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一 括 講 読

投稿時間:01/01/28(Sun) 13:52
投稿者名:きらきらぽー
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タイトル:NATURAL 1
「こんなことなら、釧路に来るなんて言わなければ良かった・・・。」
と准一は今更ながらに後悔した。兄の快彦は高校受験を控え、この夏勉強を必死にしないとならなかった。この兄弟の母親は小学6年生の弟の准一が周囲でうろちょろと遊んでいたら、快彦が勉強に集中できないのでは・・・と案じていた。それを敏感に察したのか、准一はこの夏休み、北海道・釧路の母方の祖父母の所で過ごすと、自分から言い出したのである。

 最初は、本州に比べ涼しい東北海道で夏を過ごすのは楽だと思っていた。口うるさい親とも離れ、快彦に勉強の邪魔とあしらわれることもない、自由に過ごせる事を何より楽しみにしていた准一であったが、静かな祖父母の家、同じ年の友人もおらず、持ってきた漫画は全部読み、いつも使っているゲームも無い・・・暇を持て余すだけの夏休みとなり始めている。
「あー、早く帰りたい。」
准一はため息をついた。

 祖母(鷲尾真知子)はホラー映画が好きである。決まって午後の1時になると、夏に定番のホラー映画がテレビ放映される。これが彼女の一日の何よりの楽しみのようだ。昼の「あなたの知らない世界」という夏の特別番組がある日は正午からテレビの前を離れない。准一はこれがとても苦手だった。初めの数日は耐えて一緒に見たが、辛くなり一人で2階の部屋にいた。しかし、古びた家、階下より漏れ聞こえるホラー映画の恐怖に駆られる音声を、慣れない部屋で一人で居る時に感じるのは、小さな准一にとって余り気持ちのいいものではなかった。
「頼む、おばあちゃん、もうその映画見ないでや。俺、なんか気分悪うて嫌やわ。」
こんな言葉を聞き入れてくれる祖母ではなく、
「准一、じゃあ、私が映画見ている間、外に行っていればいいんじゃないの?理科で昆虫採集とか宿題にあるんじゃないの?」
と、気にも留めてくれていない。
「そんな宿題あらへん。それにこの辺まだ俺よく知らへんし。」
准一は反論したが、聞き入れられず、無情にもホラー映画チャンネルにスイッチが入れられた。仕方なく准一は外に出た。

 祖父母の家は釧路市内の中心部から幣舞橋を渡り新道の坂を上る途中の右手の住宅地の中である。都心に近い住宅地とは違い、広い庭のある家が多く、宅地化も一段落しているのか家と家の間にはまだ林なども点在している。新道の坂の左手には橋の付近に大きな花時計、市民病院、図書館など公的な建造物が並んでいた。右手の住宅地も平地ではなく、さらに坂道がいくつか分岐しており坂を登りきると小学校があり、そこへ行くまでの道の左右に家々が軒を連ねている。准一の祖父母の家はその坂の上のほうにあった。

 准一は坂道を少し登った。坂の下は比較的小さな住宅がひしめき合い、さらに下ると新道にあたり自然はそれほど残っていない。それに祖父母の家に来るときには必ず坂の下のバス停から登ってくるので、坂下の住宅の様子は大体わかっていた。坂の上のほうには林が多かったので、カブトムシの一匹でも見つかるのではないか・・・と彼はほんの少し期待した。坂を2〜3分登った左手には小さな茂みがあり、木々も多かった。准一は木の上のほうを一本一本見上げてみるが、求める昆虫のような類は見当たらない。
「別に、ばあちゃんが言ったような昆虫採集なんて宿題があるわけでもないんやし・・・。」
准一はつぶやいた。結局彼は折角外に出たのだから、何か収穫を得て戻ろうと思っており、その目的物は単純に祖母の口から出た「昆虫」だったのだ。しかし、それらが見つからない今、ため息をつき下を向いた彼の目に映った植物がある閃きを与えた。
「これ、クローバーや!」
准一の足下にはクローバーが群生していた。いつか4つ葉のクローバーを見つけたいと思っていたので、暇つぶしにでも探してみようと思い立つ。うまくすれば理科の宿題の一部にでもあてられる、彼はすぐに気持ちを切り替えしゃがみこみ、クローバーをひとつひとつ指で探りはじめた。
 それから収穫無しに20分ほど経過した。
「やっぱあらへんよなあ。無理なんかなあ。」
准一は額に流れる汗をぬぐう。北国なのでそれほど暑くは無いが、日の光がさんさんと彼の黒髪に注いでいた。
キイ、と自転車のブレーキ音が准一の背後で聞こえた。准一が振り向くと、明るい髪の色、肌の白い端正な顔立ちの少年(長野博)が自転車のハンドルを持ち立っていた。背も高く、兄の快彦と同じ位15〜16歳くらいに見えた。その少年は少し不思議そうに准一の顔を見ている。
「こ、こんにちは。」
准一が言うと、年上のその少年も微笑みながら同じ言葉を返してきた。
「君、此処で何しているの?」
少年が准一に尋ねた。准一は答えた。
「四つ葉のクローバー探してんねん。もう長く探してるのになかなか見つからへんのや。」
人見知りをしないタイプの准一はありのままを少年に語った。
「もし、見つかったら、快彦兄貴にも、受験のお守りにやってもよかったんやけどなあ、望みは薄いわ。」
准一が話すのをじっと聞いていた少年は口を開く。
「へえ、優しいんだねえ。」
「もうあきらめた方がええかもしれんなあ。」
准一がため息をついて立ち上がると、少年がちょっと待って、と言った。少年は瞳を閉じた。柔らかな風が一瞬だけ吹いてきた。風が止むと、少年は自転車をその場にゆっくりと止め、准一の探していた群生するクローバーの所までやってきて、しゃがみこんだ。白い手がクローバーを撫で、中から1つ摘んだ。
「はい、どうぞ。」
少年はにっこりと微笑んで准一にそれを手渡した。四つ葉のクローバーだった。准一は驚いた。自分がずっと探しても見つからなかったものを少年がいとも簡単に見つけたからだ。そして尋ねた。
「え〜、なんで〜!?どないしたら、そんな簡単に見つかるん?にーちゃん、教えてや!」
「君にもできると思うよ。」
少年はちょっとはにかむように笑いながら立ち上がって言った。准一はもう一度クローバーの群生の所にしゃがみ、その緑をじっと見つめ、少年を真似てクローバーの上をそっと撫でてみた。ふっとほの温かく手に触れる緑の葉。それをよく見ると目当ての四つ葉のクローバー。
「すげー!俺にもできた!」
准一が感激の声をあげる。
「にーちゃん、おおきに、見つけ方教えてくれて。」
見ると、もうその少年は自転車を押し歩き始めていた。少年の行くさきはどうやら、その林の奥の方のようだ。
「あれ、にーちゃん、どこ行くん?この林の中へ?」
准一が尋ねると、少年は微笑んで答えた。
「ん?だって、僕の家、この奥にあるから。」
少年が指差す方向を見ると、確かに林の奥に建物が見えた。薄いレンガ色の建物。周囲は白樺の木々に囲まれ、准一には最初は気づかなかったのだ。少年は微笑みながら自転車に乗って林の中へと消えていった。

 クローバーを摘んでいた林の奥、蔦が絡まる黒い鉄の扉を開けて中庭に少年は自転車を止める。苔むした大きな石が玄関まで続くその家が、その端正な顔の少年、長野博の家である。
「ただいま。おばあ様」
博が家に入ると、中には祖母と思しき老婦人が待っていた。
「お帰り、博。外で人と話していたようだけど?」
窓からでも見ていたのであろうか、准一と話していたのは十数メートルは先であったのに、博の祖母は尋ねてきた。その問いに、微笑みながら頷く博。
「無駄なチカラは使ってはならぬというのに・・。」
祖母は博の行動に不満げに呟く。
「ごめんなさい、おばあ様、でも、あの子供はちょっと違うような気がしたものですから。」
博は窓の外を見やる。遠く、林の入り口あたりでまだ黙々と准一は四つ葉のクローバーを摘み続けていた。
「ほらね、僕がいないのに、あの子はどんどん見つけている。」
博はにっこりと笑った。祖母も少し驚いたように窓の外の子供を見たが、すぐ目をそらしうつむいて、
「お前のチカラに反応しただけじゃろ。」
と答えた。窓の外の准一は遠いのに、二人には彼が行っている事がすぐそばに居るように解った。博と祖母、彼らは普通の人とは違っていた。

「大収穫や!」
その日の夕食後、准一は嬉々として実家に電話をかけ、得意げに兄・快彦に話す。夕方までに准一は50枚もの四つ葉のクローバーを見つけたのだ。それを祖母はせっせと押し葉にするべく、厚い電話帳にはさんでくれている。
「へー、なんでそんなに取れたんだ?」
電話の向こうの兄・快彦も驚いている。准一とは兄弟ではあるが快彦は東京の言葉で話す。理由は准一が言葉を覚える頃、関西に数年家族は住んでおり、准一のみなかなか関西弁が抜けないのだ。快彦は東京にすぐに順応し関西弁を話す事は無かった。
「なんかなあ、その林の奥に住んでるにーちゃんが教えてくれたんや。そのにーちゃんに会ってからどんどん見つかるようになってな。」
「へえー、林って、坂の上の左手の?あの奥の家って、子供住んでいたっけな?俺、知らないけどな。」
准一より何度か多く、祖父母の家に幼少より来ていた快彦は首をかしげた。
「俺、そんなん知らんわ。あとでばあちゃんに聞いてみるけど、とにかく綺麗な顔したにいちゃんがおったんや。・・・とにかく、快兄(よしにい)にもこの四つ葉のクローバーをしおりにしてあげる。これ持っとったら、受験上手くいくで、きっと。」
「ああ、ありがとよ。気持ちだけでも楽になるよ、准一。さんきゅー。」
快彦の笑い声が受話器から響いてくる。准一は嬉しくなった。今日の昼まで帰りたく思っていたのに、今はそうでもなかった。楽しくなりそうな予感がした。

北海道にいる准一からの電話を切った後、快彦は深いため息をついた。
「あー、俺も行きたかったなあ。」
快彦は、ひとしきり、夏によく行っていた北海道の事を思い出した。准一と一緒のときもあったが、単身のときも何度かあった。にぎやかでおしゃべりな快彦は、祖父母から面倒がられるときもあったが、北海道では夏のキャンプなどに参加していた。涼しい清流でのキャンプは彼にとって都会を忘れられる憩いのひと時となった。そんな時、気の合うキャンプチームの先輩、坂本昌行と出会ったのだ。年こそは違えど、二人はすぐに親しくなり、快彦の北海道での夏には必ず行動を共にできる友人となっていた。何より楽しかったのは、昌行の祖父から聞く、北海道に伝わる昔話だった。快彦はそれらにいつもわくわくと興奮したものだった。
「まあくん、どうしているかなあ。俺も行きてー!」
快彦は電話の置いてある廊下で大声を出した。
「快彦!何言ってんの!あんたは受験生でしょ!」
すかさず、母親の叱責が飛ぶ。
「ああ、この現実よ・・・。」
すごすごと自室へ戻る快彦であった。

 連日のように、放映される怪奇映画のために、翌日もその時間は准一は外に出ることにした。昨日のことも気になって、同じ林の入り口をうろうろしてみた。また、あの綺麗な顔をした少年が現れるのを期待した。少しの間林の中を探検するが如くしながら待っていたが、出会うことはなかった。准一は少しがっかりしながら、林をあとにし、坂道を下り始めた。その時、鼻の薄いピンクの白い大きな犬が坂の下のほうから自分の方へ向かって歩いてくるのが見えた。
「でっかい犬やな。」
准一はそう思い、坂を下る。だんだん近づいてくる犬。犬嫌いでもないので特に恐れる事は無い准一。
 犬と准一との間が6メートル位になった時、犬の目がギラリと光った。それは性質の悪い野良犬特有の動きだった。犬は後ろ足で砂利を少し蹴飛ばしたかと思うと、准一めがけて走り出した。准一は体が硬直し、逃げる事が出来なかった。
「襲われる!」
准一は目をつぶった。

 その瞬間、昨日と同じ柔らかな風が背後から吹いてきたのを准一は感じた。
「去れ。」
静かな言葉が風と一緒に背後から流れてくる。それと同時に眼前に迫っていた大きな白犬の動きが止まった。
「え、なんや?」
准一がそっと目を開けると、犬がくうん、くうんと小さく泣きながら、きびすを返し坂を下っていくのが見えた。
「た、助かったあ〜。」
准一はほっと息をつき、その場にへたり込んだ。
「大丈夫?」
その時、さっと、白いほっそりした手が目の前に差し出された。准一が頭上を見ると、その手の主は昨日の綺麗な少年だった。少年は柔和に微笑み、准一に手を差し出している。
「あ、あなたは・・・。」准一が言う。すると、少年は准一の手を取り立ち上がらせた。
「大変だったね。」少年は准一をなぐさめるように優しく言った。
「ありがとうございます。昨日も、今日も。」
「いやいや、何もしていないよ。」
「でも、今日も、犬を追い払ってくれたし。」
「僕は此処に立っていただけだよ。」
少年は微笑んだまま答える。
「そやけど、あなたがいなかったら犬に噛みつかれる所でしたよ、ほんまに。」
准一は、博がなんの手も下していないという不思議に気づかずに続ける。
「じゃ、まあ、そうゆうことにしておこうか。」
少年は困ったように言ったが、顔はにこやかなままだった。
「俺、岡田准一っていいます!この坂のちょっと下の井ノ原っていう家、じいちゃんとばあちゃんのとこに夏休み中遊びにきてるんです。」
准一はその場から見える祖父母の家を指差した。それを聞いていた少年は
「僕は長野博。家は知ってるよね。この林の奥。退屈しているようだったら、いつでも遊びにおいで。」
とにっこり笑って言い、その場を博は去った。

 博と別れた准一はまた祖父母の家へもどるべく、再び坂を下った。更に坂の下の行き止まりのあたりで、複数の犬のほえ声が聞こえた。准一が見ると、先ほどの大きな白い犬が別の散歩中の犬の方に喧嘩を仕掛けていた。
「おい、よせよ。レッド!」
准一と同じ位の年の華奢な犬の飼い主が、首につける自分の犬レッドの縄を引く。その飼い主の少年の友人であろうか、目つきの鋭い少年が棒切れで白犬を追い払おうと苦戦している。
「おい、野良!こっちに来るんじゃねーよ。・・・健、今のうちにレッドを連れて逃げろ。ここは俺が引き付ける。」
棒を持った目つきの鋭い少年が叫ぶ。しかし、健と呼ばれた少年は足がすくんで動かない。
「ダメだよ、剛、僕・・・。」
少年達はかなり苦戦しているようだ。准一は坂を一気に駆け下り怒鳴った。
「あっちに行け、野良犬!」
犬に通じるわけが無い。しかし、准一が言うのとほぼ同時に、また柔らかな風が一瞬吹き、白い大きなその野良犬が吠え付くのをやめた。さらに准一がじっとその犬をにらむと、ついさっき坂の上でとまるで同じように犬はその場を去っていった。その姿を見てほっとする反面、坂の上では自分が噛みつかれそうになっていたのにその犬を相手に怒鳴りつけてしまった自分に脱力する准一。その場に再びへたりこむ。
「おい、お前!すっげーなあ!」
目つきの鋭い、ウエーブがかったシャギーカットの少年(森田剛)が准一の肩をたたきながら話し掛けてきた。おずおずと、自分の愛犬を抱きしめながらもう一人の少女のようなセミロングヘアの少年(三宅健)も言う。
「ありがとう・・・。怖かったでしょ?」
確かに今になってみると怖い。しかし、なぜかまるで後ろからトンっと背中を押されるように、彼らが困っているのを見ていられなくなって、こんな大それた事をしてしまったのだ。准一は大きく深呼吸をしてから答えた。
「大丈夫や。あんさんらこそ、怪我せえへんかったか?」
すると、つい今の今までもじもじとしていた少女のような子・健がプッと吹きだした。
「あれ?大阪弁?」
「なんや、おかしいか?」
准一が聞き返すと、くりくりとした瞳で興味深そうに少女のような子は、准一の顔を覗き込んでくる。
「なんだ、よそもんだな。」
きつそうなシャギーカットの少年・剛も不思議そうな顔をした。
「あんな事が出来るんだもの、長野の家のヤツかと思った。」
「え?」
准一はその目つきのきつい子の最後の言葉を耳を疑った。
”長野の家のヤツかと思った・・・?どういう意味だ?”
「ま、いいさ、俺は森田剛、この先の海辺へ行く道ぞいにある赤い屋根がほら、俺のうち。よろしくな。」
森田と名乗る少年が座り込んでいる准一の手をひっぱりギュッと強引に握手をする。
「よろしく、僕は三宅健。僕のうちはここ。」
健の指差したのは坂を下った行き止まり、その突き当たりの家だった。
「俺は、岡田准一。小6や。ほら、坂を登って真中くらいにある井ノ原さんの所の孫なんだ。夏休み中、じいちゃんたちに世話になってるんや。よろしく。」
話をすると、どうやら二人は同じ学年らしい。准一は嬉しくなった。こんなに近くに自分と同じ年の子供がいるなんて。だんだん夏休みが楽しくなってきそうに思えた。

 同じ頃、長野博はまた祖母から小言を言われていた。
「博、毎日、見知らぬ子供に関わっているようだが、所詮お前には無関係の子供。チカラを無駄にはすべきではない。」
「おばあ様・・・。」
博は苦笑する。
「私の次の代は、お前にかかっているのだ、わかっておろうな。」
祖母の厳しい言葉に反論はしない博。彼の瞳は遠く窓の外を見つめる。

”『ごめんね、博。母さんは札幌でお仕事をしないといけないの。きっと迎えに来るから、それまでここでおばあちゃんと暮らすのよ。分家の昌行くんもいるしお友達がたくさん出来るわ、博はいい子だから大丈夫よね』

そう言って、母が祖母に僕を預けたのはいつの事だったろう。

記憶もそろそろセピアカラーに色あせてくる。

でも、きっと母は帰ってくる”

 祖母は博の気持ちを察したようにつぶやく。
「全くあれも馬鹿な娘だよ。息子の博をここに残して・・・。自分は一体何をしているんだか。連絡1つよこしゃしない。」
博はうつむいた。
”きっと、帰って来るよね、母さん。もうすぐ、いつか、僕が大人になる前に。”
 その時、玄関に人が現れた。招かれざる客。そう、長野の家にとって誰もが招かれざる客である。祖母は人を嫌う。孤立した状態を好んだ。
「こんにちは、おばあ様。」
背の高い、ニヒルな感じの青年がそこに立っていた。分家筋の坂本昌行である。分家ではあるが、特殊な事情により本家以外は”長野”という姓を持てないしきたりがあり、”坂本”と名乗っている。
「昌行・・・。」
博は祖母の後ろで出迎える。暗くなっていた気持ちに少しだけ光が差す。友人が訪ねてくれるひと時は博にとってとても貴重だった。

^^^^つづく^^^^^

投稿時間:01/01/28(Sun) 14:36
投稿者名:きらきらぽー
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タイトル:NATURAL 2
 祖母は、不服そうな顔で仕方なく家に昌行をあげた。昌行が来たのは、博に話があるからとの事だった。祖母はしぶしぶその場を立ち去る。昌行と博は2階の南の部屋へ行った。この部屋は長野の家の中で唯一光がたくさん浴びる事の出来る部屋である。
「本家で、気持ちがいい部屋ってここしかねーなー。」
昌行が伸びをする。
「東京から夏によく来る快彦っていうのがいるんだけど、いいヤツでさ、キャンプによく一緒に行くんだ。あいつが今年も来るようだったら、絶対お前を一緒にキャンプに連れていったんだがな。残念ながら、今年は弟だけしか来られないって連絡が夏前にあってな・・・。残念だ、本当に。」
少し舌打ちをして昌行は言った。
「話ってその事?」
博が少し警戒したように昌行の横に座る。
「お前、いっつもおどおどするなよ、とって食うわけじゃないんだから。」
昌行が冗談っぽく博をにらむ。
「そういう訳じゃないんだけど。だって昌行はおばあ様とよく大喧嘩するし。なんだかね、怖かったりするよ。」
少し笑顔で博が答える。
「おめーに怒鳴ったりはしねーよ。俺は。」
昌行がフンッと横を向いた。その態度がなんとなく可笑しくて博がクスクスと笑う。
「で、なんなの、話って。キャンプの事なら別に・・・。」
博が言い出すのを遮るように、
「お前さ、この家出ろよ。」
と、昌行が真顔で博に言った。
「何、言ってるんだよ。僕が出られるわけ無いでしょ。おばあ様も居るのに。」
「んなもん、いいんだよ。分家には本家に入りたいヤツなんてゴロゴロいるんだぜ。」
「・・・・。」
博は黙り込んだ。でも、彼にはわかっていた。どうしても自分がこの家から出られないことが。博は祖母のお気に入りである、能力も一目置かれている。果たして分家に博と同格の者が存在するだろうか?博の瞳にかげりが生じる。
「わかってるんだろうけど、お前のお袋だって、もうここになんか来やしないぜ。彼女は本家を継ぐ重圧に耐えかねて、お前をここに残して出て行ったんだ。もう、お前も子供じゃないんだからその位理解しているよな。」
これは博にとって一番辛い言葉だった。いつも微笑んでいる博だが、どうしてもこの事に触れられるとふと微笑む表情が悲しさでゆらぐ。
”母さんは帰ってくるよ。いつかきっと、僕を迎えに”
博は呪文のように心の中でこの言葉を繰り返す。昌行の言葉を避けるように。
「とにかく、どうにかしてこの家を出ろ。出た後の生活は俺が当面は面倒を見るし、このままじゃ息が詰まるぞ。まさか、統領としての、この長野の本家を継ぐための準備なんて始まっちゃいないんだろうな。」
昌行が少し焦ったように言うと、
「考えすぎだよ、昌行。僕はここに居るのが充分幸せだから。」
と、博はにっこり微笑んで、昌行の言葉を包み込んでしまった。

「そういうわけだからの、坂本の。」
いつのまにか階下からやってきていた博の祖母が二人の背後の部屋の戸口で言う。
「博は此処にいるのがよいのじゃ。所詮分家の坂本の者にはわからぬわ。」
昌行が老婆をにらむように見る。
「いかに、そなたが博をそそのかそうとも、博は離れぬ。この長野の家は未来永劫続かせねばならぬのだ。それはわかっておろうの。」
長野の家の統領としてのこの老婆の言葉は重みがある。大抵の者は威厳のあるこの老婆には逆らう事ができない、しかし昌行は別だった。ひるむことなく、昌行が反発した。
「くだらない。そんなこと昔の者が決めた事。博には関係有りません!」
博が昌行を止めたが、彼はそれを振り払う。
「言っておくがな、博。お前も早く現実に気づけ。出来るだけ早く此処を出るんだ。」
昌行は博に強く言い放ち、足早に長野の屋敷を後にした。

 准一は、野良犬の一件から、剛と健の二人組と仲良くなった。二人の通う小学校の室内プールにも健のくちききで連れて行ってもらったり、サッカーをしてみたり、遊びには事欠く事がなくなった。この日も外で遊んでいた3人だったが、天気予報の通りのにわか雨にあってしまった。
「あー、もうちょっと外にいたかったんだけどなあ。」健が言う。いつものレッドという愛犬も一緒だ。レッドは老犬で穏やか、子供達と遊ぶときも近くで大人しく少し離れた所に落ち着く場所を見つけて寝ている事が多い。
 ふいの雨に急遽一番近い家である剛のところに行く事になる。
「海辺に近いから、泳ぎに行くときにすぐに出られて便利なんだよ。」
と北の育ちにしては泳ぎに自信があるらしい頼もしい事をいう健に対し、
「俺は海に行っても泳ぐだけじゃないよ、干してある昆布とか食べたりさ、いろいろ遊べるよ。」
と、剛は泳ぎよりも浜辺での遊びが楽しいらしくいたずらっぽく笑う。喋りながら走るうちに、その剛の家に到着する。緑のトタン屋根が印象的な家だった。健は、老犬のレッドを剛の家の玄関脇につなぎ体を拭いてやっている。その間に剛は准一にもタオルを渡し、居間に案内した。
「なんだ、母ちゃん、出かけてら。菓子もろくなもんねーよ。」
二人に気を遣ったのか、剛が口をとがらせる。
「いいよ、お腹すいてないし。」
レッドの元から戻ってきた健が言うと、
「俺がハラ減ったの!」
と剛は言いながら、そこかしこを探し始める。剛の執念が通じたのか、なんとか菓子が見つかったらしい。玄関に置いてあった宅配便の箱の中から煎餅が出てきたのだ。
「捨てる神有れば、拾う神有り!・・・なーんだ、いいもんあるじゃん。母ちゃんも早く開けとけよなあ。埼玉銘菓・草加煎餅だってさ!」
剛は喜んで、箱から煎餅の箱を出して居間に持ってきた。
「それってええんかなあ。」
そう言いつつ准一も喜んで煎餅をほおばる。大食漢の准一は一枚ではもちろん物足りるはずが無く、両手に煎餅を持ってどんどんと食べる。剛の食べ方も同様に豪快だ。育ち盛りといった所だろうか。
「ところでさあ、准一。北海道に来て2週間近いんでしょ、暇じゃなかったの?友達とかいないし。」
食欲に走る二人とは対照的に、さめた感じの健が准一に尋ねた。
「暇やったよ。でもなあ、なんか、何日か前にな、長野さんっていう中学生くらいの人におうてな、それからは結構よかったで。」
准一のその言葉に、二人の表情がこわばる。
「え、長野さんって・・・。」
健が言葉に詰まり、剛の顔を振り返る。すると、健の意を汲み取ったのか剛が言葉をつないだ。
「もしかして、あの林の奥の家の人?」
二人の態度に少々疑念を抱きつつも正直に准一は頷いた。
「そうやけど、それがどないしたん?」
准一の答えを聞いて、剛と健は顔を見合わせた。緊張したような空気がそこに流れる。
「あの一族には近づかない方がいいらしい。」
思い切って、口を開いたのは剛だった。
「剛、ちょ、ちょっと・・・。」
それをためらいがちに止めるように剛の肩をひっぱる健。しかし、それを振り払い剛はこう言った。
「いや、これは言っておいたほうがいいって。なんかあってからじゃ遅いって。」
「なんや、長野さんと付き合うとあかんのか?あの人凄い善い人やで。」
准一は反論した。
「ばあちゃんから聞いた事があるんだ。長野の家の者は、未来を知る、神の声を聞くって。昔はそのおかげでいろんな災いをこの集落は避ける事ができたんだけど、そういうチカラを持つ特別な人だからむやみに触れちゃいけないんだって。」
剛が怪訝そうな顔で言う。
「何やそれ?教会の神父さんみたいんか?」
准一が聞き返す。
「違うよ。神って言っても”カムイ”だよ。北海道の神様。知らないの?」
健が眉をひそめる。
「”セレマク”とかいう善い神が強い者は、どんな呪文もはね返すって言われてる、多分長野家はそうなんじゃないかって、ばあちゃん言ってた。だから、必要以上にあの家に関わると、彼らが受けなかった不運や災難が代わりに誰かに降りかかる可能性があるって。能力のためか、長野の家の直系は極力親族同士で結婚して他の血を余り入れないようにしてるらしい。特に代々の統領は特に神を感じるチカラに優れてるんだって。」
准一は絶句した。最初は聞きながら非現実的と思いつつも、自分が体験した不思議な事、四つ葉のクローバーがたくさん見つかった事、野良犬が自分を襲わずに逃げた事、を思い出し剛の言う事が少し解るような気がした。けれど、不思議な事はそれとして、長野の家の者に近づいてはいけないというのは納得がいかなかった。自分にとても優しくしてくれた博のことを考えるとどうしても受け入れられない。
「剛君も健君も、博さんのこと知ってるんか?話した事あるんか?」
准一の問いに、二人は首を振る。近づいてはならないという、今までの教えからか、二人は博のことは詳しくは知らなかった。今の代の統領の孫という事だけしか知らず、口をきいたことは無いという。
「なんや、二人とも博さんと話もしてへんのに、何を言うてんのや。ほんまにいい人やで。あん時の野良犬を追い払ってくれたんだって、元はといえば博さんが、ようわからんけど、不思議の力を使ったからやと思うで。だって俺が最初に坂の上であの野良犬に噛まれそうになってたさかい。そん時に助けてくれたんが長野博さんなんやから。」
准一は必死で話した。博がどんなにいい人か、見ず知らずの准一に優しくしてくれた事、それを二人に語った。剛も健もそれをじっと聞いていた。
 その時、ガラリと玄関の戸が開いた。話の内容が内容だけに、3人はビクッとしたが、なんのことはない、剛の母が戻ってきただけだった。
「あら、お隣への預かり物がないわ。玄関に宅配便置いておいたのに。」
母親のその台詞に剛は凍りつく。
「あれって・・・。」
健がひきつる。
「食ってもうたわ・・・。」
准一が、3人の足元に転がる草加煎餅の殆ど空になった缶を見つめる。
その後、剛に起こった悲劇は言うまでも無い。

 その晩、准一は兄の快彦と電話で話した。博のこと、皆が長野の家をどう思っているかという事・・・。
すると快彦はこんな話を教えてくれた。

*******
「山をひっこ抜いた魚」
昔、沼が溢れるほどの大アメマスがいて魚を捕るので人間の食べ物がなくなった。
神様はオタスツウンクル(歌棄人)を遣わしてこれを討った。
オタスツウンクルはモリで怪魚の目を討ち山に繋いだが、大アメマスが山をひっこ抜いてその下敷になったため今でも暴れて地震を起こすという。
*******

「快兄、なんやその話。」
「釧路地方に伝わる神話らしい。俺の釧路の友人、坂本昌行のお祖父さんがこの話を教えてくれた。冗談かもしれないけど、そのオタスツウンクル(歌棄人)の血をほんの少し引く人もいるなんて言ってたぞ。自分もその遠縁だってさ。」
快彦がおどけたように笑うのが受話器を通してわかる。
「じゃ、ひょっとして長野さんってそのオタスツウンクルの末裔なんかな?」
准一が神妙な声を出す。
「さあなあ。ただ、神の声を聞く、とかっていうのはカムイノミを行う者、例えばニシパって可能性はあるな。カムイノミって言うのは自然の神に祈りを行うってことらしい。ニシパはその土地に住む裕福で人望に厚い人の事。あ、これも昌行のじいちゃんからの受け売りね。」
「すっげー、快兄がそんなに物知りとは知らんかったでー!」
准一はとても驚いた。快彦は、これが受験に出るんなら勉強の苦労は無いのに、と思った。

 准一は午後になると決まって外に出ることにしており、大抵剛や健と過ごしていた。ただ、例のにわか雨の日の翌日から、健が不安そうな顔をしているのが気になった。話を聞くと、愛犬レッドが肺炎を起こしているらしい。実際レッドは元来弱い性質の犬であり且つ健が生まれる前から家にいる老犬でもある。2、3日すると、健は外に姿を現さなくなった。剛の話では家でレッドの近くにつきっきりでいるという。ポーカーフェイスの剛だが、今回ばかりはかなり健の事を案じているのが表情に表れている。准一は、剛と共に、レッドの容態をうかがいに健の家へ訪れる事にした。
 戸口には健がすぐに現れた。憔悴しきった様子だ。准一も剛も、容態が非常に悪い事を察した。
「・・・レッドのかかりつけの獣医さんがね、多分今夜が山だって・・・。」
健がポツリと言う。声が震えていた。剛は幼馴染の健のこんな様子を見るのは長い付き合いの中で初めてだった。励ましの言葉が見つからないでいる。
「多分、高齢っていうのもあるし、死んじゃう可能性が高いって・・・。」
健はとうとう抑えきれずに涙ぐんだ。剛が無言で健の肩を引き寄せる。言葉を探すよりも態度で示す、それが剛のいつものやり方。准一はまだ付き合いが浅いとはいえ、二人の仲のよさをよく理解していた。そして、健の愛犬レッドの事も、なんとかしてあげたい、と心から願った。そのとき、ふと柔らかなあの風を思い出した。
「そうや、博さんに聞いてみたらなんとかなるかもしれんで。」
准一はつぶやいた。

^^^^つづく^^^^^

あとがき
北海道の神話、風習は土地によりいろいろ異なるようです。舞台に使った土地、名前など実在のものとは関係ございませんので、誤解のないようにお願いします!(モデルにはしていますが・・・。)

投稿時間:01/02/03(Sat) 18:42
投稿者名:きらきらぽー
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タイトル:NATURAL 3
 その頃、博は家にいた。祖母が祈りを捧げている横でじっとそれを見つめている博。彼の家には特別の祭壇があり、日々カムイに祈りを捧げる。カムイへの祈り(カムイノミ)には様々な方法があり、それはその土地ごとに異なっている。博は自分の家に伝わる方法を覚える義務があると、祖母から言われており、よく祖母のカムイノミを見学していた。
「お前の母にはカムイの声を聞くチカラが殆どなかった、というよりも家のことを嫌っておったからの。」
カムイノミが終わると祖母が言う。外では鳥のさえずりが聞こえている。
「隔世遺伝であろうかの、幸い博には強い力が備わっておる、だからこそ私はおまえに跡目を譲りたい。」

 博にはそれがどういう意味かわかっていた。俗世と離れ、この家の中だけで生きることになるのだ、そして、結婚も全て親族の決めた者、できる限り血縁のある者の中から選ばれるのだ。その血を純粋に保つためにも。今の長野の家の統領である祖母はそれに従って生きてきた。そして、本当は一人娘である博の母親が次の統領になるのが順当であったのだが、チカラが無いと思われていた事、そして何よりも家を嫌い若い頃に家を出てしまったことが、統領になる資格を失わせていた。

 博の母親は若い頃、博の父親となる者と駆け落ちをしたのだ。そして、博を生み3人で暮らしを始めた。最初の10年は幸せであったが、突然不幸が博の一家を襲った。博の父親が不慮の事故で亡くなったのである。博の母は必死で働いたのだが、博を食べさせる事が難しくなった。そして、泣く泣く博を実家である今の長野の家、博の祖母の家へ預けたのである。最初博の祖母は、許されざる血を受け継いだ博、つまり娘が決められていない相手と作った子供・博は何のチカラも持たないであろうと考えていた。博は外見も全く一族とは異なり、色が透けるように白く琥珀色の瞳に柔らかな栗色の髪である。祖母は全く期待していなかったが、生活をともにしてみると博は自分と同じくらい強いチカラを持っていることが判ってきた。祖母はその時から、自分の次の統領は博に、と考えていた。

 実際のところ、母親は博と暮らせるだけの生活力をつけてから迎えにくるはずであった。しかし、現実は厳しかった。不況の世の中で、女性が充分な経済力をつけるのは難しく、さらにそこに不思議なチカラが関わり、どうしても不運が訪れるのだ。それはまるで、母親から博を遠ざけるように、博を祖母の元から取り戻す事が出来なくなるかのように。不思議な因縁が続いていた。ある時、母親の身近に夫に面差しの似た人物が現れ、再婚話が持ち上がった。しかし、博の存在は隠してあったので、その事が表面化すればこの話が白紙になる事を母親は恐れた。なにより、連れ子として嫌な思いをするよりも、土地を多く所有しそこから多くの収入を得ている長野の家、つまり祖母の下でこのまま生きていく方が博にとって幸せなのではないか、と母親は考えるようになっていた。

 そして、その考えを祖母に手紙で打ち明けた。祖母は満足であった。実の娘が離れていく寂しさはあっても、自分のチカラを受け継ぐ博が手元に置かれるということ、これが何より長野の家を一番に考える祖母の心を安心させたのである。しかしながら、祖母は博にその手紙の内容、そして手紙の存在すら話してはいない。理由は博が混乱し、ここを飛び出したりするのでは、とトラブルを恐れたのだ。さらに、母を此処で待っている間は、祖母の家から博が離れる事は無い、手紙のことを話せない理由はそこにもあった。祖母は博には見つからぬように、手紙を封印し、実の兄(昌行の祖父)のいる坂本の家に預けた。祖母の兄には、チカラは継承されていなかったので、内容を知られる事も無い、と判断したのである。

 そろそろ博は16歳になる。この長野の家の統領となる覚悟を持たせ、カムイノミを自分と等しく実践する人間となることを自覚させる為にも、母の手紙の内容を打ち明ける時期かもしれないと、祖母は考えていた。この日のカムイノミの後、博にきちんと切り出そうと思っていたのだ。祖母は話を続けた。
 「博、お前に備わったチカラはお前の母にはないもの。お前の母も、ここでお前が統領となる事に異存は無いはず。」
博は静かに祖母の言葉を聞いている。漠然とした不安感が胸を覆うが、それが定めなら従うしかないのかもしれないと、博は思う。
 その時、家の戸が激しく叩かれた。厳かな空気が破られる。
「博さん!いらっしゃいますか?岡田准一です!こんにちは!」
そこにはあらん限りの大声を出している准一がいた。祖母は大事な話の腰を折られ、不愉快そうであった。仕方なく、目で戸口を見やり博に行く事を許可する。それを見て、博が玄関に出た。
「あー、良かった。博さんがいてくれて。」
准一は博を見て安心したようだ。
「あのな、健君ところの犬が大変やねん、死にそうなんや、頼むから来てくれへんか?」
准一の表情が再び真剣になる。元来心の優しい博は、准一の頼みを断るはずが無かった。外出の支度を始める博に祖母は余り良い顔はしていない。しかし、祖母はしきたりにより殆ど外出せず、外での用を博に任せているという事もあり、跡目を譲るまでは多少の自由な外出は許していた。さらに、祖母も博も、准一には何かしら自分達と同種のチカラの片鱗を感じていた。祖母も間近で准一を見て、その認識を深め、博と行動する事を許そうと少し思う。博も祖母のそのような考えを察し、准一に手を引かれて出て行く。
「すぐに戻りますので。」
博は白樺の林の中の屋敷を後にした。

 坂本昌行は、ちょうどその時、井ノ原家(准一と快彦の祖父母の家)を訪れていた。あまり、気を遣うタイプではないのだが、友人の快彦の受験用に、お守りを持ってきたのだ。それは快彦が大好きな昌行の祖父の作った木彫りの小さな身に付けるタイプのお守りだった。快彦が今年は北海道には来ていないというのは知っていたが、ここに弟の准一が滞在していることも聞いているので、彼に託そうと思ったのである。
 あいにく、准一は不在と言われ、お守りを応対した祖母に渡しておこうか、と井ノ原家の玄関で迷っていたときに、その家の前の道に博と准一が差し掛かる様子が目に飛び込んできた。
「あれ、博じゃないか。それに、一緒にいるのは・・・快彦の弟?じゃないか?」
昌行は、その奇妙な組み合わせに驚いた。一体どこで知り合ったんだろう、と少し考えたが、よくよく考えればこの井ノ原の家と長野の家は近い場所にあるのだから、考えられない話ではない。なにかのきっかけで知り合いになれたのだろう、と考え直した。しかし、あの長野の祖母が、普通の子供と遊ぶのを許したのが、多少疑問として残る。
「おい!博!准一君!」
昌行は彼らに声をかけた。しかし、話に夢中になっているのか、昌行の声には気付くことなく博と准一は足早に坂を降りていく。昌行は、もう一度声をかけようとしたが、二人の急いでいる様子を見て、自分の用事はあとにしようと思った。
「准一君も大きくなったよなあ、しかし、ますます、快彦と似てねえな。特に目の大きさが・・・。」
昌行はそっとつぶやきながら、彼らのあとにゆっくりと続いた。

 「健君。博さんを連れてきたで。」
准一は玄関からすぐ右手のレッドがいる部屋へ博とともに入った。中には健と剛がレッドの傍らに座っている。戻ってきた准一に健と剛が顔をあげた。剛は准一の後の博をじっと見る。幼い時から長野の家の不思議な話を聞いて育ったのだろうか、剛は健以上に長野の家を警戒しており、間近で博を見るのは初めてであった。剛は畏怖の念よりも、博の澄み切った茶色の瞳に、憧憬に似た想いを感じた。自分が想像していたのは、もっと近寄りがたく、話もしづらいタイプの人間だったのだが、どうも博からはそういったものを感じない。不思議な気持ちがした。

 「ね、博さん、レッドもうすぐ死んじゃうのかな。なんとかならへんやろか。」
准一が博をレッドの近くへ座らせる。レッドの飼い主である健も、博をすがるような瞳で見つめた。博は、そんな健に視線を止めた。健もその吸い込まれそうな瞳をじっと見詰め返す。博がレッドに視線を落とした。
「君の大事な友達なんだね、このレッドは。」 
博のその言葉にしっかりと健が頷く。それを見て博はやわらかく微笑み、レッドの頭に手を当て瞳を閉じる。准一と剛は、ゴクリと唾を飲み込んだ。何が起こるのだろう、と。
「自然の摂理はそんなに生易しいものではなくて・・・残念ながら・・・。」
博はつらそうに呟く。
「やっぱり、だめなんですか?」
健の声には落胆の色が感じ取れる。逆に、まだ諦められないのか剛がこう言った。
「なんだよ、『長野の家』の者のくせに、犬の命ひとつ救えないのかよ。」
剛の棘のある言葉に准一は少し驚いていた。しかし、博はそれを受け止めているようだ。博は自分の無力さを剛に語った。
「すまない、僕には命を与えるとか、そういう事は出来ないんだ。ただ、自然の声を聞いたり感じたりする事しかできない・・・。」
「なんだよ、それじゃあ何の役にもたたないんだよ!」
剛が声を荒げて、博をにらんだ。
「剛君、やめてや、そんな風に言うのは。」
准一が間に入って剛を止める。健がレッドを見てまた涙ぐみそうになった。それを見て博が言った。
「ごめんね、僕が何も出来なくて。でもね、痛みを和らげる事ならできるよ。」
博がレッドをそっと撫でる。ふわりとその場がほのかに暖かくなる。それまでつらそうな速い呼吸だったレッドが少しずつ休まってくるのがわかる。健はそれをに気がつき大きく目を見開いた。
「健君!健君にもできるよ、きっと、ほら!」
准一が健の手を取り博の手に添える。すると確かにレッドの呼吸がゆっくりではあるが更に穏やかになった。
「呼吸が楽になったみたいやな。」
准一が安堵の声を漏らす。剛の厳しかった視線もいつのまにか険を落とし静かにレッドを見守るものになっていた。健は心からレッドを思っていた。彼の心にはレッドとのたくさんの思い出が蘇る。生まれてからずっと一緒に過ごしてきた事、同じ部屋で眠る冬の夜、お菓子をわけて食べた事、悲しいときにはまるで自分の心をわかるようにじっと自分を見つめ傍らに寄り添っていてくれたレッド・・・。苦しまないで欲しい、痛みなどなくなってほしい・・・。そう心から願った。

 レッドは安らかな寝息をたてていた。先ほどまで苦しそうに熱っぽく舌を出していたのとは異なり、ゆっくりと腹部が上下し、静かな眠りの中にいる。健は、ようやくほっと出来た。剛もそんな健の肩にそっと手を置く。
「ありがとうございます。博さん。」
健がゆっくりと頭を下げた。
「ううん、何もできなくてごめん。ほんとに、僕は何もしてあげられなくて。」
博は苦笑した。
「いえ、レッドを苦しみから解放してくれただけでも、僕は・・・僕は嬉しい・・・!」健が涙をこらえるように、目を閉じる。
「レッドの痛みを取り去ったのは君だよ。僕は最初のきっかけを作っただけ。」
博は静かに言った。准一はその通りだと思った。自分がこの数日体験した事を心の中で反芻する。確かに最初の不思議の始まりは博から得たもの、しかし次からは自分の思いが不思議を持続させる。これは一体なんなのか、准一には理屈はわからなかったが、何故かそれを自然に受け入れる事が出来ていた。

 また、剛も目の前で起こった事を、わけが解らずも受け止めていた。健の心がレッドを癒した。それは間違いない。ふと、その時、剛自身がサッカーで怪我をした時の事を思い出した。相手チームのフォワードとクラッシュし、右足が腫れ上がったとき、応援してくれていた健がいち早く自分に駆け寄りその足に手を置いてくれた。”大丈夫?歩ける?”と心配そうに自分の顔を覗き込みながら、足をそっと摩ってくれていると、何故だか少しずつ痛みが和らぐような気がしたのだ。傷ついている時に、信じている誰かが自分に触れていてくれるだけで、癒される気がする・・・。それは剛自身が実感していた。
「健の思いがレッドを癒したんだ。」
誰に言うでもなく、剛が呟く。博の存在が、その力を十二分に発揮させる鍵となったんだろうと、剛は思っていた。そして、今までの長野の家の者達に対する認識が微かに変わっていくのを感じもした。人が見逃している自然な事を、ただ長野博は受け入れる感受性を持ち、そして自然界に存在する全ての命あるものの息吹を逃すことなく感じ、それらに語りかける事が出来る。そこに彼ら長野の家の不思議な力の根源があるのではないかと・・・。漠然とではあるが剛は感じていた。

 博は自分の役割が終わった事を感じ、彼ら3人に挨拶をして健の家を出た。久しぶりに親族以外の家へ入ったのがとても新鮮に思えた。本当に祖母の跡目をつぎ、長野の家の統領となればこのように一族以外の家にプライベートで入ることは殆どなくなる・・・。博は静かに目を閉じた。

”母さん、帰ってくる・・・?それとも・・・これは僕の運命なのか・・・?”

 自分の家へ戻るべく、坂を登り始めると、そこに昌行がたたずんでいるのに気がついた。
「ちょっと、快彦の弟に用があってな・・・。快彦のおばあちゃんの家に行った時にお前を見かけてさ。ついてきてしまった。」
昌行がきまり悪そうに言った。
「で、弟さんとは会えたの?」
昌行のそばにゆっくりと歩きながら博が聞く。
「わかってるんだと思っていたけどな、お前と一緒に歩いていた准一君が快彦の弟だよ。」
「・・・・!」
博が、驚きの表情を浮かべた。快彦の顔は昌行から写真を見せてもらってよく知っていた。細くて人のよさそうな元気な少年、屈託の無い人を楽しませる無邪気な笑顔。いつか昌行が紹介してくれると、ずっと言っていた少年。それが准一の兄だったのだ。
「似てないよなあ。目の大きさが全く違うし。」
昌行が苦笑する。確かに髪を長くして前髪を下ろし多少薄化粧でもしたら、可愛い白雪姫にでもなれそうな准一に比べ、快彦は正反対の顔立ちだ。しかし、博はクスッと笑って言った。
「昌行、快彦君と准一君、似ているような気もするよ。・・・前に昌行が言っていたように、快彦君が君の心を癒すような不思議な魅力があるんだとしたら、准一君もそんな感じのする子だよ。」
「癒し系兄弟かな?」
昌行も笑った。二人で日の光の下で笑えるのは久しぶりだった。けれど、このような時間が持てるのも、あと少ししかないと、二人は気がついていた。これもまた決められた運命なのか。どうすることも出来ないのだろうか。答えを見つける努力を昌行はしてきたつもりだった。敢えてそれを受け入れようとしている博を見るのは歯がゆいものもあった。

 その後、健の家から出てきた准一に、昌行は無事祖父の作った快彦へのお守りを渡す事が出来た。
「間近で見ると、ほんと、似てない兄弟なんだな。」
昌行は准一に言った。
「快彦によろしくな。」
”なんや、久しぶりに見たけど、ごっつ怖い顔のにーちゃんやな、昌行さん。あんたこそ、快兄とは異質な感じやわ。”・・・とお守りを受け取った准一は心の中で呟いた。

^^^^^^続く^^^^^^
あとがき
イノッチが出せずにごめんなさい。次回はちゃんと出ます。

投稿時間:01/02/05(Mon) 18:30
投稿者名:きらきらぽー
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タイトル:NATURAL 4
 次の日の朝レッドは静かに息をひきとった。眠りながら、死を迎えたレッドの表情はとても安らかだった。健は准一と剛と共に、レッドを海の近くの丘に葬った。3人だけの弔いにしようと思ったが、健のたっての頼みであとから博を呼んだ。レッドがカムイの国で安らかにいられるために、祈りをささげて貰う為だった。博によってしめやかに行われるカムイノミ(神への祈り)。本当は多くの他の者の前では行われない儀式だが、略式ではあるが祖母のカムイノミを忠実に守り、博は心からレッドの冥福を祈る。それを見る健には涙は無く、すがすがしい表情であった。
”天命を全うしたレッド、天で幸せに暮らしてほしい。それに大丈夫、君は僕の心の中でずっと生き続けているよ・・・。”
 博の祈り、カムイノミの儀式が終わると、近くの森から鳥が美しく空高く飛んでいくのが見えた。博がその鳥をじっと見つめている。健もその鳥を追うように空を見上げた。
”たくさんの思い出をありがとう、レッド”

 その晩、准一は兄の快彦へ電話でこれら一連の話をした。
「そっか、博さんって、やはりカムイノミを行う人だったんだね。儀式の後に鳥が飛んでいったなんて、ほんとに昔話のようだな。」
快彦は電話の向こうで感嘆しながら続ける。
「人間とカムイ(神様)の連絡役は動物で、しかもたいてい鳥だと言われているんだ・・・。たいていはカケス、スズメ、セキレイ、ミソサザエとか。鳥たちはおしゃべりで酒盛をしては喧嘩する「スズメの酒盛」という話や、コタンカラカムイが送ったセキレイが初めて大地を踏み固めた話、神様からの用事をすっかり忘れて天から追放された怠け者のシギの話などたくさんの昔話があるんだよ。」
快彦は、1つ有名な話を教えてくれた。

*******
「カケスの雄弁」
昔、ひどい飢饉があり、シャケもシカも捕れなくなった。
困った人間たちが天上の神様に頼んだので、神様たちはユクテクカムイ(シカを支配する神)とチェパテクカムイ(魚を支配する神)に使いを出した。
ところが最初のカラスは居眠をしていててんで駄目。
二番目のヨタカはおしゃべりで話を盗み聞いた悪魔に邪魔をされてしまった。
三番目のカケスは雄弁で踊りが上手、ようやく神様を説得してシャケとシカを降ろしてもらった。
*******

 准一は博たちの儀式のあとの鳥を見つめる姿を思い出して、鳥が神と人との連絡役・・・なるほどと納得した。それにしても、兄快彦の昔話をよく知っているのには驚くものがあった。そして、准一は快彦に昔話を教えてくれた昌行の祖父の存在から思い出す事があった。
「そういえば快兄、昌行さんに会ったんやで。おじいさんが作ったお守りを快兄にくれるって、俺、預かってるから。」
それを聞いて快彦は嬉しそうに言う。
「そっかー。まあくんのお祖父さん、俺のこと覚えててくれたのかなあ。嬉しいなあ。また、昔話を聞きたいなあ。それに、まあくんにも会いたいし・・・。お礼も言っておかないとな!」
准一には、喜ぶ快彦の顔が目に浮かぶようだった。しかし、その直後電話の向こうは困った状態になってしまったようだ。
「快彦!長距離!長電話!そんなことよりさっさと勉強!」
母の怒る声が聞こえる。快彦の窮地は明白だった。
「なんか、俺、准一と電話してるといつもこうだよ・・・。」
快彦は電話を切った。


  レッドの悲しい出来事を通して、健や剛の中での長野博のイメージは確実に変化していた。今までの、奇妙な能力を持つ忌むべき一族の一人というものから、自然と対話できる優しい少年というのが正しいのだろうか。それまで口をきくことも無かった健であるのに、まるで自分の事のように心配してくれる博に信頼感が芽生えた。
 一番長野家を警戒していた剛も、自分から話し掛けたり近寄ることはないにせよ、印象が良くなっているのは事実のようだ。それを見て准一はとても嬉しかった。
「なあ、博さんっていい人やろ、剛君!」
「うるせーな。わかったよ!」
フンっとすねたように顔をそらしてそっぽを向いてしまう剛を見て、健もクスクスと笑う。
「素直じゃないんやなあ、剛君って。」
准一が呆れたように言う。
「つっぱってるんだよ、剛は。いつもそうだから、気にしないで。」
健は、いつものこと、というように准一に言った。剛も准一も、健に笑顔が戻ったのを見て、心から嬉しく思った。

 8月の中旬、北海道のこの地方の子供達の夏休みはもう少しで終わりである。この頃、剛は毎年宿題のラストスパートに忙しい。健はこつこつとやってきていたので、比較的楽である。
「写させろ!」
健の『夏休みの友』という学校から出されたワークブックを、引っ張る剛に対し、
「えー、やだよ、いつも剛返してくれるのを忘れるんだもん。自分の分はちゃっかり提出するのに、僕のを当日に持ってこないから提出できないで怒られたの僕だったんだから。」
と少しフクれて健は拒絶する。
「今年はちゃーんと夏休み中に返しに持っていくからさ、お前んちに。」
剛が強引に言う。
「本当かなー。あやしいんだよなあ。」
健はまだしぶっている。それを傍から見ていた准一はケラケラと笑う。
「剛君、必死やなあ。ええやん、健君、貸してあげたら?」
「岡田、お前笑ってられんのかヨ。まだやってないんじゃねえの?」
剛が准一に向き直りけげんそうに尋ねると、准一はコクリと頷く。そう、准一は殆どのワークブックは実家に置いてきているのだ。
「だっせ、岡田。だっせえ〜!明日実家に帰って泣くなよ〜!」
剛がヘンに”だっせえー”を連発するのがなんだか妙に可笑しく思えて、怒るどころか准一は吹きだしてしまった。実際、東京に戻ったら宿題を消化しなければいけない。”ま、快兄もいるし、なんとかなるやろ。”准一は楽観的だった。東京に戻るのはとうとう明日。北海道で准一が剛や健と遊べるのもこの日が最後であった。

 その頃、昌行は、祖父(配役:伊東四郎)の所で木彫りを習っていた。プラモデル作りが好きな昌行は、時折祖父に木彫りも習い、木の模型も作ったりしていた。
「そういえば、長野の家の後継ぎ、やはり博君に確定したと聞いたぞ。」
祖父が昌行に告げる。昌行の木を彫る手の動きが鈍る。博のフンワリと柔らかな消え入りそうな微笑を思い出す。
”博のバカが・・・。ほんとにそれでいいのかよ・・・。”
昌行がそう思っていると、祖父が続けた。
「実はなあ、ずーっと前のことだが、博君のお母さんがいなくなって何年かした頃、次期長野の統領はお前にっていう話もあったんだがな・・・。」
「・・・フン、馬鹿馬鹿しい。俺がそんなの受けると思う?それに何のチカラも受け継いでないんだから、カムイノミの継承者にはなれないだろ、俺じゃ。」
昌行は、吐き捨てるように言った。祖父に言わせれば、気性が見込まれたとのことだったが、確かに昌行の自然の声を聞くチカラの無さがネックとなっていたようだ。一方では、修行を積ませてチカラを呼び覚まそうという声も聞かれたという。そのような話がされている頃に、博がやってきてチカラを持ちあわせる彼が時期統領の最有力候補になったという。昌行はそんな祖父の話に頷きもせず、木彫りを続けていた。
「もう、そんな話はどうでもいいからさ。それより、じいちゃん、もう1つ小さい彫刻刀ないかな?」
昌行が尋ねると祖父は箪笥の上の山積みの箱を指差した。
「あんなところにあるのか、しょうがねえな。」
背の高い昌行はちょっと背伸びして取ろうとしたが、バランスを崩し箪笥の上の箱を全て落としてしまった。
「ありゃ、やっちまった。・・・しかし、危ねえなあ、きちんとケースに入ってなかったら刺さって怪我するところだぜ。」
ぶつぶつ言いながら、幾つかの箱から出てしまった内容物を丁寧にしまう。その時、昌行の目に1つの封筒が目についた。どれも古いものや彫り物関係の品物ばかりなのにそれだけが比較的新しく、妙に固く封がされている。昌行の脳裏に何かがゆらめく。殆ど継承されていないはずの博たちと同じ血のチカラか、単なる勘か・・・昌行はこれを見なければならないという気がした。
 昌行はその封筒を急いで破り、中を見た。
「こ、これは・・・・!」
みるみる昌行の顔色が変わってくる。全て読み終わると、昌行がつぶやいた。
「博・・・。お前は・・・!」

 「ダ〜!やっぱりこの問題わかんねーよ!」
あぐらをかいていた剛が後にひっくりかえりながら叫ぶ。それは宿題の中でどうしても解けない問題だった。3人寄れば文殊の知恵などと言ったものだが、残念ながら剛にも健にも准一にも解くことが出来なかった。先ほど『夏休みの友』を借りていこうとした剛だが、返却忘れの心配を恐れた健が、この場(健の家)で写していくようにときつく言い渡し、しぶしぶ剛は作業していたのだ。しかし、いくつかわからない問題は3人で考えたりしていた。
「もう、いいや、ここ空欄にしとこ。」
健もあっさり諦める。
「それでええんか?折角頑張ったのに。あと1問やのに。」
准一が言うと、剛が憎まれ口をたたく。
「岡田はいいよ。お前、ヘンに頭使ったら何だかそのデコ、もっとでかくなりそうだからな。」
言われなれているのか、そんな剛の言葉をそれほど気にも留めず、
「あ、そうや、博さんに訊いてみようや。いい知恵あるかもしれへんで。」
と、准一が思いつく。
「えー、やだよ。なんでまたあの人の世話になるんだよ。それにわかるとは限らねーぞー!」
剛がまた素直でない憎まれ口を叩く。
「僕は准一の意見に賛成。っていうか、この前のお礼も言いたいし、博さんに会いたいな。」
健がにっこり笑う。
「うっ、なんだあ、お前ら、だっせえ。」
剛が一人のけ者になったようで、へんに取り乱している。
「そんなこと言うんならいいよ。剛は行かないでも。僕と准一とで行くから。」
「ほな、さいなら、剛君。」
二人が、剛をおいて出かけるフリをすると、
「なんだよ、おまえら〜!」
と言いながら、剛も慌てて一緒に二人の後を追う。
「・・・ほんと、素直でないね、剛君。」
3人は坂道を登り白樺の林の中の長野の屋敷へ向かった。

^^^^続く^^^^

投稿時間:01/02/10(Sat) 17:27
投稿者名:きらきらぽー
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タイトル:NATURAL 5 完結
 准一たち3人が、ワークブックを片手に歩き出した頃、長野の屋敷の玄関では昌行が怒りの表情で祖母と博の前に立っていた。
「これは御ばあ様宛の手紙ですね。」
昌行は祖父の所で見つけた封筒を二人の目の前に出した。それを見た祖母の顔が少しゆがむ。
「差出人は・・・博の母さん・・・あなたの娘です。」
封筒を裏返して、その筆跡をしっかりと見せる昌行。博はただそれをじっと見ている。
「御ばあ様、俺はこれ読みましたよ。」
昌行は怒鳴りたい気持ちを抑えて、敢えて冷静になろうと努めている。
「それがどうしたというのじゃ。」
祖母は悪びれずに反論した。その態度が昌行の抑えていた怒りの感情のたがをはずし始める。
「あなた、どうしてそう堂々としていられるんです?ご自分が博にやっている事、悪いと思っていないんですか?」
「・・・。」
祖母の態度に変化はない。特に反省している様子も、焦る様子も無い。昌行はいらだつ。
「この手紙を博に見せていない、そうですよね。だって、博は自分の母親が自分を引き取りに来ると、そう思って待っていた。あなたの言う事を全てきいて!そして今、あなたの言うとおりに、この家を継ごうとしているんじゃないんですか?!」
昌行の悲痛な叫び、そしてその内容にそれまで静かに聞いていた博が反応した。
”母さんは・・・僕を迎えに来ない・・・。そうなんだ・・・。”
博の目を見開いたその顔からは、すーっと血の気が引き、蒼ざめていく。博は自分の体が小刻みに震えるのを止める事が出来ないでいた。自分の支えにしていたものが崩れていく。何か心のどこかが悲鳴をあげている。
「御ばあ様、あなた、先にこの事を言うと、博が混乱して家を継ぐ気をなくすとか、逆に母親を求めて札幌へ会いに行ってそのまま帰ってこないんじゃないかとか、そういう事が不安だったんじゃないんですか?」
怒りの余り、博の表情に気付かず昌行は祖母への攻撃を続ける。

 白樺の林は日光を遮り、夏なのに、林の奥はひんやりとしていた。准一、剛、健の3人は長野の屋敷の前に着いた。門の中から大きな声が聞こえた。
「あれ?何か聞こえない?」
健が言う。
「うん、男の声だな。」
剛がいぶかしげに答える。
「でも、博さんの声やないな。・・・あ、これ・・・」
博の声はもっと高めのハスキーボイスだ。今、屋敷から聞こえている声は低めのきつめの男の声。その声に心当たりがありそうな准一の発言に、剛と健が、彼をじっと見つめる。ほどなくして、准一は声の主を思い出してこう言った。
「昌行さんの声や。」
3人は丁度昌行が祖母に物申している時に、此処へ現れてしまったのだ。中の声はあらかた聞こえていた。
「なんや、深刻そうやな。出直すか。」
准一が言うと、今度は剛が制止する。
「いや、ちょっと待てよ。なんだか様子が変だぜ。」
余り、博に関わりたくない筈だった剛だが、何故か博の事を心配しているようだ。3人はそっと門を開け、端の石段の所に立ってじっと中の様子を伺っていた。

 昌行はまだ攻撃を緩めていなかった。まるで、祖母を屈服させたいかのごとく。
「博の人生は貴方のモノじゃない。博自身のモノです。こんな姑息な手段で、長い事博を自分の下に置いていいようにてなづけて、自分のいいなりにさせようなんて・・・尋常じゃない。」
祖母はそれでも黙っていた。
「博、統領になんかなる必要ないぞ。」
昌行が今度は博に向かって言う。博は何も言わない。彼は静かに、混乱し落胆した心を立て直している所だった。
「もう、博は統領になる事に決まったのじゃ。坂本の。お前がとやかく言ってももう無駄な事。」
祖母がきつく言い放った。それを聞いて昌行が手に持つ手紙を祖母の面前に突き出し、怒鳴りつける。
「あなたは!家のためなら何をしてもいいと思っているのか!博がこの手紙をもっと前に見ていれば・・・!?」
博が無言で昌行のその手を強く掴んだ。
「・・・もういい、昌行。」
博は静かに言う。なにか、強い意志を感じて、昌行はそれに反論できない。
「表で少し話そう。」
博は昌行の手を掴んだまま、庭に出た。

 「およよ、出てくるぞ!」
と准一が慌てる。
「僕達こんな所にいていいのかな。」
健が心配そうに言う。
「うるせーな、お前達。嫌なら帰れよ。」
剛は健の家を出る時とは変わって、博のことが気になるらしい。剛の表情は真剣そのものだった。

 博は庭の小さな池の所まで昌行を引っ張ってきた。
「お、おい、博!」
引っ張られながら歩いていたところ、急に止まられてよろけて昌行が言う。すると、博がクルリと振り向く。その表情には微笑さえ浮かんでいる。
「お前・・・。なんで・・・。」
”こんな時でも笑っていられるんだ?”と昌行は聞きたかった。
「僕は大丈夫。」
博はきっぱりと言う。
「だって、お前、あの手紙を先に読んでいれば・・・。」
と昌行が言うが、それを遮って博は言う。
「母さんの手紙には僕をここに置いていく、って書いてあったんでしょ?きっと。迎えに来ないって書いてあったんでしょ?」
博の笑顔が一瞬薄らぐ。
「3年も前の手紙だぞ、その頃に見ていれば、また運命だって違ったはずだ。お前が母親のところに無理にでも行って、経済的に不都合であろうとも母親と暮らした方が幸せだって、そう伝える事だって出来たはず。」
「・・・・。」
「何よりも、此処で母親を待ちつづける事なんてしなくて済んだんだ!そしてこの家を出る事だってできたのに!」
昌行は強く言った。しかし博は
「そうだろうか。」
と静かに言った。
「母さんが僕を此処に永久に置いていくって、決めた事。それを3年前に知っても、僕はこのままだったかもしれない。家を出ようなんて思わなかったかもしれないよ。」
博はそっと家を振り返る。
「御ばあ様を置いて僕は家を出るなんて・・・わからないよ。無理かもしれない。それが母さんを待たないでいいって3年前に分かっていたとしてもさ。」
「博・・・。」
昌行は絶句した。博のこれほどの自己犠牲の理由が分からなかった。
「お前、自分の人生、勝手に決められていいのかよ・・・。長野の家を継ぐって事は、外界との接点を殆ど失うんだぞ。いいのか・・・それで・・・。」
昌行の言葉にも博は何も言わず微笑む。
「僕はもうこの家を継ぐことになっている。決まったことだ。いや、元から決まっている運命だ。」
「・・・・。」
昌行が言葉を失っていると、庭の石段のあたりの茂みから刺すような厳しい少年の声が聞こえた。

「何が運命だよ!」

 二人が石段の方を振り向くと、そこには剛が立っていた。その険しい声の主は剛であった。剛の後ろには准一と健も心配そうに佇んでいる。
「君達・・・どうしたんだ、なんでうちの庭に?」
博が少し驚いて言う。昌行も不思議そうに准一の顔を見る。
「っるせーな、そんなのどうだっていいんだよ。」
剛が足元の小石を蹴って、博をキッとにらむ。人を射ぬくような強さを秘めた視線。
「ばっかみてー。運命とかくだらねーこと言ってるんだったら、勝手に統領にでもなんでもなっちまえよ。」
剛が言い放った後、健も口を開く。
「僕、博さんの事、前まで怖い人だって思ってた。近寄れないって。でも、違うんだよね、優しくて頼もしくて一緒にいたくなるような人なんだよ。きっと、博さんと会った人は皆そう思うはずだよ。それなのに、統領になったらもう外には出られないんでしょ?僕たちとも、他の誰とも、めったに会えない人になっちゃうんでしょ。そんなのやだよ。折角、知り合えたのに。」
健が悲しそうにこう言った。
「なんでやろ、カムイの声をきくには、他の人と接触してはあかんのか?聞こえなくなってしまうんか?俺達、そないな事は出来へんかったけど、博さんのチカラをきっかけに自然の何かを感じる事は皆出来たで。俺達、こんなに普通に生きていたって、なんやろ、気持ちを純粋にすると、普段見えないものも見えてくる気がするんやけど。・・・どうしてもダメなんやろか、博さんが家の中に篭らんと、統領っていうのは務まらんのやろか。」
准一が長野の家の窓辺を見て言った。その窓辺の向こうには現在の統領である博の祖母がいた。視線は確実に准一と合っている。祖母は驚きを隠せなかった。
”この家の暗闇の中の私が、あの少年は見つけられるのか・・・?!”
准一の言葉は博に向けられているだけではなく、まるで、祖母の心に語っているかのようでもあった。祖母には3人の少年のいる辺りに不思議な輝きが感じられた。
”チカラを持たぬ筈の者達が・・・?なぜであろう・・・?”


 剛がさらに不愉快そうな表情で、准一のあとに言った。
「とにかく、俺は、博さんが『自分がこうしたい』とか言わねーで、『こう決まっているから、おばあさんがこう言うから』って、自分の行く道決めつけてるのが気に入らねえ。いいなりになってんじゃねーよ。そういうのは優しいとかじゃないよ。俺はなんだか甘えてるって思うね。」
「おい、お前!」
聞いていた昌行が剛を止めるように声を荒げ怒鳴る。
「だって、そうじゃねーか。なんにも努力しないで、そのままの状態受け入れるのかヨ。おかしいじゃねーか。」
剛は、昌行をにらむ。昌行も負けずに剛から視線をそらさない。
「・・・ま、いいよ。俺達、関係ないもんな。こんな事言ったって時間の無駄だよな。」
剛が視線を昌行からそらして、つぶやいた。
「剛君・・・。」
博がなにか言いかけた。その時、家の中から祖母が博を呼ぶ声が聞こえた。行かねばならない、この家の中へ、長野の家を継ぐ者として、その瞬間がやってきた気がした。昌行も剛も健も准一も、博に会えるのがこれが最後であることを感じた。博はそっと微笑み、
「ありがとう。」
と一言だけ言い、家の方へ歩き出した。
「・・・統領になるんだな・・・?」
昌行がうめくように呟く。博は一度振り返って再び微笑んでから、家のほうへの歩みを続ける。
「なんで、あんたがそうなるんだよっ」
剛が叫んだ。
「俺達、あんたにいて欲しいんだよ、長野君。わかんねーのかよっ!」
健も准一も後ろで博の名を呼ぶ。彼らにも寂しそうに微笑みかけてから、博は家の中へ消えていった。はかない微笑み、もう見ることはないのだろうか。後に残るのはただ静寂のみ・・・。

・・・
*******
「人間になったカムイの子」
ホロケウカムイの子供が人間の男と暮らしていた。
カムイの子供は人間になりたいと願っていたところ、
その通りになって男と結婚したそうな。
*******
・・・
・・・

・・・

「一体、どこにいるんだろうな、遅いなあ。」
行き交う人ごみの中、快彦がスーツケースの上に腰掛けて、呟く。
「快兄、ほんとに昌行さん、ロスアンゼルス空港まで迎えに来てくれるって言うたんか?それにほんとに待ち合わせの場所、此処でええの?」
空港の案内図を見ながら弟の准一が言う。

−−−−今は、あの北海道の夏から丁度10年後の夏である。−−−−−

准一は22歳に、快彦は25歳になっていた。夏の休暇を利用して昌行の住むロスアンゼルスに遊びにきたのだ。
「なんかねえ、車で迎えに来るって話だけどね。仕事が終わってからさ。」
「『どこいくんですか?』とか、車で動く人に訊いて乗せて行ってもらわへんか。」准一があっけらかんと提案をする。
「馬鹿、悪い人にあたってさらわれたらどうするんだよ!俺達男前だし。」
快彦が真顔で言う。
「誰も、お前達みたいなの絶対さらわないね。」
後で低い声がする。
振り向くとそこには昌行が立っていた。10年前より少し髪を伸ばし、大人らしく落ち着いてはいたものの、そのホッソリとした体型は少年の頃のままである。
「わあ、お久しぶりです!昌行さん!」
准一が大きい声を出す。
「相変わらず、似てない兄弟だなあ。それにあんまり変わってないよな。快彦は目が細いし、目の大きい准一君はデコますます出てるし。」
昌行が意地悪そうに笑う。
「そう言うマアくんは老けましたね。いくつになるんでしたっけ?」
快彦の問いを無視し、少々ムッとした表情を見せつつ昌行は、車の方に案内する。
「うちは郊外なんだけど、ま、遊んだり美味い店とかはあるから、楽しめると思うよ。」
快彦の問いには答えず、二人を後部座席に乗せ、自分は助手席に乗りこんだ。
車は静かに滑り出す。
「ああ、よかった、まあくんの運転じゃなくて。」
快彦がニコニコする。細い目がますます細くなる。
「俺じゃ不安なのか?」
昌行がまたカチンときたようだ。
「だって、なんかとっさの対応に遅そうっすよね。飛び出しとかあったら昌行さん固まっちゃいそう。」
准一も追い討ちをかける。後部座席の快彦・准一兄弟は楽しそうに笑っている。
「まあな、ルームメイトが運転上手いから、俺は大体任せてるんだ。メシ食いに行くときも、こいつがいると、俺は勝手に酒飲んで帰れるし、便利なんだ。」
そう、昌行が言いながら、運転席の運転上手のルームメイトを見る。その運転手は照れたようにコメカミの辺りを軽く掻いた。
「ええっと、どうも初めまして、この夏はお世話になります!よろしく!」
准一がその運転手である昌行のルームメイトに後部座席から挨拶をした。信号が赤に変わり、運転手が振り向いた。
「はじめましてじゃないけどね。よろしくね。」
振り向いたその顔は優しく微笑んでいた。透明感のある白い肌、優しそうな栗色の瞳、忘れられない独特の微笑・・・。
准一はあっと息を飲んだ。

「博さん・・・・!」

 10年の月日が少年を青年に変えてはいたが、まぎれもなく長野博その人であった。長野の家を継ぎ、外界との接触を絶ち、ひっそりとあの屋敷で静かに暮らしていたはずでは・・・・?!
准一の驚く様子を見て昌行はにやっと笑った。
「おい、快彦、お前も悪いヤツだなあ。なんで、博のこと、言ってないんだよ。」
話の矛先を向けられた快彦は、
「あ〜、だって、特に話すことも無いかなって・・・。」
快彦も笑う。
「あの、あの、長野のお屋敷は?跡目は?」
准一が口をぱくぱくさせながら、驚きを隠しきれずに矢継ぎ早に尋ねる。
博は青信号でゆっくりと車をスタートさせながら、
「ん〜?継いでるよー。家は御ばあ様がなくなってから、空き家状態だけどね、管理人の方が綺麗にはしてくれてるし。」
「えっと、えっと、外に出られなかったんじゃ?!統領は外に滅多に出てはいけないって、確か・・・。」
准一は混乱している。
博が言う。
「・・・・!?」
「あの時、君達が言ってた言葉のおかげ。今、僕がこうしていられるのは。」
博が静かに微笑んでいるのが、バックミラーに映っている。
「外に出たとしても、人と接触しようとも、心を純粋にしていれば、カムイ・・・というか自然の声はいつでも聞こえるよ。」
博の声はすがすがしい。快彦が話に加わる。
「カムイとは天地創造の神もいれば、動植物、器物の神などたくさんの神がいたんだって。つまり、一族にとって自然現象も神であり、それらの神に祈る気持ちを常に忘れないこと、これこそが大切なんだよね。つまり、人間はそうしたたくさんのカムイに囲まれて守られて生きているんだということ。それを意識していれば大丈夫!・・・・って、ごめん、まあくんのじいちゃんの受け売りかなあ。」
相変わらず快彦は昔話をきちんと覚えている。
「そこまで、ちゃんと覚えていてくれるって、うちのじいさん、喜ぶぞ。」
昌行が快彦の記憶力に感嘆する。博もクスッと笑いながら言葉を続ける。
「・・・ま、確かにここまで家のしきたりを変えた状態へ持ってくるのに時間はかかったんだけど、剛君や健君、そして准一君の言葉がおばあ様の気持ちを動かしたんだと思う。そして、僕の気持ちもね。・・・お礼が遅くなったけど、本当に感謝してる。ありがとう。」
「そんな風にいわれると、照れますやん。」
准一が頬を真っ赤にさせる。
「子供の頃からこれは変わらないなあ。りんごのほっぺだ、准一。」
快彦が准一の隣で笑う。
「ま、詳しい話はおいおいね。とにかくメシ食いに行こうぜ。」
昌行が言う。
「じゃ、美味しい麺類の店ね。」
博が運転席で笑う。夕闇が近づいていた。准一は楽しい晩餐を思い嬉しくなった。純粋な気持ち、自然の息吹を感じられる気持ち、そんな少年の心を持ち続けていたい・・・。青年達の思いを乗せて車は走ってゆく。





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