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投稿時間:00/11/30(Thu) 18:50
投稿者名:ナナ
Eメール:nana@quest.gr.jp
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タイトル:太陽の当たる場所 1






 ・太陽の当たる場所 1 「逃亡者」




   その日も、夜の風と一緒に森田剛は『NATURE RHYTHM』に現われた。
  店はこぢんまりとしていて、テーブルセットが2つにカウンターだけ。
  趣味でやっている店という感じだ。
「あ、いらっしゃい」
  笑顔で迎えた店長の森本レオに、剛も軽く会釈する。
  雑誌を開いていたウェイトレスの山口紗弥加が嫌な顔をした。
「うえぇ〜、また来たの?」
「またってなんだよ」
  剛も喧嘩腰で言いながら、カウンターの椅子に座った。
  二人は幼なじみなのだ。
「困るんだよね〜、コーヒー1杯で居座られるとさあ」
「いいじゃねぇかよ、どうせ客いないんだし」
  その言葉に、店長がちらりと剛を見る。
  紗弥加が口パクで「バカ」と言った。
「‥‥今日は、晩メシ食いに来たんだけど」
「あ、そうなの? めずらしー。
 面倒だからチャーハンでいいでしょ?」
  紗弥加はそう言うと、答えを聞かずに厨房へ入っていった。
「マスター、あのウェイトレス感じ悪いよ」
  剛が言ったが、マスターは曖昧にヘラッと笑うだけだった。
「ところで、剛くん。相棒さんはお元気ですか?」
「相棒?」
「ほら、あの人ですよ、あのー、こう、笑顔の爽やかな‥‥」
「‥‥もしかして、それ井ノ原のこと?」
「そうだそうだ、イノッチ! イノッチですよ」
「別に、俺は相棒とかそういうんじゃねーよっ」
  剛が急に不機嫌になったので、マスターがびっくりして剛を見た。
「もうあんなやつとは付き合ってらんねー」
「なあにぃ、あんたたちまた喧嘩したの?」
  戻ってきた紗弥加が呆れた顔をする。
「またってなんだよ、またって!」
「この前きたときもそう言ってたじゃない。
 わかんないなぁ、そんなに仲悪いなら一緒に住まなきゃいいのに」
「それはそうだけどさ‥‥」
  剛が口ごもると、紗弥加が笑った。
「なんだかんだ言って、本気で嫌いなわけじゃないんでしょ」
「そうですねえ。ほら、昔から言いますでしょう、
 ケンカするほど仲がいい、とかね。ねっ?」
「よくない!!!」
  まだ腹が立っているらしい剛に、
  紗弥加と店長が顔を見合わせた。




  翌朝。
   広くはないが、日当りのいいアパートの一室。
  岡田准一が朝食をとっていると、いつもより早く
  長野博からのモーニングコールがかかってきた。
「もしもしー?」
『准一? おはよう、起きてた?』
「おはよ、どないしたん? なんか今日は早いやん」
『そうなんだよ、所長が急に出かけることになって、
 ちょっと今日は早めに事務所に来てくれ」
「ン、わかった。ほたらすぐ出るわ」
  准一がそう言ってコーヒーを飲んだ。
『うん、そうしてくれ。
 あ、あんまりコーヒー飲むとまた胸悪くなるぞ』
  准一、ヴっ。と、思わずカップを見る。
『それからフィルターの豆は捨てましょう』
  准一がドキッとしてコーヒーメーカーのフタを開けると、
  本当に豆が捨てられていない。
『それと昨日の服は洗濯カゴに入れるか、椅子にかけておけ』
  慌ててソファに投げ出された服をかき集めていると、
『それじゃ、そろそろ切るからな』
  と、何事もなかったかのように言って電話は切れた。
「‥‥‥‥‥」
  長野博、おかんのような男である。

   准一は事務所の入っているビルの階段を駆け上がっていった。
  なぜかこのビル、エレベーターがない。
  屋上まで上がってくると、立っているペントハウスに入った。
  ペントハウスのドアにかかっている看板には、
  『東山情報サービス
   極秘調査・秘密工作・ボディガード
   秘密厳守 なんでもご相談ください』と、ある。

「おはようございまーす」
  准一が入ってきた。
「あ、おはよう」
「おはようございます」
  と、先に着いていた博と、秘書の山田麻衣子が顔を上げた。
「あれ、他のみんなは?」
「それぞれの仕事に入ってるか、休み」
「ヒマなのは俺らだけってわけか」
  准一はそう言って、ソファに座った。
  彼らは東山情報サービス所長・東山紀之の下で働く探偵である。
  とは言っても、普通の会社の契約社員とあまり変わらない。
「そういや、なんで所長は急に出かけたんや?」
「それなんだけどね‥‥」
  博が言うのを、麻衣子が引き取る。
「所長は今日から1週間、スポンサーの森さまと旅行です」
「またかいな‥‥
 それって、俺ら帰ってもええんちゃう?」
「ま、俺もそう思ったんだけど」
  博が准一の隣に座った。
「今日は何か面白い依頼が来そうな気がするんだ」
  博はそう言ってニッと笑った。
「?」




  その日の午後。
   三宅健が部屋でひとり、ビデオを観ていると、
  急に玄関のほうがガヤガヤと騒がしくなった。
  どうやら坂本昌行が、上の階の梨元勝に捕まったらしい。
「ねっ、坂本くん!! この子どうかな?
 片桐はいりさんて言うの、食品関係に勤めてるOLさん。
 坂本くん、お見合いしてみない? ねっ、どう?!」
「いえ、結構です! けっこうですから!
 自分はまだ社会人のほうで力を試してみたいので‥‥」
「いや〜、本当にいい子なんだよ〜?
 もう坂本くんも三十路なんだからさあ、身を固めようよ!
 僕の立場も考えてよ〜。悪い話じゃないから、ねっ?!」
「だからあの、梨元さん、気持ちは本当に有難いんですけど、
 僕、いまのところ結婚する気ありませんから! 全然!」
「じゃ、会うだけ! 会うだけでいいから! ねっ、ねっ!!」
「いいですってば、本当に! 会うだけでもダメ!!」
「頼むよ坂本く〜ん!! じゃあ、写真だけ!
 写真だけ受け取って!! ねっ! お願いっ!!」
「あーもう、ハイハイわかりました!
 わかったから、もう帰ってくださいッ!」
  梨元は昌行にお見合い写真のアルバムを渡すと、
「じゃ、考えておいてね!!」
  と、声をかけてようやく出ていった。

  昌行はグッタリして、ため息をつくとリビングに入ってきた。
「考えておいてって‥‥写真だけって言っただろ〜‥‥?」
  何気なくアルバムを開いてみる。
  写真を見て、ふたたび、ため息。
  健がその疲れた顔を見て、思わず笑った。
「おかえりー。お見合いすんの?」
「しない!!」
   昌行は友人の紹介で、雑誌にフリーで記事を書いている。
  といっても、もともと文章を書くのが得意というわけではないので、
  必要に迫られて、いつも〆切直前に死ぬ思いで書き上げている。
  それでもコンペで落選してしまえばノーギャラ。けっこうキツい仕事だ。
「そんな見合いなんてする余裕はないよなあ‥‥」
「なんか哀しいねー、それ。
 俺のほうが先に結婚しちゃうかもよ」
「うるせーよ!」
   健は近くの大学に通う、昌行の従兄弟である。
  何かと理由をつけては昌行の部屋に入り浸たっているのだが、
  掃除、洗濯などの家事をてきぱきと片付けてくれるので
  仕事中など、極限状態にいる時にはけっこう助かる。
「それよりさ」
  言いながら、健はビデオを巻き戻し始めた。
  洋画一辺倒だと思っていたが、めずらしく邦画らしい。
「この人、見覚えない?」
  健が再生した場面は、若い男が怪物に惨殺されるシーン。
  何年か前のホラーブームのときのB級映画だ。
「!!!」
  昌行は心臓が止まりそうになった。
  殺されている男、どう見ても少し若い頃の昌行である。
  昌行が絶句していると、健がビデオを停止させた。
「偶然見つけたんだけどさあ。昌行くん、役者やってたんだね」
「‥‥‥‥‥」
「映画にも出てたんだ」
「‥‥この頃の俺は、背に腹はかえられなかったんだ!
 そーだよ出てたよ、チョイ役だからこんなに早く死んだよ!
 しかもこのあとゾンビになって生き返ったよ、なんか悪いか?!」
「悪いなんて言ってないじゃん。いいと思うよ、俺。
 素人から見てだけど、昌行くん芝居とか向いてると思う」
「うそつけ‥‥」
「ホントだって」
「とにかく、もう昔のことだ、それは!」
  昌行に言い切られ、健はビデオをデッキから取り出した。




   井ノ原快彦は、とりあえず朝早くからパチンコをしていた。
  目にイタイ派手な色の台を、志村けんが行き来している。
  パチンコは特別面白くもないが、時間(と金)だけは潰せる。
  昨夜は友人の家に泊まった。とにかく、アパートに帰りづらいのだ。
  紗弥加をはじめ、快彦と剛をよく知っている人には日常茶飯事だが、
  二人は実にくだらない理由で、やたらとケンカをしていた。
   そのとき、快彦の携帯電話が鳴った。
「はい」
『よお、井ノ原か?』
「ニッキさん?!」
  電話をかけてきた錦織一清は、快彦にとって
  高校時代の先輩のさらに先輩で、色々と世話になった人だ。
  何の仕事をしているのかは不明だが、フツーの職業ではないだろう。
  そしてときおり、ちょっとしたアルバイトを持ちかけてくる。
  プーの身分の二人に、仕事をくれるのはありがたいのだが、
  どれもあまりマトモな仕事とはいえなかった。
「どうしたんですか」
『お前、いまパチンコ屋にいんのか。
 どうだ、出てるか?』
「全然ダメですね。釘がキツイんすよ、最近の台は」
『そうか、それならよかった。
 じゃ、もうやめてアパート帰れよ。そっち行くから』
「えっ、今からですか?」
  快彦が聞き返した瞬間、画面に大きなバカ殿さまが現われた。
  すごい勢いで銀の玉が回りだし、受け皿から溢れてくる。
  なんというタイミングの悪さ。
「あっ! あの、今ちょっと‥‥錦織さん何の用なんですか?!」
『いい話があるんだよ。
 待ってろよ、15分でつくからな』
「ええっ?!」
  電話は切れてしまった。
  突然出始めた台を手放すのも何か悔しく、
  快彦はなにげなく隣の台を見た。
  20代後半といったところの女が座っている。
  スタイルがよく、身長は快彦より少し低い程度かもしれない。
  調子の悪さにイラついているようだが、美人だ。
「この台、あげるよ」
「えっ」
  突然のことに彼女は驚いているが、快彦は立ち上がった。
「打ってていいから」
「あ、えっ、いいの?」
  台を交代すると、快彦は急いでアパートに向かった。





   その頃、東山情報サービスに本日最初の依頼人が訪れた。

   ペントハウスにやわらかい陽射しが差し込んでいる。
  そのせいか、准一がソファに座ったまま居眠りしていると、
  でこにペシッと博の掌が飛んできた。
「たっ!」
「起きろー!
 あいかわらず命中率の高いデコしてるねー、お前〜」
「なんやねん〜〜、何かあったんか?」
  准一がブツブツ言いながら起きると、麻衣子が一枚の紙を差し出した。
「所長からのメールです」
「メール?」
  准一は紙を受け取ると怪訝そうに目を通した。

  『 緊急連絡
     本日午後2時 クライアントが来ることになった
    担当調査員は 長野博 岡田准一の二人を 私が指名する
    なお 絶対に、クライアントの希望通りに任務を遂行すること 』

「『絶対に』ぃ‥‥?」
「ご丁寧に、そこだけ赤い字になってるし」
「うわ〜、めっちゃ嫌やー! なんかヤバイ仕事とちゃうやろな」
「いや〜、ヤバイでしょ」
  サラリと言う博を准一が見る。
  博は小指を切るジェスチャーをしてみせると、
「こっち関係じゃない?」
  と、また平然と言った。
「ヤクザがらみー?!」
「たぶん、だけどね。
 まあ、本当のところはもうすぐわかるよ」
  博がそう言って壁の時計を見たので、准一も目をやる。
  時計の針は2時5分前を指していた。




  景品の入った袋を手に、快彦はアパートへ帰ってきた。
   フロなし、トイレ共同、築・数十年のステキなおうちである。
  錦織はまだ来ていないらしい。今日も遅刻のようだ。
  快彦はタメ息をつくと、ギシギシと音のする階段を上った。

「ガチャ」
  快彦が入っていくと、運悪く剛も部屋にいた。
「‥‥‥‥‥」
  さすがに気まずい、快彦。
  だが、剛は快彦に気づくと、何事もなかったかのように
「なんだ、まーたパチンコやってたのかよ」
  と言って、景品の袋の中身を取り出しはじめた。
「あー、今日けっこう出た?」
「え‥‥あ、う、うん、まあまあ出た‥‥」
「なんか食えるモンある?」
  快彦は急に気が抜けて、袋を漁る剛をぼーっと見た。
「‥‥なに」
「へっ?」
「さっきから人の顔ジロジロ見てるからさ」
「ああ、いや、なんでもねえ‥‥」
  快彦はボソボソ答えると、床にあぐらをかいて座った。
  そういえば、いつも喧嘩のあとで剛が謝ったりすることはない。
  剛なりの仲直りのつもりなのか、単に忘れているのか、
  いつも翌日にはけろりとしている。
「‥‥‥‥‥」
  そうだ、いつものことだ。
  快彦は普段は強気だが、本当は小心者なので
  タンカを切っても自分が悪いと思えばすぐ謝るが、剛は違う。
  とにかく絶対に謝らない。
   そう考えていると、快彦はなんかムカついてきた。
「おい!」
「あ?」
「お前、なんか俺に言うことあるんじゃねえのか」
「はぁー? なに、突然」
「『なに』じゃねーよ、わかってんだろ」
「んだよ、昨日のこと言ってんの?
 もういいじゃん、終わったんだからさあ」
「よくないだろ、お前一回ちゃんと俺に謝れよ!」
「はぁあ?! なんで俺が謝んないといけねーんだよ!
 なんだよ、せっかく人が許してやろうと思ったのに‥‥」
「許して『やろう』ってなんだよ、『やろう』ってよー!
 俺がいつ許してくれって頼んだよっ!
 もー、なんでお前はそう人の上に立ってものを言うわけ?
 そして絶対自分の非を認めようとしねえんだよな、いっつもよー!!」
「いつもって、いつのこと言ってんだよ!
 だいたいテメーはしつこいんだよ、
 とっくに忘れてるようなことをいつまでもネチネチネチネチ」
「おめーが忘れすぎなんだよ、バカ!!」
「バカ?! どーゆーイミだよそれッ!!」
「バカだからバカって言ったんだよ、バーカ!」
「お前にだけはバカって言われたくねーよ!!」
「バカにバカって言って何が悪いんだよっ」
「お前ら二人ともバカだよー。」
  その声で、醜い争いをしていた二人は、はたと我に返った。
  戸口に、コンビニの袋を手にした錦織一清が立っていた。
  派手なダブルスーツに、金無垢の腕時計。かなり怪しい。
「あ、ニッキさん!」
「おう。これ差し入れ、緑茶と弁当とラーメンな。
 上がるぞ。 うわ、金持ってなさそ」
  錦織は靴のまま、貧しいゆえに整然とした部屋に上がった。
「靴、脱いでくださいよ」
「イヤだよ、貧乏がうつったらどうすんだ」
「でー、今日は何の用ですか?」
  差し入れをありがたく冷蔵庫に入れながら、剛が尋ねた。
「いや、ヒマならちょっと働いてもらおうかと思ってよ」
「またですかあ〜?」
「変な個人商売とかは、もうやめてくださいね」
  快彦が部屋のすみのダンボール箱を指差した。
  錦織にさばけと言われた『開運CD』の返品の山なのだ。
「なーに言ってんだ、慈善事業よ、慈善事業。
 お前らもいいかげん、世のため人のために働け」
  錦織はそう言ってスーツの内ポケットに手を突っ込むと、
  一枚の写真を取り出した。制服姿の女の子が写っている。
「人探し、頼まれてくれ」
「人探しって‥‥」
  快彦と剛は写真を見て顔を見合わせた。
「この子、まだ中学生くらいじゃないすか?」
「コギャルの家出ならまだしも‥‥」
「鈴木杏、13歳。1週間前から行方不明らしい」
「誘拐じゃないですか〜、それって‥‥」
「犯人から連絡とかもねえんだよ、家出だ家出」
「いや、変質者かもしれないし‥‥」
  快彦が首をかしげる横で、剛はじっと写真を見ている。
「どうだ、やってくれるか?」
「ギャラは?」
  快彦が言うと、錦織は右のてのひらを見せた。
「50万?!」
「5万円」
「なんだ‥‥」
「中学生の家出なんかそれくらいで十分だろ。
 期限はなし、ただし1日でも10日でも5万だ。
 じゃ、その写真はやるから。頑張ってくれよ」
「えっ?! も、もう決定ですか?!」
「おお、じゃあ次はこっちから連絡するから」
「バタン」
  錦織は手短に言うと、さっさと帰ってしまった。
「あーあ‥‥」
  快彦がふと剛を見ると、まだ写真を見ている。
「‥‥剛くーん?」
「んん?」
  顔を上げた剛は、なぜかニヤリとした笑顔。
「なにニヤけてんの。面倒そうだよな、人探しなんて‥‥」
「や、俺はなんかオイシイ話の気がする」
「?」
  剛は写真を置くと、話しはじめた。
「‥‥錦織さんさあ、やたら“家出”を強調してたじゃん。
 俺、あれは何とかして俺たちに引き受けさせるためだと思うんだよね。
 そんなに錦織さんが探してる子ってことは、絶対周りに金が転がってる」
「‥‥それで、その金をニッキさんより早く俺たちが拾う、と」
  剛が頷いた。俄然、金がからむと頭の回転が速い。
  快彦もニタ〜と笑って頷いた。
  この二人、『楽して金は稼げない』ということを知らない。




  2日後。
   小雨の降る中、博はアコードワゴンの中で張り込みをしていた。
  道路をはさんだ向かいにあるマンションを見つめていると、
  窓ガラスをコンコンと叩く音がした。
  見ると、聞き込みに出ていた准一だった。
「おかえりー」
「ただいま。どや、なんか動きあった?」
  准一は助手席に乗り込むと、
  ダッシュボードから手帳とペンを取り出した。
「まだ。生活が不規則な仕事だからね‥‥そっちは?」
「うん、同じ棟の人とコンビニの店員に話聞いてきたわ。
 けど、あれやなあ。始めてみると、なんか妙な依頼やな」
  准一の言葉に、博も深くうなずいた。

   事務所にやってきた男は、渡部篤郎と名乗った。
  落ち着いていて、准一が想像していたような人ではないが、
  ときおり目が刑事のそれのようになる、不思議な男だった。
「この女の子を探していただきたいんですが」
  そう言って彼は写真を ――錦織が持っていたものと同じ、
  杏の写真を―― 差し出した。
「この子、ですか‥‥差し支えなければ、
 渡部さんとのご関係を教えていただけませんか?」
  博が言うと、渡部は「ええ」とすぐに頷いた。
「僕の妹です」
「ああ、妹さん‥‥」
「ずいぶん歳、離れてますねえ‥‥」
  つい言ってしまった准一の脛を博が蹴飛ばした。
「‥‥‥っ!」
「ははははは、失礼しました、礼儀知らずなもので‥‥」
「いえ。事情がありまして、名字も違います」
「そうですか‥‥それでは、妹さんの行方が
 分からなくなったのはいつ頃からですか?」
「一月ほど前、父が亡くなったんです。
 その5日後の下校途中から行方がわからなくなりました」
「5日前、と‥‥妹さんは以前から何か、
 兆候みたいなものはありましたか?
 それと失礼ですが、怨恨の筋で心当たりは?」
  博がそう言ったとき、渡部の目がわずかに鋭くなった。
  だが、すぐにそれも消え、彼は首を振った。
「‥‥思い当たりません。それに僕には
 妹の友達や、学校でのことはよくわかりませんから」
「‥‥わかりました」
  そのあと、学校と自宅の住所、通学手段と経路を聞き、
  その日はそれで渡部は帰っていった。
  
  事務所の情報網で調べたところ、亡くなった杏の父親は
  「ミュゼット」という貿易会社の代表取締役だったらしい。
  その会社もやはり「銀竜会」と名乗る組と関わりがあった。
  翌日、通学路周辺で聞き込みをし、どこで姿を消したかを割り出した。

「ほんで、通学路の近くにあった
 家庭教師の家に行ったらしいってことがわかったんやけど‥‥」
「1週間前から、このマンションに住む越智って男のところにいる、と」
  二人はうーん、と唸って目の前のマンションを見つめた。
  雨が大粒になり、激しくなってきている。
「で、准が調査した結果はどうだった?」
「うん。まずコンビニの方やけど、毎日利用してるらしい。
 何日か前から女の子と一緒に来るようになったっていうから、
 1週間前から杏が一緒にいるのは間違いないやろな。
 あと、同じ棟の人の話。こっちはけっこう重要なはなし聞けたわ」
「なに?」
  准一がマンションを見たまま言った。
「最近、越智は引っ越しの準備してるらしいんや」
「引っ越し?」
  博が聞き返して准一を見たとき、
  准一が「あっ」と身を乗り出した。
  雨の降るなか、マンションから男と女の子が出てきた。




             ――TO BE CONTINUED――

投稿時間:00/11/30(Thu) 19:03
投稿者名:ナナ
Eメール:nana@quest.gr.jp
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タイトル:太陽の当たる場所 2


 ・太陽の当たる場所 2  「預かり物」


  昌行のマンションの前。
   激しい雨の降る中、傘をさした健が歩いてきた。
  マンションに入り、エレベーターホールを抜けようとしたとき
  奥様方と何かヒソヒソ話をしていた梨元と目が合った。
「ああっ、健ちゃん!」
「あ、梨元さん。こんにちは」
  健が挨拶してさっさと行こうとすると、
  例のごとく梨元が「ちょっとちょっと!」とくっついてきた。
「? なんですか?
 お見合いなら昌行くんはホントに‥‥」
「えーっと、その話なんだけどね。
 悪いけど、なかったことにしておいてよ」
「え?」
  意外な言葉に健がきょとんとしていると、梨元は少し声を落として続けた。
「坂本くんて、彼、なんか色々とワケありなんでしょ?
 僕の立場とかそういうのはさ、気にしなくていいからって
 健ちゃんのほうから言っておいてよ、うん。ねっ?」
「はあ‥‥?」
  梨元はそう言うとそそくさと行ってしまった。
  奥様方はまだ何かボソボソと話し合っていた。

   健はわけがわからないまま、
  エレベーターホールを抜けて106号室に向かった。
「!」
  健が立ち止まる。
  106号室の前に、長い髪の女の子が座り込んでいた。
「サカモトマサユキさん?」
「あ、いや俺は‥‥」
「突然ごめんなさい、鈴木杏です」
  杏は立ち上がると、軽く頭を下げた。
  見覚えがないし、まさか昌行の友達とは思えないので
  健はただひたすら戸惑っていた。



「越智が出てきてから2時間30分‥‥まだ出てけえへんなあ」
  東山情報サービスのアコードワゴンの中で、
  准一が昌行のマンションを見つめている。
「このマンションに越智の知り合いがいるんだろ」
  博が手帳に何か書きつけながら言った。
「裏から逃げたとかそういうこともないよな、
 見たところは普通のマンションやし。
 ほんなら、あとちょっと張り込みを続けて‥‥」
「出てきたところか、一人になったところを保護して
 事務所に連れていってクライアントに引き渡す、と」
「なんや、思ったより簡単な依頼やんかー。
 よかった〜。俺、ヤーコ連中と関わり合いたくないねん」
「いや〜、まだわからないよ〜。
 ここが実はヤクザ屋さんのマンションかもよ〜」
  ビビらせるようなことをわざと言ってみる博。
  准一もちょっとそれは心配だったので、
  一瞬イヤな想像をしてしまったがすぐにそれを
  打ち消すと、口を開いた。
「けどわからんなあ、杏はほんまに誘拐されたんか?」
「やっぱり准もそう思ってたか。
 小さい子ならともかく、逃げ出せると思うんだけどなあ」
「このマンションに来るときも、無理やりって感じやなかったしな。
 ちゅうことはあれか、杏は家出したってことか?」
  准一が言うと、博が首をかしげた。
「それもなんかヘンな感じがするよな」
「せやな、ふつう家出いうたら友達の家とか行くやろ」
  二人はむつかしい顔をして考えこんだ。
  車に打ちつける雨の音がバラバラと響いている。
「父親が死んだことで、杏の家で何かあったんだよな。
 家族の渡部さんにも言えないようなことで、
 それが原因で、家出か誘拐か、杏は家からいなくなった」
  博が言うと、准一が何とも言えない表情をした。
「俺な、あの渡部ゆう人、どーもうさんくさいと思うねん。
 クライアントにそういうことすんのアレやけど、
 麻衣子ちゃんに頼んで調べてもらったほうがええんちゃう?」
「うーん‥‥そうしたほうがいい、かなぁ」
「そうやー、なんかウラがありそうやん、あの人」
「でも麻衣子ちゃんちょっとキツイとこあるからなあ、
 依頼人に探り入れたの、所長にバレたらコワイしなあ‥‥」
「あー、それはイヤやなあ〜‥‥」



「けーん、来てんのかぁー?」
   昌行が仕事の打ち合わせを終えて帰ってきた。
  玄関でふと足元を見ると、見慣れぬ小さい靴が一足。
  昌行はそれをじっと見下ろしていたが、急いで部屋に上がった。

「健ッ、お前なぁー!!」
  昌行がバタバタとリビングに入ってくる。
「なんで俺んちに自分の彼女を‥‥!」
「昌行くん、おせーよっ!!」
  健に逆に怒られ、昌行はちょっとひるんでしまった。
「なに? どーした?」
「お客さん‥‥」
  健が椅子を指差すと、座っていた杏がぺこっと頭を下げた。
「‥‥ど‥‥どちらさん?」
  昌行が小声で聞くと、健がずずっと昌行を廊下に引っ張って小声になった。
「昌行くん知らないの?」
「知らねえよ、俺に来た客なのか?」
「そうだよ、坂本昌行さん?って言ってたもん。
 鈴木杏ちゃんだって。俺もよくわかんないんだけど‥‥」
「俺も全然わかんない。見覚えないしなあ‥‥」
「ホントに〜?」
「ホントだって!」
「あのー」
  二人がボソボソ話していると、
  杏が立ち上がって昌行に封筒を差し出した。
「この手紙、読んでください」
「? 何、これ」
  昌行が封筒を開け、中の白い便箋を取り出す。

 『  坂本昌行くんへ

   突然こんなことになってごめん。
   僕はしばらく出かけることになりました。理由は言えません。
   少しのあいだ、預かってほしい物があります。
   君にしか頼めません。どうかよろしくお願いします。

                       越智真人    』

「‥‥越智、真人?
 え、あの君、これ越智さんに頼まれたのか?」
  杏がうなずく。
「誰、越智さんって?」
「先輩のライターで、俺にこの仕事紹介してくれた人。
 しばらく連絡とってなかったんだけど‥‥」
「へえ‥‥なんだろ、この“理由は言えません”」
「それで、預かってほしい物って?」
「預かってくれるんですか?」
「? うん、そりゃあ越智さんの頼みだし‥‥」
  昌行が言うと、杏が自分を指差した。
「は?」
  昌行と健が顔を見合わせた。
「今日からお世話になります。よろしくね、まーくん」
  杏が無邪気に言った。



  その頃、快彦と剛は聖心女子学園の前をウロついていた。
   二人、キョロキョロしていて、いかにも不審人物である。
「うん、たしかにこの学校の制服だよな」
  快彦が写真の杏と、出てくる生徒を見比べて顔を上げた。
  二人は手がかりがまったく見つからないので、
  その道のマニアを捕まえて、どこの制服か教えてもらったのだ。
「‥‥それにしても‥‥」
「女の子ばっかりだよな‥‥」
「そりゃ女子校だからな‥‥」
「女の子ばっかりだよな‥‥」
  二人は違う世界に住んでいる女の子たちにしばし見とれていたが、
  剛がハッと我に返ると快彦をばしっと叩いた。
「いーから早く聞き込みしよーぜ!」
「あんだよ、急に」
「いや、一人ひとりチェックしてくと
 俺の好きなタイプはあんまりいなかったから」
「俺はお嬢様っぽいのもけっこう好きなんだよ〜」
  快彦はボヤきながらも、中等部の生徒らしい女の子を見つけると
  駆け寄って「ちょっといいかなー」と声をかけた。
「あのさ、1年生の鈴木杏っていう子、知らないかな?」
  が、女の子は明らかに警戒した表情を見せると、
  「知りません」と短く言ってさっさと行ってしまった。
「‥‥‥‥‥」
「逃げられちゃってんじゃーん」
「違うんだって、今の子はちょっと照れ屋さんだったんだよ!」
「違うよ、ぜってー警戒して逃げたんだよ。
 ていうかね、笑顔がキモチ悪い!」
「どこがキモチ悪いんだよ、
 すげーいい笑顔じゃねえかよっ!」
「や、なんかヘンタイっぽかったもん」
  剛はちょうど校門を出てきた二人組に近寄った。
「ねえ、ここの1年生の鈴‥‥」
  そこまで言いかけたとき、二人組は走って逃げていた。
「おいッ!!」
「やっぱりね、お前じゃお嬢様はビビっちゃうね」
  快彦がうれしそうな顔で言った。

  今度はちょっと派手な感じの女の子が4人ほど出てきた。
  これなら話を聞いてもらえるかもしれないと思い、
  快彦は極力マジメな顔、剛はなるべく穏和な雰囲気を心がけて
  「すいませーん」と低姿勢に声をかけた。
「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど」
「1年生の、鈴木杏っていう子知ってる?」
  二人が尋ねると、彼女たちは「えー?」と顔を見合わせていたが
  そのうちの一人が「あー」と思い出したように言った。
「知ってる。妹と同じクラスだ」
「えっ」
「本当?」
「はい。中等部ですけど」
「妹さん、まだ学校にいる?」
「会って聞きたいことあるんだけど」
  快彦と剛が続けて言うと、女の子はうーんと首を傾げた。
「ごめんなさい、ちょっとわかんないです」
「あ〜〜〜‥‥」
「そっかぁ‥‥うん、どうもありがとう」
  女の子たちが行くと、二人は肩を落とした。
「わかんないかぁー」
「でもさ、この調子で聞いていけば
 同じクラスの子とか見つかるんじゃねえ?」
「だよな。じゃ、どんどん聞いてくか」



  昌行は舌打ちすると携帯を切った。
「ダメだ、出ねえ」
   自宅の電話からも何度もかけたが、越智は連絡がつかない。
「昌行くん、もう諦めて預かることにしなよ」
  健が言う。
「どういう事情か知らないけど昌行くんを頼ってきたんだし、
 まさか女の子一人追い返すわけにもいかないでしょ。
 ずっと家においてくれって言ってるわけじゃないんだしさ」
  どうやら、ヒマと好奇心を持て余しているこの大学生は、
  昌行が何かおかしな事態に巻き込まれることを期待しているらしい。
「そりゃ、お前の言うとおりだけど‥‥」
「それよりさ」
  悩んでいる昌行は放っといて、健は杏のほうを向いた。
「杏ちゃん、学校はどうすんの?」
  杏はちょっと健を見ると、首を振った。
「平気。行かなくてもいいの」
「いいって‥‥どういうこと?」
  健もさすがにわからない顔をする。
「とにかくいいの。」
  杏が言い切ったとき、昌行もようやく覚悟を決めたらしい。
「よし、わかった。
 越智さんの頼みだし。杏ちゃん、ここにいな」
「本当?!」
  杏がうれしそうに言うと、昌行もニコッと笑った。
  内心は、まだちょっと戸惑いや心配があるが。

「OKするんだー。じゃ、俺明日も来ようっと」
  期待どおりに事が運ばれたので、健もニッと笑んだ。



  すっかり暗くなった頃に、東山情報サービスでは
   准一が麻衣子に手を合わせていた。
「麻衣子ちゃん、頼みます! 渡部のこと調べてくれんかな〜」
  張り込みは博に任せて、一旦事務所に戻ってきたのである。
「あなた方の個人的な調査には協力しません」
  帰り支度をしていた麻衣子がすぱっと言う。
「せやけど‥‥どうも何か裏がありそうなんや」
「うちの仕事はあくまでもクライアントのお手伝い。
 依頼の内情には一切関わったり、見聞きしてはいけない。
 ‥‥所長がいつもおっしゃっている、探偵の鉄則でしょう」
  麻衣子がとどめを刺すように言うと、
  准一は何か言いかけたが、うなだれて考えこんだ。
   麻衣子も准一があまり深刻な顔をしているので、
  机の引出から書類の入った青いファイルを取り出すと、無造作にポンと置いた。
「これ、クライアントの情報の入ったリスト」
  准一が驚いて顔を上げる。
「私は別に、あなた方に協力するつもりはないから。
 私が片付け忘れたのを、偶然あなたが見つけた。そういうこと」
「あ‥‥‥わ、わかった。
 ほんまにありがとうな、麻衣子ちゃん」
「だから、私は何もしてないのよ」
  准一は頷くと、ファイルを手にとった。
  麻衣子も思わずちょっと微笑む。
「今度、絶対お礼するから。なんかあったら言うてな」
  何気なく言った准一を、麻衣子が見る。
「それって、なんでもいいの?」
「? ええけど」
「じゃあ‥‥あの、この仕事が終わったら、一緒に‥‥」
  と、そこにバンとドアが開き、一人の女が入ってきた。
「准。迎えに来たわよ」
「遅いわ、砂羽!」
  麻衣子がびっくりして二人を見比べる。
「こっちは色々と忙しいのよ。ほら、さっさと行くわよ」
「遅れといてその態度かいな‥‥
 あ、じゃあ麻衣子ちゃん、またな! これ、ありがと!」
  短くそう言って出ていく准一と砂羽の二人を、
  麻衣子はあっけにとられて見送った。



  博が張り込みを続けていると、窓ガラスがノックされ
   准一と砂羽が顔を見せた。
「お、やっと来たか」
「ごめんな、待たせた。こいつがなかなか来ぇへんねん」
「あ、人が厚意で調べ事してやってんのに
 そういう言い方するわけ?」
  助手席に准一、後部座席に砂羽が乗り込んできた。
  砂羽は同業者で、准一が事務所に入る前からの友人だ。
「それで、持ってこられた?」
「ああ、このとおり」
  准一が例のファイルを見せた。
「よく持ち出せたもんだな‥‥」
「ん? なんか最初は断わられたんやけど、
 あとからちゃんと貸してくれたんやで、麻衣子ちゃん」
  平然と言う准一に、博はちょっと麻衣子に同情した。
「それで、砂羽さんの調査の結果は?」
「なーんにも出てこなかったわよ」
  砂羽が煙草を一本取り出すと、火をつけた。
「銀竜会って組は、ここ何年か目立った行動はしていない。
 バブル崩壊のころにちょっと活躍してたらしいけど、
 そのあとは大きな事件に関与するようなこともないし‥‥
 その、杏の父親の会社‥‥『ミュゼット』って言ったっけ?
 そことの繋がりっていうのも、どうかしらねぇ‥‥」
「そうか‥‥」
  博がファイルを開いて、やっぱりな、という顔をした。
「予想通り、渡部篤郎は杏の兄じゃなかったらしい。
 名前は本名だが、『ミュゼット』の社員だよ。役職は係長」
「社員?」
「そう‥‥ああ、そうだ、これ」
  博がダッシュボードをあけると、
  数枚の雑誌のスクラップを取り出して見せた。
「なんやねん、これ」
「あの“越智真人”の書いた記事だよ。少し探してみたんだ」
  中から一枚を手にとって見ると、
  『クローズアップ・一流企業の挑戦者たち 連載第28回
   おもいっきり商事 御法川社長「成功の秘訣は健康法にあり」』
  みたいなタイトルがついている。
「彼はその連載で、杏の父親にも取材したことがある。
 そこから懇意になって、杏とも会ったのかもしれない」
「そうか‥‥」
「会社の人間が杏に何の用なんだろう‥‥」
「いっぺん、調べたほうがよさそうやな」
  准一が言うと、博も頷いた。
「それにしても‥‥」
  砂羽が渡部のファイルを見て首をかしげた。
「そんなうさんくさい依頼人だって知ってて、仕事受けるなんて
 あんたたちのとこの所長さん、なんか悪いこと考えてんじゃないの?」
  博と准一が顔を見合わせる。
  否定はできない。



  翌日。喫茶店『NATURE RHYTHM』では開店と同時に
   クーラー目当てにやってきた快彦と剛がダレていた。
  快彦が杏の写真をカウンターにばしっと叩きつけた。
「わっかんねえなあー。全然わかんねえよ!」
「あ〜〜‥‥涼しい〜‥‥」
  枝毛を切っていた紗弥加が顔を上げる。
「まだ見つかんないのぉ? その女の子」
「見つからないんだよぉー。
 同級生の子にも聞いたけど、どこ行ったかは誰も知らねんだ」
   結局、前日の聞き込みの成果はなかったのである。
「どうしましょうねえ。危険、ですよね、女の子が何日も」
  テーブルを磨いていた店長が自分のことのように心配そうに言う。
「おい、剛。なんかいい方法思いつかねーのか」
  快彦が隣で涼んでいる剛をつつく。
「いい方法〜? はり紙貼るとか?」
「お前ね、杏ちゃんは犬じゃないんだから‥‥」
「だってそれくらいしかねーじゃん、手がかりゼロなんだしさ」
「う‥‥ま、まあ、それもそうだよな」
「あー、それじゃ、貼っておきましょうか? うち」
  店長がニコッと言うが、剛と快彦は何とも言えない表情をした。
「いや、マスターの気持ちはありがたいんだけど‥‥」
「客‥‥いるの? ここ」
「いやぁ〜‥‥来たり来なかったり、ぼちぼちですね」
「あんたたちは知らないだろうけど、けっこ〜多いのよ? あたしのファンの人。」
  と、紗弥加が言うが、聞いていない二人。
「うーん‥‥貼るだけ貼ってみる?」
「そうだな。誰か知ってたら儲けもんくらいの気持ちで。
 じゃあこの写真コピーしてくるんで、それとな〜く貼っておいて」



  そのころ昌行は、巨大なナタを持った健に追いかけ回され
  殺されたあげく、ゾンビになって生き返るという悪夢に苦しんでいた。
   汗だくになってハッと目覚めると、杏がその顔をじーっと覗き込んでいた。
「!」
「おはようございまーす!」
「ああああ〜‥‥お、おはよー」
「大丈夫? なんかずっとうなされてたよ」
「やっぱりな‥‥ うん、だいじょーぶ」
  昌行がヨロヨロとソファから起き上がった。
「悪い、寝過ごした‥‥杏ちゃん、なんか朝メシ食った?」
「うん、冷蔵庫にあったもの勝手に食べちゃった」
「あ、そう?」
  昌行が洗面所で顔を洗っていると、
「おじゃましまーすっ」
  と、玄関で明るい声がして、案の定、健が入ってきた。
「出たな‥‥」
「え、なにがぁ?」

  昌行がリビングに戻ってくると、健が口を開いた。
「昌行くん、どっか行こっか?」
「はあー?」
「杏ちゃんと話してたら今起きたところだって言うしさ、
 昌行くん仕事以外で外出たりしないでしょ」
「そりゃそうだけど‥‥」
  健が声をひそめる。
「それに、杏ちゃんにどんな事情があるのかわかるかも」
  昌行が改めて健を見た。
「お前、なんか変な期待してない?」
「えっ? なにが? 全然!」
  昌行は健を訝しげに見ると、次に杏に視線をやった。
  杏は何か分厚い手帳のようなものを開いている。
  たしかに越智がどういうつもりで彼女を預けたのかは知りたい。
「‥‥じゃ、そうするか」



  マンションの住人に聞き込みをしていた博が帰ってくると
   ヒマをもてあました准一はシートを倒して昼寝していた。
  どうもこいつは緊張感がない。
「准ー。岡田准一〜!」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥起きないとスゴイことするよ。」
  本能的に危険を感じ取った准一ががばっと起き上がった。
「杏、どこにおった?」
「はい。えー、106号室の前に杏と思われる女の子がいた。
 106号室の住人は坂本昌行29歳、独り暮らしの独身。
 職業はフリーライターで親戚の子がよく遊びに来ている、とのこと」
「ライターか、越智と同じやな」
「仕事の関係で知り合ったと考えていいだろうね。
 でも『ミュゼット』に関する記事では名前見かけなかったけど‥‥」
  言いながら博が顔を上げた。
「あ」
「なんや?」
「出てきたっ!」
「えっ! どれ? どこ?!」
「駐車場、駐車場!」
  博が慌ててアコードワゴンのエンジンを入れた。



  アパートで、剛が扇風機をバシバシ叩いている。
  スイッチを入れても動かないのだ。
「ガチャ」
「ただいま〜。直ったか?」
  快彦がビニール袋に巨大な氷を入れて帰ってきた。
「ダメだ。なに、その氷。うわ、なんか生ぐせー!」
「これか? 魚屋行って、わけてもらってきた」
「なんで?」
「いや、気持ちだけでも涼しくなるかと思って‥‥」
  剛が再び扇風機を直そうと叩きはじめる。

「ガチャ」
「おー、いたか」
  ドアが開いて錦織がやってきた。
  片手にセールスマンのような鞄を下げている。
「あ、ニッキさん」
「どうよ、進んでるか?」
「進んでるも何も、名前と写真だけじゃ全然わかりませんよ」
「なんかヒントとかないんですか、ヒント!」
「そんなもんはね〜〜〜な」
  言いながら、錦織が床においた鞄を開いた。
  透明な液体が入ったビン、手錠、非常食、ガムテープ
  ハチマキのような布が3本、懐中電灯、そして折り畳みナイフと
  なにやらただならぬ雰囲気の品がズラリと揃っている。
「なんですか、これ」
「これから入り用だろうと思ったんだよ。名付けて悪人七つ道具!」
  と、『必殺』のポーズをキメる。
「悪人って‥‥」
「いや、杏を連れてくるときにどれか一つは使うだろ」
  剛がナイフの刃を出し入れしながら言った。
「‥‥こういうの使うのって、拉致じゃないんですか?」
「うん、まあ『略取』っていう犯罪だな」
  こともなげに答えた。
「ニッキさん、勘弁してくださいよー! そういう本気でヤバイ仕事はー!!」
「大丈夫大丈夫、もともと杏は家出中で行方不明なんだ、
 お前らがどさくさに拉致したって警察は気づきゃしねーよ」
  錦織はわかったようなわからないようなことを言うと
  懐から5万円を出して二人の顔をぺしぺし叩いた。
「それにな、井ノ原、剛。お前ら、警察の心配する前にメシの心配をしろ」
  そう言われると、貧乏人の悲しさで何も言えない。
  二人はいまいち不安な顔で『七つ道具』をそれぞれ手にとってみた。
「このビンなんですか?」
  快彦がフタを開けると、においを嗅いでみる。
「気をつけろよ、劇薬だからな」
  錦織がそう言うのと同時に快彦がバタンと倒れた。
「あ――――!! 死ぬなー、井ノ原ぁあー!!」
「平気ヘーキ、いわゆるクロロホルムってやつよ」
「ああ、なんだ、びっくりした‥‥」
  剛が快彦を揺さぶるのを止めると、錦織が笑って腰を上げた。
「それじゃ頼むよ。
 あの社長の遺産だ、いくら隠してるか‥‥」
「いさん?」
  錦織がしまった、という顔をする。
「気にすんな、こっちの話だ!」
「いさんって‥‥あの車掌‥‥?」
「うん、そう、車掌! お前らには関係ないぞ!」
  錦織はごまかしながら立ち上がると、
  何気なくテレビのリモコンを取ってスイッチを入れた。
「おい、剛」
「はい?」
「この部屋、電気とめられてるぞ」
「えっ!! 本当だ! あ、冷蔵庫!!」
「ま、頑張ってこの夏を乗り切れよ〜」
  うまく話題をそらした錦織が足取り軽く出ていく。
「起きろ、井ノ原ーっ!!」







             ――TO BE CONTINUED――

投稿時間:00/11/30(Thu) 19:09
投稿者名:ナナ
Eメール:nana@quest.gr.jp
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タイトル:太陽の当たる場所 3


・太陽の当たる場所 3 「発覚」

  昌行と健、そして杏の3人は、
   車で30分ほどの距離にある大きな公園に来た。
  子ども連れの家族や、散歩にきた男女、ランニング中の人がいる。
  全体的に人気は少ない感じだ。

「あー、うちのもつれてくればよかったなぁー」
「健くんペット飼ってるの?」
「うん、ブルーがラブラドールで‥‥」
  二人から1歩後ろに離れて歩いていた昌行は、
  周りに小さい子どもを連れた夫婦を見て、次に杏を見ると
   俺、なんかお父さんみたいだなあ‥‥
  と、不覚にもしみじみ思ってしまった。

「あ、昌行くん。このあと買い物行こうか」
「ん? ああ、そうだな。
 杏ちゃんも色々買うものあるだろ」
「うん、そうする!」


  そして3人から10mほど離れたところから、
  博と准一が見え隠れしながらついてくる。
「公園て、なんでこんな隠れにくいところに来んねんっ!」
「たぶん、あの背の低いほうが『親戚の子』だよな‥‥」
  こそこそしながら歩いていた二人は、ふと辺りの視線に気付いた。
  周りは親子か恋人同士、こっちは若い男二人組である。
  あからさまにあやしい。
「‥‥なんやねん、俺らは俺らでラブラブやねん!」
「そうだ、文句あるか! 行こうか、准一」
「うん、ヒロシっ♪」
  二人は周囲の人々にインネンをつけると、
  わざとらしく腕を組んで昌行たちを追いかけていった。




 昌行、健、杏の3人が大型のスーパーマーケットで買い物をしている。
   3人が売り場を離れると、少し間を置いてから
博と准一の探偵2人組が、ひょこひょことついてくる。
「順調、順調」
  准一が棚越しに3人の様子をうかがいながら、ほくそ笑む。
  だが博は、なんだか妙に落ち着かない様子。
「? なんや?」
「いや‥‥そうは思えないしな‥‥理由も見当たらない‥‥でも、まさか‥‥」
  ブツブツ言っている博を見て、准一が首をかしげる。
「‥‥准」
「はい?」
「ちょっと、頼む」
「へ?」
  准一が驚いて何か言おうとしたときにはもう、博は忽然と消えていた。
「頼むって‥‥えぇ〜?」


  准一と別れると、博は買い物をしている素振りをしながら少し歩いた。
  近くにいるどの客とも違う、その足音はまだついてきていた。

――こっちも尾行されている。

  公園の芝生の上にいたときはわからなかったが、店に入って気がついた。
  相手は誰だ? なんのために自分たちを尾けているのか。

――足音を隠すことを知らないから、プロじゃないはずだ。

  博はためしに適当な棚のところで曲がると、急に振り返った。
「!」
  同じくらいの身長で、色の濃いサングラスをかけた男が驚いて立ち止まった。
「‥‥‥‥‥・」
  博が何も言わずにじっと男を見つめると、
  相手は慌てたように博のわきを抜けて、どこかへ消えていった。




「お前、なんでそれを早く言わないんだよ!」
   日が落ちたそのころ、快彦と剛のアパート。
  薬品による爆睡から目覚めた快彦は、剛の話を聞くなり言った。
  剛が腐りかけの食材で作った夕飯を快彦の口に突っ込む。
「おめーの担当だろぉ、電気代払うのはー!」
「電気代の話じゃねえよっ! ニッキさんの言ってた遺産のことだよ」
「あぁ、そっちね。関係ないって言ってたよ」
「あの人の『関係ない』イコール『大いに関係ある』ってことだろ。
‥‥なんかこれ、酸っぱいのとおりこして辛いぞ? 大丈夫かよ」
「よく賞味期限切れの牛乳とか平気で飲んでるじゃん。
 けどさぁ、遺産の話なんか関係なさそうだろ、この鈴木杏に」
「いや、わかんねえぞ‥‥
 そうだ、遺産相続がらみの親戚間の争いが原因で、家出したとか」
「今度は錦織さんが関係ねーよ、それじゃあ。
 遺産相続って、奥さんとか子どもとかじゃないとダメなんでしょ?」
「そういやそうだったな‥‥じゃ、なんだろう‥‥」
  快彦が考え込むと、
「ハシが止まってる!」と、剛がさらに快彦の口に押し込む。
「杏‥‥社長の遺産‥‥ニッキさんのやりそうなことは‥‥」
  親のカタキのように快彦に料理を食べさせながら、剛が言った。
「その社長ってさ、やっぱり、杏のじーちゃんか誰かなのかな」
「そうじゃないのか?」
「だったら、その会社なら『遺産』って何のことかわかるかも!
 なんとか調べて、近いうちに行ってみよーぜ!」
「え? だって杏みつけるほうが先だろ」
  急に燃えはじめた相棒を見て、きょとんとした顔の快彦が言うと
  剛は「甘い!」と身を乗り出した。
「俺たちの目的は一攫千金で、杏探しの報酬5万円じゃないの」
「え〜〜‥‥」
「フツーに考えても、5万円ぽっちより遺産のほう取るだろー?
電気代払ったら一文無しになったし」
「それはまあ、そうだけどなぁ‥‥
 なーんか嫌な予感がするのよ、俺は。」
  剛の右手をつかんで押さえながら、快彦はうーんと首をかしげた。




「なんでそれを早く言わへんねん、ヒロシっ!」
  ワゴンの中で、驚いた准一が言ったが、
  博は平然として、昌行の車が駐車場に入っていくのを見ている。
「いや、すぐどっかに逃げてったし、
 スーパーを出てからはついてきてないから大丈夫だと思う」
「尾行されてた‥‥全然気ィつかんかった‥‥」
「うん、俺も。探偵失格だね」
「所長におこられるでぇ〜、またー。
 なんで気づいたときすぐ俺に言ってくれへんかったんや」
「いや、准に言ってもしかたないと思ったし‥‥」
「なんでそんなこと言うねんっ!」
「実際、気づいてなかったんでしょ。准一は。」
「‥‥‥‥‥」
  ちょっとヘコんだが、准一は気を取り直すと手帳を開き
  今日までの張り込みの日誌を見た。
「あやしいヤツを見たってゆうメモは、と‥‥」
  博も准一のノートと照らし合わせながら、自分でつけたものも見る。
  張り込み中は誰でもうさんくさく見えてしまうので、
  准一の手帳は細かい観察記録がびっしり書き込んである。
「あった?」
「わっからへんなぁー‥‥どんなヤツやった?」
「身長は俺と同じくらい。体型は痩せ型でも太っているほうでもない。
 いまどきめずらしく色の濃いサングラスをかけててー」
「なんか、他に特徴なかったんかいな‥‥」
  二人はしばらくそれぞれの手帳を睨んでいたが、
  ふと、妙な表情で顔を見合わせた。
「思ったんやけど」
「うん」
「俺らがここで張り込みしてること知ってる人間なんて
 限られてるよな。砂羽と、麻衣子ちゃんぐらいやろ」
「あるいは、俺たちと同じように杏を探していた人間が
 このマンションに行き着いて偶然俺たちのことを知ったか‥‥」
  准一がダッシュボードから、渡部の情報のコピーを取り出す。
「もしそういう連中がおるとしたら、この人が雇った同業者か何かなんちゃう?」
  博がその意見に、少し首をかしげた。
「でも、足音が消せてなかったんだ。警察とかプロの探偵じゃない」
「そうか‥‥同業者じゃないんなら、
 渡部とは別に杏を探してるヤツがおるってことやな」
「それじゃなかったら、渡部の部下のひとりとか」
  准一がうなずく。
  博は少しのあいだ、またマンションのほうに目をやっていたが
  何か思いつくと、振り返った。
「准。砂羽さんを呼んできてくれ」



  同じころ、昌行はリビングに入ったところで立ち尽くしていた。
その足元に観葉植物の鉢がひっくり返っている。
ガムテープを使ってあけられた窓の穴から、風が吹き込んでいた。
  穴はちょうど、鍵に手の届くあたりである。
「なんだ、これ‥‥」
  出かけている間に、部屋はめちゃくちゃに引っ掻き回されていた。
  カーペットがひきはがされ、片付けておいたはずの物が散乱し
  棚の中は地震でもあったかのように全部下に落ちている。
「昌行くん、寝室もやられてる」
  健が杏と寝室から戻ってきた。
  昌行がぼうぜんとした顔で振り返る。
「なにがあったんだよ、この有様は‥‥」
「空き巣にしたって、これは‥‥」
  昌行は鉢植えを拾い上げた。
「あんまり動かさないほうがいいんじゃない、警察呼ぶから」
  健に言われて、昌行は「あ、そうだな」と鉢を下ろした。
  そのとき、植物の根元の土が掘られていることに気がついた。
「―――――」
  そっと視線を動かすと、杏がこわばった表情で部屋を見ている。
  空き巣に入られたことに驚いている顔、とは少し違う気がする。
「健、そこの引き出しに印鑑いれてたんだ、見てくれ」
「あ、うん」
  健にそう言うと、昌行は洗面所のほうへ入った。
  歯磨き粉やシェービングフォームなんかの中身が全部シンクに開けてあった。
  バスルームのドアを開けると、シャンプーも同じ被害にあっている。
「昌行くん!」
  風呂場を覗き込んでいると、健がびっくりした顔をのぞかせた。
「あった。印鑑」

  結局、印鑑だけではなく、通帳、現金、時計や貴金属類など、
  思いつくかぎりの金目のものはひとつも盗られていなかった。
「なんでどれも残ってるんだろう‥‥」
「一通り確認したけど、とりあえず盗まれたものはないと思う」
  いつ終わるかわからないが、3人は片づけをはじめた。
「なんかさ、これって泥棒っていうより」
「家探し、って感じだよな」
「うん。また買い物いかなきゃ‥‥」
  昌行が顔をあげたとき、杏と目が合った。
  やはり、さっきと同じ表情をしている。
「‥‥‥杏ちゃん」
  昌行が口を開くと、同じことを考えていたらしい健も顔を上げた。

「杏ちゃん、何か知ってるんじゃないの?」

  杏がドキッとした表情で昌行を見上げた。
「知ってることがあるんなら、教えてくれないか?
 この部屋の様子の理由―――それから、越智さんのことも」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
  杏は一瞬目をふせると、とまどっている様子だったが
  顔をあげると話しはじめた。
「お父さんが、夏の前に病気で亡くなったの」
  杏はそこまで言うと、いつも持ち歩いていたらしい
  分厚い手帳を取り出してみせた。
「お父さんは入院してたときに、私にこれをくれた。
 使ってた手帳だって。これからは、ずっと杏が持っていてくれって」
  使い込まれた黒い皮の表紙をさする。
「それでお父さんが亡くなったときは、
 あれは形見にしてくれっていう意味だったんだと思ってた。
 だけど、すこし前から、会社の人がよく家にくるようになったの。
 私はその人たちが、御焼香だけじゃなくて、何かを探しに来てるんじゃないか、
 その『何か』はこの手帳のことなんじゃないかって思って‥‥
 それなら、これはお父さんが私にたくしたものなんだから
 絶対に見つかっちゃいけないと思って‥‥家から出てきたの」
  昌行と健が顔を見合わせる。
「私の家庭教師の先生と、お父さんと仲が良かった越智さんは話をきいてくれて
 しばらくは私もそこでかくまってもらってたんだけど、
 そのうち会社の人たちにも私が家からいなくなったことがバレちゃって。
 家庭教師の先生の家にも会社の人が来たって連絡があった。
 それをきいた越智さんが『他の場所に移ったほうがいい』って、
 ここに連れてきてくれたんだ」
  杏はそこまで言うと、少しうつむいた。
「いままでは、こんなふうに隠れていた場所が
 出かけてるあいだに荒らされたりすることはなかったんだけど‥‥
 でも、もう気づかれちゃったっていうことだと思う。
 ‥‥・本当にごめんなさい。こんなことになっちゃって」
「じゃ、またどっか別のところに行くの?」
  健がたずねると、杏は小さくうなずいた。
  健が何か言いたげな様子で昌行の顔を見る。
  昌行はその視線に気づくと、少し考える表情で髪の毛をかきあげた。
「‥‥いいよ、出て行かなくても」
  杏が昌行を見る。
「そこまで話されたら、別のところに移っても
 俺、どうしてるか気になってしかたないよ」
「いいの?」
「うん。‥‥他人の部屋、ここまでしてくれた連中も見てみたいし」
「‥‥・ありがとう‥‥」
  昌行がうなずいた。
  目があうと、健も満足したようにうなずいた。

「その手帳に何があるのか、きいてもいい?」
  昌行が言うと、杏はこまったような顔をした。
「それが、私もわかんないの。どこを見ても普通の手帳だし、
 書かれてることも、深い意味はなさそうで‥‥・」






  騒動から一夜明けて、翌朝。
   アパートでは、剛がめずらしく早い時間に目を覚ました。
  剛が身体を起こし、ふとかたわらを見ると、
  いつも寝起きの悪い快彦が、布団をきっちり畳んで姿を消していた。
「???」
  同じように寝起きの悪い剛は、眉間に皺をよせてそれをぼんやり見ていたが
  ハッと気がつくと、放り出してある自分のジーパンのポケットに手を突っ込む。
「‥‥‥あの野郎〜っ!!!」

  『あの野郎』快彦は、パチンコ屋の開店を待つ長蛇の列に並びながら
  手のひらの中の、しわのついた千円札を見て、ため息をついていた。
「剛くん。なけなしのお金を勝手に借りちゃってゴメンなさい‥‥
 しかし、男・井ノ原快彦、必ず10倍にしてキッチリお返しします!」
  快彦は神妙な顔つきで手を合わせると、いそいそと店の中に入っていった。



「ホントにすいません。申し訳ございません。
 あっ、いや、原稿は確かにあげますから! はい、絶対!
 明日には! えっ、今日じゃなきゃダメ?! そこを何とか‥‥はい、はい」
  電話に向かってぺこぺこと頭を下げている昌行を横目で見ながら
  健と杏はそーっと部屋を出た。
「忙しそうだね‥‥」
「いつもああなんだよ。〆切り直前になってようやく書き出すの」
  仕事中の昌行はかなりテンパっていて危険なので、二人は出かけることにした。
  とくに行くあてはないが、2〜3時間ブラついていれば
  帰ったころには昌行の筆も進み始めているころだろう、という計算だ。


  健と杏がマンションから出てくると、当然ワゴンの中の博と准一も動いた。
「あ、なんか出てきよったで!」
「ホントだ‥‥徒歩、みたいだな」
「どないする? 俺、つけとこうか?」
  博がえぇ〜、という顔で准一を見た。
「大丈夫〜? 間違ってもバレるなよ〜」
「バレへんてっ! ええから、自分の相棒を信じろや」
  准一は博にそう言うと、博の揃えた尾行用具一式の入った大きなカバン、
ごく小さな無線機を服の中に忍ばせてワゴンを降りていった。
「最低、30分に1回は連絡入れろよー!」
「わぁーっとるがな!」


  健と杏は15分ほど歩いて繁華街のほうまで出てきた。
  この界隈は東京でも地価の安いほうで、治安がいいとは言えないが
  昼間はそれほど人通りも多くはなく、静かだ。
「お父さんの会社の人たちって、上司の人とか?」
「ううん、部下の人たち。専務の人とか」
「部下の専務?」
「うん」
  健がちょっと驚いて杏を見た。お嬢様だったのか。
「ふーん‥‥家庭教師の先生の家にも来たっていってたけど、
そのときは家が荒らされたりっていうことはなかったの?」
「うん、ただ『知りませんか』って」
「そう」

  ふと、杏の足が止まった。
「?」
  健も足を止めると、杏の視線の先にある路地のはり紙を見た。
  白い紙に杏の写真が印刷してあり、手書きの文字で

  『 この女の子を見かけた方はご連絡ください
   (※謝礼は出ません)  連絡先電話番号・×××−×××× 』

  と、書かれている。
「‥‥杏ちゃん、これって‥‥」
「私‥‥‥!」
  すると、通りかかったオジサンが怪訝な顔で二人を見た。
  そして視線をはり紙にやり、驚いた顔で再び二人を見た。
「あっ‥‥」
  健は慌てて杏の手をひっぱると、目の前にあった喫茶店に飛び込んだ。
  オジサンがぼーぜんとして閉じたドアを見ていると、
  今度は小走りに准一がやってきて、二人が見ていたはり紙を見た。
「‥‥なんやねん、これ?!」
  准一はオジサンに気がつくと、とりあえず、はり紙をバリッと剥がして
  向かい側にあった店の中に入っていった。

「いらっしゃいませー」
  二人が入った『NATURE RHYTHM』では、
  紗弥加が水のグラスをテーブル席に出した。
「びっくりした‥‥」
「ね」
  ふと顔を上げると、カウンターの奥にも同じはり紙が貼ってある。
「!」
「ご注文お決まりでしょうか?」
  紗弥加が来ると、急いでメニューを開いて顔を隠す杏。
「お、オレンジジュースふたつで!!」
「わかりましたぁー」
  紗弥加が戻っていくと、健と杏はそっとそれを見送る。
「???」
「なんでこんなところにも‥‥」
  健が口を開いたとき、ガチャッとドアが開いて剛が入ってきた。
  杏が再び顔を隠す。
「あぁ、いらっしゃーい」
「また来たっ!」
「っせーなー、だから客いないんだから‥‥‥あ」
  剛は健と目が合うと、軽く会釈した。
  健もなんとなく、会釈を返す。
「そうだそうだ、剛くん、このはり紙のことなんですけどね」
  店長が言うと、二人はドキッとしてこっそり剛を見る。
  こいつが貼ったのか。
「あー‥‥それなら、もういいってことになったんで
 今日、回収しに来たんだけど」
「ウソ、見つかったの?!」
  店長と紗弥加が驚いて剛を見た。見つかるとは思っていなかったらしい。
「見つかってはいないんだけどさ」
  剛はそこで言葉を切って、ニヤ〜、と意味ありげに笑うと
「とにかく、もういいから!」
  と、明るく言ってはり紙をベリベリ剥がした。
  健と杏は顔を見合わせながら、その様子を見ている。
「今日は、なんか楽しそうですねえ。イノッチ元気ですか?」
  店長がにこにこしながら、何の気なしに言うと
  剛がはり紙をぐしゃっと握りつぶした。
「あいつ、今度はぜってぇー許さねえっ‥‥!!」
  紗弥加と店長は、またか。と、ため息をついた。
「そういえば、そのはり紙ね」
  紗弥加が思い出したように口を開くと、
  またしても緊張して3人を見る、健と杏。
「昨日の夜、『これ誰が貼ったんだ』ってきかれたのよ」
「誰が貼ったか?」 剛が怪訝な顔をした。
「初めて見た人だったし、ちょっと気になったから
 『頼まれただけでよくは知らない』って言っておいたけど」
「ええ。関西弁の、男の人でしたよ」
「どんなヤツだった? 歳とかわかる?」
「そうですねえ‥‥すごく若くも見えましたけど、30近くにも見えましたし‥‥」
「うん。黒いサングラスかけてたから、顔がわからなかったけど」
「関西弁‥‥?」
  健が口パクで「知ってる?」ときくが、杏も首を振る。
「ふーん‥‥‥ま、言わなかったんだから別にいいや。
 じゃあ、店長、ありがとうございました。貼っといてくれて」
「いえいえ、またいつでも来てくださいね」
「あんまり来ないでねっ」
  剛は店長に頭を下げ、紗弥加に思いっきり悪態をつくと出て行った。
  やっとメニューから顔を上げた杏と、健が顔を見合わせた。
「どういうこと?」




「最低、10枚は書かないとページ埋まらないよなあ‥‥」
  ビニール袋をぶら下げて、昌行は近所のコンビニから出てきた。
  徹夜に備えて、ドリンク剤を購入してきたのである。
  怒る編集氏に考えている内容を話して聞かせ、
  明日まで待ってもらうことに成功したが、書き上げられるかどうか自信はない。
  書き出しだけでも、と考え込みながらマンションまで歩いてくると、
  見慣れた集合ゴミステーションで何かが動いたのが目に入った。
「―――?」
  なんとなくイヤ〜な予感がして、そっと近づくと
  色白の男が、昌行が昨夜出した大量のゴミをせっせと漁っていた。
「!!!」
  衝撃のあまりビニール袋をガチャッと取り落とすと、
  ゴミを漁りをしていた博もハッとして昌行を見た。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
  次の瞬間、博がばっと身をひるがえして走り出した。
「あっ!! 逃げるんじゃねーっっっ!!」
  白昼、いいとしした男二人が追いかけっこを始めた。





          ――TO BE CONTINUED――

投稿時間:00/11/30(Thu) 19:12
投稿者名:ナナ
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タイトル:太陽の当たる場所 4




・太陽の当たる場所 4 「潜入成功(?!)」




  快彦が生活費をかけた勝負をしていると、
  店員がやってきて台にパチッと『打ち止め』の札が貼られた。
「エッ」
「お客さん。もう、打ち止め」
「ええ〜?! お願いします、あと1時間! 1時間だけ待って!!」
「打ち止めって言ったら、打ち止め!」
「そこをなんとか! うちで小さい弟たちが俺の稼ぎを待ってるんです」
「じゃ、ギャンブルなんかやってないで働きなさいよ」
「頼むよ〜〜〜!!」
  快彦が店員に泣き落としをかけていると、
「あ、いた!!」と、声がして
  狭い通路をとおって、はり紙を抱えた剛がやって来た。
「ほら、来たよ。小さい弟さん」
「てめぇえ〜、また少ない金をドブに捨てやがって‥‥」
「だから今、俺が10倍に‥‥‥ほら、確変きたっ!」
「いーから、来いっ!!」

  ズルズルと快彦を引きずりながら、剛がパチンコ屋から出てきた。
  快彦が両替した3千円を財布に入れようとすると、
  剛がぱっと横から奪って自分のポケットに突っ込む。
  また快彦がそこから1枚抜き取ると、財布に入れた。
「どうしたのよ、そのはり紙」
「さっきネイチャーリズム寄って剥がしてきた」
「なんか収穫あったか?」
「1人。誰が貼ったんだ、ってきかれたってさ」
「誰が貼ったか? なんで」
「わかんねえ」
「役に立たねーなー‥‥」
「なんか言ったか、おい」
  剛がピタッと足を止めた。
「いや、何も言ってないよ」
「とにかく、なんか探り入れられてるぜ。
 錦織さん、なんかヤバイことやったんじゃねえの?」
「そういう気はするけどな‥‥
 今んとこは特に何も聞いてないけど」
「電話してみろよ」
「つながらねえ」
「使えねーなー‥‥」
  今度は快彦が足を止める。
「てめえ、何か言ったか、おい」
「別に。何も言ってないっ」
「使えないってどういうことよ」
「聞こえてんじゃねーかよ!」
「言ってんじゃねーかよ!!」
  たちまち、喧嘩になる二人。
「使えねーっつったら使えねーんだよ!
 この、パチンコ中毒!! 無駄メシ食いっ!」
「無駄メシ食い?! 実質、稼いでるのは俺だろ!
 あれだけじゃ腹の足しにもならないから俺が増やしてんだろっ!」
「なーに言ってんだ、増えたことより減ったことのほうが多いじゃねーか」
「うっ‥‥うるせーなーっ、文句あんなら出て行けっ!!」
「お前が出てけ! あそこはもともと俺の部屋だ!!」
「もとはお前の部屋でも、いまは俺の部屋なんだ!!」
「はあ?! なんでそうなるんだよーっ!」
  人目もはばからず、道の真ん中で小競り合いをしていると
  通りすがった二人組の片方の肩がけっこうな勢いでぶつかった。
  ふっとばされた剛が快彦にぶつかる。
「何すんだっ!!」
「俺じゃねえよ、あいつがぶつかってきたの!」
  二人は頭に血がのぼった状態で、二人組を追いかけた。
「おい、あんた! ちょっと待て!!」
  快彦が肩に手をかけると、
  その男、大杉漣と、隣にいた木下ほうかが振り返った。
「‥‥‥‥‥」
「おいガキ、兄貴になんて口きいてんだ!」
  木下が怒鳴る。
「そっちだろが、前見て歩け!!
 だいたいなんで、こんな広い道のど真ん中を‥‥」
  言いかけて、快彦が突如かたまった。
  木下の胸元に、『銀竜会』と入った銀色のバッチが光っている。
  そして自分が手をかけている大杉のバッチは、金色だった。
「ごめんなさぁーい」
  快彦と剛が海老のようにしゅるしゅると後退したが、遅い。
  そのとき、木下が剛の手のはり紙に気がつくと、
  すごい速さで奪い取り、大杉に見せた。
「漣さん、これ‥‥」
「‥‥おい、鈴木社長のお嬢さんじゃねえか!」
「どういうことだ!」
  剛と快彦は、やっぱりヤバイことになった、と目顔で言い合った。





   住宅街の入り組んだ道を博が全速力で駆けていった。
  間をあけ、それを追って息のあがった昌行も必死で走ってくる。
「は、速い‥‥っ!」
  1歳違いにもかかわらず、二人は持久力にだいぶ差があるらしい。


  こそこそと物陰にかくれながら、無線を動かしていた准一は首をかしげた。
  もちろん、博からの応答はない。
「連絡せーゆうたん、自分やろー!」
  そのとき、『NATURE RHYTHM』から健と杏が出てくるのが見えた。
  准一は仕方なく無線機をしまうと、二人のあとをついていった。




「俺たち、どーなっちゃうんだろう‥‥」
「‥‥ゆーなよ、そういうこと‥‥」
  銀竜会の事務所につれこまれた剛と快彦は、
  革張りのソファの上に正座して大杉と木下の様子をうかがっていた。
   大杉は電話で何か話し込み、木下は鬼の形相で二人を見張っている。
「どうする剛、いま電話で始末人を頼んでるのかもしれねーぞ‥‥」
「しらねーよ‥‥言うなよ、そーゆーこと‥‥!」
「いや、そのまま重石をつけて東京湾に捨てられるかも‥‥!」
「だからやめろって、マジでっ!」
  そのとき、大杉が受話器を置いて振り返った。
  二人とも、思わず緊張してぴっと姿勢を正す。
「お前ら‥‥」
  二人がビクビクしていると、大杉は急にニカッと笑顔になった。
「いや、すまんすまん。まあ、楽にしてくれ」
「へっ?」
  快彦と剛が呆気に取られていると、大杉は反対側のソファにどかっと座った。
  これで楽にしてくれと言われても、できるものではない。
「こっちも社長のお嬢さんのことに加えて、親父と姐さんの間で色々あってな、
 気が立ってたんだよ。悪かったな、こんなとこ連れ込んで」
「‥‥あのー‥‥?」
  一人で納得した様子の大杉に、快彦が恐る恐る口を開くと、
  大杉はニヤリと笑って快彦の顔を見た。
「そっちのおにいちゃん、どっかで見たことあると思ったんだよ。
例の、錦のヤツが面倒みてやってるっていう若い連中だろ」
「錦って‥‥ニッキさんのことですか?!」
「いや、あのおっさんに面倒みてもらった覚えは‥‥」
  言いかけた剛の頭を快彦がベシッと叩く。
  快彦が一度見たら忘れられない顔だったことは幸いだったが、
  こんな組とつながりのある錦織の素性はますます怪しいものになった。
「兄貴、それより‥‥」
  浮かない顔の木下が声をかけると、大杉は再び無表情になった。
「そうだな。まさか錦が杏お嬢さんを探してるとは思わなかったが‥‥
 さっきも言ったとおり、うちの組は今、下手に動けねえ状態なんだ。
 だがお嬢さんが行方不明になってるってときに、仁義を欠くわけにはいかねえ。
 その点、錦のヤツなら、あるいは‥‥」
  雲行きがあやしくなってきた。まさか、と二人は顔を見合わせる。
「結局のところ、どうなんだ。お嬢さんは見つけられそうか?」
「えっ‥‥」
  やっぱりそう来た。快彦と剛が何とも言えずオロオロしていると、
「おう何とか言えや、兄貴が聞いてんだろぉ?!」
  と、木下がテーブルを叩いた。
「すいませんすいませんすいません!!」
「おい、落ち着かねえか! ‥‥で、どうなんだ? 見つけられるな?」
  わずか数十秒の間に、『見つけられそうか?』が『見つけられるな?』になった。
「申し訳ないが‥‥お前ら、銀竜会に頼まれてくれねえか」
「エッ‥‥」
  案の定、こういうことになってしまった。
  いくら錦織が知り合いだとはいえ、断れそうにない雰囲気だ。
「‥‥わ、わかりました‥‥」
  二人に気圧されて、快彦と剛はとうとう承諾してしまった。


「錦のところにいるのが飽きたら、うちに来い。
 いつでもスカウトしてやるからな」
  事務所を出て行くとき、大杉はそう言って微笑んだ。
  二人は引きつった愛想笑いを浮かべながら、銀竜会を後にした。




  博はそのままのペースで住宅街をぐるっと一周し、
再びマンションの近くまで戻ってきた。
   こうなったら仕方がないと、アコードワゴンで逃げるつもりだ。
  准一には無線で連絡して、ペントハウスで落ち合えばいい。
「‥‥ま、待て!!‥‥‥ウッ‥‥げほっ、げほ」
  明らかにペースダウンして、昌行も後を追ってくる。
  このままでは間違いなく博に逃げ切られてしまう。
  と、そのとき、エントランスからぬっと巨体が現れた。
「!!」
  驚いた博が立ち止まる。
「あっ‥‥内山くーん!!」
  昌行が叫ぶと、内山信二は、えっ?という感じで博を見た。
「あ、坂本さん、どうもー」
「内山くん内山くん、その人捕まえて!!」
「え? この人ですかぁー?」
  博がしまった、と思ったときにはすでに遅く、内山にのしかかられていた。
「ぎゃ〜〜〜〜!!!」
「でかした、内山くん! ありがとぉ〜」
「え、何がなんだかわかんないんスけど‥‥」
「いやー助かった! 内山くん、ちなみに体重は?」
「102キロです!」
「あ、そうなんだー‥‥」
「‥‥‥死ヌ‥‥」




  尾行するときは、ターゲットと常に4、5メートル以上の距離を保つ。
  足音を隠すために、ターゲットの近くにいる通行人に歩調を合わせる。
  近すぎず、遠すぎない距離を保って、気取らせずに、確実に後を追うこと。
「‥‥‥‥‥」
  健と杏を追いかけながらも、准一は後ろを気にしていた。
  博に尾行されていたことを聞かされてから、敏感になっているせいもある。
  そのとき、健が立ち止まった。携帯電話を取り出す。
  着信があったらしい。
「もしもし‥‥あ、昌行くん? ‥‥えっ?!」
  健がまだ会話中なのを確認して、准一はそっと後ろを振り返った。
  一人の男が、いかにも『尾けてます』という感じで電柱の陰に隠れていた。
  真っ黒なサングラス。だが、博の話より、ずっと小柄だった。
  男はサングラス越しに准一と目が合うと、慌てて踵を返し、走っていった。
「バレバレやっちゅーねん‥‥」
  准一はため息をつくと、再び健と杏を追うことにした。



  健と杏がマンションに入っていったのを見届けると、准一はワゴンに戻った。
  ドアを開けようとしたが、ロックがかかっている。
「?」
運転席に博の姿はない。
「‥‥あっれー、どっか出てんのかなぁ‥‥?」
  准一がそうつぶやいて振り返ると、そこに昌行の顔があった。
「わああっ?!」


  5分後、博と准一はビニール紐で両手を後ろに縛られ、昌行の部屋にいた。
「杏ちゃん、こいつら見覚えある?」
  昌行が尋ねたが、杏は首をふる。
  健が博の上着のポケットから、免許証入れのようなものを見つけ出した。
「あっ、昌行くん、これ」
「‥‥東山、情報サービス‥‥?!
なに、お前ら、ほんとにプロの探偵だったの」
「どういう意味や、それ」
「何を探してたんだ、家捜しした上にゴミまで漁って!」
「家捜し?!」
  博が驚いた顔で聞き返した。
「ゴミ漁り?」 准一が怪訝な顔で博を見た。
「しらばっくれんなよっ」
「そうだ! このやろー、あのあと片付けに何時間かかったと‥‥」
「ほ、本当に知らない、それは!」
「ウソつくな!!」
「な、なんやねん、話が見えへんで?」


「も〜、意地でも吐かせてやるからな!」
  そう言ったものの、昌行は原稿を書き上げるために寝室にこもった。

「なんで素人に捕まってんねん、博〜!」
  テーブルセットの椅子に縛られ、准一がバタバタもがきながら言った。
  しかし博は何やらじっと健を見ながら、小声で耳打ちした。
「准。あの若いほうと、いま別の部屋にいるほう、どっちが動けそうだ?」
「へ? ‥‥そりゃ、若いほうとちゃうか? 普通に考えて」
「やっぱりそうだよなー」
  博はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、准一を見た。
「准一、これでも俺たちはプロの探偵だ! 探偵の鉄則は?」
「秘密厳守?」
「ちがーう。何事にも臨機応変であること!」
「‥‥?
 なー、それより、いいかげん腹へらん?」
「人の話を聞けよ、お前」
「しゃーないやん、今朝コンビニのパン食べたっきりやで」
  二人がそう言い合っていると、テーブルにカップラーメンの容器が2つ置かれた。
  顔をあげると、健がヤカンを持って立っている。
「いくらなんでも、何も食べさせないのは後ろめたいからさ」
  健はそう言ってお湯を入れると、二人の手を椅子から解いてやった。
「いいひとや、いいひとやな、自分‥‥!」
  准一が感涙している横で、博はその容器を見ている。
  その顔に、何かいたずらを思いついた子どものような笑みが浮かんだ。
「准っ、いい方法がある」
  健がヤカンをしまいに台所へ入ったすきに、小声で准一を呼ぶ。
「なに?」
  博がぼそぼそと耳元で囁き、顔を離すと、准一は
「えー?」とちょっと困ったような顔をした。


「あのー、ちょっと、キミー」
  博に呼ばれ、健が台所から出てくると、テーブルがガタガタ揺れていた。
「なんかここだけ、揺れてるんですけど‥‥」
  准一が足で揺らしていることが分からないようにしながら、博が言う。
「え? ホントだ、なんでだろう‥‥」
  そうとは知らず、健は不思議そうに両手でテーブルを押さえた。
  その瞬間、博がすごい早業で、健の両手の甲に熱湯入りカップをのせた。
「え。」
「准一、逃げるぞ」
「キャーッ!!」
  そう言ったとき、すでに博は杏を抱きかかえてリビングから消えていた。
「悪く思わんといてやー!」
  准一も健に言い残して、大急ぎで博のあとを追った。
「あーっ!! 昌行くーん!! 逃げてるー!!!」
  健が大声で呼ぶと、昌行もすぐに寝室から飛び出してきた。
「あっ! くっそ、またかよ‥‥」
  昌行もそのまま、二人を追って飛び出していく。
  そのまま。
「えっ‥‥ちょ、ちょっと、これどーすんの?!」
  健が閉じたドアと、両手の上にのせられたカップラーメンを見比べた。


「やだ、離してよー!!」
  騒ぐ杏をひっぱって、博はアコードワゴンの後部シートに座った。
「准っ、はやく出せ!」
「えっ?!」
  助手席に座ろうとした准一は、驚いて博を見た。
「お、俺が運転すんの?」
「当たり前! 免許持ってるだろ、早く」
「ま、待って待って、えーっとまず後方確認‥‥」
「はやくー!!!」
  准一がようやくアクセルを踏んで、車が前に進む。
  駐車場から出るとき、なにかゴリッという鈍い音がした。
「会社の車をこするなぁあ―――!!」
  昌行が出てきたときには、ワゴンは博の叫びを残して走り去ったあとだった。


   
 
  
           ――TO BE CONTINUED――
 

*   *   *   *   *
またしてもトラブルで間が空いてしまいました‥‥すいません(反省)。
さて、杏ちゃんを連れ去られてしまった坂本くん&健くん! どーする?!
そしていまのところ最下位(笑)の剛くん&イノッチは巻き返しなるか?!
 と、アオッときます。(^^;;
 
 

投稿時間:00/11/30(Thu) 21:34
投稿者名:ナナ
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タイトル:太陽の当たる場所 5



・太陽の当たる場所 5  「落下」



「かわいそうに、こんなになっちゃって‥‥
 二度とあのペーパードライバーには運転させないからね〜」
  『東山情報サービス』の入っているビルの駐車場で、
  博が傷を負ったワゴンをなでてやっている頃。

  事務所の中では、杏が投げたエンピツ立てが准一の頭に直撃した。
「イタッ!」
「近寄んないでよ!!」
  そう叫んだ杏は、所長のデスクを占拠している。
  半径1m以内に入ると、手当たりしだいに物を投げるのでうかつに近寄れない。
「何もせぇへんて、俺らは自分を保護するために‥‥」
  言いながら、准一はゆっくり近づいたが、
  杏が今度は所長愛用の鉄アレイを手にしたのを見て、慌てて離れた。
   給湯室に避難していた麻衣子と砂羽が、顔を出した。
「説得できなかったの?」
「説得もなにも、まともに話もでけへんやろ、あれじゃあ」
「それじゃ、どうすんのよ!」
「岡田くん、すごいタンコブが‥‥」
「もとからや」
  そう言いながらも、准一は麻衣子から濡らしたタオルを受け取った。
「はやいとこクライアントに引き渡さんと、あいつらに面割れてるしなあ」





「大丈夫だよ、あいつらが探偵で、その事務所の名前もわかってるんだから」
  杏を連れていかれ、落ち着かない様子で部屋を歩きまわっている昌行に
  健が声をかけた。
「ああ‥‥そうだな‥‥」
  昌行はうなずいたが、心ここにあらず、といった感じだ。
「関西弁の男が杏ちゃんを探してるって聞いたんだ。きっと、さっきの片割れだよ。
 とにかく、『東山情報サービス』の場所を調べよう」





「連絡ついたよ、クライアントと」
  日付が変わったころ、車の修理がてら出ていた博がようやく戻ってきた。
「遅かったですね」
「ああ。明日の午後1時、『ミュゼット』本社ビルで会うことになった。
 報酬はターゲットを無事引き渡したあと、うちの口座に振り込むって」
「っていうことは、残る問題はあれだけってわけね」
  砂羽の視線の先では、いまだ杏と准一の牽制がつづいている。
  杏がすこしボンヤリとしはじめると、准一が近づく。
  が、床板がギシッと鳴って、杏が再び注意をはしらせる。
  准一が急いで離れる。その繰り返しだ。
「‥‥ま、時間の問題だと思うよ、あれは」
「思ったより、簡単に済みましたね」
  麻衣子が言うと、博が首をふった。
「いや、まだ終わらせないさ。
 探偵のはしくれとしては、事件の全貌がわかるまでは、ね。
 砂羽さん、頼んだもの準備できた?」
「当たり前でしょ。特急料金いただくけどね」
  砂羽は笑ってみせると、手のひら大の紙袋を渡した。
「なんですか、それ?」
  麻衣子が尋ねると、砂羽は
「見ないほうがいいかもよ」と言って、4センチ四方の厚紙のようなものを渡した。
  それは、黒髪をわけて銀縁メガネをかけた、准一の写真だった。





  翌朝、成田空港に、錦織の姿があった。
  あいかわらずの派手な格好にブランド物のサングラスまでかけて、
  警備員が警戒している中、悠悠とロビーを抜けると駐車場に出た。

  そして、停まっていた黒塗りの車に近寄ると、スモークガラスをコンコン叩いた。
  錦織がサングラスを外すと同時に、ウィンドウがすっと下がった。
「よう、所長さん! 少しお時間をいただけやしませんかね?」
  錦織が声をかけると、その男、東山紀之は隣に座っている女性に軽く頭をさげ、
  錦織のほうをふりかえって、口元だけでゆっくり微笑んだ。
「これはこれは錦織さん。今日はどうしました?」
「どうしましたはこっちのセリフだろう。
 調べはついてんだぜ、おたくも一枚かんでるそうじゃねえか、あの社長令嬢の件に」
「なんのお話でしょうね?」
「わかってたんだよ、かつては荒稼ぎした相棒のことだ。
 あんたみたいな守銭奴が、こんなオイシイ話を知らないはずないってな」
「人聞きが悪いな。我々はあくまで人助けで動いているまでですよ」
  東山があくまで余裕たっぷりに言うと、
  錦織は窓から車に顔をつっこみ、東山の数センチ前まで、ずい、と近寄った。
「‥‥なあヒガシよぉ〜、情報交換と行こうじゃねえか。
 困ったときは、お互い様だろう! ‥‥どこまで調べがついた?」
「よろしいですよ、お教えしましょう。
 ただし、あの少女の価値と同額の情報料をいただきますがね。
 お待たせしました、行きましょう。 おい、出してくれ!」
  東山が隣の貴婦人と、運転席のほうに声をかけると、
  車は錦織に排気ガスを吹きかけて勢いよく走り出した。
「‥‥ったく、嫌なヤローだなぁ!!」





  午前9時、修理したてのワゴンを走らせて、
  博と准一は株式会社ミュゼット本社ビルにやってきた。
「とうとう来たでぇー、ここに!」
  准一は50階建てのビルを見上げて、銀縁メガネを指で押し上げた。
「お前そうしてると、とても80年生まれに見えないよ」
「まあなー! ええねん、今日は77年生まれの熊沢伸六くんやで」
  二人とも無難なスーツに、准一は黒、博はダークブラウンに髪を染めてきた。
  そしてスーツの胸元に、同じ変装の顔写真の入った入行証をつけている。
  もちろん、砂羽に頼んで入手した偽造だ。
「念のため、俺もいつでも行ける状態にしておくけど、准に任せるからね。
 しっかり調べてこいよ!」
「まかしとき。そっちこそ、昨夜みたいなことは勘弁してくれや」
  博が苦笑してうなずくと、准一は助手席を振り返った。
  杏はじっと父の会社のビルを見上げている。
「今日は、ずいぶんおとなしいだろう」
  博が小声で言うと、准一も不思議そうな顔をしながらうなずいた。
「それじゃ、行ってくるわ」




   准一がドキドキしながらビルに入っていくと、
  時同じく、ビルの非常階段に通じるドアが、かちゃりと開いた。
  入ってきたのは、サイズの合わない水色の作業着をきた、二人の清掃員だった。
  彼らはキョロキョロと辺りをうかがいながらドアをしめると、
  目深にかぶった帽子のつばを上げて、お互い顔を見合わせた。
  声をたてずに笑ったその顔は、そう、剛と快彦だ。
「来たよ来たよ〜、杏の親父さんの会社に!」
「大杉さんが案外イイ人でよかったな〜。
 事務所に連れ込まれたときはどうなるかと思ったけどよー」
「だよな、会社のこと教えてくれたし。さっ、さっそく調べようぜ!」
「おう! なんか前回、出番少なかったしなあー!」
  二人は、一時間後にもう1度、ここで、と約束すると、
  清掃用具をかかえて二手に分かれた。





「申し訳ございませんが、どうぞお引き取りください。
 アポイントメントのない方のご相談には応じることができませんので」
  麻衣子は事務的な口調で言うと、ドアをしめようとした。
「待てよ! ここにいるだろう、長野博っていう調査員が!」
  昌行が手でドアを止める。
「あの子をどこに連れていったんだ?!」
「何のことですか? 帰ってください!」
  麻衣子が無理やりにドアを閉じてしまった。
  鍵をかけたのか、そのあとは押しても引いてもびくともしない。
「クソ!
 ‥‥でもやっぱりあいつらが連れていったってことだな、あの態度は」
「どうする、昌行くん? 警察に言ってみるとか‥‥」
  健が言うと、昌行が首をふった。
「なんて説明するんだよ。下手したらこっちが誘拐したことにされるかもしれないぞ」
  二人は頭を抱えたが、しばらくすると健が顔をあげた。
  ネイチャーリズムで見かけた剛のことを思い出したのだ。
「そうだ、昌行くん! 杏ちゃんを探してるヤツが他にもいたんだ。
 何か知ってるかもしれないから、行ってみようよ!
 もしかしたら、なにか助けてくれるかもしれない」
「探してるヤツ?」
「うん、昨日、杏ちゃんと出かけてて偶然知ったんだ」
  昌行は少し眉をひそめた。
  もしかすると、その人物こそが家捜しの犯人かもしれないのだ。
「大丈夫なのか?」
「‥‥たぶん‥‥なんとなく、悪いヤツじゃなさそうだったし。
 それにここにいてもラチが明かないよ」
  健に言われ、昌行もうなずいた。
「そうだな‥‥はやく見つけ出さないと」

  そのとき、ペントハウスの裏側で
  黒いサングラスをかけた長身の男が、聞き耳を立てていた。





  『ミュゼット』では専務の我修院達也が椅子にふんぞり返っていた。
「藤原く〜ん、爪切り取って。」
  声をかけられた藤原紀香は、にこやかに振り返った。
「専務。私が取るより、専務がちょっと立って取ったほうが
 すごく近いし、すんごい早いと思うんですけど?」
「いいじゃないの、キミ立ってるんだからさ。取ってよ。取ってよ藤原くん。
 キミはさー、そういうところが婚期を逃す原因になってると思うよ」
 我修院がそう言った瞬間、笑顔がひきつった。
  紀香は渾身の力をこめて爪切りをブン投げると、
「それ、専務にさしあげますから。爪切り買ってきます!」
  乱暴に専務室を出て行った。

  ドアをしめた途端、とおりがかった清掃業者姿の快彦とぶつかった。
「あっ、すいません!」
「あ、いえ、ごめんなさい」
  貧乏人の性か、快彦は反射的に紀香の落とした財布を拾った。
「はい」
「どうも‥‥」
  紀香が手を差し出すと、快彦が
「あれ。」とつぶやいた。
「はい?」
「‥‥あああぁーっ!! 志村けん!!」
「はあ?!」
  何を言い出すのかと思い、紀香は快彦の顔を見た。
  そして、1週間ほど前、パチンコ屋で大当たりの台を譲ってくれた男を思い出した。
「あっ‥‥!」




  博は会社の上層部の人間を調べれば何か出てくるだろうと話していた。
  准一もそのとおり調査を開始しようと思っていたが、
  入社1年目の平社員(しかもニセモノ)がどうすればそんな人と接触できるだろう。
「‥‥やっぱ探偵らしく、聞き込みぐらいしかないんかなあ」
  とりあえず、エレベーターの▲ボタンを押すと、
「ピンポーン♪」とベルが鳴り、すぐに1台がやってきた。
  乗り込もうとすると、水色の作業着の若者が、モップを手に走ってきた。


  剛はエレベーターにすべりこむようにして乗ると、
  最上階のボタンを押して、壁にもたれかかった。
  何気なく顔をあげた准一と目があい、念のため帽子を目深にかぶりなおす。
「‥‥‥‥‥」
  なぜこの社員はエレベーターに乗ったのに、
  ボタンを押さないんだろうと思ったが、言わないでおいた。
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
  剛も准一も、黙ってエレベーターが上がっていくのを待っていたが、
  突然、せまい空間がガクンと大きく揺れた。
「!」
  二人がよろけたのと同時に、フッと蛍光灯が消えて
  薄暗い非常灯に切り替わった。
「‥‥故障ですか?」
「みたい、ですね‥‥」
「こんなときになんだよ、もー」
  剛は思わずつぶやいてため息をつくと、准一を見た。
「すいません、連絡してください」
「へっ?」
  准一がきょとんとして剛を見る。
「へっ?って‥‥非常電話。社員でしょ、あんた」
「あ、はい、非常電話‥‥」
  准一が並ぶボタンを見たが、非常電話のボタンはない。
  どうやら、どこか別なところにセットしてあるらしい。
「――わかんないんですか?」
「‥‥はい‥‥」
「なんなんだよ、ったくよー! もぉお〜!」
  剛がエレベーターの壁をばしばし叩いた。
「しゃーないやん、俺は社員とちゃうねん!」
「なんだ、社員じゃねーのかよ‥‥‥えっ?」
「えっ?」 准一は自分で言って、自分でビックリした。
「社員じゃない?」
  剛は言いながら、准一の顔と、胸元の入行証を見比べた。
「じゃ、お前なにもの?!」
  准一はしまった〜、と思いながら頭をバリバリやっていたが、
  ふと気がつくと剛を見た。
「じ、自分かて人のこと言われへんのと違うか?」
「な、なにが」 剛が動揺する。
「フツー、業者は使わへんやろ、エレベーターなんか」
「‥‥‥‥‥」
「なんや、図星かいな。アホやなー」
「うるせーなっ!」
  そのとき、非常灯がジジッと点滅した。
「‥‥まあ、今はそれより、これをなんとかせんと」





「ねえ」
  ワゴンの中で、杏が博に声をかけた。
「私を探してたのって、お父さんの会社の人が頼んだの?」
「そんなところだね」
  久々にしゃべったのでなんとなくホッとしながら、博は答えた。
「ふうん‥‥あのダテメガネの人が会社に入っていったのは、
 その依頼した人に会うためじゃないんだよね」
「そうだよ。言ってしまえば、俺たちが勝手に動き回ってるわけさ」
  杏は2、3度うなずいていたが、運転席のほうに身を乗り出した。
「探偵って、頼まれれば何でもするの?」
「うん?」
  博はミラー越しに杏の顔を見ると、少し考えてから口を開いた。
「なんでもってわけじゃないけど‥‥だいたいのことは引き受けるよ。
 ―――どうして」
  杏は博をじっと見つめていた。






  そのころ、エレベーターの中では。
「もちょっと右‥‥あ、行きすぎ行きすぎ! ストップ!
 ‥‥オッケ、そのままじっとしてろよー!」
「はよしてくれや〜‥‥! なんで俺が‥‥」
  准一は歯を食いしばりながら、両肩に乗っている剛の足を支えている。
「だってお前より俺のほうが体重軽いんだから」
  剛は准一の上からそう言うと、天井にある小さなドアを引いた。
  バコッとドアが下に開き、ホコリがパラパラと落ちてきた。
「ぶはっ!! ゴホ、ゲホゲホ」
「開いたかー? っしゃ、ほんならさっさと上行ってくれ!」
「わぁーってるよ」
  剛は准一の肩を蹴ると、器用に這い上がっていった。
「直せんのか?!」 准一が声をかけると、
「大丈夫、こういうことには慣れてっから」 という返事。
「ほんまかいな‥‥」
  どうも不安で首をかしげると、案の定、金属を叩く音が聞こえてきた。
  バシバシ叩かれるたびに、エレベーターはグラグラと揺れる。
「おーい! 叩けば直るってもんとちゃうぞー!!
 ‥‥ちょい、手ェ貸してや!」

  剛の手につかまりながら准一はエレベーターの上にやってくると、
  スーツのひざのホコリを払い、あたりを見上げた。
  ホコリっぽく、剥き出しのコンクリートの細長い空間に、
太いケーブルのようなものが数本、上下に走っている。
「こんなん素人に直せるもんちゃうわな」
「すっげー、超たけぇーよココ!」
  そう言って下を見下ろした剛が、ずるっと足を滑らせた。
「おおっ?!」
「うわッ、あぶなーいっ!!」
  准一は慌てて剛の腕をひっぱったので、
  勢いあまって、二人ともガターン!と派手に倒れた。  
「気ぃつけえよ、ここ50階建てやぞ、アホぉ!」
「し、死んだと思った、いま‥‥」
  二人がしばらくゼーゼー息を整えていると、
「え?」と剛が准一に聞き返した。
「なんや」「いま、なんて言った?」
「? ‥‥なんてって、何も言うてへんで」「え、だって聞こえたぜ」
「ゆーてへんがな」「ホントだって。 ‥‥あ、ほら!」
  剛に言われ、二人で耳を澄ませると、たしかに声が聞こえてくる。
  どうやら、上の階のドアの前に、誰かがいるらしい。男の声だ。

「‥‥まだ見つかっていないそうです」
「まだ?! やはり、あんな若造どもに任せたのが間違いだったか‥‥」
「あれだけの金が動くことになるんだ、時間がかかるのも仕方ないだろう」
「社長も厄介なことをしてくれたもんだなァ」
「例の、渡部の雇ったという探偵は?」
「彼らは心配ないでしょう。探しているのは娘だけ、事の真相には気がついてませんよ」
「問題は銀竜会とかいうヤクザ連中だよ。あいつらは社長にしか気を許さないからな」
「とにかく、急いで探し出すんだ。他の誰かが気がつくのも時間の問題だ」

  剛と准一はその話し声を聞きながら、それぞれに思いをめぐらせた。
  そのときだった。
「ガタンッ!!」
「!」
  再びエレベーターが大きく揺れ、二人は急いで中に戻った。

「なんや? 直ったんか」
「そうみてえだな」
  二人はそう言って、液晶の表示を見た。数字は下がっていっている。
「あれ‥‥? 下で呼び出したのかな」
  数字が減る速さは、反対にどんどん上がっていく。
  さっき、二人が倒れたときのショックで壊れてしまったのだろうか。
  そのうち、大きな衝撃がエレベーター全体に走って、立っていられなくなった。
「なんだ、これ?!」
  床に倒れた剛が声をあげた。
「‥‥このエレベーター、落ちていってるで!」
「はあ?!」

「ぎゃ――――――っ!!!」




             ――TO BE CONTINUED――


  *    *    *    *    *
 えー、藤原紀香さんが出てきたことで怒っている人もいるでしょうが、
見逃してください(^^; なぜか私は彼女がパチンコしてるイメージがあるんです。
 それと、我修院達也さんがわからないという方が多いかもしれませんが、
あの人は以前「若人あきら」という芸名でした。
それでもわからない人は、お父さんお母さんに聞いてみてくださいませ。

投稿時間:01/02/07(Wed) 16:22
投稿者名:ナナ
Eメール:nana@quest.gr.jp
URL :
タイトル:太陽の当たる場所 6


・太陽の当たる場所 6 「接触」



  快彦は満面の笑みを浮かべながら、藤原紀香の一歩後ろを歩いていた。
「いやあ、こんなとこでまた会えるなんて‥‥これってやっぱり運命?」
「あら。なんか、そっちのエレベーター、変な下がり方してるわね」
「え? なにが?」
  紀香は振り返ると、快彦を正面から見た。
「ところで、あなた普段はこの会社で見かけない顔よね?」
「えっ」 快彦も、ドキッとして紀香を見る。
「その格好じゃ、逆に怪しいわよ? 清掃が入る時間は各フロアで決まってるし」
「あーと、そのー、‥‥新入りなもんで、つい間違えたっていうか‥‥」
  しどろもどろになっていると、紀香がニッと口端で微笑した。
「誤魔化さなくってもいいわよ。事情によっては、協力してア・ゲ・ル☆」
  その一言で、快彦が紀香に見事に口説かれてしまったのは言うまでもない。




  エレベーターの表示が「B1」を超えた瞬間、
もう一度、ガクンと衝撃が走って、落下は止まった。
「‥‥止まった、よな‥‥?」
「‥‥よ、よかったぁ〜‥‥!」
  剛と准一は気がぬけたように安堵のため息をついた。
「一時はどうなることかと思うたで‥‥よかった〜、やっと止まったわ!」
  准一は壁に手をつきながら立ち上がると、ホッとしたように言った。
「まあ、俺は最初っから、たいしたことじゃないと思ってたけどねッ!」
「なに言うてんねん、自分めちゃめちゃビビっとったやんかー」
「そ、そんなことねーよ!」
  剛も立ち上がると、改めてエレベーターの表示を見た。
  だが、数字は消えている。
『開』のボタンを押すが、ドアはまったく反応しない。
「まだ壊れてんのかよ、これ」
「どうする? 今度こそ、身動きとれへんようなったで」
  准一は眼鏡をはずして胸ポケットに入れると、剛を見た。
「地下は駐車場って話やから、通る人も少なそうやなあ‥‥」
「えぇー?! ったく、なんで地下2階まであんだよー!!」
  剛が動かないドアに向かって、ヤケクソに蹴りを入れた。
「地下2階?」
  その言葉に、准一がきょとんとして剛を見た。
「‥‥だって地下1階を通り越したんだから、2階だろ、ここ」
「俺、このビルは50階建てプラス地下1階までって聞いたで」
「えっ?」
  二人は思わず、消えている表示板を見上げた。
「じゃ、この階はなんなんだ?」
  そのとき、エレベーターがゆっくりと上に動きはじめた。
「あ‥‥」
「おーい、誰か乗ってるのかー?!」
  上のほうから声がする。

  ドアがこじ開けられると、エレベーターの前には人垣ができていた。
「大丈夫ですか?」
  係員の男に怪訝な顔でたずねられ、剛と准一は苦笑いして頭を下げた。
「剛?!」
  紀香と歩いていた快彦が、驚いて立ち止まった。




「ぼっくたち〜男の子〜っ きっみたち〜女の子ぉ〜♪」
  小声で歌いながら、我衆院が切りたての爪にヤスリをかけていると
  電話が鳴った。
「ヘヘイヘイ♪ ‥‥もしもーし?」
『我衆院専務ですか。筧です』
  我衆院の顔にニタアと笑みが浮かんだ。
「待ってたよ、筧く〜ん。むふふふふ」


「連絡が遅れてすいません。いま、生瀬と例の喫茶店にいます」
  『NATURE RHYTHM』の店の前で、
  色の濃いサングラスをかけた筧利夫が携帯電話を使っていた。
となりで、同じくサングラスの生瀬勝久が、見張りをしている。
「生瀬が以前見つけたという杏の張り紙が消えていました。
このへんは銀竜会の縄張りです。向こうで何か動きがあったのでしょう」
『ええっ! それじゃ、杏は銀竜会が見つけたってこと?!
困るよ、困るよ筧く〜ん!! それじゃ計画が台無しじゃないか〜!』
「落ち着いてください、専務!
 まだ銀竜会の人間がうろついていますから、発見には至っていないでしょう」
「やっぱアホやな、あの専務」
  生瀬がため息をつきながら、ぽつりとつぶやいた。
「シーッ。‥‥一旦、本社のほうに戻ります。
そこでもう一度、作戦を練りましょう。それでは、失礼します」
  筧が携帯電話を胸ポケットにしまうと、生瀬が煙草を一本、差し出す。
「専務の様子からすると、状況は何も変わってないようだ。
一歩リードしてるのは渡部が雇った探偵組‥‥あいつらを叩くしかないか」
  煙草をくわえたままライターを探しながら、筧は誰にともなく言った。
「‥‥なんか気に食わんのお、あの専務に使われて動いてんのは」
「気持ちはわかるよ。だが、俺たちにとってはあいつが最後の頼みの綱なんだ、
そうも言ってられんだろう。‥‥火、持ってねえか?」
  生瀬が『NATURE RHYTHM』の名前の入ったマッチを渡す。
「こんな仕事が最後のチャンスか‥‥落ちぶれたもんやな、俺もお前も」
「落ちぶれた? 昇ってもいなかったさ、俺たちは」
  筧の吐き出した煙が、辺りの空気に溶けて消えた。
「戻るぞ。探偵事務所は誰か見張りについてるのか?」
「中村がついとるはずや。呼び出しとく」


  生瀬と筧の二人とすれ違って、
  やってきたのは昌行と健だった。
「あった! ここだよ、ここ!」
  健が『NATURE RHYTHM』の小さな看板を指差した。
「ここ?」
「うん、それでこのへんの電柱にも張り紙がしてあったんだ」



*    *    *    *    *
  遅くなりました‥‥だいぶヤマに近づいてきました。
謎のサングラス集団は名バイプレーヤーの皆様でした。TOKIOさんと誤解された方がいらっしゃったようですが(^^;
「○○っていう人の顔が出てこない」という人はどうぞお気軽にご質問ください。
 しかし、気のせいか筧&生瀬の会話シーンだけセリフが浮いている‥‥
 生瀬さんの関西弁も浮いている‥‥(誰か、指導してください・涙)
 なにより、私の投稿間隔が浮いている‥‥(すいません。鋭意制作中です!)

投稿時間:01/04/12(Thu) 12:32
投稿者名:ナナ
Eメール:nana@quest.gr.jp
URL :
タイトル:太陽の当たる場所 7


・太陽の当たる場所 7  「5億円と5人の男」



「ちょっと、誰、あの峰不二子みたいな女!」
「えっ、じゃあ俺がルパン?」
「いや、それはないけど‥‥」
  剛と快彦は、紀香から少し離れてコソコソと話している。
「ここで働いてるらしいんだよ。協力してくれるっていうからさ」
「エッ、じゃあ全部しゃべっちゃったの!?」
「うん」
「ええっ!? どーすんだよ、まだ全然わかんねーんだぞ?
 大杉さんと約束したから、杏だって見つけないといけないし‥‥」
  快彦はまったく気にせず、能天気な顔で剛の肩を抱いた。
「大丈夫だいじょぶ、あの紀香さんが協力してくれんだぞ?
 それより、お前のほうこそエレベーターで何してたんだよ?」
  快彦に尋ねられ、「あ、そうだ」と剛はエレベーターを見た。
  だが、そのときにはすでに人だかりも散っていて、
  当然、准一の姿も消えていた。
「あれ‥‥?」
「? なんだよ、誰かいたのか?」
  二人が話していると、紀香がつかつかと歩み寄って、剛に手を差し出した。
「あなたが井ノ原くんのバディ、剛くんね。私は藤原紀香、よろしく」
「ど、どうも‥‥」
  剛が自分より長身の紀香を見上げて、訝しげに握手する。
「ところで、報酬の分け前は7:3でいいかしら?」
「は?」 快彦と剛がきょとんとして、顔を見合わせる。
「だから、つまり‥‥社長の遺産‥‥を、見つけたときのことよ。
 協力してあげるんだから、私にも分け前があって当然じゃない?」
  紀香が当たり前よ、という顔で言った。
「3ってのは、ちょっと取りすぎじゃねえの?」
  剛が反発しようとしたが、快彦はすっかり骨抜きにされている。
「なにケチくさいこと言ってんだ! たったの3割だぞ?
 それくらい渡してやれよ、女性に優しくするのは当然だろっ?
 まあ、特に俺は紳士だからよ、お前とちがって。 ねっ、紀香さ〜ん♪」
  快彦がデレデレしながら言ったが、
  紀香は不思議そうな顔をして首をかしげた。
「あら、何いってるの? 私の分が7割で、あなたたちが3割よ!」
「えっ‥‥」
  二人が言葉を失った。
「あったりまえでしょ〜?
 私はね、あなたたちに会社の機密を漏らそうとしてるのよ!
 そんな危険なことをするんだから、それくらい貰わなきゃ割に合わないわっ」
「そ、そんな‥‥」「俺たちが先に探しはじめたのに‥‥」
「じゃ、これで分け前は決まったわね。
 いい? しっかり働いて、必ず遺産を見つけ出すのよッ!」
  紀香が腰に両手を当てて仁王立ちすると、宣言した。
  剛と快彦は小さくなりながら、顔を見合わせた。
「井ノ原〜‥‥俺たち、もしかすると
 とんでもないヤツと手を組だんじゃないの‥‥?」
「ごめん、美人だったから、つい‥‥」
  剛が、何も言わずに、快彦の頭をべしっと叩いた。





「うっわ、もうこんな時間やん! はよ調べて帰らな‥‥
 あ、スーツめっちゃ汚れてる! クリーニング代、事務所から出るかなー‥‥」
  准一はブツブツ言いながら、階段で2階へ向かった。
"あれだけの金が動くことになるんだ、時間がかかるのも仕方ない"
"例の、渡部の雇ったという探偵は?"
"探しているのは娘だけ、事の真相には気がついてませんよ"
  という、エレベーターで聞いた話し声が耳に残っていた。
  2階は、資料室がワンフロアすべて占めている。

   階段を降りてすぐに、灰色の重たそうな両開きの扉があった。
  『資料室』のプレートが張られて、小さな窓は擦りガラスになっている。
「ギィイ‥‥」
  ドアを押すと、嫌な音がした。あまり利用されていないようだ。
  やはりエレベーターで出入りするのが普通らしい。
  ドアを閉じると、資料室全体が静まり返った。壁は相当厚い。
「あかん。これなら、中で何が起こってても、外には気付かれへんわ」
  准一は独り言を言うと、ポケットからペンライトを取り出した。
  念のため、蛍光灯はつけない。誰かがいると思われてはまずい。
  こんな人気のない場所で社員に会ったりしたら、顔を覚えられてしまう。
「金、いうからにはどのあたり調べたらええんかなぁ」
  准一はペンライトで周囲の棚を照らした。
  社員名簿や研修マニュアルなどが年度ごとに整然と並んでいる。
  しばらく探し回っていると、決算報告などを集めた棚があった。
「これ、片っ端から調べんのか?」
  めまいがしそうな数のファイルがある。
  准一はやりきれない思いで、
  ペンライトでファイルの背表紙を端から照らしていった。
「‥‥‥‥?」
  見ると、一部、帳簿が抜けているところがある。
  前後のラベルは「86年」「92年」となっている。
「86から92‥‥いわゆるバブル経済から崩壊するまでやな‥‥
 そういや、砂羽のやつが、銀竜会がバブル崩壊の頃どうとか言うてたな」






  『ミュゼット』の屋上で、幕の内弁当をつつきながら紀香が話した。
「ホントですか、それ?」
  快彦と剛が、すぐに聞き返す。
  社員食堂ではこの二人が目立ちすぎるので、屋上まで来たのだ。
「ま、あくまで噂だけどね。
 社長がマルサの目もかわして、とんでもない額の金を隠してるって。
 金額はまあ、推定だけど‥‥5億円はかたいわね」
「ごっ?!」「おく、えん‥‥?!」
  一般庶民である二人には咄嗟にイメージもわかない額であった。
「ね? 7:3でも悪くないでしょ?」
「‥‥‥‥‥」 やはり、それはイマイチ腑に落ちない。
「けどそんな大金だったら、隠すったって大変じゃねえの?」
  剛が言った。
「そんな場所もそうそうないじゃん。現金だったらすげー量になるしさ」
「ああ、それはそうだなあ‥‥」
「そこが、問題なのよ」
  紀香は弁当にふたをすると、二人を見た。
「もし、自分がお金を隠すとしたら、どうやって隠す?」
「俺だったら?」
  剛は空を見上げて、眉間にしわを寄せて考えこんだ。
  まず、隣のバカ(井ノ原)には絶対、預けない。
  アパートは無理だ。それに時折、大家が家賃を取立てに奇襲をかけてくる。
  そこらへんに埋めて、偶然誰かに見つかっても困る。
  紗弥加は、そんなことを頼んでも不審がって引き受けないだろうし、
  なにかとうるさいからパス。
  森本マスターではちょっと不安だ。
「‥‥家族かなあ‥‥」
  ふと思いついたまま口に出してみると、紀香がびしっと剛を指さした。
「それよ!」
「えっ?」 快彦と剛はまた、聞き返した。
「その隠し場所を、ひとり娘のお嬢さんが知ってるって噂なの」






  我衆院は椅子にふんぞりかえって、
『専務』という名札の置かれた机の上に足を投げ出していた。
「生瀬くん、筧く〜ん。杏はまだ見つからないのかな〜?」
  机の前で直立不動の体勢を取っていた二人は、頭を下げた。
「申し訳ありません、何分、動き回っているものですから‥‥」
  筧が頭を下げたまま言った。
  生瀬が苦い顔をして、それを横目で見る。
「おそらく、例の探偵二人組と行動を共にしていると思われます」
  部屋の隅にいた若い男が、ゆっくりと歩み寄りながら言った。
  俳優のような整った顔立ちで、身長が180センチ以上ある。
  中村俊介だ。
「ほう? 中村くん、何か見つけたのかい?」
  我衆院が嬉々として足を引っ込めると、身を乗り出した。
「はい。東山情報サービスを張り込んでいたところ、
 例の、坂本昌行がやってきましたから。間違いありません」
「本当かい! それじゃ、渡部に引き渡されるのも時間の問題だねぇ‥‥」
  我衆院がウーン、と腕組みして考え込んだ。
「手帳だよ、手帳‥‥あの手帳にすべて書かれているはずなんだよ!」
「それにしても、急に役者が増えましたね。
 あの張り紙をしたのは一体、何者なんでしょうか?」
  窓際にいた、一際小柄な男‥‥吹越満が首をかしげた。
「不安ですね、正体が見えない敵がいるというのは‥‥
 女の子が行方不明となれば、警察が動くかもしれないし、
 土壇場で、そいつにすべて横取りされるかもしれませんよ」
「せやな、もうちょい調べといたほうがよさそうや」
  生瀬がうなずいた。
「どうやら社長は、この秘密を墓まで持っていくつもりだったらしいね。
 この計画はなんとしても成功させるんだよ、なんとしても。
 そして、私を散々バカにした世間を見返してやろうじゃないか‥‥!」
  我衆院が誰にともなく言った。
  5人の男たちは、ゆっくりと頷きあった。


「お前、なんであのボケ専務にペコペコすんねん。
 あいつ一日椅子に座って、俺らの報告きいとるだけやぞ!」
  専務室から飛び出してくるなり、生瀬は筧に言った。
「頭下げるくらい、いいだろ。取り分を減らされたら困る」
  筧は平気な顔をしている。
  生瀬だけが自分のことのように怒っていた。
  それを見て、筧は短くため息をつくと、足を止めた。
「生瀬なあ。お前も、そういうとこ上手くやったほうがいいよ。
 もう俺たち40なんだぜ。ガキみてえな意地張ってられないだろ」
「‥‥歳の話するのは、ナシやんけ‥‥」
  生瀬はぽつりと言うと、シュンとなって黙った。

  1階のロビーを横切って、社員食堂へ向かったときだった。
  階段を下りてきた若い社員と、筧がぶつかった。
「あ、すいません」
「いや、こちらこそ」
  筧は気にせず歩いていく。
   だが、生瀬は驚いたように、足を止めた。
「どうした?」
  筧がたずねる。
  生瀬はぽつりと言った。
「今のやつ‥‥大阪弁やった‥‥」
「は?」
  筧が怪訝な顔をして「標準語だろ」と言うが、生瀬は首を振る。
「微妙に違うたんや、標準語でもちょいクセがあった。
 俺の実家は三代前から大阪やから間違いない!」
「大阪弁だったとして、それがどうしたんだよ」
  筧が言うと、生瀬が筧を見た。
「どっかで見たことないか、あいつの顔」
「いや、一瞬だったから、彫りが深いとしか‥‥」
  言いかけて、筧も気がついた。
  顔の彫りが深くて、大阪弁の男。
「渡部の雇った、探偵じゃないか!!」
「あかん、見失ったわ」
「どういうことだ? なんでうちの会社にいるんだ!」
  二人が慌てふためいた。
「まさか‥‥杏を引き渡しに来たんじゃ‥‥?!」
「どうする、ほんまにそうやったら」
  筧は少しのあいだ貧乏揺すりをして考えていたが、顔をあげた。
「仕方ない。渡部のところから、さらってこよう」






  渡部篤郎は辺りを見回しながら、地下1階の駐車場にやってきた。
「すみません、妙なところに呼び出して」
  コンクリートの柱の影から、博が微笑んで姿を現した。
「いえ。こちらこそ、遅くなって申し訳ありません」
  渡部は相変わらず淡々とした口調で言った。
  博が待ち合わせ場所を『ミュゼット』本社に指定したのは
  相手の反応を見たかったからなのだが、渡部の表情は読み取れない。
「約束どおり、杏さんは我々が見つけ出しました。
 こちらは調査の報告書です。報酬も、ここに書いてあります」
  博はそう言って書類の入った封筒を渡部に手渡すと、
「さあ」と、柱の影に隠れていた杏の背中を押すように、渡部と対面させた。
  杏は、渡部を見ると、驚いて大きな目をさらに見開いた。
  渡部はやはり、ポーカーフェイスのままだ。
  だが、杏に歩み寄ると、低く、「帰ろう」と呟いた。
「―――――」
  杏がかすかに、頷いたように見えた。
  博は見守りながらなぜか、本物の兄妹の再会のようだと思っていた。
   こういう瞬間は、探偵という職業が最高だと思えるときだ。
  人間同士の絆が見えるその瞬間に、立ち会う仕事‥‥
「ありがとうございました。報酬は約束どおり、後ほど」
  渡部の声で、博ははっとすると、にっと笑顔をみせた。
「ええ、よろしくお願いします。
 また、何かあればいつでもうちの事務所にご相談ください。
 我々はクライアントの頼みならば、ボディガードから
 秘密工作、浮気調査、ワンちゃん探しまで、何だってやりますからね」
  営業文句を言って一礼すると、
  渡部も軽く頭を下げ、杏を連れて帰っていった。

――さて、どうしようか。

  渡部と杏の姿が見えなくなると、
  博はスーツの胸元から、ある物を取り出した。
"これを、届けてほしい人がいるの。お金は払うから―――"
  杏の言葉がよみがえる。
「クライアントの頼みなら、何だってやりますよ」
  博はさっき自分が言ったセリフを繰り返すと、
  手元に残されたそれを見つめた。
  杏から、坂本昌行へ届けてほしいと言われた、その手帳を。
 
 
 
 
 
             ――TO BE CONTINUED――
 
 
 
 
 
 



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