投稿時間:00/11/30(Thu) 19:03 投稿者名:ナナ
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タイトル:太陽の当たる場所 2
・太陽の当たる場所 2 「預かり物」
昌行のマンションの前。 激しい雨の降る中、傘をさした健が歩いてきた。 マンションに入り、エレベーターホールを抜けようとしたとき 奥様方と何かヒソヒソ話をしていた梨元と目が合った。 「ああっ、健ちゃん!」 「あ、梨元さん。こんにちは」 健が挨拶してさっさと行こうとすると、 例のごとく梨元が「ちょっとちょっと!」とくっついてきた。 「? なんですか? お見合いなら昌行くんはホントに‥‥」 「えーっと、その話なんだけどね。 悪いけど、なかったことにしておいてよ」 「え?」 意外な言葉に健がきょとんとしていると、梨元は少し声を落として続けた。 「坂本くんて、彼、なんか色々とワケありなんでしょ? 僕の立場とかそういうのはさ、気にしなくていいからって 健ちゃんのほうから言っておいてよ、うん。ねっ?」 「はあ‥‥?」 梨元はそう言うとそそくさと行ってしまった。 奥様方はまだ何かボソボソと話し合っていた。
健はわけがわからないまま、 エレベーターホールを抜けて106号室に向かった。 「!」 健が立ち止まる。 106号室の前に、長い髪の女の子が座り込んでいた。 「サカモトマサユキさん?」 「あ、いや俺は‥‥」 「突然ごめんなさい、鈴木杏です」 杏は立ち上がると、軽く頭を下げた。 見覚えがないし、まさか昌行の友達とは思えないので 健はただひたすら戸惑っていた。
「越智が出てきてから2時間30分‥‥まだ出てけえへんなあ」 東山情報サービスのアコードワゴンの中で、 准一が昌行のマンションを見つめている。 「このマンションに越智の知り合いがいるんだろ」 博が手帳に何か書きつけながら言った。 「裏から逃げたとかそういうこともないよな、 見たところは普通のマンションやし。 ほんなら、あとちょっと張り込みを続けて‥‥」 「出てきたところか、一人になったところを保護して 事務所に連れていってクライアントに引き渡す、と」 「なんや、思ったより簡単な依頼やんかー。 よかった〜。俺、ヤーコ連中と関わり合いたくないねん」 「いや〜、まだわからないよ〜。 ここが実はヤクザ屋さんのマンションかもよ〜」 ビビらせるようなことをわざと言ってみる博。 准一もちょっとそれは心配だったので、 一瞬イヤな想像をしてしまったがすぐにそれを 打ち消すと、口を開いた。 「けどわからんなあ、杏はほんまに誘拐されたんか?」 「やっぱり准もそう思ってたか。 小さい子ならともかく、逃げ出せると思うんだけどなあ」 「このマンションに来るときも、無理やりって感じやなかったしな。 ちゅうことはあれか、杏は家出したってことか?」 准一が言うと、博が首をかしげた。 「それもなんかヘンな感じがするよな」 「せやな、ふつう家出いうたら友達の家とか行くやろ」 二人はむつかしい顔をして考えこんだ。 車に打ちつける雨の音がバラバラと響いている。 「父親が死んだことで、杏の家で何かあったんだよな。 家族の渡部さんにも言えないようなことで、 それが原因で、家出か誘拐か、杏は家からいなくなった」 博が言うと、准一が何とも言えない表情をした。 「俺な、あの渡部ゆう人、どーもうさんくさいと思うねん。 クライアントにそういうことすんのアレやけど、 麻衣子ちゃんに頼んで調べてもらったほうがええんちゃう?」 「うーん‥‥そうしたほうがいい、かなぁ」 「そうやー、なんかウラがありそうやん、あの人」 「でも麻衣子ちゃんちょっとキツイとこあるからなあ、 依頼人に探り入れたの、所長にバレたらコワイしなあ‥‥」 「あー、それはイヤやなあ〜‥‥」
「けーん、来てんのかぁー?」 昌行が仕事の打ち合わせを終えて帰ってきた。 玄関でふと足元を見ると、見慣れぬ小さい靴が一足。 昌行はそれをじっと見下ろしていたが、急いで部屋に上がった。
「健ッ、お前なぁー!!」 昌行がバタバタとリビングに入ってくる。 「なんで俺んちに自分の彼女を‥‥!」 「昌行くん、おせーよっ!!」 健に逆に怒られ、昌行はちょっとひるんでしまった。 「なに? どーした?」 「お客さん‥‥」 健が椅子を指差すと、座っていた杏がぺこっと頭を下げた。 「‥‥ど‥‥どちらさん?」 昌行が小声で聞くと、健がずずっと昌行を廊下に引っ張って小声になった。 「昌行くん知らないの?」 「知らねえよ、俺に来た客なのか?」 「そうだよ、坂本昌行さん?って言ってたもん。 鈴木杏ちゃんだって。俺もよくわかんないんだけど‥‥」 「俺も全然わかんない。見覚えないしなあ‥‥」 「ホントに〜?」 「ホントだって!」 「あのー」 二人がボソボソ話していると、 杏が立ち上がって昌行に封筒を差し出した。 「この手紙、読んでください」 「? 何、これ」 昌行が封筒を開け、中の白い便箋を取り出す。
『 坂本昌行くんへ
突然こんなことになってごめん。 僕はしばらく出かけることになりました。理由は言えません。 少しのあいだ、預かってほしい物があります。 君にしか頼めません。どうかよろしくお願いします。
越智真人 』
「‥‥越智、真人? え、あの君、これ越智さんに頼まれたのか?」 杏がうなずく。 「誰、越智さんって?」 「先輩のライターで、俺にこの仕事紹介してくれた人。 しばらく連絡とってなかったんだけど‥‥」 「へえ‥‥なんだろ、この“理由は言えません”」 「それで、預かってほしい物って?」 「預かってくれるんですか?」 「? うん、そりゃあ越智さんの頼みだし‥‥」 昌行が言うと、杏が自分を指差した。 「は?」 昌行と健が顔を見合わせた。 「今日からお世話になります。よろしくね、まーくん」 杏が無邪気に言った。
その頃、快彦と剛は聖心女子学園の前をウロついていた。 二人、キョロキョロしていて、いかにも不審人物である。 「うん、たしかにこの学校の制服だよな」 快彦が写真の杏と、出てくる生徒を見比べて顔を上げた。 二人は手がかりがまったく見つからないので、 その道のマニアを捕まえて、どこの制服か教えてもらったのだ。 「‥‥それにしても‥‥」 「女の子ばっかりだよな‥‥」 「そりゃ女子校だからな‥‥」 「女の子ばっかりだよな‥‥」 二人は違う世界に住んでいる女の子たちにしばし見とれていたが、 剛がハッと我に返ると快彦をばしっと叩いた。 「いーから早く聞き込みしよーぜ!」 「あんだよ、急に」 「いや、一人ひとりチェックしてくと 俺の好きなタイプはあんまりいなかったから」 「俺はお嬢様っぽいのもけっこう好きなんだよ〜」 快彦はボヤきながらも、中等部の生徒らしい女の子を見つけると 駆け寄って「ちょっといいかなー」と声をかけた。 「あのさ、1年生の鈴木杏っていう子、知らないかな?」 が、女の子は明らかに警戒した表情を見せると、 「知りません」と短く言ってさっさと行ってしまった。 「‥‥‥‥‥」 「逃げられちゃってんじゃーん」 「違うんだって、今の子はちょっと照れ屋さんだったんだよ!」 「違うよ、ぜってー警戒して逃げたんだよ。 ていうかね、笑顔がキモチ悪い!」 「どこがキモチ悪いんだよ、 すげーいい笑顔じゃねえかよっ!」 「や、なんかヘンタイっぽかったもん」 剛はちょうど校門を出てきた二人組に近寄った。 「ねえ、ここの1年生の鈴‥‥」 そこまで言いかけたとき、二人組は走って逃げていた。 「おいッ!!」 「やっぱりね、お前じゃお嬢様はビビっちゃうね」 快彦がうれしそうな顔で言った。
今度はちょっと派手な感じの女の子が4人ほど出てきた。 これなら話を聞いてもらえるかもしれないと思い、 快彦は極力マジメな顔、剛はなるべく穏和な雰囲気を心がけて 「すいませーん」と低姿勢に声をかけた。 「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど」 「1年生の、鈴木杏っていう子知ってる?」 二人が尋ねると、彼女たちは「えー?」と顔を見合わせていたが そのうちの一人が「あー」と思い出したように言った。 「知ってる。妹と同じクラスだ」 「えっ」 「本当?」 「はい。中等部ですけど」 「妹さん、まだ学校にいる?」 「会って聞きたいことあるんだけど」 快彦と剛が続けて言うと、女の子はうーんと首を傾げた。 「ごめんなさい、ちょっとわかんないです」 「あ〜〜〜‥‥」 「そっかぁ‥‥うん、どうもありがとう」 女の子たちが行くと、二人は肩を落とした。 「わかんないかぁー」 「でもさ、この調子で聞いていけば 同じクラスの子とか見つかるんじゃねえ?」 「だよな。じゃ、どんどん聞いてくか」
昌行は舌打ちすると携帯を切った。 「ダメだ、出ねえ」 自宅の電話からも何度もかけたが、越智は連絡がつかない。 「昌行くん、もう諦めて預かることにしなよ」 健が言う。 「どういう事情か知らないけど昌行くんを頼ってきたんだし、 まさか女の子一人追い返すわけにもいかないでしょ。 ずっと家においてくれって言ってるわけじゃないんだしさ」 どうやら、ヒマと好奇心を持て余しているこの大学生は、 昌行が何かおかしな事態に巻き込まれることを期待しているらしい。 「そりゃ、お前の言うとおりだけど‥‥」 「それよりさ」 悩んでいる昌行は放っといて、健は杏のほうを向いた。 「杏ちゃん、学校はどうすんの?」 杏はちょっと健を見ると、首を振った。 「平気。行かなくてもいいの」 「いいって‥‥どういうこと?」 健もさすがにわからない顔をする。 「とにかくいいの。」 杏が言い切ったとき、昌行もようやく覚悟を決めたらしい。 「よし、わかった。 越智さんの頼みだし。杏ちゃん、ここにいな」 「本当?!」 杏がうれしそうに言うと、昌行もニコッと笑った。 内心は、まだちょっと戸惑いや心配があるが。
「OKするんだー。じゃ、俺明日も来ようっと」 期待どおりに事が運ばれたので、健もニッと笑んだ。
すっかり暗くなった頃に、東山情報サービスでは 准一が麻衣子に手を合わせていた。 「麻衣子ちゃん、頼みます! 渡部のこと調べてくれんかな〜」 張り込みは博に任せて、一旦事務所に戻ってきたのである。 「あなた方の個人的な調査には協力しません」 帰り支度をしていた麻衣子がすぱっと言う。 「せやけど‥‥どうも何か裏がありそうなんや」 「うちの仕事はあくまでもクライアントのお手伝い。 依頼の内情には一切関わったり、見聞きしてはいけない。 ‥‥所長がいつもおっしゃっている、探偵の鉄則でしょう」 麻衣子がとどめを刺すように言うと、 准一は何か言いかけたが、うなだれて考えこんだ。 麻衣子も准一があまり深刻な顔をしているので、 机の引出から書類の入った青いファイルを取り出すと、無造作にポンと置いた。 「これ、クライアントの情報の入ったリスト」 准一が驚いて顔を上げる。 「私は別に、あなた方に協力するつもりはないから。 私が片付け忘れたのを、偶然あなたが見つけた。そういうこと」 「あ‥‥‥わ、わかった。 ほんまにありがとうな、麻衣子ちゃん」 「だから、私は何もしてないのよ」 准一は頷くと、ファイルを手にとった。 麻衣子も思わずちょっと微笑む。 「今度、絶対お礼するから。なんかあったら言うてな」 何気なく言った准一を、麻衣子が見る。 「それって、なんでもいいの?」 「? ええけど」 「じゃあ‥‥あの、この仕事が終わったら、一緒に‥‥」 と、そこにバンとドアが開き、一人の女が入ってきた。 「准。迎えに来たわよ」 「遅いわ、砂羽!」 麻衣子がびっくりして二人を見比べる。 「こっちは色々と忙しいのよ。ほら、さっさと行くわよ」 「遅れといてその態度かいな‥‥ あ、じゃあ麻衣子ちゃん、またな! これ、ありがと!」 短くそう言って出ていく准一と砂羽の二人を、 麻衣子はあっけにとられて見送った。
博が張り込みを続けていると、窓ガラスがノックされ 准一と砂羽が顔を見せた。 「お、やっと来たか」 「ごめんな、待たせた。こいつがなかなか来ぇへんねん」 「あ、人が厚意で調べ事してやってんのに そういう言い方するわけ?」 助手席に准一、後部座席に砂羽が乗り込んできた。 砂羽は同業者で、准一が事務所に入る前からの友人だ。 「それで、持ってこられた?」 「ああ、このとおり」 准一が例のファイルを見せた。 「よく持ち出せたもんだな‥‥」 「ん? なんか最初は断わられたんやけど、 あとからちゃんと貸してくれたんやで、麻衣子ちゃん」 平然と言う准一に、博はちょっと麻衣子に同情した。 「それで、砂羽さんの調査の結果は?」 「なーんにも出てこなかったわよ」 砂羽が煙草を一本取り出すと、火をつけた。 「銀竜会って組は、ここ何年か目立った行動はしていない。 バブル崩壊のころにちょっと活躍してたらしいけど、 そのあとは大きな事件に関与するようなこともないし‥‥ その、杏の父親の会社‥‥『ミュゼット』って言ったっけ? そことの繋がりっていうのも、どうかしらねぇ‥‥」 「そうか‥‥」 博がファイルを開いて、やっぱりな、という顔をした。 「予想通り、渡部篤郎は杏の兄じゃなかったらしい。 名前は本名だが、『ミュゼット』の社員だよ。役職は係長」 「社員?」 「そう‥‥ああ、そうだ、これ」 博がダッシュボードをあけると、 数枚の雑誌のスクラップを取り出して見せた。 「なんやねん、これ」 「あの“越智真人”の書いた記事だよ。少し探してみたんだ」 中から一枚を手にとって見ると、 『クローズアップ・一流企業の挑戦者たち 連載第28回 おもいっきり商事 御法川社長「成功の秘訣は健康法にあり」』 みたいなタイトルがついている。 「彼はその連載で、杏の父親にも取材したことがある。 そこから懇意になって、杏とも会ったのかもしれない」 「そうか‥‥」 「会社の人間が杏に何の用なんだろう‥‥」 「いっぺん、調べたほうがよさそうやな」 准一が言うと、博も頷いた。 「それにしても‥‥」 砂羽が渡部のファイルを見て首をかしげた。 「そんなうさんくさい依頼人だって知ってて、仕事受けるなんて あんたたちのとこの所長さん、なんか悪いこと考えてんじゃないの?」 博と准一が顔を見合わせる。 否定はできない。
翌日。喫茶店『NATURE RHYTHM』では開店と同時に クーラー目当てにやってきた快彦と剛がダレていた。 快彦が杏の写真をカウンターにばしっと叩きつけた。 「わっかんねえなあー。全然わかんねえよ!」 「あ〜〜‥‥涼しい〜‥‥」 枝毛を切っていた紗弥加が顔を上げる。 「まだ見つかんないのぉ? その女の子」 「見つからないんだよぉー。 同級生の子にも聞いたけど、どこ行ったかは誰も知らねんだ」 結局、前日の聞き込みの成果はなかったのである。 「どうしましょうねえ。危険、ですよね、女の子が何日も」 テーブルを磨いていた店長が自分のことのように心配そうに言う。 「おい、剛。なんかいい方法思いつかねーのか」 快彦が隣で涼んでいる剛をつつく。 「いい方法〜? はり紙貼るとか?」 「お前ね、杏ちゃんは犬じゃないんだから‥‥」 「だってそれくらいしかねーじゃん、手がかりゼロなんだしさ」 「う‥‥ま、まあ、それもそうだよな」 「あー、それじゃ、貼っておきましょうか? うち」 店長がニコッと言うが、剛と快彦は何とも言えない表情をした。 「いや、マスターの気持ちはありがたいんだけど‥‥」 「客‥‥いるの? ここ」 「いやぁ〜‥‥来たり来なかったり、ぼちぼちですね」 「あんたたちは知らないだろうけど、けっこ〜多いのよ? あたしのファンの人。」 と、紗弥加が言うが、聞いていない二人。 「うーん‥‥貼るだけ貼ってみる?」 「そうだな。誰か知ってたら儲けもんくらいの気持ちで。 じゃあこの写真コピーしてくるんで、それとな〜く貼っておいて」
そのころ昌行は、巨大なナタを持った健に追いかけ回され 殺されたあげく、ゾンビになって生き返るという悪夢に苦しんでいた。 汗だくになってハッと目覚めると、杏がその顔をじーっと覗き込んでいた。 「!」 「おはようございまーす!」 「ああああ〜‥‥お、おはよー」 「大丈夫? なんかずっとうなされてたよ」 「やっぱりな‥‥ うん、だいじょーぶ」 昌行がヨロヨロとソファから起き上がった。 「悪い、寝過ごした‥‥杏ちゃん、なんか朝メシ食った?」 「うん、冷蔵庫にあったもの勝手に食べちゃった」 「あ、そう?」 昌行が洗面所で顔を洗っていると、 「おじゃましまーすっ」 と、玄関で明るい声がして、案の定、健が入ってきた。 「出たな‥‥」 「え、なにがぁ?」
昌行がリビングに戻ってくると、健が口を開いた。 「昌行くん、どっか行こっか?」 「はあー?」 「杏ちゃんと話してたら今起きたところだって言うしさ、 昌行くん仕事以外で外出たりしないでしょ」 「そりゃそうだけど‥‥」 健が声をひそめる。 「それに、杏ちゃんにどんな事情があるのかわかるかも」 昌行が改めて健を見た。 「お前、なんか変な期待してない?」 「えっ? なにが? 全然!」 昌行は健を訝しげに見ると、次に杏に視線をやった。 杏は何か分厚い手帳のようなものを開いている。 たしかに越智がどういうつもりで彼女を預けたのかは知りたい。 「‥‥じゃ、そうするか」
マンションの住人に聞き込みをしていた博が帰ってくると ヒマをもてあました准一はシートを倒して昼寝していた。 どうもこいつは緊張感がない。 「准ー。岡田准一〜!」 「‥‥‥‥‥」 「‥‥起きないとスゴイことするよ。」 本能的に危険を感じ取った准一ががばっと起き上がった。 「杏、どこにおった?」 「はい。えー、106号室の前に杏と思われる女の子がいた。 106号室の住人は坂本昌行29歳、独り暮らしの独身。 職業はフリーライターで親戚の子がよく遊びに来ている、とのこと」 「ライターか、越智と同じやな」 「仕事の関係で知り合ったと考えていいだろうね。 でも『ミュゼット』に関する記事では名前見かけなかったけど‥‥」 言いながら博が顔を上げた。 「あ」 「なんや?」 「出てきたっ!」 「えっ! どれ? どこ?!」 「駐車場、駐車場!」 博が慌ててアコードワゴンのエンジンを入れた。
アパートで、剛が扇風機をバシバシ叩いている。 スイッチを入れても動かないのだ。 「ガチャ」 「ただいま〜。直ったか?」 快彦がビニール袋に巨大な氷を入れて帰ってきた。 「ダメだ。なに、その氷。うわ、なんか生ぐせー!」 「これか? 魚屋行って、わけてもらってきた」 「なんで?」 「いや、気持ちだけでも涼しくなるかと思って‥‥」 剛が再び扇風機を直そうと叩きはじめる。
「ガチャ」 「おー、いたか」 ドアが開いて錦織がやってきた。 片手にセールスマンのような鞄を下げている。 「あ、ニッキさん」 「どうよ、進んでるか?」 「進んでるも何も、名前と写真だけじゃ全然わかりませんよ」 「なんかヒントとかないんですか、ヒント!」 「そんなもんはね〜〜〜な」 言いながら、錦織が床においた鞄を開いた。 透明な液体が入ったビン、手錠、非常食、ガムテープ ハチマキのような布が3本、懐中電灯、そして折り畳みナイフと なにやらただならぬ雰囲気の品がズラリと揃っている。 「なんですか、これ」 「これから入り用だろうと思ったんだよ。名付けて悪人七つ道具!」 と、『必殺』のポーズをキメる。 「悪人って‥‥」 「いや、杏を連れてくるときにどれか一つは使うだろ」 剛がナイフの刃を出し入れしながら言った。 「‥‥こういうの使うのって、拉致じゃないんですか?」 「うん、まあ『略取』っていう犯罪だな」 こともなげに答えた。 「ニッキさん、勘弁してくださいよー! そういう本気でヤバイ仕事はー!!」 「大丈夫大丈夫、もともと杏は家出中で行方不明なんだ、 お前らがどさくさに拉致したって警察は気づきゃしねーよ」 錦織はわかったようなわからないようなことを言うと 懐から5万円を出して二人の顔をぺしぺし叩いた。 「それにな、井ノ原、剛。お前ら、警察の心配する前にメシの心配をしろ」 そう言われると、貧乏人の悲しさで何も言えない。 二人はいまいち不安な顔で『七つ道具』をそれぞれ手にとってみた。 「このビンなんですか?」 快彦がフタを開けると、においを嗅いでみる。 「気をつけろよ、劇薬だからな」 錦織がそう言うのと同時に快彦がバタンと倒れた。 「あ――――!! 死ぬなー、井ノ原ぁあー!!」 「平気ヘーキ、いわゆるクロロホルムってやつよ」 「ああ、なんだ、びっくりした‥‥」 剛が快彦を揺さぶるのを止めると、錦織が笑って腰を上げた。 「それじゃ頼むよ。 あの社長の遺産だ、いくら隠してるか‥‥」 「いさん?」 錦織がしまった、という顔をする。 「気にすんな、こっちの話だ!」 「いさんって‥‥あの車掌‥‥?」 「うん、そう、車掌! お前らには関係ないぞ!」 錦織はごまかしながら立ち上がると、 何気なくテレビのリモコンを取ってスイッチを入れた。 「おい、剛」 「はい?」 「この部屋、電気とめられてるぞ」 「えっ!! 本当だ! あ、冷蔵庫!!」 「ま、頑張ってこの夏を乗り切れよ〜」 うまく話題をそらした錦織が足取り軽く出ていく。 「起きろ、井ノ原ーっ!!」
――TO BE CONTINUED――
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