
うぉおオおおっ!! テッドォおおおオおォっ!!!
好きだああァあぁあアっっ!!!!!!
と叫びのた打ち回るくらい真剣に愛している。今更紹介するまでもないが、ソウルイーターの先の主人。
初代妖怪アズキ研ぎ。
よって坊っさんの大先輩にあたる。
成長が止まっているためこんな顔をしているが、実年齢は約300歳。
シエラの800歳に年数は遠く及ばないが、この顔をして43歳だの68歳だの現実的な年齢で申告されるよりは、非現実的な300歳という年齢でいてくれる方が納得できる。
ソウルイーターの馬鹿強さを考えると、これを使いこなせていたテッドは文字通りキングオブゲリラ戦。
なんせ好きな相手を好きな時に好きなだけ喰っちゃえるので、坊っさんでなく彼が解放軍のリーダーになっていたとしたら、序盤でラスボスとその愛人をぱくっと喰って勝敗は決まり、無血開城にてトラン共和国が成立できたんじゃなかろうか。
具体的にどうヤバイのか教えないまま、親友に呪いだの魂喰いだのと呼ばれる素敵な紋章を押し付けてくれる思いやりに溢れた男。あれだけ 「これでお前が不幸になったら俺を怨んで構わない」 などと念押しされたら、誰だって 「つまり、これは持っていると不幸になるヤバイものなんだな」 と気が付くだろうが、気が付いたところで受け取りを拒否しているといつまでたってもストーリーが進まない。
延々と「頼むよ〜」「いやだ」「お前しかいないんだ〜」「いやだって」「一生のお願いだ〜」「やだっつてんだろ!」「頼むよ〜」……以下エンドレスループ。
まるでタチの悪いキャッチセールスだ。
いや、キャッチセールスからは逃げるという選択があるぶん、こっちの方がマシだろう。
強制的に押し付ける場合は普通貰って嬉しい得する代物であるのが普通だが、人間世界の一般常識は妖怪アズキ研ぎには通じなかったらしい。
ソウルイーターが本当に役に立つと思えるようになったのは、パパ上をごちそう様した後の敵全体一撃死魔法が手に入った後だった。
はっきりいって終盤である。
おまかせ乱打戦で勝手に勝つくらいに馬鹿強くなっている頃である。(紋章を使うのなんてボス戦くらいだ)
遅い。
遅すぎる!!
役にたつなら最初からたってくれ!!!(床ばしばし!)
しかも、普通は自分のレベルに合わせて紋章も使える魔法が増えていくのがセオリーなのに、このタチの悪い紋章ときたら食事をするまで働かない。
まさしくタダより高いものはないという諺の良い例であった。
ここまで書くと、坊っさんファンの中にはテッドにあまり良い印象を持てない方も居るだろう。だがしかし、ここでよく考えてみて欲しい。
幻想水滸伝1のストーリーの都合上、どんな坊っさんであっても彼からソウルイーターを受け継ぐことが決定されているので、彼がいないとそもそも幻想1の物語が成立しない。
すると坊っさんの悲劇は存在しなくなるのだが、悲劇のない幸運ばかりの主人公にドラマ性があるだろうか? いや、無い。
となれば、ドラマ性のない主人公には誰も興味を持つこともなく、妄想を走らせることもなく、よってここまで人気が出ることも無い。
つまり、幻想水滸伝世界において真の主人公の紋章を冠し、全てのイベントにおいて人気投票ぶっちぎりナンバー1の実績を誇る坊っさんの影には、天才演出家テッドの存在があったがゆえと言える。
まるで不良債権をのこして退陣した社長に代わり、会社を立て直して一躍財界の有名人になった平社員ようなものだ。
そのためマクドール家の御当主の私室にはテッドの肖像画が掛けられ、毎日坊っさんから 「ありがとう親友。僕が世界のトップスターになれたのも、可愛い子からモテるのも、楽しい玩具で遊べるのも、全部お前が余計な土産を置いていっていらん苦労をさせてくれたおかげだ。」 と手を合わせられて感謝されているだが、この事実はあまり知られていない。
さて、テッドは一見するとこんな地味で土くさくて影の薄そうな外見をしているにも関わらず、上記で述べてきたようにまさに幻想水滸伝を一大ジャンルとして打ち立てた影の立役者である。にもかかわらず、彼の待遇はおせじにも良いとはいえない。
物語の発端、別の言い方をすると 「お前が余計なことをしたから話がややこしくなったじゃないか」 という意味で言うと、幻想2のジョウイとよく似ているがあちらは腐っても副主人公。
宣伝にはいつも主人公と並んで表示され、顔グラフィックなどソフト中最多数を誇る。
なのにテッドはこれだけ重要人物であるにも関わらず、ゲーム序盤に別離したまま終盤になるまで面影どころか名前すらも思い出してもらえない。
更に、ジョウイは存命し2主ともども駆け落ち新婚旅行(は?)に出かける運命を神(コ●ミ)から用意されているあるというのに、テッドの場合は坊っさんがどうあがこうがプレーヤーがテレビの前でのたうちまわろうが、間違いなく御昇天あそばす…こともできず、ソウルイーターのお食事決定。
こんな不公平が許されて良いのだろうか!?
良いのである。
この悲運悲劇悲惨非業があってこそ、テッドは 「良い男」 の代名詞になれるのである。本編で分類上死人になったからといってどうだというのだ。
そんな些細な事実など、われわれの妄想と色眼鏡と御都合主義にかかれば何の障害にもなりはしない!!
それよりも上記にも述べた通り、悲劇性が無くドラマ性も足りずヒーローたる資格も見当たらないことの方がよほど大問題だ。
シークの谷のイベントで、これまで坊っさんにしか目が行っていなかった多くのプレーヤーのハートを、終盤3分のイベント会話で根こそぎかっ攫って行ったテッドの演出才能を見るにつけ、やはり彼はただ者ではなかったのだと改めて深く感銘をうける次第である。
ちなみに幻想水滸伝1より10年後に発売された幻想水滸伝4においては、ニート生活をしていた根暗な150歳で登場している。
まるで別人のようなかつての彼を見たい方は是非ともプレイをオススメする。