアルに作ってあり、今見ても恐いんじゃないかなあ…(笑)。
 年齢不詳のナナさん情報によると、歴代高視聴率ナンバーワンのドラマだそうで。
 そうそう。この話の剛くん達の格好をイメージすると、マッハブイロクの「あたかもドラマ」で着ていた服装を思い出してみて下さい。昔のスケ番はあんな感じです(笑)。(スカートの丈は長かったと思うけど)ですよね?hongming師匠。(オレにふるな?はいはい)


 「太陽にほえろ」
 ……この小説を書くにあたり、唯一下調べした作品。(ビデオパッケージ裏のあらすじを読んでいたけだが)
 超メジャーな刑事ドラマで、ボス(石原裕次郎氏)を筆頭に、数々の刑事たちが様々な事件を解決していきます。このドラマのすごい所は、刑事さんたちが次々と殉職して行く所。
 今回の話でお借りした刑事たちの本当の通称は、マカロニとジーパン刑事です。ジーパン刑事の「なんじゃこりゃー!」は当時、一世を風靡した流行語となりました。
 ボスは毎回事件が解決した後、にやり、と笑うのがこのドラマのシメでしたが、誰かが殉職した時、この時も笑うのだろうか、と私は変な所で注目した覚えがあります。その時はさすがに笑いませんでしたね(当たり前)。でも泣いてもいなかった。


 「スケバン刑事」
 ……少女漫画をドラマ化した、30分くらいのドラマ。
 一代目は斉藤由貴ちゃん、二代目は南野陽子ちゃん。三代目は浅香唯ちゃんが熱演。ナナさんの情報だと、まだビデオでこのシリーズ続いているらしいですね。
 タイトル通り自称スケ番なのですが、警察のお手伝いをしたり、授業も休まず出席し、服装も違反無しのイイ子ちゃんぶりでした。
 武器はヨーヨー。ぱかっと本体を開くと桜の大紋が出てきます。
 決め台詞は一代目、「てめーら許さねえ!」二代目、「おまんら、許さんぜよ!」三代目、「しぇからしか!ワシが三代目じゃあ!」でした。地方の方言も覚えられる、大変お勉強になるドラマでした。


 「ごっつええかんじ」
 ……ダウンタウンがメインのバラエティー番組。
 ネタの説明なんて出来ませんがな…。

投稿時間:01/03/14(Wed) 17:53
投稿者名:ピンキー藤原
Eメール:neoteny@wave.plala.or.jp
URL :
タイトル:ブイロクドラマ企画室〜トニセン編〜
第四企画

 赤い夕日を背に、井ノ原警部は物憂げに煙草を燻らせていた。
「ボス。コーヒー入りましたぜ」
「おう。ありがとうよ、オカロニ」
 オカロニと呼ばれた若い刑事は照れ臭そうに微笑むと、自分の席に帰るべく踵を返す。と、その時、足を引っ掛けてしまい躓いたオカロニは、近くにいた同僚に自分のコーヒーをぶち撒けてしまった。
「な、なんじゃこりゃーーー!!」
 パーマスタイルの若い刑事が、コーヒーが掛かった自分のジーパンを見て絶叫した。
「そ、そんなに怒ることないじゃないすか。ジーパンなんて洗えばいいでしょ? 腰パン刑事」
 怒鳴られたオカロニ刑事は必死に謝った。
「バカヤロウ! オレはジーパンは洗わねえ主義なんだよ! チクショーチクショー…」
 タオルで必死にジーパンを拭きながら、腰パンは半ベソをかいて文句を散りばめていた。
 そんな後輩の刑事達を微笑ましく眺めていた警部の前で、突然けたたましく電話が鳴り響く。電話に出たボスは、数秒後、細い目をかっと見開いた。
「な、何だって…?」
 真っ青な顔で受話器を握り締めているボスを見て、オカロニと腰パンが眉を潜める。
「ボ、ボス…何かあったんすか?」
 オカロニの言葉に、警部は目頭を抑え、呟いた。
「…たった今、長さんが殉職したそうだ…」
「ええっ! 長さんが?!」
「なんじゃそりゃーーー!!」
 オカロニと腰パンは老刑事、長さんの名を叫びながら大声を張り上げて泣いた。
「腰パン…。お前、長さんのひとり息子、健くんと仲が良かったよな? 長さんが殉職する直前に、息子さんに伝言があったそうだ。『伊東健は伊東家ーん』」
「うっうっ…。これをオレに伝えろと言うのか…?」
「さぶい…さぶいで長さん…」
 若い刑事達は歯痒い悲しみに壁を叩き、号泣した。
「長さん…。アンタ、立派な最期だったよ…」
 赤い夕日を眺めながらそう呟き、井ノ原ボスは一粒の涙をこぼした。

井「やっぱドラマはデカ物に限るね!」
坂「それ『太陽に○えろ』のパクリだろーが」
長「っていうか、初っ端からオレを殺すなよっ!」
岡「カッコイイのはボスだけやん」
健「剛も黙ってないで何か言ってよっ!」
剛「いや…結構イケるんじゃない? それ…」
全「おいっ!」(怒)


第五企画

 ある丑三つ時。
 誰もいないはずの学校に、校長室からひとつの明かりが洩れていた。
「しかし坂本校長、アンタも相当なワルですねえ」
「ここでは校長はよせ、と何度も言ってるだろう。三宅」
 三宅と呼ばれたチンピラ風の男は、へへへ、と笑って肩を竦める。
「いやいや。善良な校長先生も、金好きなのはオレ達と変わらないなんて何だか嬉しいっすよ。オレは」
「馬鹿もん! お前の世間話に付き合ってる暇はない。とっとと約束の物をよこせ」
「へいへい。そう急かさないで下さいよ」
 三宅は持ってきた鞄を校長の前に置くと、金の確認をさせるべく開いて見せる。
「うむ。確かに受け取ったぞ」
「へい。またどうぞご贔屓に…」
 笑って三宅が小さく頭を下げたその時、誰もいないはずの廊下から、シュルルーパシッという異質の音と足音が、こちらに向かってやって来る。
 足音は校長室の前で止まり、バンッと勢いよく扉が開いた。
「だ、誰だっ?!」
 三宅が構え、校長は金の入った鞄を抱きしめて身を強張らせた。
 二人の目の先には、セーラー服を着たポニーテールの女子生徒が突っ立っていた。
「名乗るほどの者じゃあないが、あたしの名前は長宮サキ。またの名をスケバン刑事。この桜の大紋が目に入らぬか!」
「おおっ!」
 ヨーヨーに仕掛けられた桜大紋を見てどよめく二人に、長宮サキは不敵な笑いを浮かべた。
「ウ、ウチの生徒か? 長宮くん、今のは見なかったことにして貰えるかね? もちろん君にも分け前を…」
 坂本校長は愛想笑いを飛ばしながら、必死で説得を試みる。しかし長宮は、
「ふん。そんな薄汚れた金なんかいらないよ。その不埒な悪行三昧、世間が許してもこの長宮サキ様が許さないよ!」
「そ、そうか。なら仕方ない…君に強制退学を命ずる」
 校長の言葉に、長宮は一瞬表情を固めた。そして、
「ここは何処? あたしは誰…?」
 そう言いながら校長室のドアを開け、ヨーヨーを片手に颯爽と出て行った。

坂「博…お前ふざけんのも大概にしろよ…」
長「だって井ノ原が刑事物が良いって言うからさあ」
井「懐かしいねえ。 オレは二代目が好きだったんだよね」
岡「しかしこの時代のスケバンって今考えたらカワイイもんやね」
健「だよな。正義の味方にもなっちゃうんだもんね」
剛「警察からのギャラはあったのかな? ちゃんと」
全「うーん…」
坂「お前等、くだらねーことで悩む前に長野を叱れよ」


第六企画

 ここはとある、殺人現場。
 刑事たちの目の前には、チョークで囲まれた無残な死体が曝け出されている。
 そこでは新人の森田刑事と、長いキャリアを誇る坂本警部が事細かに現場検証をしていた。
「ガイシャは三宅健、二十一歳。胸にナイフを一突きさせられ、即死のようです。ナイフには指紋が本人のものしか確認されていないため、自殺の可能性が高いですね」
 森田刑事の説明に、坂本が「しかし動機が分からんな…」と呟く。
「ええ。この三宅という男、何の悩みもないような笑顔で町を徘徊し、近所の八百屋ではバナナを買う常連だったらしいです」
「と言うことは、人に恨まれるような人物ではなかったということか…」
 二人は何の手がかりも見つからない現場で、溜息をついていた。
 と、そこへ同僚の長野刑事が手帳を片手に、慌しく駆け込んできた。
「警部! たった今、近所の奥さん達から聞き込み調査をしてきたんですが」
「うむ。何か分かったか?」
「どうやらこの三宅、不可解な行動が何度も目撃されているんです」
「不可解な行動と言うと?」
「何でも、この三宅って野郎、毎晩甲高い声で変な呪文を唱えていたらしいんです。『声変わりしたい。声変わりしたい』と…」
「ふうむ…。そりゃあ怪しいな…」
 眉間に皺を寄せる坂本警部の前に、今度は井ノ原刑事が姿を見せた。
「警部っ! どうやら他殺の可能性が出てきましたね。」
「他殺? 本当なのか?」
「ええ。実はガイシャの部屋に何度も出入りしていた人物がいた、という情報がありまして、何でもその男、以前から三宅に『マクドナルドの略はマクドやろ? マックなんて恥ずかしくて言えへんわ』と常々ぼやいていたようです」
「それは気になるな…。」
「やはり他殺ですかねえ…」
 森田刑事が呟くと、他の刑事たちも神妙な顔で相槌を打つ。
「この事件も迷宮入りか…」
 溜息混じりにもらす長野刑事の前で、坂本警部が顔を上げる。
「とりあえずお前達、自殺の線でもう一度洗い直してくれ」
「はいっ!」
 長野刑事と井ノ原刑事は大きく頷き、立ち去っていった。 
「しかし警部…分かりませんね…」
 謎の深まる事件の真相に、森田刑事が顎に手をやり、警部を見る。
 坂本警部も小さく頷きながら死体を見下ろし、訝しげに呟いた。
「ああ、分からんな…。何故カミセンに楽器を演奏させようとするのか、その無謀ぶりが分からん…」
 
井「それドラマじゃなくて『○っつええ感じ!』のコントのパクリだろっ!」
長「アンタが一番ふざけてるじゃねーか!」
坂「全員出演させてるだろ? オレが一番気ィ使ってるんだぞ!」
健「しかも何でオレが死体役なんだよっ?!」
岡「結局、言いたかったのは最後だけやろ?」
剛「それってひがみにしか聞こえないんだけど」
坂「だってよ〜…」(泣)

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 「太陽に○えろ」。松田優作(通称ジーパン)がカッコ良かったんです!
 なんでイイ男は皆、早くに亡くなってしまうのでしょう…(泣)。
 V6は長生きしてねっ!(変なあとがき)

投稿時間:01/03/13(Tue) 23:41
投稿者名:ピンキー藤原
Eメール:neoteny@wave.plala.or.jp
URL :
タイトル:ブイロクドラマ企画室〜カミセン編〜
第1企画

「教官っ! 私もう耐えられませんっ!」
「バカモン! これしきの事で立派なスチュワーデスになれると思っているのか? 岡田っ!」
「だって…だって…」
 見習いスチュワーデス岡田は、ひとりの上司の前で唇を噛み締めながら飛行場の滑走路に這いつくばっていた。
「立ち上がるんだ岡田っ! さあ、お前の夢を果たすためにっ!」
「坂本教官…」
「岡田…スチュワーデスになりたいのだろう?なって、アテンションプリーズと言いたいのだろう?」
 岡田は坂本教官を見上げ、涙を堪えながらしっかりと頷いた。
「皆に出来て、お前に出来ないことはない! お前はちょっと人よりポーッとしているだけなんだ。やれば出来る! オレの教えた生徒に出来そこないなんていないんだっ!」
 坂本教官は瞳に涙を溜め、岡田に精一杯の笑顔を見せて笑った。
 その笑顔に勇気付けられた岡田は、首に巻いていたスカーフで涙を拭うと、よろよろと立ち上がる。
「教官…私はドジでのろまなカメだけど…スチュワーデスになりたい気持ちは誰にも負けませんっ! 私…私…頑張りますっ! 坂本教官の生徒だものっ!」
「よおしっ! よく言った岡田っ!」
 教官は大きく頷き、しっかりと岡田の肩を掴んだ。
 二人が見上げた壮大な空には、一機の飛行機が大きなエンジン音を鳴り響かせて飛び立っていった。

岡「どうやっ! この企画なら高視聴率間違いなしやで?!」
坂「っていうか、それ『スチュ○ーデス物語』のパクリだろ?」
長「お前、スチュワーデスの衣装着たいだけだろ?」
井「それにしても古いドラマ知ってんな〜」
健「オレ、そのドラマ知らない」
剛「再放送で見覚えあるなぁオレ。クサかった。」
岡「クサいんやないっ! 感動なんやっ!」
坂「ま。オレの教官役ってのはなかなかイケてるけど、多数決で却下だな」
岡「え〜…」


第二企画

「健っ! 出てらっしゃいっ! こっちは金払ってアンタを雇ってんだよ!」
 古い宿屋から出てきた細目のおかみが、大声を張り上げて宿周辺を走り回っていた。
 そのおかみの呼び声を背後で聞きながら、健は柱の影で愛犬ブルーと共に、身を隠すようにしておかみの遠のく声に耳を傾けていた。
「ちぇっ…もうあんな家に居つけるかってーの。人の事散々コキ使いやがって…」
 健はブルーに言い聞かせるようにして、頭を撫でる。
「ねえブルー。またふたりっきりになっちゃったよ…。これからどうしよっか…」
 ブルーは健の胸中を察したのか、慰めるように頬を舐めた。
「お前だけだよ…。あたしの味方は…」
 健は泣きたい気持ちをぐっと堪え、ブルーを力いっぱい抱きしめた。
 公園のベンチに腰掛け、ブルーにもたれ掛けるように身を寄せる。
 ブルーの体毛が心地よい羽毛布団のように暖かかった。
 いつの間に寝てしまったのだろう。
 気付くと朝になっていて、擦った目の先には、大人たちが不憫そうな顔をして自分を眺めていた。
 ふん…。大人はいつだってそうだ。
 可哀想だと思うだけで、結局自分の身に面倒を押し付けられるのを恐れて知らん振りする。
 健は徐に立ち上がると、その大人たちに向けて力の限り叫んだ。
「同情するなら金をくれっ! 同情するなら金をくれっ!」

健「どうどう? これなら絶対イケるって!」
坂「っていうか、それ『○なき子』のパクリだろ?」
長「お前、愛犬と出演したいだけだろ?」
井「でもそれ、中島みゆきがいい味出してたよな〜」
岡「オレそのドラマ泣いたで。思いっきり」
剛「しかし健が演るとなるとー…」
坂「却下だな。やっぱり」
健「何でだよっ!」


第三企画

「きゃああああ! あなた達、何をやってるのっ?!」
 母、博子の大声に、父親昌行が「どうした?」と叫んでずかずかと娘の部屋に入ってきた。
 泣き叫ぶ母親の前では、ひとり娘の剛が得体の知れないビニール袋を口に当て、こちらを睨んでいる。
「剛っ! それは何だっ?! シンナーじゃないかっ!」
 昌行は大股で詰め寄ると、娘の手中から液体の入ったビニール袋を勢いつけて取り上げた。
「うるせえんだよっ! ぎゃあぎゃあ喚きやがって。あたいが何をしよーがテメエ等には関係ねーだろ」
 長めのスカートのセーラー服を着た娘に、昌行はどうしようもない怒りを堪え、唇を戦慄かせる。
 その剛の横には、ガクランを着た見慣れぬチンピラ風の男が、嘲笑うようにしてこちらを見ていた。
「だ、大体、君は誰なんだね? 剛とはどういう関係だ?」
「関係? そんなの決まってんだろ? 剛はオレのスケ(女)さ」
 デコの出た男は鼻で笑うと小指を立てた。
「ご、剛。友達は選ばんといかんぞ! さあ、今日はもう遅い。君も帰りたまえ」
「うっせえんだよっ! あたい達はこれからやることがあるんだっ! テメーらは邪魔なんだよ! とっとと出ていきなっ!」
 剛は立ち上がるとチェーンを振りかざした。
「や、やる事とは何だね? 言ってみなさいっ!」
「へっ。男と女が揃ってやる事って言ったら決まってんだろ。」
 男はそう言うと、ククク…といやらしい含み笑いを漏らす。
「な、何を言ってるんだね! 君たちは高校生だぞ?」
「カマトトぶるんじゃねーよオッサン。さあさ、邪魔だ。アンタ達は出て行きな」
「これ以上あたい達の事に首を突っ込んだら、暴れるよ!」
「ご、剛っ!」
 両親は蹴りを入れられながら部屋を追い出された。
「剛っ!開けなさいっ!剛ーーーーーーっ!!」
 父親が必死でドアを叩き、母親は娘の名前を呼びながら泣き叫ぶ。
「さあてと…邪魔者もいなくなった事だし…」
「そろそろ始めるか…」
 二人は顔を見合わせにやり、と笑うと床に座った。
「今回はアンタの思惑通りにはさせないよ」
 剛はそう呟きながら、目の前にジェンガを並べ立てた。

坂「それってひょっとして…『積み○くずし』と言いたいの?」
剛「あーーっ! オチを言うなよっ!」
長「お前、実はこのドラマ知らねーんだろ?」
井「何だよっ! 真剣に聞いちゃったよオレっ!」
岡「オレもちょっとドキドキした〜…」
健「確かにジェンガって積み木みたいなもんだもんね」
坂「このドラマをバカにしてるので当然却下」
剛「え? こんな話じゃないの?」


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 さあ、若い皆さんは一体これらのドラマを幾つ知っているのでしょう。
 トニセン編はもっと古いかも…私だってうろ覚え。

投稿時間:01/03/13(Tue) 18:45
投稿者名:ひめ
Eメール:hime144@hotmail.com
URL :
タイトル:  卒業  (下)・2(最終話)
「健くん、健くん、」
 鼻先をかすめる甘い香りにうっとりしながら健はふと目を覚ました。
 一瞬自分の置かれている状況が分からなくて健は驚いたように辺りを見回したが、そこは少し古い列車の中で、健は岡田と向かい合って窓際の席に座っているようだった。列車のごとごとと揺れるのがあまりに気持ちよくて、いつの間にか眠っていたらしい。
 知らないうちに乗客が増えたようで、健の隣には女の子と色の白い優しそうな青年が、向かいの岡田の隣には小さい男の子が、それぞれりんごをひとつずつ手にして座っていた。
「健くん、これ。あの人にもらったんやで。」
 そういって岡田は、健にも彼らが持っているのと同じ赤いりんごをひとつ手渡し、通路を挟んだ向こうの席に座った燈台看守を指した。その燈台看守は健と目が合うと、細い目をさらに細くして人の良さそうな笑顔を見せた。岡田は自分でもひとつ、りんごを大切そうに抱えている。
 健はさっきの甘い香りの正体が分かり気持ちがすっきりすると、今度は淋しいような、泣き出したいような気持ちになった。なぜこんなに沈んだ気持ちになるのかは分からない。自分は確かに、今目の前にいる少年と誘い合わせてこの列車に乗り、これから彼とふたりでどこかへ行こうとしているはずだった。しかし一体どこへ行こうとしているのかどうしても思い出せない。それにもっと大切な何かを忘れてしまっている気もした。
 健は泣きたいのを必死に堪え、耳を赤くしながら思い出そうと考えていると、隣に座っている女の子が急に立ち上がって健を押し退けるように窓にしがみついた。向かいに座った男の子も同じように窓の外をじっと見つめている。
 何が見えるのかと健が窓の外に目をやると、そこにはとても鮮明な藍色に、いろんな色の小さな光が瞬いてそこらじゅう一面に広がっていた。
 健はその大きな星空をいつも見ていたような、妙に懐かしい気持ちになって、なんだかまた淋しくなった。こんな目の前に友達がいるのに、自分とどこまでも一緒に行ってくれる人はいないんだという気持ちがした。
「さそりの火や。」
 ふいに岡田が窓の外を見て声をあげると、小さな女の子は
「あら、さそりの火のことならあたし知ってるわ。」
と気取った調子で言った。
「昔一匹のさそりが小さな虫を殺して食べて生きていたのだけど、ある日いたちに見つかって一生懸命逃げたら目の前の井戸に落ちてしまったの。
 さそりは溺れながらこうお祈りしたというの。
 ああ、私は今までいくつもの命を取ってきたのに、いたちからはあんなに一生懸命逃げ、このありさまだ。私の体を黙ってくれてやればいたちも一日生き延びただろうに。どうか神様、この次には真のみんなの幸(さいわい)のために私の体をお使いください。
 そしたらさそりは自分の体が美しい火になって夜の闇を照らしているのを見たって。」
 健は女の子の話を聞きながら、こうこうと赤く燃える火がだんだん遠ざかっていくのを見送っていた。女の子も男の子もまた席につきもうすっかり遠くへ行ってしまったさそりの火がやがて見えなくなっても、健はさそりのことが頭から離れなかった。
 健はつま先を見つめながら一生懸命何かを思い出そうとした。
「切符を拝見いたします。」
 声に驚いて健が振り向くと、そこには健の思いをわざと断ち切るように、赤い帽子をかぶった背の高い車掌が健と岡田を見下ろしていた。
 切符なんて持っている覚えのない健は困って助けを求めるように岡田を振り返ると、彼は特に驚いた様子もなく平然とした顔でポケットから灰色の切符を取り出した。
 それを受け取り、何か書類のようなものと照らし合わせながら切符の確認をしている背の高い車掌を、健はつい観察するように見つめた。目深にかぶった赤い帽子のせいで分からなかったが、よく見ると健が思っていたよりはずいぶん若く、見栄えのする顔立ちのようだ。
 突然車掌が健のほうに目を向けたので、今まで車掌を見つめていた健と彼の視線が空中でぶつかってしまった。車掌は健が自分を見ていたことなどは構わないという態度で無言で手を差し出した。切符を催促しているのだ。
 健は慌ててポケットの中をでたらめにまさぐった。すると入れた覚えのないものが指に触れ、おそるおそる取り出してみるとそれは薄っぺらい一通の封筒だった。
 健は背中が冷たくなるのを感じた。
 凍りついている健にはお構いなしに、車掌は取り上げるように健の手から封筒を引き抜くと裏にしたり表に返したりして調べ始めた。
「これはすごい。これはきっと天上や、それ以上のどこへでも自由に行ける通行券ですよ。」
 そう横から口を挟んだのは、さっきの愛想のいい燈台看守だった。
 車掌は一通り調べ終えると
「よろしい、けっこうです。それでは、南十字(サウザンクロス)に着きますのは第三時ごろになります。」
と言い残し、隣の車両に移ろうとドアのほうへ歩いていった。
 健が車掌から返された不合格通知の封筒を見つめたままぼんやり立ちつくしていると、車掌が歩いていった方から車掌の「切符を拝見いたします」と言う声がまた聞こえてきた。この車両にはさっきの小さい女の子男の子を連れた青年、燈台看守、それに健たちしかいなかったはずだ。健は胸騒ぎがして急いで封筒から目を離し、車掌のほうを振り返った。
 その瞬間健はあんまり驚いて手にしていた封筒を落としてしまった。
 そこには健のよく見知った少年が射るような視線で健を見据えていた。
「…剛、」
 ようやく健がそれだけ言うと、剛は弾かれたようにつかつかと健の前まで歩いて来て突然健の制服のポケットに手を入れた。
 健も、そして岡田や燈台看守たちも、驚きのあまりすっかり硬直して剛の行動を見守るように眺めることしかできないでいた。剛は健のポケットの中から何かを奪い取ると、車掌に向かって投げつけるように放った。
「切符。」
 そう剛が短く言うと、車掌はようやく剛が投げてよこしたものをさっきと同じように調べ始めた。健はそこでやっと、剛が自分のポケットから取り出したものが何だったのか分かった。
 それはいつか剛が授業中にくれた手紙だった。
 車掌は急に眉にしわを寄せ、しきりに手紙をのばしたりひっくり返したりしていると、剛は車掌の反応を予測していたように言った。
「その切符じゃこの列車には乗れないはずだって思ってるんだろ。そうだよ、その切符はでたらめだ。だからおれはここで降りる。」
 剛はめちゃくちゃなことを言うと当然のように健の腕をつかみ、通路に突っ立ったままの燈台看守を押し退けるようにしてドアへ向かった。
「無理やで。」
 その声に反応して剛は睨むようにゆっくり振り返った。剛の視線の先では、あの転校生が冷静な顔をして座っている。剛はずっと前から台詞を用意していたように、転校生をまっすぐ見据えて言った。
「健は現実に生きてる人間なんだよ。お前とは違うんだ。」
 岡田はしばらく黙っていたが剛の言葉を無視するようにそっぽを向いて言った。
「もうすぐ南十字へ着く。降りるなんて無理や。」
 健は彼がこんなに冷たい態度をとるところを初めて見たような気がした。彼は健に対して優しいというわけではなかったが、健は彼の隣をあたたかくて居心地のよい場所だと信じていた。
 健は岡田に裏切られたような気がすると同時に、目の前のもの全てが嘘のように思えた。子供達や優しそうな青年、燈台看守、そして車掌やこの列車そのものまでも。
 この手の感触以外は。
 健は剛が掴んだ手を振払うようにして離すと今度は自分から剛の手を握った。
「剛、窓から飛び下りよう。南十字に着く前に降りなきゃ。」
 剛は少しためらったが無言でうなずくと近くの窓に手をかけた。開け放たれた窓からは勢いよく風が吹き込んできて、車内のもの全てを洗い流してしまうかと思うほどだった。その風に混じって、微かに転校生の少し低い声が聞こえてきた。
「健くん、行ってしまうんか。」
 健はなぜか心臓を掴まれたような気がして驚いて車内を振り返った。
 するとそこにはもう誰もいなくなっていて、がらんとした座席の上にひとつのりんごが置いてあるだけだった。
 健はそこだけぽっかりと浮き上がったような真っ赤なりんごを見つめた。
『僕たちふたりきりになったね、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。』
 健は無意識のうちに「銀河鉄道の夜」の言葉を呪文のように口の中でつぶやいた。
『けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。』
「健、」
 健がはっと我に返ると、剛はもう窓の上に座るようにして今にも飛び下りる、という格好をしている。健は繋いだ手に力を込めると、自分も剛と同じように窓から身を乗り出した。
 目の前には大きな星空が広がっていて、その少し下のほうに月が掛かっている。健はつい星空に吸い込まれるように見入っていた。
「星は見んな。あの月めがけて飛ぶんだよ。」
 健は剛に言われた通り必死で月に目をやった。ずっと見つめていると、丸い月はそこだけぽっかりと穴があいているように見える。ふたりはどちらからともなく繋いだ手に力を入れると足を窓から離した。
 時が止まってしまったようで落ちていく感覚はなく、健は銀色の月を見つめながらいつか剛の部屋でふたりで見たあの月を思い出していた。
 少しずつ大きくなる月はやがて視界いっぱいに広がって、白い光がふたりの体を包み込んだ時にはもう何も見えなくなっていた。


 ふいに体の上を冷たい風が通り過ぎた。
 健は寒さを払いのけるように寝返りをうつと、少しだけ瞼を開けた。枯れた木の枝が風に揺れているのが見える。
 健はゆっくり体を起こすとあたりを見渡した。
 灰色の空の下に、同じ色の学校の屋上。さっきまでの銀河鉄道の光景が嘘のようにいつも見ているこの学校の屋上で、自分は今まで横になって眠っていたようだった。剛はいつの間に起きたのか、フェンスに寄り掛かってだるそうに立っている。
「…剛、ありがとう。」
 つぶやくような健の声で、剛は初めて気がついたように健のほうを見た。
「…何が?」
「だって助けに来てくれたんでしょ。」
「は?だから何がだよ。っていうかなんでお前こんなとこで寝てんの?」
 健はしばらくいぶかしんでいるような剛の顔を見つめて呆然としていた。
 剛は全て忘れてしまったのだろうか。それとも、全部ここで眠っている間の自分の夢だったのかもしれない。
 健があまりにも長い間見つめているので剛は何か勘違いしたらしく、急に慌てて弁解した。
「おれは別に、わざわざお前を探してたわけじゃねえよ。教室にかばん忘れたからたまたま戻ってきて、それでなんとなく屋上に来たらお前が寝て…」
「岡田は…」
「え?」
 健は剛の言葉は聞こえていない、というふうで、その視線は剛の上を通り越し、屋上の片隅を見つめていた。
 そこには赤く輝くりんごがひとつ、無造作に転がっている。
「?岡田って誰だよ。」
 剛はふらふらと立ち上がる健を見ながら彼の視線の先のりんごにようやく気付き、それに向かっておぼつかない足取りで歩く健を簡単に追い越すとりんごを拾い上げた。
「なんでこんなとこに転がってんだ、」
 健は、そう言って不思議そうにしている剛の指先とその先にあるりんごの赤を見ながら、ふと思い付いたように言った。
「おれたち明日卒業するんだ。」
 剛は健の唐突な言葉に驚きながらも、自分の中でその意味を確かめるように卒業、とつぶやいた。
 ふたりともしばらく黙っていたが、健には、剛はきっと今自分と同じ思いでいるだろうという自信にも似た気持ちが芽生えているのを感じた。
 空を見上げると、いつの間にか灰色一色だった雲の隙間からわずかに青い色がのぞいている。
「見てな。」
 剛はそう言ったかと思うと野球のピッチャーの真似事のように大げさに振りかぶって、りんごを空へ放った。
 りんごは高く、遠くまできれいな放物線を描き、ふたりは放心したように果てのない先を見つめた。
 太陽の光を受けて青い空の中で輝く一点の赤は、まるで夜空に浮かぶさそり座の赤い星のようにいつまでもふたりの目に焼き付いて離れなかった。



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今回、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」から文章を引用した部分があるので書いておきます。
「新編 銀河鉄道の夜」新潮文庫 宮沢賢治著
 P216 1〜5行目
(健君がつぶやいた台詞の部分。二重かっこになってるとこです。)
それと、女の子が言ったさそりの話の部分なんですが、はじめまるまる引用しようと思ったんですがあんまり長くて、いくらなんでもこんなに他人の文章を使うのもどうかと思ったので一応自分の言葉に変えて書いたのですが、その元となった部分も書いておきます。
 P210 16行目〜P211 11行目

というわけで、今回はほんとにこんな恐ろしく長いものを読んでいただいてありがとうございました。(‐‐;)
hongmingさん、著作権のこと、わざわざすいません。(^^;)丁寧に教えていただいて。ありがとうございます。
それから、賢治先生とイーハトーヴォの人々に敬意を表します。m(__)m
(おお〜一回書いてみたかったんですよこういうの。(^^;))

投稿時間:01/03/13(Tue) 18:42
投稿者名:ひめ
Eメール:hime144@hotmail.com
URL :
タイトル:  卒業  (下)・1
 健は大きなスクリーンに次々と映し出される映像を見つめながら、手はポケットの中でその存在を確かめるように小さな紙に触れていた。
 やがてスクリーンが青一色に変わるとはじめは小さくまばらだった生徒達のざわめきが少しずつ大きくなり、暗かった部屋にゆっくりと光が差し込んだ。

 卒業式のリハーサルを終えた生徒達は、視聴覚室に集められ意味のない映画を見せられていた。
 健はすっかり明るくなった部屋を見渡し教師の目がないのを確認すると、ポケットから丸められた紙切れをそっと取り出した。指でゆっくりと紙のしわをのばしていくといつもの剛の字が目に飛び込んできた。
「3時間めどこ行ってたんだよ
 転校生もいなかったけどあいつと一緒だったのか」
 それはいつか剛が授業中によこした手紙だった。
 幕の下りたスクリーンの前でまだあれこれと映画の説明をしている教師の声は健の耳には届かず、その意識はすっかり汚くなってしまった紙の上の文字に集中していた。もう見慣れているはずのその文字は、今の健にとって妙に懐かしいものに感じた。
 健はいつまでも紙の上の汚い文字をただぼんやりと見つめ続けた。

 健は剛に大学不合格通知が来たあの日から剛とはほとんど会話をしなくなっていた。剛のほうからも特に近付いてくることはなく、かといって怒っているふうでもない、健の存在自体を無視しているかのような態度だった。
 剛は健以外の他の友達と一緒に行動するようになり、岡田もその後学校へ顔を出すことはなく、元から剛しか付き合いのなかった健は自然と一人でいることが多くなった。
 健はぼんやりとした淋しさを燻らせながらも日々一日ずつ現実から遠のいていくような感覚を覚え、その度にいつか岡田が言っていた言葉を思い出していた。
「あんたは夢の中にいるんやから。」
 今でも目の前にあの時の岡田の視線をはっきりと感じることができる。あの時は何かに飲み込まれてしまいそうな恐怖をあんなに感じたはずなのに、今はその何かが安らぎのようにも思えていた。
 自分は夢の中にいるのだろうか。
 いっそ目の前の現実が全て夢ならいい。
 そう思うたび健は地に足をつけている感覚を失い、決まって満天の星空の中にぽっかりと存在している自分自身を確認しては理由のない安堵感に浸るのだった。


「ただいま…」
 健はかばんを肩から下ろすと静まり返った居間をのぞき込み家に誰もいないことを悟った。
 卒業式を明日にひかえ、卒業式のリハーサルと映画観賞を終えた生徒達は早めに家に帰されたはずだった。健もまた例外ではなく、平日だというのに居間の時計の針はまだ午後一時前を指していた。しかし剛が家に帰っている様子はない。健はもう一度玄関に剛の靴がないのを確認した。
 健は剛が家にいないことで正直いくらか安堵していた。彼と接触しないということは、健にとって現実から引き離され夢の世界へ飲み込まれていくことと同じだったが、健はそれを心地よいことだと信じるようになっていた。
 健はゆっくり息を吐き、かばんを自分の部屋に置いてこようと二階への階段を上りかけたが、とたんに危うく足を踏み外しそうになった。
 突然電話のベルがけたたましい音で鳴りだしたのだ。
 その音はこの家の電話のベル音とは違っていたばかりか、健がこれまで一度も聞いたことのないような音だった。にも関わらず、不思議と健はそれが電話が鳴っているのだと理解していた。
 健の中に恐怖がうっすらと蘇った。しばらく階段の横から電話の音が鳴り響くリビングルームを見張るように覗き込んでいたが、電話のベルは一向に鳴り止もうとはしないようだった。
 大音量の不快感に耐えきれなくなった健は、仕方なく一歩ずつリビングルームへ足を踏み入れ電話台に近付いた。
 そこへ健の目に飛び込んできたものがあった。電話台の上に置きっぱなしにされた一通の封筒だ。
 健は封筒を確認するや否やはじかれるように受話器を取り上げ、必死で耳に押し当てた。さっきまでのけたたましいベル音が嘘のように、突然訪れた静寂は逆に耳に痛く、健にはその少し低い関西弁が聞こえるまでの時間がひどく長く感じられた。
「そない慌てんでも切ったりせえへんよ。」
 岡田は電話の向こうで少し笑いながら、健の行動を見透かしているかのような奇妙なことを言った。しかし健はそれを不思議に思うこともせず、ただ落ち着いた彼の声を聞くことでほっと胸をなで下ろした。
「…おれさ、今岡田じゃないかと思ったんだ。この電話。」
「へえ、おれはもうてっきり健君は俺のことなんか忘れとると思っとった。」
 健は岡田のことを忘れていたわけではなかった。確かに最近剛のことを考える時間は長くなっていたが、それ以上に転校生の存在は健の中で大きくなっていた。そして、彼のことを考える時は決まって星空を見るのだ。
 あの目を閉じると瞼の裏に見える、あたり一面の星の群。
「岡田…おれ今、ここにある封筒を見たら急に岡田に会わなきゃいけないような気がしたんだ。」
 健はたった今目が覚めたかのように慌てて受話器を持ち直すと、そっと封筒の上に指を置いた。
「封筒?」
「うん。剛が大学に落ちたっていう通知の封筒。」
 健は何のためらいもなく岡田に剛の不合格を告げてしまった。しかしなぜか罪悪感は薄かった。岡田にならいい、と思ったのかもしれない。
「そうか、剛君落ちたんか。ならふたりはここで別れるんやな。」
 健は急に頭から冷水を浴びせかけられたような気持ちがした。
 別れる。そんな恐ろしいことにどうして今まで気付かなかったのだろう。封筒をはじめて見た時、確かに悪い予感はしていたはずだったのになぜか卒業した後のことは何も考えていなかった。
 健があまりに黙り続けていたため岡田は疑うように続けた。
「だってそういうことやろ?二人は今までずっと一緒やったのに、その封筒たった一通で別々の道を行くことになるんやから。」
 健は岡田の声を聞きながら封筒をゆっくり手にとり、隅から隅まで眺めた。彼の言うことはもっともだ。こんな薄い封筒が自分達の運命まで変えてしまうなんて奇妙だった。
「あんな、健君。本返したいねん。」
 健は弾けれたように顔を上げた。
「え、」
「おれ借りっぱなしやったやろ。銀河鉄道の夜。ニ時までにここに来て。」
 なぜか健は岡田の言いたいことをずっと前から知っていたような気がした。当然のようにああ、とだけ短く返事をすると場所も聞かずに電話を切り、コートのボタンをかけ直して外へ出る準備をした。
 学校の屋上だ。
 はっきりとそう思った。彼はそこにいて、そして自分は行かなくてはならない。使命感とは少し違っていたが健は理由もなく確信し、毎朝起きて学校へ行くように、今自分が学校の屋上へと向かうことを当然のことだと感じていた。
 居間の時計を見上げると、午後一時すぎを指している。
 健は今し方脱いだばかりの靴をもう一度履き、急ぎ足で家の玄関を出た。しかしまっすぐ駅へと向かう足をふと2、3歩のところで止め、思い出したようにゆっくりと振り返った。
 健はもうすっかり見慣れたはずの家を、真新しいものでも見るような気持ちで眺めていた。屋根はこんな色だったろうか、窓はこんな形だったろうかと、見れば見るほど幼い頃の自分や昔の出来事が目の前によみがえる気がして目が離せなくなっていた。
 この家に来た頃のことはあまりに小さくてもう覚えていない。思い出すことといえば遊んだことやケンカしたこと、それらの場面の中では自分の隣に必ず剛がいた。気が合うとか合わないとかそんなことを考えたことは一度もなかったが、自分と剛とはお互いに、向い合わせではなくても自然と隣にいて、そんなふうにこれからもずっとつき合っていくのだと当たり前のように思っていた。
 健は、今岡田に会いに行ったらもうそれきりこの家に帰って来ることは二度とないだろうという予感がした。そしてそれは剛とももう会うことはないということでもあった。
「…さよなら。」
 健は口の中で小さくそうつぶやくと、一歩一歩駅までの道を歩き出した。


 学校の校庭の道ぞいに並んだ桜の木には花も葉さえもなく、灰色の空を背景になんだか淋しく感じる。
 剛は卒業式のリハーサルを終えた後、何人かの友達と連れ立って校庭の朝礼台に腰かけ、取り留めのない談笑を延々と続けていた。まだリハーサルだというのにみんなもう感慨深い気持ちになっているらしく、普段なら気にもとめないような思い出話にも花を咲かせていた。しかし友人達はみんな自分の過去に浸るのに夢中で剛の様子に気付く者はいないようだったが、剛はみんなが笑うと一緒に笑い、その後必ず自分の足元に目を落とす。それの繰り返しだった。
 剛は、みんなが文化祭の話をすれば、ずっとつまらなさそうな顔で出し物を見ていた健の横顔を思い出し、修学旅行の話になると、列の一番後ろをゆっくり歩く健の手をむりやり引いて早歩きした時の手の感触を思い出した。
 それは自分の中の健の存在がいかに大きいかを証明しているような気がして、剛は不愉快だった。
 剛は小さい頃からずっと、友達や近所の人に健との仲の良さを誉められるたび
「あいつは仲が良いとかじゃなくて、いてもいなくても同じなんだよ。」
と同じ言葉をくり返してきた。実際、あの不合格通知が来た日から健との関わりはほとんどなかったが生活は今までと何も変わらなかった。
 だが思い出は彼との不思議なつながりを否定させてはくれず、剛は誰にも聞こえないように小さく舌打ちした。
 と、そのとたん校庭にチャイムが重々しい音で響き渡り、剛は驚くと同時にはっと目が覚めた気がした。
 校舎の時計を見上げるともう午後二時の十分前だ。友人達は一様に同じことを考えたらしく、一人が「場所を移動してどこかに入ろう」と提案すると皆二つ返事で賛成した。
 剛はそこではじめて、自分だけかばんを持っていないことに気がついた。教室に置きっぱなしにしてしまったらしい。友達は剛の珍しい失敗をやたらとおもしろがった。剛も自分のうっかりに多少驚きながらも一緒になって笑い、「先行ってて」と短く言い残すと教室へと走った。
 面倒なので靴のまま生徒玄関を抜け、リズム良く階段をかけ上がる。いつも通りの教室までの道のりのはずだったが、剛はもう何かが違っていることになんとなく気付いていた。それは上に上がるたび、屋上に近付くたび強くなる。剛はむりやり知らんふりをして4階の教室にかけ込んだ。これでかばんを取って帰ればいい。そう胸をなで下ろしかけた時、剛は凍りついた。自分が珍しくかばんを忘れたりしたことも、偶然ではなく必然だったのだと思わずにはいられなかった。
 剛の机の上には、健がいつも持ち歩いていたはずの「銀河鉄道の夜」がきちんと中央にそろえて置かれていたのだ。
 手のふるえを必死に堪え、ようやく本を取り上げると剛は弾かれるように教室を飛び出した。なぜ自分がこんなに恐怖にも似たような気持ちになるのかは分からなかったが、今行動しなければいけないという漠然とした思いが剛を屋上へと向かわせた。屋上へと続く階段は薄暗く、嫌でも剛の不安な気持ちに拍車をかけた。


 健はコートのポケットに無造作に放り込まれた携帯電話を取り出し、ディスプレイを灯した。画面の時計が午後ニ時ちょうどを告げている。健は屋上へ出る重い扉を両腕で押し、隙間からもれ出る光につい目を固くつぶった。
 目を閉じていても瞼の中に白い光が見える。とても長い時間が過ぎた気がして健がゆっくり目をあけると、濃紺の空に無数の小さな光がちらちらと燃えているのが見えた。まるで真夜中のような星空に驚いて健が携帯電話の時計を覗き込もうとした時、左肩の後ろから聞き慣れた少し低い声が聞こえた。
「午後二時ちょうどやな。」
 あの転校生が、列車の扉口に立って健に声をかけている。健はそこではじめて、自分が駅のプラットフォームに立っていることに気がついた。学校の屋上の風景などはもうどこにもない。
 健は見たこともないはずのこの駅のことをよく知っていた。そして自分を迎え入れようと扉の口を開けている目の前の列車のことも。どこかから「銀河ステーション、銀河ステーション」というアナウンスが重々しく響き渡った。
 健は、岡田が列車の中から自分に手を差し伸べていることに気がついた。岡田は今まで健や他の誰にも見せたことのないような笑顔で、差し出した手をさらに健の目の前に出した。
 健は彼が初めて自分に話しかけてきた日のことを思い出した。あの日突然話しかけられて嫌な気持ちになったのは、単に驚いたからだけではなかっただろうか。健は常に人に囲まれている岡田をうらやましいと妬む反面、賞賛の眼差しで見ていたかもしれない。だから岡田が次第に自分と親しくしてくれると単なる喜びというよりある種の優越感を感じ、彼から離れることができなくなった。同時に、昔からあんなに一緒だった剛からは遠ざかっていった。
 健は岡田が学校に来た最後の日、あの何もかもがオレンジ色に染まった屋上で、彼に言いそびれた言葉を思い出した。
「岡田はこんなに近くにいるのに、おれ剛が今どこで何してるかなんて全然分からないんだ。
 おれ…剛から離れていくたび岡田に近付いていく気がする。」
 健は差し出された岡田の手にそっと触れた。その瞬間、健は体の中で何かが大きく渦を巻き、何もかもを飲み込んでいくのを感じた。



****************************
すいません…なんかこんなに(下)が長くなるとは思ってもみなかったんですが…(‐‐;)
あんまり長すぎて投稿できなかったので分けました。
つーか…それは長すぎだろうっていうかんじ…(‐‐;)
(上)と(中)の時にもっと考えとくべきでした。(泣)

投稿時間:01/03/11(Sun) 18:46
投稿者名:ナナ
Eメール:nana@quest.gr.jp
URL :
タイトル:あるいは、ある寒い夜の出来事。
(前編より続き)




  AM0:50。
   二人の男は、いまだにエントランスにいた。
  一応、建物の中にいるとはいえ、夜の空気は冷たい。
  その寒さに、快彦が体を揺すっていると、
  准一がカイロを差し出した。
「使うか?」
「いや、いらねえ‥‥」 と、快彦は断るが、
「ええから使えよ」
  准一がさらに差し出す。
「‥‥ありがとな」
  快彦がカイロを受け取った。
「ええよ、別に。5個入り100円だったし」
  准一が淡々と言うので、快彦がちょっと笑った。

  カイロの封を開けていると、また電話が鳴った。
  快彦が面倒そうに取り出す。
「もしもし? ‥‥だから、またこっちからかけ直すって‥‥」
  准一がニヤッとする。
「言えよ、『二度と電話すんな』って!」
「言えるわけねーだろ! ‥‥もしもし?
 そっちに言ったんじゃないよ。うん。じゃ、次は俺がかけるから」
  快彦が電話を切った。
「なんで言えないんだよ。小枝が好きなんとちゃうんか」
  准一が、不服そうな顔でたずねた。
「いまのヤツはそういうんじゃないって、言ってんだろ」
「けど、付き合ってる人がいるのは本当なんやろ」
  快彦が、曖昧に肯定する。
「なんで‥‥」
「そんな簡単にな、誰かとくっついたり別れたりできるんなら、
 今ごろこんな思いしてないよ。俺も、お前も。違うか?」
「‥‥‥‥‥」
  快彦がもっともらしいことを言ったので、
  准一も、思わず頷いてしまった。



  AM1:10。
   准一が一人で、まだエントランスに座り込んでいる。
  すると、快彦がコンビニの袋を手にやってきた。
「なに買うてきてん」
  准一がたずねると、快彦は
「こう寒くちゃ、便所ばっかり行きたくなるしよ」
  と、言いながら、袋から缶ビールを取り出した。
  准一が呆れて快彦を見る。
  快彦はヘラヘラ笑いながら、
「手っ取り早く温かくなるんだから」と言っていた。


  AM1:30。
  快彦と准一が、並んでビールを飲んでいる。
「本当によ、なんで小枝ちゃんは
 お前なんかと付き合う気になったのかね。俺を差し置いてさ」
  快彦がピッチ早く、がばがば飲みながら言う。
「そういう言い方ないやろ」
  反対に、ちびちび飲みながら准一が答えた。
  快彦がゲラゲラと笑った。
「いや、男を見る目がねえよな、ホント」
  准一はムカッとしたまま飲んでいたが、
  急に真顔になると、缶を置いた。
「‥‥ほんまは、俺も小枝も、別に好きな相手がいたんや」
  快彦が准一を見た。
「それで、結局どっちもふられて、グチ言い合ったりしてて‥‥
 そうやってるうちに、なんとなく付き合おうかってことになってん」
「‥‥‥‥‥」
「最初はただの女友達だったから、カッコ悪いとこも見られてるやん。
 だから、へんに飾らなくていいってゆうか‥‥一緒にいるときも、
 こういう言い方したら悪いけど、楽やった」
「‥‥‥‥‥」
「俺もそれでいいと思ってたし‥‥小枝もそうなんかなって‥‥
 勝手に思ってて‥‥けど、それが悪かったんやな。きっと」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
  准一が黙り込むと、快彦が慌てたように、ニカッと笑った。
「‥‥まあ、そう暗くなんなよっ!
 過ぎたことなんだからさ、これから変えていけばいいじゃねーか。
 気にすんな、気にすんな」
  快彦がそう言いながら、缶ビールを准一も手にもたせる。
  明るくそう言われて、准一も思わずかすかに笑った。



  AM2:00。
   二人はすでに、いい感じで酔っ払い始めていた。
  しかし、いまだに場所はマンションのエントランスである。
  酔いのせいか、快彦はさらに饒舌になっている。
「あいつ、高校の1コ下でさ。俺、一回浪人してんだよね。
 それで予備校おわるとさー、俺のこと待ってたりするのよ、玄関で。
 ずっと待ってたのかよ、って聞いたら『ううん、別に』とか言うの。
 冬なんか、手とかかじかんでるのに『全然待ってない』って」
  准一が笑って快彦を見る。
「のろけてんなぁ」
  快彦もニヤニヤ笑っていた。
「そういうヤツなんだよ。
 でも、二人とも大学が違ったから、バイトとかサークルとかで
 金もないし時間も合わないしで、結局、別れちゃったんだけど」
「でも、また元に戻ったんやろ」
「‥‥まあな。で、就職したばっかのころにまた別れたのな」
  准一が笑った。
「笑うなよ」
  と、言いつつ、快彦も笑っている。
「だって、いま、また付き合ってんねやろ」
「‥‥そうなんだよなー‥‥ダメなんだよ。お互い、
 あんなに辛い思いして別れたのに、気づいたらまた会っててさ」
「‥‥‥‥‥」
  准一がビールを飲んだ。
「‥‥‥‥‥」
  快彦も急に黙った。
「俺にはわからん。その人と、小枝と、なんで同時に好きになんねん」
「うん。俺にもわからん」
  准一が驚いて快彦をじろっと見た。
「無責任なヤツやな!」
「しかたねえだろ、本当にわからないんだから‥‥
 ‥‥その、恋愛ってもんにな、責任も無責任もねーんだよ!」
「エラソーに語んなや!」
  そのとき、二人の顔がカッと白い光に照らされた。
「!!」
「なにしてるの?」 と、声がした。
  快彦と准一が手をかざして光をさえぎりながら見ると、
  制服警官が懐中電灯を手に立っている。
  そのうしろで、さっきのカップルが怪訝に様子をうかがっていた。
「ここのマンションの人じゃないよね。こんな時間に」
  制服警官が二人をじろじろ見る。
「あ、いや、俺は‥‥」
  快彦が言いかけたとき、准一が急に立ち上がった。
「いえ、俺たち、ここの部屋の住人の兄です。どうも、妹がお世話になってます」
「?!」 と、快彦が准一を見る。
「お兄さん?」
「はい。帰るの待ってようと思ったんですけど‥‥」
  准一は平然と頷くと、ポケットからキーホルダーを取り出してみせた。
「部屋で待ちます。すいませんでした、夜分遅くに」
「あ、そう。気をつけてくださいね、今度から」
  制服警官はあっさり納得すると、懐中電灯を消した。
「はい、ご迷惑おかけして。それじゃ、失礼します」
  准一も礼儀正しく言うと、階段をあがっていった。
  快彦もア然としながら、ついていく。

  二人は階段をのぼり、201号室の前にやってきた。
  准一がドアに鍵を差し込む。
「合鍵もってたのかよ」
  快彦が納得いかない様子で言うが、
  准一は「まあ」と素っ気なく言って、ガチャッと鍵を開けた。
「だったら最初から‥‥」
「そんなこと言い出せる状況と違ったやろ」
  快彦が、それはそうだな、と頷いた。

  部屋に入ってくると、准一が電気をつけた。
「合鍵か‥‥」
  軽く部屋を見回していた快彦が、ぽつりと言った。
「うん?」
「合鍵なんかもってやがったのか!」
  と、快彦が准一の首をしめる。
  二人は笑いながら、じゃれていた。



  AM4:00。
   すでに、夜明けに近く、部屋にうすく日が射しはじめていた。
  二人とも、なにがおかしいのか、ケラケラ笑っている。
「なにやってんねんな、俺たち」
  准一が笑いながら言った。
「ほんとだよ。バカじゃねえか」
  快彦も笑っている。
  とにかく、楽しそう。
「わかってない、わかってないって男に言うけどさ、
 だったらもっとわかりやすくしてほしいもんだよな」
「ほんまやで。ほんま、女はわからんなー」
「あー、もうどうでもよくなった。女なんかさ」
「もう、やめとこか。女なんか」
「そうしようぜ〜、岡田ぁ〜!」
  快彦がそう言ってガバッと准一に抱きついた。
  准一もげらげら笑っている。
  そのとき、また快彦の電話が鳴った。
「ああ、もう‥‥」
  快彦が面倒くさそうに出る。
「もしも〜し?」
「『二度と電話すんな』って言うたれや」
  准一が笑いながら言った。
  だが、快彦の顔から笑いが消えていたのには気がつかなかった。
  快彦が、口を開いた。
「‥‥二度と、電話すんな‥‥」
  准一が驚いて快彦を見た。
  快彦が、穏やかな声で電話の向こうに続けた。
「‥‥付き合ってたら、そのうち嫌な面だって見えてくる‥‥
 それはそうだよ。でもさ‥‥だけど、そういう嫌な面もわかりあって‥‥
 わかりあえるように頑張ることがさ、付き合うってことだろ‥‥」
  准一が戸惑った顔で快彦を見ている。
「‥‥なに言うてんねん」
「それでも、どうしてもダメっていうなら、しかたねえな‥‥
 ‥‥会ったよ。ああ。頼りないけど、悪いヤツじゃないよ。
 あいつはあいつなりにさ、頑張ってるよ‥‥俺はそう思うよ‥‥」
  准一が、やっと気がついた。
「ちょっと、電話かわれ」
  快彦が続ける。
「それと、喧嘩したときでもさ、シカトすんのはやめろよ。
 そりゃ向こうもムキになるって‥‥うん。そうしてやれよ。
 傷つくから。けっこう傷ついてるみたいだからさ‥‥」
「かわれ! 相手、誰や」
「うん‥‥大丈夫だって、俺が言うんだから間違いないよ。
 うまくやれる‥‥その喧嘩だって、意味のないことじゃねえって」
「―――――」
  准一が黙った。
  黙って、快彦の言葉を聞いていた。
「じゃあな。‥‥おう。頑張れよ」
  快彦が電話を切った。
「‥‥いまの電話、誰からや。小枝とちゃうんか」
「ちげーよ」 快彦がそう言いながら、立ち上がった。
「小枝やろ」
「ちがうって‥‥俺、そろそろ行くわ」
「‥‥‥‥‥」
「オンナ待たせてんだよ。帰んなきゃ」
  快彦が飄々とそう言って、ドアを開ける。
「‥‥ええんか」
  准一が言う。
「なにが」
「俺‥‥」
  快彦は、准一が何か言いかけたのをさえぎるように
「じゃあな」 と言って、軽く右手をあげた。
  ドアが閉じられた。
「―――――」
  准一が取り残されて、ドアを見つめた。



  AM4:10。
  コンビニの裏口のドアが開いて、私服に着替えた店員が出てくる。
  快彦がそれとすれ違い、歩いていく。


  AM4:20。
  准一がぼんやりと窓から空を眺めている。
  朝日がのぼってくるのが見えた。



  AM4:30。
  快彦が歩いていく。どこか晴れやかな顔。
  歩いていく。
  それぞれに、帰っていく。



  AM5:00。
   マンションが、朝日に照らされていた。



                        END




   *     *     *     *     *
 いかがでしたでしょうか。ダメ男ふたりでした(苦笑)。
しかしこれ、改めて読むとど〜考えてもイノッチのせい?(><;
で、でもでも、最後ちょっとイイヤツだったでしょ? だめ? だめっすか?
また、准くんの彼女の名前「小枝(こえだ)ちゃん」もふざけてるしな(ホントだよ)。
 え〜、時間の流れとか、多少の矛盾はあると思いますが、見逃してください。
ところで結局、小枝ちゃんは一晩どこにいたんだろう‥‥
‥‥友だちのところに泊まってた、ということにしてください(^^; 苦しいな)。

投稿時間:01/03/11(Sun) 18:41
投稿者名:ナナ
Eメール:nana@quest.gr.jp
URL :
タイトル:恋のメロディー
どうも、ナナです。ちょっと思い立ったので、短編を書いてみました。
 「愛のMelody」発売記念‥‥というわけではありませんが、恋愛モノです。
地味な話ですが(^^;)読んでみて、なごんで(?)いただければ幸いです。
※なお、井ノ原快彦さんの年齢は実際より1歳年下に設定してあります。

*    *    *    *    *    *



・恋のメロディー
 あるいは、ある寒い夜の出来事。




  それは、春だというのに、まだ夜は冷え込む日の続く、週末だった。

  時刻はPM11:30。
  働いている者、寝ている者、帰宅する者、これから出て行く者。
  都会の夜というのは様々な人間が入り乱れる時刻である。
  そんな夜には、しばしば、ちょっとした事件が起こるものだ。
  たとえば、本来無縁の者同士が、妙なタイミングで出逢ったりする―――


   舞台は、ある8階立てのマンションだ。
  道路をはさんですぐ向かいに、コンビニエンスストアが建っている。
  そのコンビニを通り過ぎてすこし行けば24時間のファミリー・レストラン。
  同じ敷地内にある駐車場の裏通りに入ると、すこし薄暗い住宅街になる。
  その住宅街には派出所があり、いざというときにはすぐ駆け込める。
  徒歩20分の距離に駅もある、ちょっと便利で、ごく普通のマンションだ。

  さて、立地の説明がすんだところで、物語の主人公を探そう。

  と、マンションのエントランスに一組のカップルが入ってきた。
  二人は何やらイチャイチャと談笑しながら歩いてきたが、
  ふと、何かに気がついて足を止めた。
  エントランスに、若者が一人、壁に背をもたれて立っているのだ。
「ねえ、またいるよ」と、女のほうが小声で男にささやく。
  男も怪訝そうな顔をしていたが、「行こ」と短く言って、
  二人は早足で、若者の前をとおりすぎていった。

  若者は岡田准一。現在20歳、某大学で社会学を専攻している学生だ。
  ちょっと(というか、かなり)顔がいいことをのぞけば、
  講義とバイトに忙しくヒーヒー言っている毎日の、シケた男である。
  彼は、ここの住人ではない。では何をしているのかというと、
  ここで、人を待っていたのだ。もう1時間近く前から、ずっと。
   彼こそが、本編の主人公である。



  時同じくして、駅に一人の男が降り立った。
  スーツを着て片手に鞄をもった彼は、辺りをキョロキョロ見回すと、
  駅の地図でマンションの位置を確認して、歩き始めた。
   男は井ノ原快彦。現在23歳、某製薬会社の営業部に勤める会社員だ。
  そして彼もまた、もう一人の主人公だ。


  快彦はマンション近くのコンビニにやってきた。
  夜でも煌々と明るい店内は、誰が何をしているのか外からでも丸見えだ。
「いらっしゃいませー」と、店員がヤル気のなさそうな挨拶をする。
  快彦は入ってすぐ、店内を軽く見回した。
   レジには、ストライプの制服を来た茶パツにピアスの店員がひとり。
  雑誌のラックでは、スウェット上下の若い女がファッション雑誌を、
  オタクっぽい男が週刊のマンガ雑誌を立ち読みをしている。
  弁当コーナーでは、自分と同じくスーツの男が商品を吟味している。
  そして、ドリンクコーナーの陳列を見ている准一の姿が目に入った。
  快彦はそれを見つけると、さり気なく立ち読みをはじめる。
  准一はホットの缶コーヒーを1本とると、レジに並んだ。
  途中、レジのわきに置かれた商品を見たりしている。
「226円になります。ありがとうございましたー」
  店員の声を聞いて、快彦は雑誌から顔をあげると准一の様子を見た。
  准一が出ていく。
  それを見送って、快彦も雑誌を棚に戻し、後を追うように出ていった。
「ありがとうございましたー」
  という店員の気だるそうな声が、背中に聞こえた。


  准一は、コンビニの袋を手にマンションに戻ってきた。
  ふたたびエントランスに入ろうとしたとき、
「待てよ!」という声がした。
  振り返ると、快彦が少し駆け足でやってくる。
「よおっ」
  快彦が明るい調子で言った。
  准一は、怪訝な顔で快彦を見た。
「岡田准一くんだろ?」 快彦はあくまでにこやかに、そう言った。
「‥‥‥‥‥」
  准一も少し思案していたが、ハッとすると、快彦に歩み寄った。
「一度、会って話がしたいと思ってたんだよ」
  快彦は軽くそう言ったが、顔は笑っていなかった。
  准一も、緊張した表情で頷くと、快彦の正面に立った。
   二人のあいだに、嫌な空気が流れていた。



  AM0:00。
   二人の男は、ファミリー・レストランにいた。
  すこし奥のほうの席に、テーブルをはさんで向かい合って座っている。
  傍目から見ても、あきらかにわけありの様子だ。
  快彦が、准一よりは余裕のある様子でネクタイをゆるめた。
「メシ食ってもいいかな、こんなときにアレだけどさ」
  准一は硬い表情で、「どうぞ」とだけ言った。
  そのとき、ウェイトレスが注文を取りにきた。
「アメリカンコーヒーひとつ。」
  准一がすぐに答えると、快彦が口を開いた。
「おごってやるか?」
「?!」
  准一が快彦を見る。
「金、ねえんだろ。貧乏学生って聞いてるぜ」
  快彦が淡々と言った。
「関係ねぇだろ!」
  准一が思わず声を荒げると、ウェイトレスが驚いて准一を見た。
「そんなに怒るなよ」
  快彦が飄々とした口調で言った。
  准一は怒りを抑えて、黙り込んだ。

  しばらくして、コーヒーとハンバーグセットが運ばれてきた。
  准一が、暗い表情で薄いコーヒーをすすっているのに対し、
  快彦は平然とした様子で、手と口を同時に動かしている。
「聞いてるかもしれないけど、小枝ちゃんとは実家が隣でさ。
 親同士も仲良かったからね。まあ、幼なじみってやつ?
 とにかく、俺にしてみればずっと昔から知ってるし、
 大学も先輩後輩だったからさ、前から話は聞いてたのよ、色々と」
  准一は黙って聞いている。
  快彦は准一の様子をうかがいながら、続けた。
「だから、まあ‥‥今度のこともだいたいは知ってる。
 他人が口出しするようなことじゃないとは思ったけど‥‥
 今回だけは、話が違うからな」
  快彦はそこで言葉を切ると、ナイフとフォークを置いた。
「考えてもみろよ。毎晩毎晩、女の子が一人暮らししてる部屋の前で
 男が待ち伏せなんかしてたら、他人はどう思う?
 他の部屋の人にも変な目で見られるし、帰るに帰れなくて迷惑してるって」
「‥‥‥‥‥」
「言いたくないけどな、それってストーカーだよ。お前」
  准一は黙ってうつむいている。
「みっともないと思わねーのか?」
  准一はまだ黙っている。
「‥‥なんとか言えよ」
  快彦は椅子の背もたれに寄りかかると、待つ体勢に入った。
  気まずい沈黙が流れる。
  ウエイトレスが、好奇の目で二人の様子をうかがっている。
  准一が、うつむいたまま口を開いた。
「‥‥あいつが‥‥小枝がそう言ったんですか。迷惑だって。
 困ってるから、なんとかしてくれって、あんたに」
  快彦が准一を見る。
  准一は、わずかに躊躇したが、はっきりと快彦の目を見て続けた。
「だったら‥‥もし、小枝がそう言ったっていうんなら、
 こんなの納得いかない。別れるにしても、自分からちゃんと話してほしい。
 ‥‥そう言っといてください。失礼します」
  准一は軽く頭をさげると、コーヒーの代金を置いて席を立とうとした。
  だが、すぐに快彦が准一の顔を見ずに言った。
「待てよ」
  准一が立ち止まる。
「まだ終わってない」
  快彦は、准一の顔を見ないまま言う。
  准一がふたたび緊張した面持ちになって座りなおした。
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥こうやって、避けてられるってことは、
 もうお前の顔も見たくないってことだと思わないのか」
  准一が、一瞬、固まった。
  快彦は准一の顔を見ると、意を決したように続ける。
「この際だから言わせてもらうけどな。俺だって、小枝ちゃんは
 幼なじみだからってだけでお前なんかと会ってるわけじゃねえぞ」
  准一が驚いて快彦を見る。
「わかるだろ。こっちだって納得いかなかったんだよ、
 なんで小枝ちゃんがお前みたいなのと付き合ってんのか‥‥」
「―――――」
「だから、俺は―――」
  と、そのとき突然、携帯の着信音が響いた。
  快彦が慌ててスーツのポケットから電話を取り出す。
「はい、もしもし‥‥‥なんだよ‥‥あっ、ゴメンゴメン。
 いや、うん、今のは取り消すけど、ちょっと取り込んでんだ。ねっ」
「?」
  快彦はさっきまでと打って変わって低姿勢に電話に向かっている。
「ああ、うん。‥‥ああ‥‥‥ああ‥‥わかった‥‥
 ああ‥‥‥わかったって! うん。じゃあな」
  快彦が電話を切ると、准一がここぞとばかりに口を開いた。
「こっちも、小枝からあんたの話は聞いてる。
 何回か別れたりもしたけど、ずっと続いてる相手がいるって」
「そういうんじゃねえよ!」
 快彦がムッとして言うが、准一も負けじと言い返す。
「だったら今すぐかけ直して、『二度と電話するな』って言えよ」
「――だから―――そういうんじゃねえって‥‥!」
  そのとき、またしても電話が鳴った。
  快彦がイラつきながらも出る。
「もしもし。‥‥取り込んでるって言ったろ!」
 准一が余裕しゃくしゃくで、コーヒーを飲んだ。
「‥‥ちが、わかったよ、ゴメンって。だから今は‥‥
 うん、うん。それじゃ‥‥え? 誰って、友達‥‥‥男だよ!」
  快彦がため息をついて電話を切った。
  准一がぽつりと言ってやる。
「友達になった覚えはないで」
 快彦がムムッとなったが、言い返せず、電話をスーツにしまった。



  AM0:35。
「なんでついてくるんだよ」
「勝手だろ?」
  二人の男は、ぶちぶちと言い合いながら通りを歩いていた。
  准一が、コンビニの袋からカイロを取り出して、封をあけた。
「‥‥言ったことあんのか」
「あ?」 快彦が聞き返す。
「小枝に、あんたから、」
  准一が言いかけたが、快彦は誤魔化すように
「彼氏だからって、小枝ちゃんを呼び捨てにすんなよ!」と言った。
  その言葉で、准一もなんとなく黙った。
  二人は黙って、歩いていった。


  結局、快彦がマンションのエントランスまでついてきてしまった。
  さっき准一がいた場所に、今度は二人で座り込んでいる。
「なんでいるんだよ‥‥」
  准一が小さく言ったが、快彦は聞こえない様子で
「さみー」などと言いながら、スーツを羽織りなおしたりしている。
  相変わらず、エントランスに人気はない。
  准一はカイロで手を温めていたが、口を開いた。
「‥‥あんたはこんなとこで待ってないで、小枝に、電話すりゃいいだろ」
「‥‥‥‥‥」
  快彦は黙っている。
「?」 と、准一が快彦を見た。
  快彦が目をそらす。
「‥‥頼まれたんだろ? あいつに」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥嘘か?!」
  准一が問い詰めると、快彦が急に居直った。
「俺に頼みにくるわけねーだろ。男と別れさせてくれ、なんて」
「人、バカにすんのもいいかげんに‥‥!」
  准一が思わず快彦の胸倉をつかむ。
「あーわかったわかった!! 俺が悪かったっ‥‥‥‥?」
  快彦が、准一が何も言わないので怪訝に見た。
「‥‥‥‥‥」
「‥‥お、おい?」
「‥‥よかった‥‥」
  快彦が驚いた顔になる。
  准一は、ほっとしたような、泣きたいような顔をしていた。
「‥‥嘘で、よかった‥‥‥もうダメだと思ってた‥‥!」
「―――――」



                        (後編へ)



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