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一 括 講 読

投稿時間:01/05/27(Sun) 07:48
投稿者名:きらきらぽー
Eメール:mamiko@grrrls.net
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タイトル:LIFE 1
 「ありがとうございます、長野先生」
老婆は涙ぐみながら、長野博に礼を言う。
「いえいえ、僕にできることはこの位の事だけです。僕でお役に立てればいつでも言って下さいね。」
博は微笑みながら、老婆の手を優しく握った。老婆はほっとしたようにミノリカワ商事のオフィスビルの中にあるその部屋を出て行った。
 先生と呼ばれている長野博は、別に教師でも、医者でも、弁護士でもない、一介のサラリーマンである。それがなぜ先生と呼ばれるのか・・・。理由は博にはあるときから不思議な能力”未来予知能力”が備わり、その事を知る者が博を頼って博のオフィスを訪れ、長野に己の未来や家族の未来を見てもらうからだ。彼らは口々に長野先生、と彼を呼び敬う。
 一番それに困惑しているのは長野博自身だった。なぜなら、博には他人の未来を見ることが出来る、つまり、悪い未来でも、相手に告げなくてはいけないからだ。
「・・・お気の毒ですが、貴方の会社は半年後、このままでいきますと倒産してしまいます。」
こんなふうに相手に対して大変辛い宣告もしなければならない。
「え・・・、そんな・・・・。長野先生、な、なんとかならないでしょうか?」
相談者は焦りを隠し切れずに博に詰め寄る。
「そうですね・・・。”このままでは”ということですから、なんとか今からでも対策を練りましょうか?有能な弁護士やいろいろな方に相談なされば、なにか救いがあるかもしれません。未来は必ずしも変えられない、というのではありませんから。」
博のこの言葉は真実だった。ある程度複数の要因が重なって、未来は作り上げられる。未来予知は殆どの場合、博の告知どおりになるのだが、いくつかのそこへいたる要因を上手く取り除けば、多少のずれを生じる事があるのだ。悲しい未来を見てしまう博ではあるが、彼は何とかして、そこから彼らを救ってあげたいといつも思うのであった。

 博は普通のサラリーマンである、いや、それは今や過去の事かもしれない。博のこの並々ならぬ未来予測の力を知った、博の会社ミノリカワ商事の役員達は、この力を求める彼らのビジネスパートナーや、会社にとって有益になりうる政界の大物、そして彼らの親族などを、博のオフィスの部屋に連れてきた。そして、その誰もが、博の的確な未来予知に驚愕し、ある意味ものごとを先に知ることにより、自分の時間や力の温存を多少できるようになる。心配事がなくなるのであるから、それに関わる事をなくすことが出来るのだから・・・。博の存在は会社にとって今やなくてはならない存在となった。事実、会社の近い未来、一つ一つの取引の有用性、そのような事も博の目を借りれば簡単に且つ正確に把握できる。いつしか、彼の元来の仕事は極端に減少し、未来を見る、予測することがメインの仕事になりつつあった。
彼はこの事になんの不満も言わず、いつもにこやかに微笑んでいた。なぜなら、役員のうちの何人かは、博の両親に親しい関係にあり、両親が事故で死んだ後、ひとりになった博を不憫に思い、様々な面で世話をしてくれたのだから。博はこの役員達の恩に報いるためにも、自分の能力を惜しみなく使った。

「ただいま、戻りました。」
夜遅く、博は帰宅した。表札は「長野」ではなく「坂本」である。両親が事故で亡くなった時、伯父の家に引き取られたのだ。そこには1つ年上の昌行も住んでいた。
「おう、今日も遅かったな。」
ぶっきらぼうに昌行が言う。
「あ、起きてたんだね、昌行。」
博がコートを脱ぎながら昌行の方を見た。昌行はタバコに火をつけようとしていた。
「いつも、遅くまで大変だな、無理すんなよ。」
タバコの最初の煙をふーっと吐き出す。
「ああ、大丈夫。僕は頑丈に出来ているからね。」
博はにっこり笑って、軽くシャワーを浴びにバスルームに消えた。
「確かにな・・・。あの事故でもお前だけ、生きてたんだしな。」
昌行は約一年前の記憶に思いを馳せた。博と両親が乗る乗用車は大破していた。トレーラーに巻き込まれ、原型を留めていなかった、乗用車。集まる人々、パトカーの音、救急車のサイレン。その中で、奇跡的に命を取り留めた博・・・。
「あれ、ご飯、今日は鍋物だったの?」
タオルで髪を少し拭きながら、ダイニングにやってきた。
「だったの?じゃなくて、今から食べるんだよ。」
ブスッとしながら、昌行が言う。
「あれ、叔父さんたちは?・・・あ、そっか、今日から長期海外出張だっけ。」
「ったく、ちゃんと覚えとけよなあ。」
遅くまで我慢して、自分と食べるために夕食を待っていてくれた昌行に感謝した。
「昌行、鍋好きだもんね。味が楽しみだな。・・・待っていてくれて、ありがとう。お腹すいてたんじゃない?」
「・・・・。」
昌行は無言で、鍋をもくもくと準備しだした。すぐに良い香りがダイニングを包んでいった。
「ハラ減ってたのはお前も同じだろ。」
昌行がボソッと言った。
「ご心配なく、僕は残業のときに、オニギリの差し入れ3つもらったから。」
博がにっこりと笑う。昌行は「やっぱり、こういうヤツだよ、博は・・・。」と心の中で思った。「プラモデル作りながら待ってた俺って、一体・・・・。」ため息をつく昌行をよそに、博はもう鍋の中をつついていた。

==== 約一年前 ====
 雪の降る寒い晩、二人の天使が交通事故の現場に立っていた。
「痛ましい・・・。かわいそうやな、ケンくん。」
黒髪の背の高い方の天使が、栗色の髪の少し背の低い方の天使に話し掛けた。
「本当にね。こういう悲しい事故、なくなってくれるといいのにね。ジュンイチは、事故の魂を運ぶの初めてだもんね。」
ケンくんと呼ばれた、栗色の髪の天使は黒髪の天使ジュンイチを気遣うように言った。
「うん、でも大丈夫や。早いところ、魂を安らかに天国に運んであげようや。ケンくん。」
「ちぇっ、調子いいなあ。悪いけど、僕は君の先輩天使なんだからねえ、あんまり態度悪くしないでよね。」
ケンが少し口を尖らせて、飛んだ。バサッと大きな翼をはばたかせると、少し白い小さな羽が雪と一緒に舞い落ちた。最初にケンは、運転席の父親の魂を天国へ運んだ。
「ジュンイチ、あと、二人ぶん、よろしくね。」
ケンはそうジュンイチに言い残して、天国の扉の奥に消えた。
 次にジュンイチは助手席の母親の魂を抱きしめた。普通は何も話さぬ魂が、このとき急に言葉を発した。
「お願い、天使さん、息子だけは生き残らせて。私の魂が天国に行けなくてもいいから。どうか、お願いだから!」
「えっ。なんやねん、こういうこと、あるんか?」
ジュンイチはびくっとした。確かに後部座席にもう一人倒れていた。”綺麗なにーちゃんやな、ルネッサンス期の絵画のようや”ジュンイチはため息をついた。しかし、その青年はほとんど息はない。先輩天使のケンはあと二人、と言った。”つまり、この後部座席の綺麗なにいちゃんも連れて行かねばいけないんや”と、ジュンイチは心の中で再確認する。
「おばさん、それは無理や。俺、おばさんと、もう一人、そのにーちゃんも連れて行かんと、ならへんのや。かんにんな。」
ジュンイチは、はばたこうとする。すると、母親の魂が、ジュンイチの腕をするりとすりぬけた。
「困ります。ほら、博はまだ、生きられる」
母親の魂が後部座席の青年に近づいて言った。博と呼ばれたその青年は確かに微かに息があり、魂はその体から抜け出るか、抜け出ないかの瀬戸際にある。怪我の具合も急いで治療すれば何とかなりそうだ。
「ありゃ、確かにこれは生きられそうな感じやな。もったいないわあ、この人の魂持っていってしもうたら。」
ジュンイチはつぶやいた。
「後生ですから、天使さん、博だけはこの世に生かしてやってくださいな。」
母親の魂は震えながら懇願する。ジュンイチはあっさりと認めた。
「ええよ、確かに、博さんっていうこの人、まだ生きられるで、無益な殺生はいかんのや。」
ジュンイチは笑って母親の魂を抱き天へ向かった。そして、救急隊員の一人に向かって自分の羽を落とした。きらきらと光るその羽が救急隊員の体に触れると同時に、
「生きてます!奇跡です、この事故で。。。!」救急隊員は叫び、博を急いで病院へ運んだ。

 「なにー?おいてきたあ〜?!」
天国で天使ケンが天使ジュンイチに叫ぶ。
「そうや。だって、あの博っていうにいちゃん、まだ使えるねん、あの体。もったいないやん、生きられる魂もってきちゃうのは。」
だらりと寝転んだまま、のほほんと天使ジュンイチが答える。
「も、もったいないやんって・・・。」
ケンは頭を抱えて続けた。「俺たちがそんなの決定しちゃいけないんだよお。」ジュンイチを一人であの場に残すんじゃなかった、とケンは後悔しきり。
「せやけど、緊急のときは天使が決定してええって、神さん言っとったで。」
ジュンイチはまだ、のんびりと構えている。
「違うよお。確か、そういう時って、現場の死神さんに同意を得ないといけないはず。そうじゃないと、その魂に支障が出てくるんだよ。」
「支障って?」
ジュンイチも少し焦りがでてきた。
「う〜ん、詳しい事は分かんないんだけど、僕も。」
ケンはがっくりと肩を落としている。神様からお叱りを受ける事も、ケンの気を重くしている原因のようだ。それをちょっと察知したのか、ジュンイチは、
「ええよ、俺、神さんに聞いてくる。こういう時どうしたらいいかって。」
寝転んでいたジュンイチがぱっと起き上がり、すばやく神様のおられるところへ向かって飛んでいった。
「ちょ、ちょっと待てよー。指導天使は僕なんだから、僕が報告にいくよお。」
ケンもそれに急いで続いた。

 救急治療室では、博はまだ意識が戻らずにいた。ベッドの見えるガラス越しには友人の井ノ原快彦と、従兄弟の昌行が心配そうに彼を見つめている。博を介して、二人は面識を持ち、ここ数年は3人で行動する事もよくあった。
「長野君、このまま、目を開けないなんて事、あったら・・・。」
快彦がつぶやく。
「何も言うなよ、井ノ原。」
きっと同じ気持ちであろう昌行が、首を振った。全身事故の怪我だらけの博は、何も答えない。

 その頃、二人の天使は神様の館から、死神の館へ向かっていた。
「あ〜あ、やっぱり、死神さんのところに行かなきゃならなくなったよお。遠いのに。」
ケンが文句を言っている。
「ええやん、そんなに神さん、怒ってへんかったし。ようは死神さんと交渉するって事やろ。そうすれば、なんとかなるんやろ?まかしとき、なんとかしとくさかい。」
ジュンイチが気楽に言う。ケンはまだ心配だった。そして、死神の館に着いた。館の中は薄暗く、奇妙に静かだった。
「怖い人なんやろか、ケン君会った事あるんか?」
ジュンイチがちょっと不安げに言う。
「今になって、怖がってどうするの!僕だって会った事ないよっ。」
いざという時には強くなるケン。もう行くしかない、会って話をするしかないんだもの、ケンは気合をいれるように背筋を伸ばして、死神の居室のドアを開けた。
 部屋の中は、暖炉の光と数箇所に置かれたランプに照らされて、廊下よりずっと明るかった。といっても、天国の神々しい明るさとは違い、あくまでも照明によるものだ。さらに、そこかしこに、多くのメモやペンが散乱し、仕事に忙しい様子がうかがわれた。
「あの、死神さん、こんにちは。天使のケンといいます。後輩の天使ジュンの先日の件でお話が・・・。」
ケンが大きな声で部屋の中の人影に告げる。すると、その人影がすうっと消え、いきなりケン達の目の前に現れた。死神ならではの能力だ。
「うわっ、なんやねん、びっくりしたわあ。」
ジュンがそれに驚いて後ずさりする。
「ノックもなしに開けるなよ、お前らの事は、神から連絡受けて知ってるよ。」
寝癖をそのままにしたようなフワフワとした薄い色の髪の小柄な死神はぶっきらぼうに言った。それを指摘するように、ジュンイチは、
「死神さんなあ、寝癖つきっぱなしやで、大丈夫?」
慌ててジュンイチの口をケンが塞ぐ。ここで死神を怒らせて話し合いが決裂するのを恐れたのだ。
「うひょひょひょひょ」
いきなり死神が笑い出した。
「こんな、失礼な天使初めてみたぞ。はっきりしてていいなあ。」
笑いながら死神は続ける。
「俺はゴウ。死神さんって呼び方はやめてくれ。嫌いなんだ、そういうの。」
これを聞いてほっとしたケンは、用件を伝えた。
「そうか、ようするに、死ぬ予定の魂を勝手に置いてきちゃったってことだな。」
死神ゴウが神妙な顔でこう言いながら、近くのメモを探した。目的のメモを見つけると、それを入念にチェックしながらゴウはこう言った。
「その魂は一度、身体から抜け出てるはずだ。普通、この手のケースでは魂に支障が少し出てくるわけなんだが・・・。うーん、この博って男の魂の場合は・・・そうだ、天国に居る魂のように、時空の観念がゆらぐ、他の人の過去や未来等が俺たちのようにそこそこわかってくるんだ。」
「あ、それっておトクやんかあ。」
ジュンイチがあっけらかんと言う。
「お得ってねえ。急にそんな風になったら、気持ち悪いと思うよ。本人。」
ケンは対照的な態度だ。さらにゴウは続けた。
「それと、この長野博、どっちにしても魂は天国に持ってこなくちゃいけないことになってるぞ。どうする。」
「え、今から行って、持ってこないといかんの?そんなのかわいそうやん。折角助かったんやで。治療すれば、まだまだ元気に暮らしていけそうな体だったんやし。」
ジュンイチが反論すると、
「お前が、そういうの決める事じゃないって、何度も言ってるじゃないかあ。」
ケンが超音波のような声でジュンイチを諌めた。
「二人とも、ここでもめるなよ。」
少し考え込んでいたゴウが天使二人をたしなめる。
「長野博のこの特殊能力、多分予知とかだと思うんだけど、これもそんなにガンガン使わなければ、ある程度命は延ばせるけれど、多分、自然とこれを使わざるを得ないことになるんだろうな。」
ゴウは長野博の未来データを見ながら続けた。
「1つだけジュンイチのやったことを活かせるチャンスはある、俺がある指定した時間に命を落としてもらうんだ、長野博に。」
「え、それじゃあ、結局魂とるんやんかあ。あんまりや。折角命拾いしたのに・・・。」
ジュンイチが涙目になった。ケンも同情したのか、瞳がうるむ。
「待てよ、聞けよ、誰が魂を天国に持って行けなんて、言ったんだよ!最近の天使はせっかちだなあ。」
ゴウの話には続きがあった。
「一時的に魂を引き止めさせてもらう、そして24時間以内に予定外の魂を代わりに頂くんだ、どうやらそれに値する悪さをしている魂もあるようだし。うまくすると、2人くらいそういう悪さをした魂が不慮の事故で取れるかもしれない。そうすれば、博の魂を戻して生き返らせる事が出来る。」
「えー、でも、死ぬ事が大体確定したら、僕達のスケジュールに組み込まれるはずでしょ?その2人だって、そうなったら、代わりの魂として使えないんじゃない?全くの予定外の魂でないと、だめでしょう。」
ケンが突っ込んだ。
「そのスケジュール組んでるのは、誰だよ。俺、死神じゃん。」
ゴウがニパっと八重歯を出して笑った。
「俺が都合つけとくよ、この2人に関しては、スケジュール公開しないでおくから。」
「でも、ゴウくん、どうしてそこまで長野博の命を考えてあげてるんだい?」
ケンが不思議そうに尋ねる。
「長野博の体がそんなにダメージ受けてないのに死ぬ事にしてしまったのは、俺のミスだ。それに、見ろよ、こいつの今までの人生・・・。」
ゴウが死神の持つ人の人生についてのデータの中の長野の部分を天使二人に見せた。ゴウも、ケンも、ジュンイチも沈黙した。
「・・・だろ、こういう人には生きててほしいよな。」
ゴウが言うと、二人はうなづいた。

 つまり、博の予知能力は、両親と一緒に巻き込まれたこの交通事故のときから、備わったものである。その理由は博自身も良く知っている。というのは事故後、殆ど意識がなかった博の元に二人の天使が現れたのだ。そう、二人の天使は死神ゴウと話し合い、博に事の次第を明かしに来たのだ。
「ひろしぃ。ごめんなあ。俺が独断でこんなことしたせいで迷惑かけちゃったなあ。」ジュンイチが博の耳元で言う。話をしたこともないのに、既に”ひろし”と呼び捨てだった。その言葉に博は目を開けた。
「君、君達は?だれ?」
体の動かない博の意識の中に天使が入り込んできたのだ。
「僕達、天使です。体が辛いところごめんなさい。」
ケンが丁寧に言う。
「あ、そうか、事故で僕・・・。もしかして父さんと母さんは?!」
「すみません、もうご両親の魂は天国にございます。」
ケンの言葉に博はショックを受けた。自分だけが助かった事実に困惑しているようだ。
「本当は博も、天国に行かんといけんかったんやけど、博のおかんに頼まれてな、それに体もまだ大丈夫そうやったから魂はこばなかったんや。」
ジュンイチが事の次第を話した。正式の手順を踏まずに博の魂を残した事、これから予知の能力が備わる事、けれど本当は博は死ななければいけないこと。
「じゃあ、殺してくれていいよ。」博は微笑んだ「君達に迷惑かけられないし、両親ももういないんだし。魂を運んでいいんだよ。」
それを聞いたジュンイチが怒った。
「博のあほっ!あんた、自分のおかんがどんな思いで俺に頼んだと思ってるんや。そんなに簡単に死ぬなんて言ったらあかんで!」
「とにかく、指定される時間までに、申し訳ないんですが、もう一度瀕死の状態になっていただかないといけません。段取りは僕達でしますが・・・。そして貴方の魂を僕らの仲間のゴウさんに預かって頂いている間に、僕達が手順どおり事を行いますので、その後生き返っていただくことになります。」
ケンは、身代わりに他の魂を持っていく事やゴウが死神である事を告げるのを控えた。これ以上ショックを与えてはいけないと思ったからだ。とにかく、もう一度魂を体から抜いてその間にゴウが非公開にしている魂を持っていけば、博は救われる、生き返るのだから。ジュンイチも折角助けた魂、この博を生かしたかった。
「わかりました。とにかく僕はご指定の日にもう一度死ぬわけですね。」
遠くを見るような瞳で博がつぶやく。
「正確には、”死”とは異なりますが、形式的にはそれに近いでしょう。けれど、必ずあなたは生き返ります。どんな形にせよ、生き返るのです。間違いなく。」
どことなく寂しそうな博を励ますように、ケンは心を込めて強く言った。
「・・・ありがとう、二人の天使さん達。ご迷惑をおかけしましたね。」
博は微笑んだ。
「迷惑、ちゃうねんで。ひろし、いい人すぎるわ、俺たちに任せといてや。」
ジュンイチがポンと自分の胸を叩いて言う。
「他人の未来が見えてしまう能力ですが、いろいろ辛い事もあるでしょうね、でも、生き返りましたらその能力は消えますからご心配なく。」
ケンは能力に関するフォローも忘れなかった。
「指定の日に関しては、また、決まり次第告知しに参ります。ゴウさんが代わりに来る事も有るかもしれませんが、はっきりはまだ決まっていません。大体1年くらい後になるとは思いますが・・・。」
ケンとジュンイチの姿が、博の意識からすうっと無くなった。

 「あ!長野君が目を開けた!」
快彦が叫ぶと、隣に居た昌行が博の手を握る、
「がんばったな、博。」
快彦が医師に告げに行くと、すぐザワザワと病室が慌しくなる。長野博は、悲惨な交通事故の生死のはざまから戻ってきたのだ。
========

 「今日は3人の方が、長野に予知をしてほしいそうだ、時間は・・・。」
上司が博に告げた。忙しいミノリカワ商事のオフィスの中で、全く違った内容を仕事にしつつある博。同じフロアには快彦も働いている。同僚の快彦は、博から予知能力の事を聞いて知っているので、特に驚きもしなかったし、博が「恩返しが出来るなら・・・」と考えて、この予知能力を惜しまず会社の言うとおりに用いている事も知っていた。同居人の昌行も、能力については実際に見るまでは信じなかったが、時間をかけて納得できるようになった。
「大丈夫かあ、頭痛くなったりしないの?」
快彦が博に聞いてくる。
「大丈夫、自然に見えちゃうだけだし。」
博がお決まりのスマイルで返す。
「へえー。じゃさ、俺、もうすぐ彼女できるかなあ?」
「また、その質問?・・・また遠のいちゃってるみたい。」
「なんでだー!!」
快彦が博のネクタイをひっぱった。苦しがりながらも博は笑っていたが、心の中で思う事があった。”もうすぐ、天使が言った期限の一年・・・”
死の時期が近い事を博は悟っていた。

 坂本昌行は新聞社に勤めている。しかし、美術専門のライターだったので記事の内容により、比較的時間にゆとりがあることも多かった。経済面担当のライター仲間の城島が特ダネだと喜び、担当の違う昌行のところに話しに来た。
「なんだ、このネタ・・・。」昌行が息を飲む。そのライター城島の見せる手帳には博が勤めるミノリカワ商事の黒い噂について、メモが記されていた。最近ミノリカワ商事が様々な企業と手を組み、多大な所得を裏で得ているという話だ。
「まさか、博が絡んでいるのでは・・・?」昌行は嫌な予感がした。城島も、昌行と同居する従兄弟がミノリカワ商事の社員と知り、なにか情報を得るためにやってきたようだ。
「俺は何もきいていないが、このネタの裏は取れているのか?」昌行が尋ねると、城島はなかなか尻尾がつかめない、新しい事業の展開が他の企業と組んで行われている様子もまだないし、なぞだ、と語った。多大な所得、そして提携・・・、一体どういうことだろう・・・。昌行は考え込んだ。

続く

投稿時間:01/05/27(Sun) 07:51
投稿者名:きらきらぽー
Eメール:mamiko@grrrls.net
URL :
タイトル:LIFE 2
 「やっぱ、人が揃ったら鍋でしょう。コタツで鍋、あったまるぞ。」
昌行が無表情に言いながら、もくもくと支度を整える。
「もうー、坂本君ところ来ると必ず鍋だからなあ。」
快彦が苦笑する。
「僕なんか、しょっちゅう付きあわされてるよ、たまには快彦も一緒に食べてよ、なかなかいけるよ。」
博が微笑する。
「ひろしっ!つきあうってなんだあ?俺が遅くまでメシ待っててやってんだろ、感謝しろよ。」
昌行が博をにらむと博が首をすくめた。
「けど、今日、来るって言うのは誰だい?長野君の友達なんだろ?女の子?鍋合コン?」
興味津々の快彦。
「ン?なんのこと?」
「とぼけるなよ、博。俺も今日連絡貰ったぜ、ほら。」
昌行がファックスを博に投げる。

”こんにちは、長野博君の友達のゴウです。
今夜は長野君がお家昌行さんの美味しいお料理を馳走してくれるというのでとても楽しみにしています。では、また夜に伺います。ご招待有難うございます。
ゴウ”

そんな事がそのファックスには書いてあった。博はそのファックスを見て、天使の言っていたゴウという彼らの仲間の名前を思い出した。そうか、とうとう死の告知にあらわれるんだな、ファウストのようだな、博は心の中でつぶやいた。

 「こんばんは。」
玄関で、少し高めの声が聞こえる。
「おっ、現れたな。いらっしゃーい。」快彦が迎えに出た。「この家の主は俺だぞ!」昌行が文句をいう。玄関にはフワリとしたボリュームのある薄い色の髪、そして人を射るような瞳の全身黒ずくめの少年が立っていた。
「ゴウ、待っていました。」
博が迎える。この子が僕に死を告げるのだ・・・。
ゴウは無表情のまま、博を見上げた。

 「無口な人だね。」
快彦が興味深そうに、コタツに入って黙々と鍋をつつくゴウに言う。
「・・・・。」
「快彦、ゴウは寡黙な子なんだ、無理に話し掛けたりしないでね。」
がフォローする。
「うん、でもさあ、俺、長野君にこんなに若い友達がいたなんて知らなかったなあ。」快彦のおしゃべりはまだ止らなかった。
「俺も知らなかったけど、いつからの付き合い?」
人見知りがちの昌行も、酒がはいってやっと口を開いた。
「え、えーとー。」
博が苦笑し口篭もる。
「一年前からです。」
いきなりゴウがきっぱりと答えた。
「へえー、どこでえ?」
「極楽寺山で。」
場が凍った。極楽寺山とは、約1年前の博一家の交通事故の場所だ。一年前の極楽寺山、それは事故の日を意味するのではないか?
「ゴウ、それは・・・。」
博がちょっと困惑しながら言うと、
「俺はめったに嘘はつけない性分なんで。」
ゴウは相変わらずの無表情だった。
「ちょっと待てよ、じゃあ、お前はあの時一緒に車に乗っていたとでもいうのか?それとも、事故の原因を作り出したとか?!」
昌行が立ち上がって怒鳴る。
「いいえ、違いますよ。」
ゴウがサラリとかわす。
「はあ?じゃあ、君、何者よ。どこでどうやって長野君の友達になったの?あの事故の状態で?」
「正確には友達とは言えませんね、長野博君の魂は良く知っているつもりです。」
昌行と快彦の顔にクエスチョンマークが浮かぶ。
「僕は死神です。」
この言葉に博も絶句した。昌行と快彦に至っては、今の言葉が脳の中へダイレクトには入っていかないようだった。
「えー、死神って、なあにー。じゃあ、俺を迎えに来たってか?」
快彦が全く信じていないように笑い飛ばした。
「いいえ、貴方ではありません。」
「ま、まさか俺?」
昌行は冗談だと心に言い聞かせながらも、目はびくついている。
「いいえ、貴方でもありません。」
「じゃあ、博かっ!?」
昌行と快彦が同時に叫ぶ。
「然りともいえ、否とも言えます。」
ゴウが二人を見据えた。
「なんなんだ、そりゃ?」と快彦。
「長野博さんは死んでいた筈なのです。一年前。しかし、まぬけな黒髪の関西弁天使が、手順も踏まずにこの人を生かしてしまった。ですから、もう一度魂を頂く告知をしに来たのです。」
ゴウはニコリともせずに、淡々と話した。
「はあっ?何言ってんだあ?冗談もたいがいにしろよなあ。おい、博もなんとか言えよ。」
これは昌行。死神といわれた恐怖感も、異様な状態が広がる現実も、酒の良いで飛んでいったようだ。
「ゴウさん、貴方が死神だったとは・・・・。僕はあの二人と同じ天使と思いましたよ。」
博のこの言葉に、ゴウはニヤリと笑った。この部屋で初めての笑顔だった。天使に見えたのがよほど嬉しかったのだろうか。ポーカーフェイスを決め込んでいたゴウのはずだが、不覚にも笑みが漏れてしまったのだ。しかし、死神の微笑を見て再び恐怖を覚えてしまったのは、年長者の昌行その人である。はっと我に返ったゴウは、ゴホンと咳払い一つしてこう言った。
「期日は2月10日の夜7時です。出来ればこの時間の前後には体から魂が出られるようにしていただきたい。こちらにもその後の手順というものがありますので。もちろん、状況は我々がコントロールできておりますので、単に長野さんにはご覚悟をということですが・・・。」
この言葉に博は微笑みながら静かにうなずいた。
「なんだよ、まじかよ、おい、長野君もこんな事言われて笑ってるなよな、おい、お前、いいかげんにそういうくだらない事言うのやめろよ。」
快彦がゴウに掴みかかろうとすると、ゴウはそこから消え、一瞬で快彦の背後に立っていた。天使達をも驚かした死神ゴウの瞬間移動である。快彦の手は空を掴んだだけだった。
「なに、今の〜!やめてくれよお。ここ、俺の部屋だぜ〜。」
昌行はその瞬間移動を見てさらにパニックを起こしている。快彦も何度も目をこすり、自分の手とその空間を首をかしげて見直している。
「魂は戻ります。ほんの少しの間、魂をお借りするだけです。長野さんはすぐに生き返りますので、ご安心を。」
二人の様子を見ながら、ゴウは実は笑いをこらえていた。”人間ってこんなに楽しいんだなあ。でも、最後まで死神の威厳を保つぞ、笑いをこらえねば。”
「小僧、わかんねー事言ってんじゃねーよ。」
快彦はゴウに言い放つ。柔軟性を欠いた昌行はまだ凍り付いている。
「あなたがたには、もしかしたらお手伝い願うかもしれませんね。あの2人の少年天使たちより使えるかもしれません。長野さんのお友達だからこそお願いできるのですし。それと、一番大事なことは、長野さんの魂は必ず帰ってくるということ、それを覚えておいていただきたい。」
ゴウは昌行と快彦を射るように見て語った。
「・・・では、俺も忙しいのでこれで失礼します。」
ゴウが言うや否や、フッと消えた。
凍りついた鍋の食卓。博はうつむき、快彦は熱くなり、昌行は固まっていた。その固まっている昌行の背後にまたフッとゴウが現れ
「お鍋、ごちそうさま。」
と一言告げ、すぐ姿が見えなくなった。うひょひょという、不思議な笑い声だけをその場に残して・・。さぞかし、恐怖感が増したであろう、昌行にとっては。
 博は今の話をある程度飲み込めた、もちろん1年前に天使にあらかた内容を聞いていたからだ。快彦は半信半疑だった。昌行はまだ、状況をきちんと把握するまで至っていなかった。・・・が時が経つにつれ、この3人の誰もが、全てを覚悟できるようになっていく。それもそのはず、目の前で、死神ゴウが消えたり、出たりしたのを見たのだから。マジックでもイリュージョンでもなく・・・。

 死神からの宣告日まであと数週間。昌行も快彦もとても心配だった。時折博に大丈夫か、と尋ねる事もある。それに対し、博は必ず
「大丈夫、生き返るって言ったでしょ。ゴウが。」
と笑顔で答える。しかし、この笑顔がこの瞳が一番不安をかきたてるのだ、なぜなら、博の笑顔がまるで自分の本当の死を覚悟しているようだったのだから。死の宣告日まで、昌行は博の好きなラーメンを夕飯に用意しつづけた。

 しかし、現実は容赦の無いものである。上司から告げられる「予知」の仕事は増える一方だった。3〜5人が普通一日で頼まれる平均人数だったのが、今や10人は優に超える。さらに、会社自体に必要な「予測」も狂いの無いように、日々行われる。快彦は不安に思っていた、宣告日の博の死は過労死ではなかろうかと。

 一方、昌行の新聞社では、城島がミノリカワ商事について取材調査を深めていた。同期ということもあり、城島はある程度昌行に情報を教えてくれていた。不正な所得が多大にありそうだということ、そしてクルーズ船が2月にチャーターされ多くの会社外からの招待客があるということ。
「このクルーズって不気味やろ。ごっつ高いらしいで、参加費。なんか、宗教がらみっていう話も入ってるで。なんやろな。俺も取材費なんとか都合つけて参加しようか検討しとるんやで。」
城島が真剣に言う。”宗教・・・博の不思議な能力・・・まさか博?!”昌行はなんだか胸騒ぎがした。”今日にでも夕食のときに博に聞いてみよう。”

 「うん、2月10日はクルーズがあるよ。」
博はラーメンの湯気の向こうでニッコリと笑った。
「お前、その日は・・・確か例の・・・。」
昌行は箸が進まなくなった。なんで、こんなにも恐ろしい状況なのにニコヤカに微笑んでいられるのか、昌行には理解できない。
「うん、死神の宣告日だね。ひょっとしたらクルーズで船が嵐に巻き込まれるとか、沈んじゃうとか、なんかあるのかもね。昌行は来ない方がいいよ。ねえ、このラーメン美味しいね。尾道ラーメンって家で食べるの初めて。」
ズルズルとラーメンを食べる博に、昌行は何を言っていいか分からなかった。
「ま、他の人までたくさんなくなるって事は考えにくいよ。だって、予知したところ、その日にあのクルーズで亡くなる参加者はいないみたいだし。予知できないことは自分の事だけだから、そりゃあ死ぬのは僕しかいないよね。」
「お前はそれでいいのかよっ!」
昌行はとうとう噛み付いた。それも柔和な笑顔にうちけされてしまう。
「いいよ、大丈夫。だって、知ってるでしょ、昌行。僕の魂はまた戻ってくるって。信じようよ、あの死神君をさ。・・・いやー、美味しかったよ。ごちそうさま!」
博の自分の死に関する言葉を昌行はどうも薄っぺらく感じてしまうのだ、本当の死を覚悟しているその瞳が昌行を不安にさせた。
「あのなあ、俺、心配してるんだぜ。」
食器を洗い始める博の背中に向かい、昌行が大声を出す。博はただ、大丈夫、と微笑むばかり。とりつくしまもなかった。

 2月10日、クルーズの日がやってきた。快彦は何とか船に潜入する事が出来たが、直前に快彦にかかってきた携帯によると昌行はどうしても行く事が出来ないようだった。関係者以外はチェックが厳しかったのだ。快彦は、博の口利きでなんとか乗れたのだ。
「あの死神の言った事、本当なんだろうか。いずれにせよ、親友の運命がかかっているんだ、全てを見定めたい!」快彦は胸の中で叫び拳を握った。
午後6時半、船は予定通り出航した。

 「おー、おー、VIPばかりでんなあ。」
サングラスにタキシードの男が快彦に話し掛けた。城島と昌行だった。裏ルートでクルーズに参加できる事が決まった城島を拝み倒し、昌行も同行する事が出来たのであった。
「来られないかとおもったぜ。」
快彦が安堵の声を漏らす。
「心配かけて悪かったな。」
坂本が低い声で快彦に言う。
城島の言うとおり、参加者達は時折経済紙で見かけるVIPが多く、その様子からして他の人間達も財界の大物やその家族だろう。社長や役員達とグラスを傾けて談笑している。快彦は、それよりも博から目が離せなかった。博も何名ものVIP連中に取り囲まれていた。あいかわらずニコヤカに微笑んでいる。どうやら、博に予知をしてもらった人々らしい。「先生、ありがとうございました。」「先生、私達の今後はどうしたらよろしいのでしょう?」などと言う会話が漏れ聞こえてきたからだ。
「”先生”やて、なんや、あの中心に居る人が噂の宗教家だかなんかかいな。」
城島が言った。
昌行と快彦は顔を見合わせた。人から見れば、正確な未来を予知する博は、神にも等しい能力者であろう。そこには宗教にも似た盲目的な長野崇拝があってもおかしくはない・・・。
「・・・!おい、坂本!あれはあんさんの従兄弟やないか!従兄弟の博さんが教祖かなんかだったんか?なんで教えてくれへんかったんや?!」
城島が、自分が狙っていた宗教家が博だと気づくのは、すぐだった。
「俺だって、わからなかったんだよ、城島。博は利用されているだけだ。何も知らない・・・。」
坂本がうめくようにつぶやく。

 快彦にもやっとわかった。これは「予言者長野博と楽しむクルーズ」なのだ、クルーズの参加料金が昌行に聞いたような莫大な金額。これは、そのような内容であるからこそ、要求できる金額なのだ。このクルーズに参加すれば、予言をたくさんして貰える、また、崇拝する予言者長野博と共に時間を過ごす事が出来る・・・、今までその予言の恩恵に与り且つ予言をする長野に畏怖さえ覚えた人間なら、そのくらいの金額は惜しくはあるまい。
 ”この事を長野は本当に知らないのだろうか。聡明な長野だ、うすうすは気づいているんだろう、だからこそ自分の死をもって会社ぐるみのこの悪事を終わらそうとしているんじゃないか?”坂本もそんな風に考えている時、快彦がささやいた。「あと、2分で7時だ。宣告時間だぞ。」昌行は我に返り、博を目で追った。博はデッキに出るところである。昌行はそれを追った。やっとデッキの近くの出入り口に来たときだった。博と目が合う。博が昌行に微笑んだ。船が大きく揺れた。ほんの一瞬の出来事だった。あっというまに博が海の中に消えていった。微笑みながら、まるで海に吸い込まれるように・・・。いや、誰かに海へ招かれるように、死神の誘いか、天使の呼び声か・・・。

・・・・”なみの下にも都のさぶらふぞ”
    なぐさめたまひて
    ちひろの底へといり給ふ・・・・・
ふとそんな声が昌行の耳に聞こえた。誰だ・・・。そらみみか・・・?

「長野君〜〜〜!!!」
快彦が叫ぶ、昌行は身を乗り出すようにして博の落ちていった海面を見つめる。
そこには何も変わった事はなかった。この数分の出来事などまるで何もなかったかのように、海面にはいつもと同じく小さな波が続いている。
昌行も快彦も、深いため息をついた。本当に信じていいのだろうか、あの死神ゴウの言う事を・・・。博は返ってくるのだろうか・・・・二人は同じ事を考えていた。博が落ちた事がすぐに知れたのだろう、船上は既に恐慌状態だった。

続く

投稿時間:01/05/27(Sun) 07:54
投稿者名:きらきらぽー
Eメール:mamiko@grrrls.net
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タイトル:LIFE 3(完結)
”あれ、僕は・・・”
その頃、博は空の上にいた。正確には博の魂が、空中に浮かんでいた。
「ひろしー、おひさやなあ。」
天使ジュンイチが博の魂の横に居た。
「天使さん、これでよかったの?」
パニック状態に陥っている船の状況を見ながら博は尋ねる。博は、悲嘆に暮れる二人の大事な友人を悲しそうに見つめていた。あんなに悲しませて、これでよかったというのだろうか。
「大丈夫や。言うたやろ、博の魂は戻れるって。ほんの一時のことやから、我慢してや。」
ジュンイチは博を元気付けるように言った。
「いや、僕の事よりも、周りに迷惑をかけたんじゃないかなって。」
悲しそうに船の上の人々を見つめて言う博。
「ひろし、ほんまええヤツやなあ。」
ジュンイチは大きな瞳を輝かせて呟く。
「ま、あとはゴウ達にまかせときや。事が順調に行けばすぐ戻れるんやから。博の魂は俺たちが丁重にあずかるで。」
このジュンイチの言葉に博は伏目がちにうなづいた。

 博の魂には船の上で起きる様々な事がめまぐるしいスピードで知ることが出来た。時間の流れが魂の状態になると全く違った。予知能力を持った肉体を持つ博の上体以上に、魂のみとなった博には空間と時間を超えてある程度ものが見えてくる。いや、目も耳もないのだから、感じられると言う方が正しいのかもしれない。
・・・潜入していた城島と、実は同様に会社に疑惑を持っていた他社の記者達が、フラッシュをたく。
・・・船が再び港へ向かい、会社の役員達が慌て戸惑っている。
・・・参加者たちの泣き悲しむ声。
・・・ライトが海面に沢山あてられ救命ダイバーの数名が飛び込み捜索をしている。
・・・”ミノリカワ商事の裏の顔、長野博氏事故行方不明ーかの裏所得疑惑に関与か?”という見出し記事が一面トップの新聞が印刷される。
・・・そして、昌行と快彦のつらそうな顔。
時空を越えて全てが博の魂に感じられる。心配しないで欲しい、僕はここにいるのだから、と思ってもその思いも、声も誰にも伝わらない。これが肉体のないということなのか、博は実感した。

 数時間たったが、博の体は海から見つかる事はなかった。昌行と快彦は深夜まで港で捜索を見つめていた。肉体がなければ博の魂が戻れないじゃないか・・・二人はそう思ってかたずを飲んでダイバーの一挙手一投足を見守っていたのだ。
「だめなのか・・・。」
昌行がうめくようにつぶやく。
「まさか・・・やめてくれよ、体があがらないなんて・・・。博が生き返るって言うのは嘘なのか?!」
快彦が叫んだ。すると背後からいきなり高めの少年の声がした。
「今博さんの体が見つかる見つからない、というのは彼の魂が戻る事とは無関係ですよ。24時間後には必ず生きた状態で見つかる事になっていますから。」
二人は振り返った。そこには上目がちに昌行たちを見上げる薄い栗色のストレートヘアの少年が立っていた。
「驚かせてごめんなさい、昌行さん、快彦さん。お二人の事はゴウから聞いて知っています。博さんのことでは本当にご迷惑をおかけいたしました。ごめんなさいね。僕の指導不足で担当の天使が事故時にミスを犯したのです。」
少年はとうとうと語りだした。昌行はついていけないという顔をして、
「ちょっと待て、お前は何だ?ゴウって、あの鳥の巣頭の”死神”って名乗った坊主だよな。それに天使の指導?お前自身も天使だっていうのか?」
と少々どもりがちに怒鳴る。快彦も、それが尋ねたい事の一部だったらしい。横でコクコクとうなずいている。
「ごめんなさい、僕の事もゴウから聞いていると思っておりましたのに。申し遅れましたね、僕はケンといいます。一応天使です。羽は、皆さん人間の前に姿を現すときは消しておりますので、あまり天使に見えないかもしれませんが。」
少年はにっこり笑った。笑顔が子供のようで、精神的に参っていた二人の心をほんの少し和ませる。その少年、天使ケンは続けた。
「博さんの事故の時に立ち会っておりました。僕は博さんのお父様の魂を天へお連れしました。そして後輩の天使ジュンイチがお母様の魂を担当しました。本当はジュンイチは博さんもお連れする予定だったのですが・・・。」
天使ケンの続けた話の内容は死神ゴウの以前語った内容と同じだった。
「さて、ゴウから聞いていると思いますが、これからお二人に手伝っていただこうと思います。」
ひととおり話し終えるとケンは真面目な顔になり、博の魂を戻すために重要になる手順を語った。それはなかなか難しく思える計画であった。24時間以内に行わねばならない・・・。

 「よろしいですね?」ケンは二人にきつく言い放つ。
「おい、それで必ずうまく行くのか?」
昌行は精神的にぎりぎりの状態で話された計画だっただけに、不安を隠し切れない。
「全てはあなた方の博さんを思う気持ちにかかっています。快彦さんの役回りも重要ですよ。」
「そうだな、なんにせよ、俺たちがやれることは何だってやってやる!」
熱くなっている快彦の言葉に、ケンはにっこりと答える。
「心強い事です。さあ、あと24時間を切っています。計画を成功できるよう頑張ってください。」
そして、二人に輝く羽を1枚ずつ渡した。

 2月11日。某一流ホテルの一室。そこには快彦がいつもと打って変わって大真面目な顔でソファに座っている。彼の前にはミノリカワ商事の専務とその秘書がいた。
「さて、井ノ原君、君が同僚の長野君が海に落ちる前に、同じ能力を継承したというが、それは本当なのか?」
専務がいぶかしげに尋ねる。
「ええ、本当ですよ。間違いなく。」
快彦が静かに答える。これがケンから言われた計画だった。快彦が博の力を継承したと、専務に昨夜のうちに電話をしたのである。すると、すぐ翌日此処へ呼び出され、話をする事となったのだ。
「例えば、V社との取引ですが・・・。」
快彦はケンから昨夜貰った羽をポケットの中でそっと握り締めた。羽は昨夜のようにうっすらと光り輝く。すると、頭の中に取引の場面、書類の内容など、ありとあらゆるものが念じるだけで、浮かんでくる。快彦は頭の中に浮かぶイメージをそのまま専務に伝える。
疑っていた専務と秘書の女性の表情が徐々に変わってきた。どうやら、信じ始めたようだ。
「なるほど、確かに長野君の能力に酷似しているな。」
専務がソファに深く腰掛けた。秘書はコーヒーの用意を始めた。
「しかし、専務。どうやら、長野博の能力は私だけが持っているのではなさそうです。実は彼の従兄弟の坂本昌行も継承しているようなのです。」
快彦は専務にヒソヒソと耳打ちした。もちろんこれも計画の一環である。専務はそうか、とうなづいた。

 その頃ロビーでは昌行がいた。腕時計をちらりと見て、タイミングを合わせたように座っていたソファーから体を起こした。周囲を瞬間的に注意した後、神妙な顔でホテルの内線専用電話へ向かい、2001号室をコールした。

 プルルルル、プルルルル。2001号室の電話が鳴る。
それは坂本からの電話だ。
「なに、今そこに?わかった、すぐ行くからその場で待っていてくれ。」
専務はその電話にこう答えて、快彦達にすぐ戻ると告げて、部屋を出て行った。
部屋には快彦と秘書だけが残された。沈黙はすぐに破られた。秘書からだ。
「あなた、本当に予知が出来るようになったの?」
「ええ。ですから、もちろん、専務と、あなたのお二人の事も、とっくに見させていただきましたよ。」
快彦はニヤリと笑い続けた。
「あなたも随分ワルですね。」

 同ホテルのロビーでは、昌行が内線専用電話の前のソファに腰を下ろしていた。エレベーターからお待ちかねの中年男性が出て来るのをみつけ、ゆるりと立ち上がり、手で合図をする。
「待たせたな、私がミノリカワ商事の専務の、」
専務が昌行を見つけ話し掛けると、それを遮るように昌行が口をひらいた。
「存じております、博から聞いて。専務も私の顔はご存知ですよね、何度かお会いしていますし。」
「ああ、だからすぐに分かった。で、用件は?」
「博が海に投げ出された時から、なぜか人の未来が見えるようになったのです。」
先ほど快彦からその事を告げられていた専務は大して驚きはしなかった。その様子を見ながら昌行が続ける。
「博は専務に大変お世話になったそうですね、残念ながら博はまだ海から見つかっていません。多分、もう還らぬ人となっているのでしょう。ですから、博の代わりにご恩返しと言ってはなんですが、専務の未来を見させていただきました。」
「・・・な、なに?!」
専務は驚いた。彼自身の未来を、博に見てもらうことは何度か有ったが、ある理由からここ何ヶ月かは見てもらうことはなかった。昌行が何を見たのか、恐怖を感じ、専務は青ざめた。しかし、それには構わず昌行は続けた。
「専務、あなた、ご自分が幸せになろうと随分気をお遣いになったようですね、確かにその計画は着実に上手くいっているようですが・・・。なにか、お忘れではありませんか、あなたの忠実な右腕があなたの利益を狙っているようですよ。」
昌行がニヤリと笑う、その笑みは2001号室の快彦のそれによく似ていた。。
「何を根拠に・・・。」
専務のこめかみに汗が流れる。
「それは私が予知能力を継承しているからですよ、ほら、あのエレベーターを見てください。これから20秒後、12階、10階、6階を経由してロビーまで降りてくるはずです。そして降りてくるのは若い男女のカップルと小さな子供が3人のはず。」
昌行の後ろの手に握っている羽がぼんやりと光った。エレベーターの階数を示すインジケーターの点灯が長いのは確かに12階、10階。そして6階でのゆっくりとした点灯の後このロビーにエレベーターは直行した。ドアが開くと、若い男女のカップルと3人の小さな子供が専務の視界に入った。まさに、この時、昌行の言葉どおりになり、専務は彼の言葉を信じざるを得なかった。
「坂本君!では、私の右腕と言うのは、あいつだな!あいつが私の金を横取りしようとしているのか!」
昌行はうなずいた。専務は急いで自分の部屋2001号室へ向かい、エレベーターに乗り込んだ。

昌行と専務がロビーで落ち合った頃、2001号室では、快彦と秘書の会話が続いていた。
「あたしがワル?どういうことかしら?」
「とぼけるなよ、君、専務が寝ている隙に、あの金をとって高飛びしようとしていただろう?偽造パスポートまで作って凄い用意周到。女は怖いなあ。」
快彦が、語調をきつく続ける。
「すまないな、俺は睡眠薬入りのコーヒーは嫌いなんでね。」
嘲笑するように快彦は先ほど秘書が用意していたテーブルの上のコーヒーを指差した。
「そ、そんなもの入っていないわよ!」
しらをきる秘書。
「じゃあ、飲んでみろよ、君が。」
快彦がフフンと笑う。
秘書は見抜かれていたことに恐怖を覚え、快彦の能力を信じずにはいられなかった。”この人は長野博の能力を本当に継承している!”
「君の事ばかり見ていたわけじゃないよ。素直な君に1つ忠告。」
快彦がソファーから立ち上がった。
「どうやら専務はもともと、あの金を独り占めしようとしていたのさ。君になんて一銭もやらずにね。なんて、ただ働きだったんだろうね。今までの苦労が水の泡・・・。残念だったね。」
秘書の顔が怒りで紅潮した。微かに体も震えている。
「じゃ、俺はこれで失礼するよ。」
快彦はその場を立ち去った。

 昌行はロビーでタバコをふかしていた。エレベーターから降りた快彦は、すぐに昌行を見つけ彼の前のソファに腰を下ろした。
「首尾は?」
昌行がタバコを灰皿に軽く打ちつけながら、快彦に尋ねる。
「上々。」
快彦が無表情に答える。
ケンに言われた作戦はこれで終了だった。軽い疲労感を彼ら二人は共有していた。ゆらゆらと立ち上る昌行のタバコの煙。それをぼんやりと見つめる快彦。
ふと、思い出したように昌行が携帯を取り出し誰かに電話する。相手が出ると、坂本は言った、
「城島、特ダネだ。事に真相が判るぞ。Tホテルの2001号室、7時過ぎ・・・」

 2001号室。金に目がくらんだ男女が争っている。口汚くののしりあう二人、専務と秘書。
「なさけねーなあ。」
それをじっと見つめていたのは、死神ゴウである。もちろん、ゴウの姿は専務と秘書、彼ら二人には見えない。ゴウは、来るべき目の前の醜い命の終焉を待っていた。快彦が部屋を出た後、秘書は例のコーヒーと専務の良く飲むホテルのミネラルウオーターの入った水差しに青酸カリを混入していた。頭に血がのぼっている専務が悪びれた風もない秘書を撲殺する可能性。そして、午後から何も飲み食いしていない専務がそのコーヒーかミネラルウォーターに口をつける可能性。どちらにしても、ゴウの手には魂が手に入ることになっている。ゴウは窓近くに浮かび、それを待っているのだ。もちろん、普通の人間には特殊な場合を除いては死神や天使は見えない。
「俺に見られてるとも知らないで、無様なもんだな。まあ、愚かしい人間よ、勝手に争ってくれ。」
ゴウはつぶやいた。

 あと2分で7時、ゴウはもうすぐだな、と待ち構えていたその時だった。
「ゴウ君!ゴウ君!その喧嘩を止めてくれ!」
という博の声がゴウの耳に届いた。ふと背後の窓を見ると、窓ガラスを叩く博の魂と、それを止めようとする天使ジュンイチの姿があった。
「おい、お前ら何してるんだよ。」
ゴウは驚いて聞いた。
「ごめんなー、ゴウ君。この人あかんわ。その人たちの喧嘩の声聞きつけて、ここに来ちゃったんだよ。なんか、喧嘩止めたいらしくって。」
ジュンが、博の魂を引っ張ってへとへとになりながら答える。
「ったく、この喧嘩が止んじまったら、どうなるかわかってるんだろうな、こいつらの魂を持っていけないって事はさ、」
ゴウが不愉快そうに怒鳴る。その言葉に反応して博の魂が言う。とうとう、窓を越えて室内にジュンイチと博は入り込んでしまった。
「え?!なに、専務と秘書さんが亡くなることになっているの?だめだよ、そういうの!」
博にもその状態が見えるのだ。
「簡単に人が死んでしまうのは、いけないことなんだよ、ゴウ、わかってるの?」
博が叫ぶ。
「長野君、それ、死神にいう言葉かよっ!」
ゴウも負けてはいない。
長野の心の中に会社の頃の思い出が蘇った。
・・・両親が亡くなった頃、平社員の僕に、とても気を遣ってくださった専務。
・・・残業のとき、よく差し入れを持ってきてくれた秘書さん。
楽しかった、みんな優しくしてくれた、幸せだった、みんなに支えられて僕は・・・。
「とにかく、やめろ、やめてくれゴウ!」
博は叫び、死神の持つ命のスケジュール帳を破り捨てた。
「ばかやろー、どうしてくれるんだ!」
ゴウが慌てる。
「やめてや、ひろし。それやってもうたら、おしまいやで。あんさん、生き返れないで!」
ジュンイチも叫ぶ。しかし、博の魂は専務と秘書の間に入り込み、大きく光り輝いき、次の瞬間はじけ飛んだ。

 明け方の病院。薄暗い病室の中。
「・・・というわけで、専務も秘書も死ぬ事はなかった。」
天使ケンが昌行と快彦に、昨夜の一件を伝えた。ジュンイチもケンの背後に立っていた。昌行たちにとって、ジュンイチは初めて見る天使だったが、ゴウやケンから聞いていたので、それほど違和感はなかった。ジュンイチは泣いていたのか目が赤かった。天使も泣くのだろうか、快彦は思った。
「だから博の魂は戻らないのか・・・?」
昌行がきく。一年前と同じ、集中治療室の中には博が横たわっている。奇跡的に、近くの岸壁で釣り人に見つけられたのである。しかし、意識が戻る事は万に1つ。いわゆる植物状態に陥ってしまっていた。肉体はここにあるけれども、魂は宿っていないと言うのだ。
「今、すぐに・・・というのは難しいでしょう。」
ケンは残念そうに答える。
「なんでだよ、俺達、お前が言ったとおりうまくやったのに!」
快彦が病室の壁を叩いた。
「・・・すみません、力不足で・・・。」ケンは言った。
「けれど、長い時間はかかると思いますが、きっと魂は戻ります。ゴウもそう言っていたし・・・。」
どうしても、この辛い雰囲気は変えられないでいた。
 
 その頃、病院の玄関に朝刊が配られた。ゴウが現れ、それを昌行たちに差し出した。一面には専務の顔写真が載り、彼が博の予知の代金として高額な金額の多くを独占しそれを隠蔽していた事、またそれを利用して政財界との癒着があったことなどが書かれていた。昨夜のうちに逮捕されたとのこと。秘書も事情聴取中ということもわかった。博は、周囲の誰が命を落とす事も許せなかったのである。
 確かに専務と秘書の二人を陥れたのは、昌行と快彦である。初めの計画では、この二人の少なくともいずれかは命を落とすはずだった。自分達が彼らを死に追いやる、それは少なからず昌行と快彦の気持ちを暗くしていた事は否めない。もし、計画がうまくいき、長野博がこの段階ですぐに戻ってきたとしても、多分昌行も快彦も心のどこかに重荷が残ったような気がしていた。博の魂が、専務と秘書を救ったのは、昌行と快彦をも後悔の残る可能性のある人生を選択させずに済んだということでもあった。二人は親友の深いいたわりの心に感じ入った。

 「折角俺が計画してやったのにな。」ぽつりとゴウが言う。
昌行たちはおもむろにゴウを見る。以前の鳥の巣のような髪型ではなく、所々外巻きのウェーブがかったメッシュになっていた。その髪を少しかきあげつつ、ゴウがまたボソッと言う。
「時間はかかると思うけど、俺も長野さんの魂が戻れるように努力するから。」

目を真っ赤に泣き腫らしたジュンイチも言った。
「死神さんが約束してくれるんやから、大丈夫や。ひろし、ええヤツやし、こんな早くに天に来てしもうたら、もったいないわ。はよ、人間の世界に戻したる。俺も協力するで。」

 その場の者達はみな、横たわる長野を見つめた。絶対かえってくると言っていた彼を思い出す。

「そうだよな、待とう。きっと博は帰ってくる。」
昌行は夜明けの空を見つめて言った。どんなに長い夜でも、必ず夜明けがやってくるように、きっと今の辛い状況もきっと好転するに違いない。そう、昌行は思った。


 長野博の魂は、時空を越えて飛んでいた。飛びながら様々なものを感じた。
あるときは大地を、海を、宇宙を、太陽を、惑星を、彗星を、地球の始まる瞬間を、大気の誕生を、生命の誕生を、星の爆発を、木々のざわめきを、砂漠を、恐竜を、流氷を、火山の噴火を、人の誕生を、種の誕生と滅亡を・・・。時を越え、空間を越え、魂は浮遊した。己の人間であるときの記憶は薄れていた。ただ、時空のあいだを彷徨っていた。
 どのくらい彷徨していたであろうか。長野博の魂が何かの声を感知する、そして意識下に目覚める何か。
それは
自分は一定に流れる時間の中を生きていた事。
自分は一様に固定される空間の中で生きていた事。
生きるとは、何か。何かの語りかけから、長野博の魂の浮遊が止まる。自分の人間としての意識が蘇る。
”・・・って、長野君”
”・・・戻って、長野君”
”・・・時間だよ、戻って、長野君”
”・・・帰る時間だよ、戻って、長野君”
”自分自身に帰る時間だよ、戻って、長野君”

 長野博は病院で目覚めた。瞳が開き、魂の彷徨が終わるのを確認する。魂が肉体に戻ったのだ。自分が海に落ちてからどのくらいの時間がたったのか、全く判らなかった。1日?数週間?数ヶ月?それとも・・・。博は考えた。
 見回りに来た看護婦が博が目覚めているのに驚き
「先生を呼ばなきゃ、それと坂本さんに連絡を!」
と慌しく出て行った。坂本・・・従兄弟の昌行のことだな、とはっきりわかる。意識にはもや1つかかっていない。それほど時間はたっていないのだろう・・・、と博は思っていた。

 いくつかの検査を一通り終えた、どれも問題がなかった。目覚める可能性が皆無に等しかったのに、まさに奇跡、と医者は驚いていた。中には感涙する看護婦もいた。そして車椅子で自分の病室に入ると、昌行と快彦がそこに居た。外見がかなり違っている。
「おかえり、博。」
「長野君、よかった、俺、待ってたよー!長かったよ、この12年!」
そう、あれから12年の月日が流れていた。博は、涙が出た。
”12年もの月日をこの友人達は待っていてくれたんだ。ごめん、そしてありがとう・・・。”

「退院したら、上手いラーメンおごってやるからな。お前の部屋もそのままだぞ。」昌行が笑う。
「あ、昌行の鍋皆で食べるのもいいかも。また、ゴウとか呼んでさ。」快彦がニッと明るく笑った。
博も笑顔になった。12年ぶりの博の笑顔だった。昌行も快彦も胸が熱くなった。
博はゴウやケン、ジュンイチが居るであろう窓の外の空を見つめた。
”いつまでも感謝するだろう、この友人達とあの不思議な死神と天使たちに・・・。そして、いつまでも忘れないだろう、生命の尊さを・・・。”
時は3月、木漏れ日がまぶしく病室に差し込んでいる。暖かな日々の訪れはもうすぐである。





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