楽しい話 58

金魚についての一考察



例のカ●コイ●オ氏のお洋服、今年の夏には金魚の柄が出ていた。

で、夏の祭典の時にお友達のT氏がその金魚のシャツを着ていた。

白地に赤い金魚がわらわら泳いでいて、とても愛らしい。

会社に着ていって上司と来客を驚かすためにも、正直欲しいくらいだ。

しかしプリントされているその金魚たちを見ているうちに、わしはある事に気づいてしまったのである。




似ている……。

似ている…………奴に!

姿や顔ということではなく、その存在がかもし出すイメージが重なる!

ずっと疑問だったのだけれど、今わかった!

そう……犬か猫かと問われたならば猫なんだが、そうじゃない!

あいつが似ているものは金魚だ!

金魚だったんだ!

君のイメージは金魚だったんだな、みるきんぎょ!!(ほうおうら、名前までぴったり♪)



金魚といっても彼女は夜店の金魚すくいに居るような和金ではない。

尾っぽとかせびれとかがひらひらしている流金だ。

あの水槽のなかをひらひらしながらのそ〜んとゆったり泳ぐあのイメージ、これにぴったりだったのだ!(鑑賞ご希望の方はイベントにてご覧ください)



先に言っておくが、これは誉めている。

誉め言葉でないのなら、わしははじめから口には出さない。

考えても見て欲しい、例えば女性に対してフナだのドジョウだのに似ているなんて言ってみろ。

どんな奴らの友情でも愛情でも終わりを告げてジエンドだ。

またこれが「熱帯魚」だったら「まあ、わたしってそんなに華やか?♪」と受け取られるだけだし、「ジョーズ」だったら「人でも取って喰おうか♪ククク。(ニヤリ)」となって我が身が危うくなるだけだろうし、「マグロ」などと言ったら「喰うならトロだろやっぱ。」となるのがオチだ。

だからやはりこの場合は金魚で正解なのである。



ちなみに本人に

「あー……みるきーちゃん、君、きんぎょだあ〜。みるきんぎょ。ほうら、ぴったり〜♪」

と同意を求めたところ、見事な前方へののめり具合で肯いてくれた。

また 「正式名は ”みるき=んぎょ” な。 これからそう呼ぶから。」 と宣言したところ、あやうくタクシーの列に飛び込みそうになるほど身体を傾むけてその感激を表現してくれた。


ちなみに嫌がっているわけではないことを証明するために、別件で彼女にメールをした時のレスの中の一文をご紹介しておこう。



>結局わたしゃきんぎょなんじゃね…くそう。ひらひら。
>ばーいきんぎょ


この「くそう。ひらひら」。

諸君には、この部分に是非とも注目してもらいたい。

この 「くそう。」 という部分には 「なんで私が金魚なの!?よりにもよってなんで金魚なの!?金魚って金魚ってきんぎょじゃないのっ!!(謎ぢたぢた)」

というやりきれないニュアンスが含まれている。

しかし続く「ひらひら。」

このたった4文字の中には、

「きんぎょ……どうせわたしはしがない金魚……。でも………でもっ!きんぎょでもいい!だってひらひらきんぎょはきんぎょだけれど可愛くないわけじゃないもの!いや、優雅で華麗だわ!見てらっしゃい!私はきんぎょみたいにひらひらしてみせる!」

という乙女心の繊細且つ微妙な揺らめきと、そしてつまるところはきんぎょにイメージが似ていることへの納得と承諾の要素が含まれているのである。

簡単なようでいて含みを持つ、実に味わい深い一文だ。

そして最後の 「ばーいきんぎょ」

このサインで全てを肯定し、また自らもきんぎょであることを認めている。

更に追加させてもらうのならば、つい先程この話を執筆中に来たメールにはこうあった。

>ひらひらりん…今日も尾びれが快調だわ。
>ばーい赤きんぎょ。

………………もはや完璧。

あの日あの時天啓のように閃き訪れた金魚のイメージは、やはり間違ってはいなかったと証明されたのである。





さて、ここからが金魚についての本題だ。

きんぎょ………漢字で書けば 「金の魚」。

「金の魚」 とだけ聞けば、鱗が夕焼けを照り返し、その身体がまばゆく輝くどえらい高価な幻の魚を思い浮かべてしまわないだろうか。

「金魚」 と書いて 「こがねうお」 と読むならば、やっぱり高雅に思えるだろう。

しかし 「金魚」 を 「きんぎょ」 と読むだけで、なぜか高雅な幻想はふっとび、「かわいいんだけどそこはかとないお笑い要素を感じるイキモノ」 という感覚だけが残る。


これは何故なのか。

そのことを(10秒ほど) 考察し、また(夏コミ帰りのタクシー乗り場で)仙台の金魚着用家T氏との論議を重ねた結果、漸くこの度ひとつの結論が導き出されたのである!












「んぎょ」









これだ。














「きん(金)」だけではない。

「ぎょ(魚)」だけでもない。

なにも足さない、なにも引かない。




きんぎょという名前が持つ愛らしさ兼お笑いの要素は、全てこの「んぎょ」という1フレーズに集約されていたのだ!!







んぎょ。






どうだろう、この響き。







んぎょ。









「?」 を付ければ疑問詞としても活用でき、 「!?」 を付ければスペシャル驚いた時の擬音にも利用でき、 「!!」 と同時に表記すれば押しつぶされた時の断末魔として相応しい。

しかもそこに愛らしさとかわいさと笑いを含むところが、「んぎょ」 の大いなる魅力なのである。



「え?」   「んぎょ?」

「うお!?」   「んぎょ!?」

「 ぎゃあっ!!」  「んぎょっ!!」


上記の3対を比較してみると、「んぎょ」の持つ特性をよくご理解いただけると思う。

この事実を発見するにあたり、金魚にまつわる数々の疑問、

「金魚くせして赤い。」
「赤いくせして金魚とはこれ如何に。」
「黒い姿なのに名前は金魚」
「出目金の出目は事実なのに、なぜ金魚という偽りが並行?」

これらにも答えることが出来る。

赤魚でせきぎょだのあかぎょだの、黒魚でこくぎょだのくろぎょだの出目ででめぎょだのしゅつもくぎょだのではゴロがよくないし、第一かわいらしくない。(最重要)

「きぎょ」「かぎょ」「くぎょ」「ろぎょ」「めぎょ」「もくぎょ」

いずれも「んぎょ」の魅力には遠く及ばない。

だからこそ、身体の色にも関わらずあの魚たちの名前はすべからく 「金」 なのである。

「銀」 や 「銅」 では、その存在が持つ愛らしさとお笑いのセンスに対する賛辞としてはつりあわない。

やはり 「金」 しかないのである。



これから先の時代、さまざまな掛け合わせや品種改良の波が押し寄せるだろうが、是非とも金魚にはきんぎょという名前を持ちつづけて貰いたい。

そしてこれからも「んぎょ」が持つ愛らしさとお笑いの魅力を失うこと無く、夜店の屋台でモナカや紙に掬われ家庭に持ち帰られ続けられて貰いたいと切望するのである。