泥酔
ハジケた内容になっておりますので、酔ってからご覧下さい。
いったい何が間違ってこうなったのだか分からないが、その時の彼には既に考える気力すら残っていなかった。
部屋の床には数体の足が投げ出され、その先にはだらりと垂れ下がった手と床に広がった髪、そして大量の血痕……があったらたいそうホラーな殺戮場面となるのだが、他に見えるものはというと、皺がよった服に幾つも転がってる酒瓶。
ついでにあちらこちらに散乱しまくっている食べ物たちと大量のグラス。
そんな光景を目に映しながら、これはどこだなんだいつだ、レオナの酒場でオヤジさんたちが酒盛りをしてた時に見たことがある気がするが、現在この場にはオヤジはいないし第一この上等な部屋の内装は本拠地ではない。
そうつらつらと考えていたナタクの耳元に良く通る声が掛けられた。
「ナタク君、まだイケルかい?」
「ほえ?」
名前を呼ばれたのでそちらを向くと、同じくらいの年格好の少年がにこやかに笑いながら杯を差し出している。
「……なんでタキさんがここに居るんですかあ?」
有り難く杯を受けながら聞くと、
「そぅれはね、僕ん家だからだよ〜」
という明解なお返事が笑い声と共に返却された。
彼の名前はタキ=マクドール。今は大口開けて笑いながら怠惰な床ばし(専門用語)をしているが、数年前に赤月帝国を滅ぼし現トラン共和国を作った解放軍のリーダーで子供でも知っている救国の英雄……のはずだ、多分。
そして杯をうけてたナタクは、一昨年度まで同盟都市の盟主として地上から王国一つを消滅させたケイロニア国の建国者……現在は天然ぼけを惜しみなく披露しているので嘘みたいだが確かそうだったはずだ。
そして二人の対角線上でだらだらスルメと戯れているのは、かつて一国の王たる身ながら親友を選んでハイランドを滅ぼしちゃったという、皇王として外見合格中身不良品なジョウイというイキモノ。
それだけでも凄い光景といえば凄いのだけども、更に床に転がっているもう一人の珍らしさがこの構図に麗しいトドメを食らわしていた。
「ルックが‥‥‥‥転がってるぅ〜〜。あっはっははははっはー」
………なにが可笑しいんだか本人もきっと説明できないだろう。
しかし、既に酒のせいで箸が転がっても可笑しい状態になっているナタクには、この際転がっている物があるなら例えそれが何であっても笑いを呼び起こすアイテムであることに変わりはない。
そうしてナタクが楽しそうにつっつくと、外見だけはそこいらのジャ○ーズが裸足で逃げ出すほどの麗しいルック先生が華の顔に満面の笑みを湛えてこうおっしゃった。
「……いやあ〜ん♪」
普段の彼を知るものが聞いたら身の毛もよだつほど恐ろしいセリフだ。
だが幸いなの事にそれに気付く理性が残っている奴は既に居ない。
「こういう時ってなんだっけ、あ、良いではないか良いではないか〜〜〜。」
「あ〜れ〜〜〜………なーんてね、ひゃははははは〜〜〜。」
「えへー、ルックたのしそうー、僕もころがる〜(ごろ)」
「ナタク君が転がるなら、ぼくも……。(ごろり)」
「お供しましょう。(ごろん)」
……なにも君たちまで転がらなくても良いと思うんだが、付き合いの良い人たちだ。
グレミオや故ゲンカク老師やレックナートやシュウやあれとかこれとか故人とか、彼らを育ててきた人やら保護してきた人やら苦労を承知で手放してくれた人が見たら涙せずにはいられないだろう、この惨状。
既にここには理性が残っている奴は居ないという事と、全員が同じ状態なので今後も状況は改善されずに悪化の一途を辿るだろう事が容易に想像できる。
で、なんでこんな事になったかというと、はじまりはこうだ。
「さくらが咲く頃にはまたおいで」同盟軍とハイランドの戦争が終って2年。
国を踏み倒して駆け落ちしたケイロニア軍の軍主と、かつて敵キングだったその駆け落ち相手と、相変わらず賑やかなその義姉が、戦時中に大変お世話になったトラン共和国の英雄様のお言葉通りにご挨拶兼御花見に来たのがそもそもまずかった。
いや、別にこの時点ではなにもまずくは無かったのだ。
そう、訪ねた日がたまたまトラン共和国の建国記念日だった事も別に悪いことじゃない。
ついでに、記念日だから昔のなじみが顔を出していたとしてもちっともおかしな事じゃないはずだ。
それがた偶然にも同日同刻にマクドール家に全員集合してしまったところに問題があった。
「おお!ナタクにナナミじゃねーかぁ♪」
「あ、熊さんにフリックさん!×2人」
「く!?(゜ロ ゚‖)」
―――こうしてビクトールの鉄拳制裁で幕を開けた久しぶりの再会は、時間と共に英雄に挨拶やらご機嫌伺に顔を出す輩も増えたことで、一人増え二人増え、夜桜見物が出来るころにはかなりの人数が集まってしまったのだった。
邸には当然のことながら祝いの品から振舞い酒まで、ビクトールをして一年かけても食いきれと言わしめた量が運び込まれており、また流石に元帝国の大貴族の屋敷だけはあり、これだけの大人数が集まっても窮屈感はない。
ただし来訪した人間と接客している人間に正反対の思惑があると、このような場は息詰まる外交戦の会場に早変りする。
大人同士やら代表者同士やらで勝手に取引きしてくれるのは構わないが、そういう場にいると絶対に巻き込まれる者が二人ほどおり、その二人はそれをまたよく熟知していた。
特にレパントの「タキ殿にはそろそろこの国に腰を落ち着けて頂きたい」という話題が出始めたころにはタキはさりげなく出口に向かい、あちこちに視線を移していたナタクもレパントの横に出奔してきたケイロニア国の最高幹部兼国王代理宰相の姿を認識した瞬間、身体が反射的に回れ右をする。
そうして二人はその場から脱出した‥‥‥しっかりと両手に食べ物と酒を確保して。
まったく良く出来た軍主たちである。
結局、緊急対策協議を廊下でひらいた結果、この状況下で絶対に安全なのはタキの私室ということで一同は合意し、廊下の途中で同じく逃げてきたらしい不自然に袖が膨らんでいるルックをついでとばかりに捕獲。
ぶつぶつと文句を言う綺麗なお荷物とともに、あちこちの国の旧リーダー達は心置きなく飲み倒せる楽園に向かって歩んでいた。
そして後少しで治外法権という場所まで来たころ。
「坊ちゃん。(にっこり)」
「(゜ロ ゚‖ ) グ…レミオ。なな、な、なんだ?」
「その御手に持っているものは何ですか?」
「こ、こ、これはた、ただの瓶じゃないか。」
「その瓶の中身はなんです?」
普段から自然とにこにこしている人物が作り笑い、しかも目が据わっている顔をするとどんなに恐いのか、この時タキ以外の全員がその気になったグレミオの脅威を初めて知った。
そうでなくてもこの人は、彼らに美味しいごはんを提供してくれる貴重で大事な人である。
できれば逆らいたくはない‥‥好き嫌いの激しい誰かさんなどは特に。
「未成年なんですから飲むな………などと無粋なことは、このグレミオは申しません。」
「……う……………うん。」
「ただし、適量という言葉は覚えて頂きませんと。(にこにこにこ)」
「……………………………………………………………………………はい。」
いくらタキでも育ての親から無敵スマイル付きで脅され……もとい注意されて、それを躱せる術はまだ身に付いておらず、結局は一人一本ずつ抱えていた酒瓶4本のうち、3本までが無情にも没収されるのを無抵抗で眺めるしかないたのだった。
保護者の看板を背負い、没収した酒を抱えたグレミオの背中を見送りながらがっくりと肩を落す一同の中、ふとタキが視界のはしに捕らえたものを認識した瞬間、彼は目を煌かせながらそれに向かって声をかけた。
天魁星仲間収拾用の笑顔付で。
「やあフリック。」
「ようタキ‥‥にナタクにジョウイにルックに、どうした?シケタ顔をして。」
酒のせいもあるだろうが、にこにこと人当たりの良い笑顔を浮かべてうっかりこちらに足を向けてきたフリックを待つタキの胸中には、この時ひとつの策が成っていた。
そして後ろを振りかえりったタキと、その自信溢れるヤな感じの不敵スマイルを見た一同の間には一瞬で視線の会話が成立し、4人は深く肯き合った。
「ちょっとグレミオにね、お酒取り上げられちゃってさぁ。」
「そりゃウルサイのに見つかったもんだ。」
などと会話をしている間に、さりげなく他の3人が退路を断つように生贄の前後左右に回り込む。
「なんだったら俺が何本が持ってきてやろうか?」
本当に良い人である彼は、本当に親切心で申し出てくれたのだが、本当に悪い奴等にとってそれは揚げ足取りの恰好の材料になるだけだとは気付いていない。
「じゃあお言葉に甘えて、3樽ほど。」
「‥‥‥‥‥‥へ?」
「3樽。」
笑顔でサラリと頼むタキに対して、フリックのお返事はいたってマトモなものだった。
「ば‥‥っ ばか言えっ そんなに飲む気かっって言うか持ちだせるかっ!(汗)」
「やっぱり駄目かい?」
「あ、当たり前だろうっ(汗)」
この時になってフリックは、はじめて己が囲まれている事に気が付く。
どこか囲みを突破できるところは‥‥と考えてみたものの、はっきり言ってどの方角もスーパーハイグレード級に鬼門だ。
敢えて言うならナタクの所が穴だが、こののほほんとしたお子様が実は逆鱗に触れるとタキより恐いという事を先日学習したので(駄文「批評」参照のこと)、アルコールが入り理性のタカが緩んでいる現在、そのリスクを犯す危険は避けたい。
あれやこれやと知恵を絞っていると、ふいにタキが話題を変えた。
「ところで、フリックは随分と落ち着きが出たね。」
「え?あ、そ、そうか? いや、まあ…少しは成長してないと困るがなあ。はは、は‥‥」
「うん、とても5年前に恋人亡くして当事子供だった僕に八つ当たりをして暴言を喚き散らした挙げ句に宿に篭って自堕落になっていた青二才と同一人物には見えないよ。」
「!!!!\(゜ロ ゜‖\)」
「そんな事をしたんだ、フリックさん。」
「タキさん相手に命知らずですね………」
「あの時は流石の僕もそう思ったよ。」
前後左右から真の紋章持ち達にこう呟かれる圧迫感と恐怖といったら、口では到底表せない。
ラスボスに一人で特攻する方がマシだろう。
「い……いやその、あ、あの時は、えーと、すすす、すまなかったな。」
「ううん、気にしてないよ。」
「そっそそ……そう…かぁ?」
その笑顔のどこか気にしていないんだよっ!―――と、恐怖のあまり叫び出しそうなのを懸命に押さえ、なんとか脱出しようと無駄なあがきをする生け贄の羊が一匹。
「ところでさ……ちょっと聞きたいんだけど。」
「な……なんだ?」
「僕は、誰だい?」
「は?」
「うん、だから、僕は誰だと思う?」
「だ……だれって……タキ=マクドールだろう?(汗)」
これからどんな方向に話が進むのかまったく見当もつかないまま、とりあえず答えてみる。
「じゃあ、タキ=マクドールって…どんな人だい?」
「ト……トラン共和国を打ち立てた英雄……。」
「じゃあ、今日は何の日だい?」
「…ト…トラン共和国の建国記念日……です。」
そして誘導尋問に気が付いたときには、フリックは既にのっぴきならない状態に追い込まれていた。
「じゃあ君が飲んでいた酒は、なんの酒だい?」
「け……建国祭のふるまい酒です。」
「じゃあその酒を飲むべきは………誰だい?」
「もももももちろん貴方ですっっ!!!!」
この時のフリックの漂白したような顔色と悲鳴まじりの声から、タキの視線がどれほど恐ろしいものだったのかが窺い知れる。
こうして首尾良く補給路を確保した悪者たちは、何の気がねも無く館の主の私室にて夜通し飲んだくれる事になり、最初に記述したようなへべれけな危険人物たちが出来上がったのだった。
人並みはずれた才能と頭脳、そして真の紋章の効果をこんな事にしか使わないのかと遠い目をする人もいるだろうが、それはまったくもって正しい。
余談になるが裏の倉庫から樽酒3つを2階の奥まった部屋まで密かに運んが可哀相な人だけは、参加者達が盛り上がる中をこっそり抜け出し、御庭の隅でひそかに涙のネズミを描いていたという。
そうして賑やかな夜が明け――――――
夜通し騒いだ人々がそろそろ帰路に着こうとし早朝の爽やかな空気が館に広がるころ、嵐はやってきた。
トランの大統領自らがドアに手をかけ、ケイロニアの宰相を送り出そうとしたまさにその瞬間、
「おはよう、僕の眠り姫たち!」
という元気のよいナタクの声が響き渡り、広間のドアの向こうに笑顔のナタクとタキがあらわれた。
もうすこし正確に描写すると、ドアを足で蹴破った二人がだ。(Wリーダー攻撃ともいう)
凄い勢いで開いたドアと壁に挟まれて天敵(?)が潰れているなんてことは、もちろん二人は知らぬし気付きもしない。
「朝日に映える君は一層輝いて見えるよ、マイラグジュアリースウィートハート。」
部屋を見回しながら、撮影用ポーズを決め髪をかきあげながらタキが囁く。
「ごめんなさいすいません、本当に僕は…っ 僕はなんて生意気で意地の悪いひねくれた人間だったんでしょうっ あああああああっっ!!!!」
公衆の面前で大粒の涙をこぼして泣きながら床につっぷすルック。
「すいません、この人達みんな酔っていまして……。」
そして、唯一マトモに見えたジョウイは観葉植物に向かって頭を下げていた。
不幸にもこの一部始終を見てしまった気の毒な人たちは、酒を飲み過ぎた己の幻覚かと一瞬己の正気を疑ったが、真実はいつでもひとつだ。
酔ってるのは君たちじゃない。
ついでにこれは幻覚でもない。
「タっタキ殿っ あんまりですぞっ!!」
「ナタク!あ、いや、ナタク殿っ!!」
流石に怒り心頭になったレパントとシュウに、普段なら悪いことをしたら素直に謝る良い子の天魁星たちは、しかしこの時は既に正気ではなかった。
「なんだい、僕の可愛い人?」
「そんな顔をしたらせっかくの美貌が台無しだよ、ハニー♪」
「………\(゜ロ ゜‖\)(/‖゜ロ゜)/」
返ってきたあまりのセリフに、広間に居た全員が瞬間冷凍される。
「大体さぁ、軍だけでなく国まで子供に押し付けるってのは、大人としてどうかと思うんだよね♪」
「そうそう、僕らはまだ無邪気なおこちゃまだしさ〜♪」
「まだまだ遊びたいもんね〜♪」
「ね〜っ♪」
練習したのじゃなかと思うくらい息の合った掛け合いで、可愛らしいことを可愛らしく小首をかしげて話す二人の姿もなんだが、その横では周囲の流れにまったく影響されない一人の世界を作り上げているルックが、
「僕は……僕は………っ こんなに皆に迷惑をかけてっ 僕はニンゲンのクズだっっ 生きている価値も無いんだっ ちくしょ――――っ もう終わりだっ なにもかも終わりなんだっ 世界……紋章……ハルモニア……全部全部だいっきらいっ!!!!」
―――――と、突然独りでキレた。
ちなみにそれを見たジョウイが、「そんな事はないよ〜」と定まらぬ視線と説得力も心も篭っていない慰めをかけていたが、そんなものに意味はない。
「我が真なる風の紋章よ!!!! 」
そう高らかに宣言しながら右手を掲げたルックを見て、ようやく事態に対処できるだけの血が巡りはじめた大統領と軍師は、実に正常な判断としてこう叫んだ。
「そ‥‥‥っ総員退避―――っ!!!」 「うわああああ!!!\(゜ロ゜‖\)(/‖゜ロ゜)/」 スタリオンも真っ青という速度で駆け去る方々の背中に、邪気のない明るい声が飛んでくる。
「あ、鬼ごっこなら負けないぞ〜ぉ♪ 」
「去る者は追うよ。僕は諦めが悪いんだ。」
「僕の散りざま見とけえぇええぇっ!!!!」
「じゃあ僕も、僭越ながら手助けを………」
「ひいいいいっ!!!!!Σ(゚Д゚ノ)ノ」
ちゅっどーん!!!!!
こうして朝っぱらからマクドール邸は豪快な爆発音と人々の阿鼻叫喚に包まれたのだった。
広間の窓が大きく、その向こう側がたまたま樹木が植わった庭であったから良いようなものの、そうでなければ間違いなく死人が出たはずであろう。そうして散々暴れまわったあげくに酒が回ってぶっ倒れたワルモノ達は、その後から全員が漏れなく天罰のごとくすさまじい二日酔いに寝込んだ。
それを閻魔大王よりも素敵な笑顔で看病しているグレミオお母さまとナナミお姉さまは、二人で力を合わせて作ったお手製お薬 ” 生まれてきたのを後悔するくらい苦い酔い覚まし液 ” を差し出したところ、4人は文句ヒトツ言わずに飲み干したという。
「酒は飲んでも飲まれるな。」 その誓いと背筋を凍らせる二人の笑顔を胸に刻みながら。
その頃、はるか西方ケイロニア国テングウ城の出口では「人生を見直す旅に出ます」という書き置きを残して家出する髪のはしっこが焦げたシュウの背中があり、トラン共和国の大統領官邸の執務机の上には「実家に帰らせて頂きます」という大統領の書き置きがあったという。トラン大統領レパントとケイロニア国王代理宰相シュウがそのまま一月隠遁生活を送ってしまった為、両国の国務は大混乱をきたした。
本来なら彼をそうさせた張本人達が責任ととって然るべきなのだが、二日酔いが抜けた途端に夕日に向かってダッシュしたまま旅に逃げてしまったり、屋敷が直るまでバナーで蟄居(釣り三昧のオプション付き)してますと逃避してしまったり、御師匠さまが呼んでいると言い残して行方不明になっていたりて、結局はとばっちりを受けた不幸な方々がいらん苦労を背負うことになったのだった。
それでも世界は回っているので、不幸な方々を除けば世の中にとっては別にたいした問題ではなかった。
‥‥‥のかもしれない。
飲んだら酔うな、酔うなら飲むな。お酒はほどほどに。