学問ノススメ
薦められても嫌いなもんは嫌い








「お勉強を教えて下さい。」

「え?」

「お勉強。」

「…………………………………………え?」

「タキさんとジョウイでたまにしゃべってる難しいことこと、勉強したら少しは解るようになるかなって思って。」

「………………………………………………………………………………………え?」




たっぷり30秒は黙ったままどうしたもんかと頭をフル回転させているのは、毎度おなじみ善行も悪事も白昼堂々がモットーの英雄タキ・マクドール氏19歳独身である。

そしてツブラな目を期待にきらめかせ、両腕に本を抱えて返事を待っているのは、善行も悪事も100%親切心で両方こなす天衣無縫な天然ボケ、ナタク@庶民だから家名無し である。

この二人、見た目はまっこと可愛らしい。(いや、頭に輪っかをつけている方だけに限定すれば中身も本当に可愛らしいのだが。)

いつもながらにお揃いじみた赤い衣装で仲良く並んでソファーに座っている姿は、まさしくお兄ちゃんと弟、飼い主とわんころ、パソコンとマウス、イナバ物置とその屋根の上の100人のごとく、微笑ましく安全な愛(謎)に溢れたほんわかふわふわ空間を作り出している。

そして普段はこのシチュエーションなら雑談しているか、(もて)遊んでもらっているか、チンチロリン(未成年の賭博は法律で禁じられています)でもしているのだが、今日はなんだかものすごく聞き覚えのない単語が、言うはずも無い相手から飛び出してきたようだ。




「………………勉強?」

「はい。」

「勉強って、普通の子供なら嫌いな、あの勉強かい?」

「そうです。」

力強く深く肯くナタクを見て、アッチの世界の住人と未知の遭遇をしたような顔をしたタキを失礼な奴だと思うのは良くない。

誰だってワンコロやニャニャごんやハムスターが 「これ読んで〜♪」 と六法全書を持ってきてたら 「おお、よく持ってきたね、いい子いい子。さあ元の場所に戻してきなさい。これはお前には必要ないんだよ〜う。」 と言うはずだ。



「えーと……ジョウイは教えてくれないのかな?」

まだ多少の動揺を残しつつ、状況として至極まっとうな疑問をナタクに問いてみると、

「ジョウイの言うこと、難しいんです……よくわからない…(ーー;)」

という分かりやすい回答が返された。

この返事、裏を返すと ”タキにはジョウイほど難しいことは教えられない” という失礼千万無礼億万な裏ニュアンスにも受け取れるのだが、このナタク(既に差別用語)にそんな知恵が回るはずはない。

それどころか ”ナタクに合わせたレベルで教えられないジョウイが悪い” と解釈されるところがナタクの大いなる人徳というものであり、ジョウイの持って生まれた不幸な星というものだ。

が、彼が薄幸なのは今に始まったことではないのでどうでも良い。(サラリ)




「でもですね、タキさんからも教えてもらったら、もしかしてもうすこしは解るかなって。」

「そりゃ…やらないよりは良いだろうと思うけど……。」

君にそんなものは無駄。

タキとしては思っていること全てを口に出してしまいたいところなのだが、流石に最後の部分は人間としての思いやりで心の中で呟くに留める。

いくらナタクに勉強という単語が似合わないとしても、彼の言語処理能力がカメ並みだとしても、幸か不幸か彼は(いちおう)人間である。

しかも今となっては信じられないがこれでも一軍の軍主であったし、辞退したとは言え国王候補でもあったわけで。

彼のあまりにも天才じみた天然ぶりに感動(違)し、帝王学やら支配者教育は放棄して放任されてた可能性の方が確実に高いとは思われるが、それでも恐らくあの鬼畜軍師からあれこれと、少なくとも兵法の基本くらいは教えられた…はずだ……と思う………というか、思いたい。いや、思わせてくれ。



だから本人が勉強したいと言うならば、たとえ無駄な時間を過ごす羽目に陥るだろうなと確実な未来が予想できたとしても、一応は教えてやろうという姿勢をとってやるのが人の道とまではいわないが、年長者の勤めであり辛いところでもあり、面倒だと思ってもせっかくやる気になっている子に水を注すわけにもいかず、とりあえずは相手をしてやらねばなるまい。

自分たち二人の話すことをちょっとでも判りたいから勉強したいなど、第三者が聞けばスペシャル可愛い動機じゃないかと思うのだが、教えを請われた当事者にとったらこれは可愛い以前に大問題だ。

なにせ「ナタク」に「勉強」。

これはもうキングギドラに茶の湯を仕込むくらいの覚悟が必要だと言って良いだろう。

どうする、タキ=マクドール。あえて試練の道を選ぶか?ヤなこった、苦労する趣味はない。いやしかし、だがしかし……。





以上、タキの心の葛藤を数行にわたって述べてみたが、実際のところ彼はこの心の呟きをコンマ5秒で片づけ、いつものごとくに完璧な微笑で 「良いよ。じゃあ何を勉強したいのかな?」 と聞くに終わった。

だかこれが間違いだった。

安請け合いしたツケはいつか必ずやってくる。

この場合はまさに直後に飛来した。

「えと、これです。」

そういってナタクが差し出したジョウイの説明が難しすぎるという原因、「金融政策と経済指数」「グローバル視点の国際政治論」という本を見て、タキは本気で失神しかけたという。

これをナタク君のレベルまで噛み砕いて分かりやすく説明しろと言うのか!?

言わせて貰うが今度ばかりはジョウイが正しい! 正しいぞ!!

というか、なんでこんなもんに興味を持つんだ!!

僕とジョウイがいつこんな話をし…たことも無いわけじゃないけど、あれはあくまで雑談であって論議じゃない!!

猫に小判、犬にダイヤ、ハムスターに権力、ナタク君に理論!!

これほど無駄だとわかりきった組み合わせがこの世にあるだろうか!? いいや、無いっ!!!

思わず 「100万年と3ヶ月早い!」 と鉄拳が飛びそうになるのをタキがかろうじて押さえたことは、ナタクには知るよしもなかった。



「………じゃ、まあ………どっちの本から見ようか?」

ナタクにそう尋ねるタキ先生の背中は、授業が始まる前から真っ白に燃え尽きていた。






そして数時間後―――――









トランの夏にしては涼しく、風通しの良い気持ちいい御日和。

誰しもがご機嫌よろ午後のくつろぎを満喫している中、一人だけ暗雲を背負って部屋の入り口に立ち尽くす若者が居た。



「ジョウイの説明、難しくてわかんない。から、タキさんに聞く。」

見事な3段論法でナタクから必殺技を食らわされ、石化したあと涙の大海に沈んで世を儚んでいた (暇な奴よのう) 数時間のうちに作られてしまったこのオブジェ。

今ジョウイが見ている光景は、タキの足元に座り込み彼のお膝にちょこんと首をもたれてくーこら寝むり込んでしまったナタクと、膝を貸したままナタクに被さるような姿勢で寝入ってしまったタキという、本人たちにはその気はまったく無いものの、傍目にはいわゆるヒトツの「二人の世界」というやつだ。





僕は今、いったいなにを見てしまっているんだろう……。





さんざっぱなナタクに説明する苦労を重ねた挙げ句、わかんないのヒトコトで天敵の元に逃げられ、だって元が難しい話なんだから難しい話になるのは仕方ないじゃないかと相手じゃなくて自分に言い聞かせ、失意のまま居間に降りてきたらこの仕打ち。

「おやおや、珍しく御勉強をしていると思ったら、寝ちゃったんですねえ。」

実は先ほどからジョウイの後ろにはグレミオが、相変わらず生まれながら標準装備されている微笑を浮かべたままお茶と茶菓子を用意してたたずんでいたのだが、既に意識が遠い世界に行きかけている彼は気付かなかったらしい。

「せっかくお茶をお持ちしたんですが……どうしましょうね、ジョウイ君。先に召し上がりますか?」

優しく声をかけられても、心が荒みきった今のジョウイにはその温かさも悲しく響く。

「お茶なんて……」

「はい?」

「お茶なんてっ!そんなあったかいものなんてっ!! この寒々しい光景の前ではなんの役にも立ちませんっ!!」

「え?夏なのに寒いんですか? ジョウイ君風邪でもひいたのでは……」

「そうじゃなくってあれがっっ!!(泣)」

ちっとも言いたいことが伝わらないグレミオに、分かりやすく寝ている二人を指差して訴えてみたところ、彼からは

「確かにあのまま夕方まで寝てたら寒くなって風邪ひいちゃいますね。大丈夫です、すぐ掛けるものを持ってきますから。」

というズレまくっているが健康上は正しい返事が返された。

「違うんですってば!ひざまくらっ!! ひざまくらですよグレミオさんっ!僕というものが居るのにひざまくらなんて、あんまりじゃないですかっ!! あれをやるのは僕の特権で生き甲斐なのにあんなに仲良く寄り添って昼寝するだなんて、僕の立場や立つ瀬や浮かぶ瀬(それは死人専用だ)がないじゃないですかっっ!!! とか思うんですけどっ!! 見てるとすごく可愛いじゃないかって思うから、ああもう余計に腹立がたつっ!!!!!!」



……言ってる意味はよくわからないが、何が言いたかはよく解る。

ついでにあの光景に怒っている+嘆いているのもよく分かる。

そうなればやはりこの中では最年長者でありおとっつあん兼おっかさんであり面倒見の良いグレミオとしては、彼を慰め、且つ諌めるために行動するべきであろう。



「……………わかりました、ジョウイ君。」

思いやりをこめて肩に手を置きながらグレミオはそう言うと続けてこう言った。


「私がひざまくらしてあげます。」






違う。



違うんだ。




違うんですお母さんっっ!!!(床ばっし)





声にならない叫びを挙げて、倒れ掛かるジョウイをどう思ったのかグレミオは更に続けて

「あ。腕枕の方がよければそうしますよ〜?」

と、聞いた奴が聞いたらトンデモネエ事態に発展すると思われる爆弾発言まで付けてくれた。

更に

「んなことしたらタキに喰われますっ!!」

というジョウイの非常に正しい叫びは

「え?じゃあ坊ちゃんにひざまくらして欲しかったんですか?」

という風に解釈され、ジョウイはその場で伝家の宝刀 ”床ばし” を披露しながら

「あなたも天然ボケですねっ!!!??」

―――と叫んでくず折れたという。




もちろん、目の前でこんな大騒ぎをすれば寝ていた子供も起きるわけで。

「あー………寝ちゃった(汗)」

というナタクと

「………るさい…」

というタキが同時に見たものは、いつもどおり食糧を持ったグレミオが、あいかわらず不幸なジョウイをぽんぽん叩いて慰めている姿だった。




「………なんでしょ、あれ。」

「………………さあ?」





君たちだよ、君たち。

原因は君たち。










人間、似合わない事をしちゃいけません。