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一 括 講 読

投稿時間:01/02/14(Wed) 18:18
投稿者名:きらきらぽー
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タイトル:きらめく日々とバレンタイン 前編
「ただいま!」
大きな声で、玄関の戸を開け、学生カバンをドンっと廊下にほうり投げる。彼は森田剛、中学1年。埼玉にある小さな市の外れに住んでいる。時は2月に入ってすぐ、この年は暖冬といわれていたはずなのに、意外に寒かった。
「うーっ、さっみー。早くコタツに入るぜー。」
コートを脱ぎ捨て、学生服のまま、居間へ向かうと、母親(鷲尾真知子)ともう一人の客と思しき人物が先にコタツに入っていた。
「お帰り、剛ちゃん。」
母親がにっこりと笑う。剛は、母親の『剛ちゃん』という呼び方が嫌いである。”そんな子供じゃねーよ”と心の中でよく思っていた。
「あ、お客さん・・・と思ったら、寿司屋の光浦靖子じゃねーか。なんで最近うちによくいるんだよ!」
剛が露骨に嫌そうな顔をする。光浦靖子、彼女は剛の一家が最近よく利用する回転寿司屋の店員である。その店は剛の住む市の中心部に、最近出来たもので、評判は上々。30皿食べると、タダ、というのが売りで、中学生の剛は頑張っているのだがなかなかそこまでたどりつけないでいた。
「あら、御馬鹿な剛君が帰ってきたわね。ちゃんと勉強してる?」
光浦は剛の母の前でもはばかることなく嫌味を言う。実際のところ、光浦と剛は犬猿の仲である。
「うるっせーよ、このブース!」
剛も負けずに言い返す。
「これっ!剛ちゃん!そういう事を言ってはいけません!」
母に注意され、ちょっとひるむ剛。仲の悪い光浦が先に居間にいてコタツに入っていたのもあって、彼は同じコタツに入る気を無くしていた。光浦は剛にブスと言われ、憤慨して眼鏡をかけなおしている。
「お、俺、やっぱり今日、三宅健のうちで宿題するわ。夕方には戻るから。」
剛は居間の戸を閉めようとすると、母がこう言う。
「あら、そう?健君のところね。そういえば、あなた、目の検診、今日行っておいたら?健君のところだったら通り道でしょ?眼鏡屋さん。」
剛は目が少し悪かった。以前は総合病院の眼科に通っていたが、最近は評判の良い眼科が附設した眼鏡屋で検診をうけ、視力を矯正している。母はゲームやテレビで、目が悪くなるのを恐れ、定期的に通わせ、レンズも交換していた。
「あー、めんどくせーなあ。」
剛が少し口をとがらせる。母親の心配をよそに、剛は授業中以外は眼鏡を余りかけなかった。そのせいか、大変目つきがきつく、人をにらんでいるような印象を与える。
「あ、眼鏡屋さん行くんだったら、私も近くだし、一緒に途中まで行ってあげてもいいわよ。」
光浦がフフンと笑いながら言う。どうも、光浦の眼鏡も同じ店で買ったらしい。寿司屋と眼鏡店は目と鼻の先にあったので、通いやすかったのであろう。
「あら、来たばかりなんだから、もっとゆっくりしていきなさいよ。」
母が、席を立ちかけた光浦をたしなめる。
「お前となんて一緒に行きたくねーよ。」
戸をピシャリと閉めながら剛は憎まれ口を残して去る。居間では”失礼ねー、覚えてらっしゃい、今度あんたのニギリにはシャリ多め、ネタ少な目にしてやるから!”という光浦の大声が響いていた。


 「なんで、光浦、最近うちによく来てるんだろ。かあさんと気が合うのかな、やめてほしいぜ、ったくよー。」
剛は健の家の方向へ自転車を走らせながら、独り言を言っていた。光浦の勤める寿司屋と友人の健の家はすぐ近く。そして、この街で一番便利な大型スーパー『伊東屋』も近くにあり、健の家はとてもロケーションが良い。剛の家は最近開発された、国道沿いの建売住宅地の中にあるので、商店が多い街中からはかなり外れていた。店へ行くのには自転車で10分はかかる。母親もマイカー族で、彼女の運転がなければ駅へ行くにもかなり不便になる。剛は飲食店や大型スーパー『伊東屋』の近くに住む健を、何度うらやましく思ったか知れない。
「そういえば、眼科に寄れって言ってたな。しかたねえな。」
いつのまにか、街の中心部まで来ていた剛は、交差点で右手に見える眼科の入ったその大型店舗『伊東屋』を見て呟く。剛の通う眼科は、この4階建ての『伊東屋』の3階に入っていた。その眼科は『伊東屋』内にあるので、日常の買い物も一度に済ませられるので、剛の街では割と流行っている。さらに、もっと流行る要因には眼鏡売り場の店員が二十歳そこそこと若くハンサムで優しいというのもあるのだろうと、剛は推測していた。


 「あ、剛君、いらっしゃい。目の調子はどうや?」
その眼鏡売り場へ入ると、剛はすぐに例のハンサムな店員・岡田准一に声を掛けられた。もう1年近く通っているので、よく覚えられている。剛は人見知りするタイプなので余り無駄な話はしないのだが、岡田は営業スマイルでたくさん話し掛けてくる。岡田は目が大きく美しいので、眼鏡店の店員としてはうってつけだろうと、剛は頷きつつ、彼の質問に答える。
「あ、まあまあですけど。検診に来ました。」
岡田さんはルックスがいいよな、と剛は心の中で思いながら、診察券を岡田に渡す。岡田は口角をスッとあげて笑い、奥の眼科の受付にいる看護婦・渡辺えり子へ手渡しにそれを持って行った。剛がその間、店内を見ると、今日も女性の客が多い。気付くと並外れたスタイルを誇る叶家の姉妹も来ている。”こいつら岡田さん目当てだろうな・・・。”剛は、心の中でバカにしつつ、奥の眼科へと進んだ。看護婦の渡辺えり子は保険証を提示するように剛に言い、今日はコンタクトを作る患者さんが少ないからすぐに終わります、とにっこりと笑った。


 「よかったじゃん、目、特に悪くなってなくて。」
健はニコニコと笑って、剛の頭をくしゃくしゃっとなでる。
「剛、あまり、眼鏡かけてないから、悪くなってると思ってたよー。」
検診はすぐに終わり、ここは健の家。剛は、今日の眼科での検診の事を話していた。
「僕、目がいいから、よくわからないけど・・・、剛、もっとちゃーんと眼鏡かけてないと、目が今より悪くなっちゃうんじゃないの?」
健が少し心配そうに剛を見る。
「うるせーよ、眼鏡なんかかけてるとカッコ悪いじゃねーか。授業中だけで充分だよ。そんな事心配してくれなくてもいいからさ、お前、俺の宿題の心配してくれよ。ドリルの問題、明日までって速井先生言ってだろー。」
と、けむったそうに言いながら、剛は健のノートをとる。
「あ、やっぱりねー、僕のところに来る理由なんて大体そうだよね。宿題写すときばかりだもんね、やなこった。」
健がプイッと横を向く。
「おい、つれないこと言うなよ、今度面白いゲーム貸してやるからよー。projectV6っていうヤツ。頼むよ、健ちゃん。速井先生、宿題忘れると、大袈裟に怒って廊下掃除とかさせるじゃん。やだよ、俺。この前ラジコンもとりあげられたし。結局速井先生自分で遊びたかっただけみたいだけどさ。ねーねー、お願い!見せてー、ノート。」
剛が言うと、健はしぶしぶノートを開いて、宿題の書いてある箇所を指差した。
「うひょひょひょ、持つべきものは賢き友人。」
剛は当然というように、サラサラと、宿題を写し出した。


 あくる日、学校では、女子がなにやら騒がしかった。剛は多少、クラスの女子のその騒ぎようが気にはなったがまずは健を探した。
「あ、健。昨日はサンキュ。助かった。」
剛がニッと八重歯を出して笑いながら、健に話し掛ける。
「どーいたしまして、で、ゲームは持ってきてくれたの?」
健が目を輝かせる。
「あ、わりー、忘れた。」
剛が悪びれずに言うと、健がプーッと頬を膨らます。
「もう、これだから!いやだよねえ。」
「わりいわりい。じゃあさ、今日、健の家に持っていくからさ、勘弁しろよ。」
剛がウインクした。健がそれならば、と表情が緩む。
「な、けどさ、なんなの?この女子のもりあがりようは。」
剛が話を変えるように健に言う。それを聞いて呆れたように健が答える。
「来週バレンタインだからでしょ。この連休にチョコ買いに行ったり、そういう算段してるんでしょう。」
なるほどね、と剛は思った。剛にとって残念ながらバレンタインは殆ど関係ない行事である。母から義理チョコをもらう位のものである。もらえない男のサガか、毎年、嫌な気分になるのもこの日である。今年もそんな時期か、と思いつつ話を健にふる。
「健、お前、去年何枚貰った?」
この問いに、慌てふためき赤くなる健。
「なんだよ、今さら。知ってるはずでしょ?剛と同じだよ。」
その答えに満足したのか、剛がつぶやく。
「お互い寂しいよな。今年も結果は同じって感じだよな。」

 ふと、周りを見渡すと、クラスの女子は2年生の生徒会役員にあてたラブレターやプレゼントを見せ合っている。生徒会の役員はなぜか毎年モテるようだ。坂本昌行生徒会長を筆頭に井ノ原快彦副会長、長野博会計・・・。剛は、あるところにはあるんだよなあ、チョコレート、とため息をついた。


 家に帰ると、また、昨日と同じ家族で無い者の靴が玄関にあった。
「また、光浦靖子じゃんよ。」
チッと舌打ちしながら、剛がつぶやく。
「なんだって、お前毎日来てんだよー。」
剛はガラリと居間の戸を開ける。
「来てちゃ悪いの?」
昨日と同じようにコタツに入っていた光浦はフンッと横を向く。
「ワリーよ。俺、お前来てるとむかつくし。」
剛が光浦をにらむ。母親がそんな喧嘩する二人を止めた。
「まあまあ、二人とも。それに剛ちゃん、光浦さんはね、大事なお話をママとしているのよ。邪魔しないでね。また、健君と遊んでくればいいじゃない?」
「へえー、剛君は、いつも男の子と遊んでるんだねー、彼女いないんだねー、かっわいそーに。それじゃバレンタインも期待薄いよね。」
光浦が攻撃してきた。その「バレンタイン」という言葉は今の剛にとっては聞きたくないものであった。
「うるせーなー。どうせ、お前なんてあげる相手もいねーくせに、俺にばっかりくだらねーこと言ってんじゃねーよ。」
剛が言い返す。
「あたし、大丈夫だもの、素敵な人いるから。あんたこそ貰えないくせに強がっちゃってさ、ばっかみたい。」
光浦が余裕の微笑をした。剛はカチンと来て再び口を開く。
「おーおー、上等じゃねーか。俺だって貰えるんだよ、チョコの一つや二つ。」
「へー、じゃあ、今度そのチョコ見せてもらおうかな。ホントにもらえるんだったらねー。」
「あ、あったりめーじゃねーか。もらえるよ、見せてやるよ。」
売り言葉に買い言葉で、剛は果たせそうも無い約束をしてしまった。実のところ、家族から位しかもらえるあてはない。剛の表情からそれを察したのか、光浦は勝ち誇ったような顔で言った。
「自分で買ったりするのはなしだからね、そんなのバレたら詐欺だからね。悪いけど、この街のチョコ売り場の女の子、私友達多いからそんなことしても全然ダメだから。もちろん、お母さんから貰うというのもダメ。ほんっとーに女の子からもらったチョコじゃないとカウントしないよ。」
光浦は駄目押しの条件をつけてきた。一方的に言われるのも嫌だった剛はこう言いかえした。
「俺ばっかじゃフェアじゃねーよ。お前もちゃんと本命チョコをあげたところ、写真とかなんか証拠持ってこいよ。」
光浦と剛のこんなくだらないやりとりを母はあっけにとられてみていた。二人が仲が悪いのは前から知っているので、話を途中で止めることが出来なかったのだ。母は呆れて首を横に振りため息をついた。

 プリプリと膨れながら部屋に戻った剛だが、本当はかなり後悔していた。真剣に考えてもどうも貰えるあてはなさそうだ。もし、親友の健が沢山貰うようだったら、1つくらいおすそ分けしてもらおうとも思ったが、本人の話ではどうも無理そうである。どうしたらよいものか、どこか沢山もらえていて、1つくらい譲ってくれるような人がいないだろうか、と考えた。生徒会役員などはどうかとも思ったが、彼らとの接点は殆ど無い。あの位もてそうな人・・・。
「そうだ、眼鏡屋さんの岡田さんだったら、本命チョコ以外もたくさん貰えそうだ!」
剛は思いついた。バレンタインの当日は、なんとかして岡田からおこぼれを貰おうと決心した。


「剛ってば、まったく、バカな約束しちゃってさあ。」
この日の夕方、約束のゲームを持ってきてくれたかと思えば、いきなり眼鏡店の入っている『伊東屋』に連れ出された健もいい迷惑、呆れ顔である。
「俺のところに来たって、だめじゃん、もらえないもの同士だし。」
全くその通りだ、だから、お前に頼んでるわけじゃないんだよ、と剛は思う。
「だから、岡田さんに頼もうと思ってさ、一人で行くのも恥ずかしいから、健につきあってもらってるんじゃん。」
剛は眼鏡店のあるフロアへ続くエスカレーターに健と乗った。
「うーん、そういうのって大丈夫なのかなあ。それに、俺、岡田さんって見たことないんだよねえ、眼鏡とか必要になった事無いしさ。そんなにモテるタイプなの?」
少し文句を言い出した健に、剛は言う。
「まあ、見ればどんなにもてそうか判るって。」
店の前のショーウインドーの前に体をちぢこませてしゃがんだ状態で二人は隠れながら、店内の様子を伺った。


 店内は、あいかわらず女性がいっぱいだった。雑誌を見て受付を待っている女性も、何気にチラチラと岡田を見ている。受付で岡田に応対されている女性も顔が緩みっぱなしである。
「・・・確かに、すごいかもしれない・・・。」
健がその光景を目にしてうなる。
「だろー。だから、多分、主婦のお客さんとかのなんとなーくの義理チョコとかも、岡田さん貰えそうだろ。」
剛の言葉に健も頷いた。
「うんうん、あ、あれ英語の冬月先生じゃない?あの人、婚約者の鬼塚先生とかいるのに、すっごいニコニコして岡田さんの事見てるよー。これは、冬月先生もチョコあげそうだね!」
剛と健は凄い凄いを連発しながら、顔だけショーウインドーの横に出して、岡田の様子を見ていた。


 「あらあら、剛君どうしたの?」
剛と健の背後からいきなり声がした。附設の眼科の看護婦の渡辺えり子である。挙動不審の二人をいぶかしげに見つめている。
「あー、看護婦さん、この前はどうもー。」
剛がしどろもどろになる。
「この前の検診の結果かなにかの事?」
数日前の検診の事を渡辺看護婦が言い出すが、
「いや、違うんですけど。」
と、剛は困った顔で否定する。

 その時、いきなり岡田がこちらを振り向いた。
「やっやばい!見つかった!」
剛が焦って言う。


続く・・・



^^^^^あとがき^^^^^
「ある朝のひととき」でトニセンだけだったので、今回はカミセンだけでお話を作ってみました。なんとなく、バレンタインだなーと思って書いてしまった短編です。渡辺えり子さんは、ご存知の性格のよさそうな大柄な女優さん、光浦さんはあのタレントさんをそのまま配役しました。岡田君だけ大人の役にしました。

投稿時間:01/02/16(Fri) 17:10
投稿者名:きらきらぽー
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タイトル:きらめく日々とバレンタイン 後編
「見つかった・・・って、話をしにきたんだから見つかっていいんじゃないの?」
健が呆れて隣の剛を見た。
「っつーか、まだどう話をしたらいいか考えてなかったし、心の準備ってもんがさあ!」
剛はじたばたしている。その姿に気付いたのか、岡田はくすっと笑いながら、剛と健の方に歩いてきた。端正な顔にパリッとしたスーツがとてもよく似合い、いかにも少年然としたラフな私服の剛と健とは対照的である。
「剛君、どうしたん?そんな所で。」
岡田はにこにこして、中腰になり、渡辺看護婦に追及されながらもまだしゃがみこんでいる剛に話し掛けてきた。
「・・・いいかげん観念しろよ、剛。」
健が剛にぼそっと言う。
「あー、えーとー、こんにちは、岡田さん。特に何って訳じゃないんですけどー。」
剛がしどろもどろに受け答えする。その健と剛のやりとりを見て、渡辺看護婦は
「あら、岡田さんに用があったのね、じゃ、私は仕事に戻るから。」
と言って去っていった。大変勘の良い看護婦である。
「うん?なんや、俺に用って言うのは?」
岡田に聞かれ、ため息をつきながら剛が白状した。
「あのっ!岡田さん!俺っ、チョコが欲しいんですっ!」
「剛、それじゃ、なんだかわかんねーよ。」
健が呆れ顔で横を向く。
「えー?それってどういうことやの?」
岡田が片眉をあげて聞き返してきた。
「だからー、そのー、俺、来週のバレンタインにチョコもらえなそうなんだけどー、大見栄きって『もらったチョコ見せる』なんて、知り合いのブスに約束しちゃったんだ・・・・。だから、もしよかったら義理チョコとかで要らないのがあったら、俺に譲って欲しいんだ・・・。」
剛は動揺もあって、タメ口で話をした。岡田は少し困ったように額にしわをちょっと寄せて笑顔を作り、
「うーん、俺がもしもらえるようやったら、それは大丈夫やけど・・・。どうかな、今年・・・わからへんなあ。」
それを聞いて、初対面にも関わらず健はつい意外さの余りこう言ってしまった。
「やっだなあ、岡田さん、それってチョー恐縮!おかしいですよー、絶対貰えるでしょ、モテモテっぽいしさあ。」
「君、剛君のお友達?・・・そう。・・・剛君、ほんま、あんまり期待せえへんといてや。」
剛は岡田の言葉に頷いた。なんだか自信なさそうな変な態度をとる岡田が気にはなったが、チョコを分けてもらえる約束が出来て満足して家路を急いだ。

 「母さん、今年は、俺、マジに貰えそうだから、チョコレート!」
家に着くなり剛は母親にこう言い放った。そして、バレンタイン当日に光浦の勤める寿司屋に行く事を約束した。


 そして、バレンタイン当日。剛と健は、丹念に自分達の下駄箱や机の中を見たが、奇跡は起こることなく、チョコレートの姿は見当たらなかった。そこでお互いの隣の席に座る女子に微かな期待をかけてみた。が、剛の隣の席の深田恭子は生徒会長の坂本に手作りチョコを授業が終わるといそいそと持っていくだけで、剛の事は眼中になかった。一方、健の隣の席の加藤あいは
「健君は誰にあげるの?」
と変な事をきいてきた。健が不思議そうな顔をすると、
「あ、ごめん、健君男の子だもんね、違うよね。あたし、なんか健君って可愛いから男の子にあげるんじゃないかなーなんて思っちゃった。」
とぺロッと舌を出した。健はちょっと残念そうに肩をすくめた。

 しかし、学校でこんな事があろうと、剛だけは岡田から分けてもらえると確信しているのでご機嫌である。鼻歌を歌いつつ、学校帰りに鬼の首を取ったような表情で、剛は眼鏡売り場にやってきた。多分、女性がたくさん店内にいるだろうと思っていたが、予想に反して女性客が少なく、受付カウンターには何故か渡辺看護婦がいた。
「こんにちは、あの、岡田さんは?ちょっと約束があったんですけど。」
剛が渡辺看護婦に尋ねた。彼女はちょっと困ったように笑ってこう答える。
「こんにちは、剛君。ああ、岡田さんね、昨日で辞めてしまったのよ、急だったんだけどね。」
剛は目が点になった。

”なにぃ、やめたぁ?”

状況を理解できずに立ちすくむ剛に、渡辺看護婦は説明する。
「ええ、なんかねえ、実家のある大阪に急に戻らなければならないとかでねえ。昨日のうちに、アパートも引き払ってしまったのよ。で、今日は人手が足りないから急遽私がこっちの受け付けも兼ねているの。」
剛は突然のことに言葉が出なかった。チョコのあてが無くなった事も困りはしたが、それ以上に自分の目の事をいつも気にかけてくれていたこの店の岡田がいなくなってしまったことが何故か妙にショックだった。
「今日、たくさん岡田さんに会いに女の子が来てたんだけどねえ、まあ、バレンタインって事でチョコをあげようとしていたんでしょうねえ。」
岡田を息子のように可愛がっていた渡辺看護婦もなんだか寂しそうだった。無言で立ちつくしている剛に渡辺がカウンターの下からそっと小さな包みを出して手渡した。
「はい、これ。剛君に、私からのバレンタインチョコレート。」
剛は苦笑しながらそれをうけとった。
「・・・・看護婦さん、ありがたくいただきますっ!」
温かみのある母親のような優しい渡辺看護婦から貰ったチョコは、剛の気持ちをほんの少し和らげた。

”でもな、もう、ここには岡田さん、いないんだよな。”


 その晩、家族で光浦の勤める店へ寿司を食べに行った。剛はもちろん渡辺看護婦からのチョコを持参である。岡田から分けてもらったわけではないが、優しい看護婦から義理チョコをもらえたので、なんとか約束は果たせた。そのチョコを見せるべく、光浦の姿を探した。
「あの、光浦さんは?」
板前の松岡に聞くと、
「あー、光浦さんね、やめちゃったんだよ、昨日。」
と、軽く流された。
「えー?!」
剛は驚いて大声を出した。

”なんだー、あいつ。もしかして、俺との約束果たせなそうだから逃げたとかじゃないだろうな。”

「剛ちゃん、光浦さんね、もうこの街にはいないと思う。」
母親が隣でポツリと言った。なにか知っていそうだった。
「え、どういうことだよ。」
剛は母親をジロッと見た。
「うん、実は前から相談されていたんだけどね、好きな方と結婚する話があってね。その人の生まれ故郷の方に近々行く事になっていたんだって。結婚の事でちょっと難しい悩みがあってね、かあさんの所にいつも話しにきていたのよ。でも、なにか、その方のご実家の事情で早まったみたいね。昨日、電話で挨拶があってね。」
母親はちょっと口篭もりながらも、剛に簡単に説明した。剛はそれを聞いて不思議な気分になった。犬猿の仲の光浦だったが、いきなりいなくなるとは、妙にショックだった。
「大人にはね、色々事情があるのよ。剛ちゃん。」
母親が少し寂しそうに笑って小さな声で付け加えた。

”あいつまでいなくなったのかよ。なんだかわかんねー。”

 剛は、キュッとポケットの中のチョコの箱を握り締めた。光浦に見せるはずだったチョコレート。くだらない賭け。振り回されたこの数日を思った。


 翌日、学校で健に事の顛末を話した。
「へえー、そうなんだ、岡田さんいなくなっちゃったんだ。それに寿司屋の光浦さんも、もういないんだ。」
剛の机に頬杖をついて話を聞いていた健も、意外そうな顔をした。
「ああ、そういうこと。」
剛がつまらなそうに、シャープペンをくるっと回す。
「・・・ねえ、まさかさあ、光浦さんの恋人って、岡田さんってことないよね?二人ともタイムリーにバレンタインの前日に姿消してるしさあ。俺、そんな気がしちゃったんだけど。」
健が、上目使いに剛を見ながら言う。その言葉に剛は吹きだした。
「うひょひょひょひょ・・・。おい、そりゃーねーだろ。ルックス全然違うじゃん!それに光浦、性格もブスだしさ。」
「そ、そうだよねえ。そんなはずないよね!」
健も、自分の言ったことに恥ずかしそうに赤くなりながら、剛の意見に同意した。

 「・・・そんなわけ、ねーよ・・・。」
剛はいいながらも、もしかしたら・・・と少しだけ思った。いきなり自分の目の前から消えた二人の大人。理由ははっきりとは見えてこない。大人にはいろんな事があるんだろうなあ、とぼんやりと思う。

 「大人って、よくわかんねー。」
剛は呟いた。それを見て健がクスッと笑い、
「大人になんないと、わかんないよね!」
と言いながら、剛の頭を軽く小突いた。そして、またゲームの話を始めた。その時、深田が剛の隣の自分の席につき、ちょっと残念そうにため息をつきながら言った。
「昨日、坂本先輩にあげようとしたチョコ、先輩の友達の宮迫さんにとられちゃったの。なんだかうまくいかないわ。」
これを聞いて剛と健は顔を見合わせて笑い、
「うひょひょひょひょ、そんなもんでしょ、人生って。」
「いろいろあるんだよねー。そんなに思った通りに事は運ばないかもねえ。俺達にくれてたほうがましだったでしょ!」
二人にからかわれて、さっきまでため息をついていた深田も笑った。
「いーえ、お二人にあげても宮迫さんにあげてもおんなじです!坂本先輩に食べて欲しかったの!」


 彼らはまだ恋も知らない、心から甘く感じられるバレンタインのチョコの味も知らない。しかし、そんな事とは関係のない少年達の楽しい日々はこれからもまだ続くのであろう。大人の事がわからなかろうが、彼らには一向に関係なく、少年なりの笑ったり泣いたりのきらめく日々はまだ続くのである。




^^^^^あとがき^^^^^
深田恭子さんや加藤あいさんを入れて花(?)を添えてみました。途中で急遽入れてしまって。ポイントがぼけてしまったかも。特に恋愛ものにはできませんでした。あんまり意味がないんですけど、恋を知らない少年達、純粋な少年時代の数日というのを書いてみたくなりました。



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