大迷惑
なんというか、いろいろと玉砕。
それは良く晴れたうららかな午後の事だった。
「ビッキー、テレポートお願い。」
そう言いながら広間をぱたぱたと走っておいでになったのはケイロニア軍のリーダーナタク様である。
「あれ、今日は一人なのー?」
「うん、ムササビ探しにいくから。」
戦時中にムササビ探しもあったもんじゃなかろうが、どっちが小動物なのだか判らないほどツブラな瞳でムササビゲットに燃えるそれはそれは愛らしいリーダーに、そんな事をしている場合ではないでしょう!と言う根性がある者など、もとからこの城には居ない。
と言うわけで、テレポートする事にはなんら異論はないが、なんとなく不安と嫌な予感を感じるのかビッキーは杖で床をつつきながら逡巡している。
「だいじょぶかなあ、なーんか最近調子悪くって‥‥‥」
事実、彼女にはつい先日、交易品を売りさばきにテレポートさせた際、すり抜けの札も無くほとんど丸腰状態のナタク一人きりを風の洞窟に墜落させたという前科がある。
最も本人はそこから返り血だらけでケロリとして戻ってきている上、もともとが能天気なので気にしていないらしい。
「平気、今回は札も持ったし、失敗してもこの瞬きの手鏡で帰ってこられるから。」
「へー、これが瞬きの手鏡なんだ」
「トランで貰ったんだ、綺麗だよね。」
差し出された鏡を手に取りしげしげ眺めていた少女は、これなら失敗しても大丈夫だと漸く安心して杖を振り上げた。
そして精神を集中‥‥‥しかけた途中でナタクの独り言が耳に入らなければ、さして問題 もなかったのかもしれない。
「ジョウイのとこにもビッキーみたいな人がいたら便利なのに‥‥」
「‥え?あ‥‥っあぁっ!?」
‥‥っと言った時にはもう遅く、真っ白い光りとヒュっという音が巻き起こった跡には、ただの空間が広がっていた。
「あー‥‥‥やっちゃったかも‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
やばい。という表情で呟くビッキーに、先ほどから二人の会話を見ていた広間に居る仲間が無言で「またか」という苦笑いをする。
「で、でもっほらっ瞬きの手鏡があればすぐ戻ってこれるってナタクさん言ってたしっ」
皆の視線を感じてビッキーがばたばたしながら言訳していると、
「確かに、手鏡があればすぐ戻ってこられるよね。」
という楽しげな声が広間の壁の方からかけられた。
「でしょ、でしょ?」
「じゃあ、君がその手にもっているモノはなんだい?」
そう笑顔でお尋ねあそばされるルック先生のたおやかな指が差した先には、午後の陽光に反射する綺麗な鏡が握られている彼女の手があった。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥イヤン。」
そしてテングウ城は震撼した。
丁度その頃、ルルノイエの某一室では顔が良い3人と、顔は良くないが頭は良い1人で皇太子暗殺の計画が練られていた。
練られてはいたが、先ほどから軍師が発する「同盟軍への攻撃を利用して罠に‥‥‥」という台詞の「同盟軍」から、計画の責任者であるハイランド王国第四軍軍団長の意識はすっかり有らぬ方向に飛んでいたりする。
『ナタク、元気かなあ‥‥‥‥(そして意識は過去にリメンバー)』
「‥‥‥という段取りで宜しいのですね、ジョウイ殿」
「(意識が現世にリターン)‥‥‥‥‥‥‥‥‥ああ。」
しばし無言の後に答えたジョウイを、周りのメンツが 「この方もいろいろと複雑な思いを抱えているのだろう」 と好意的に勘違いしてくえるのは、ひとえに黙っていれば何事か思慮している風に見える出来の良い顔のお陰である。
「ジョウイ様はお疲れのご様子、本日はこのへんで‥‥‥」
ぼとり そう言って全員が席を立ちかけた瞬間、なにか赤くて黄色くて茶色いものがテーブルの上に落ちてきた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あれ?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あ‥‥‥」
とうとう幻覚まで見えるようになっちゃ僕も終わりかなあ、でもこんなにリアルなんだったら幻覚だって幸せだ‥‥妄想の神様ありがとう。
「‥‥‥ナタク‥‥‥‥‥」
手を伸ばして名前を呼ぶと、これでもかというくらいツブラな瞳が自分を見て記憶に有る通りの笑顔を向けてくれた。
「会いたかった‥‥‥」
すっかり周りの状況を忘れ、幻覚なんだから好きにしゃちゃえとテーブルの上の幼なじみを抱き抱きしていると、幻覚のくせにお返事をしてくれる。
「‥‥‥‥‥‥えーと‥‥‥‥‥‥‥ひさしぶり‥っていうか、‥‥‥ここどこ?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
いくらなんでも幻覚にしてはリアルすぎる。
ここに至って漸く手の中にあるイキモノをしげしげと眺めたジョウイが周囲を見回すと、そこには顎がはずれそうなレオンとでめきんみたいになったシードと白髪になったクルガンが石化したまま突っ立って居た。
そして一瞬の空白。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥っうわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」
直後、ルルノイエ中に響き渡る叫び声とすさまじい騒音が同時に巻き起こった。
そして軍議をしていた部屋から瞬時に全員が廊下に叩き出され、まだ半分くらい石化している彼らの目の前にあったのは、全面糊付けされた笑顔を張り付け、ドアを背にした状態で扉の前に仁王立ちなさっているジョウイ様のお姿だった。
「い‥‥っ 今のは同盟軍のリーダーじゃ‥‥」
「何を言ってるクルガン!ナタクがここに居るはずないじゃないか!あはははははっ!!」
「だ‥‥っ だって、今さっき確かにテーブルの上にぼとっ‥‥て‥‥‥」
「馬鹿を言うなシード!人間が突然現れるわけないだろうっ!! なあ!?」
「一体どうやって我々3人同時に叩き出したんです?」
「細かいことは気にするな!! レオン!!!」
「で‥‥‥ですが、あの‥‥‥」
「君たちがなにを見たかは知らないが、それはすべて幻だっ!!!!!」
俺達は(あなたと違って)幻と会話するほどオカシクありません。
そうつっこみを入れたかったが、その前にジョウイは素晴らしい早さで扉の向こうに消えてしまった。
後に残された3人は真っ白に燃え尽きていたが、堅く閉ざされた部屋の中からガタガタと家具を扉前に積んでいる音が聞こえてるに至って、ようやく立ちあがる気力を取り戻した。
この扉の向こうには同盟軍のリーダーが居る。居るったら居る。確実に居るんだってば。
だが、この絶好の機会に彼らは静かに立ち上がると黙ってその場から立ち去った。
そう、彼らはよく知っていた。
同盟軍のリーダーに余計なちょっかいを出すと、彼らの上司が右手を掲げて異世界から貪欲なるお友達を呼んでくれちゃう事を。
俺達はなにも見なかった。 3人の間でそう暗黙の了解が取られた事を、去って行く男達の背中が語っていた。
一方で、椅子やらテーブルやらサイドボードやら部屋に置いてある家具という家具を扉の前に積み上げ、やっと安堵の息を漏らしたジョウイは、流石に疲労困憊になりぜーぜー言いながらその場に座り込んでしまっていた。
「‥‥‥大丈夫?」
顔を上げると、目線を合わせるように座り込み自分を覗き込んでくる幼なじみがいる。
これが本当に幻で夢の中なら、このままあれしてこれしてオトナの世界にレッツゴウするところなんだが、頭やら頬やら肩やたをぺたぺた触わってみても消えないところをみると目の前のこれは実物らしい。
「ナタクに会えたのは嬉しいんだが誰かこれは悪い夢だと言ってくれって思うけどナタクに会えるなら悪い夢でもいいかもしれないね‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥ジョウイ、落ち着いて‥‥」
落ち着かねばならないのは判っているんだが、それは逆に落ち着いていないからそう思うのであって、つまり今現在ジョウイは混乱の真っ只中に居るのわけで。
「これが落ち着けるかっ!なんだってこんなところに居るんだ!」
「なんでって‥‥それは事情がイロイロと。」
「判っているのか!ここはルルノイエの中枢だぞっ!?」
「どうりで奇麗だと思った。」
「違ああぁうっ! ボクが言いたいのはそういう問題じゃ無いんだっ!!」
「そんな大声で言わなくても聞こえるよ。」
「ああ、ごめん‥‥‥って、だ〜か〜ら〜あああぁぁあぁ〜〜っ」
後半、ほとんど泣きが入っている状態で話しているジョウイを見ていると、一体どちらが迷い込んできた人間なのだか判らない。
で、闖入してきた張本人はというと、状況が判ってるんだか判ってないんだがほにょほにょと笑っている。
そのあまりの泰平さ加減に、とうとうジョウイの方が根負けした。
「‥‥‥‥‥‥どうやってここから逃げるつもりだよ。」
「どうって‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥えーと、どうしようね。」
本当に状況と立場が判っているのかこの小ザルっ(床ばしばし)
「大体、どうやって現れたんだい?」
「多分‥‥‥テレポートに失敗しちゃったんだと思う。」
「テレポート?」
「仲間にそういう能力を持った子が居るから。本当ならムササビ探しにグリンヒルに行ってる予定だったんだけど‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ジョウイ?」
ふと気が付くと、目の前の親友が深刻な顔をしている‥‥‥ようにナタクには見えた。
が、彼はただ放心して頭が真っ白になっていただけである。
ムササビ‥‥‥僕がどうやってナタクとナナミを傷つけずに最小限度の犠牲でこの国を一つの大国にして和平に導こうかと、日夜前髪の生え際が後退しそうなほど悩んでいるというのに君はムササビ‥‥‥‥
「‥‥‥‥‥‥僕らは‥‥‥何時の間にか別々の道を歩き始めたのかもしれないね。」
そうですね。
ここに第三者が居たら間違いなくそうつっこむところだ。
だが、そりゃもう素直に育ってきた幼なじみは言葉を文字通りに受け取り、勘違いしたままシリアス路線に直行してしまった。
「‥‥そんな事ないよ。」
「いや、ある。思いっ切り違う。」
遠い目になって脱力してしまった親友の棒読み口調を、拒絶の言葉だと勘違いしたナタクは、文字通り身の危険も顧みずに相手にひしひしと懐いてしまった。
「‥‥‥‥‥でも、ジョウイは僕の親友だよ?」
「ナタク‥‥‥‥‥‥」
僕は親友から一線を越えた関係も大歓迎なんだ‥‥あっちの世界にいったままの頭の中ではそんな考えも過ったりしたが、幸いにも口には出すほど愚かではなかった。
「今はこんな事になってるけど、やっぱりナナミとジョウイと3人で一緒に居たい。」
ぺたっと引っ付き間近に迫って一生懸命に眼で訴えてくる。
「あ‥‥‥ああ、それは僕も同じ‥‥‥」
同じじゃないのは、僕にはムササビゲットに奔走する暇がないという事くらいで。
「戦ってるの、戦争を終らせる為だし。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥ああ、そうだよ。」
「それに‥‥‥なにがあっても僕はジョウイの味方だから。」
普段は口数が少ないくせに、語る時に限ってそうくるか。
‥‥‥‥‥‥殺し文句だぞ、それ。
これで正気の世界に戻って来ない奴はジョウイじゃないが、彼が正気に戻った方が遥かにヤバイという事をひっついてる本人だけが判っていない。
案の定、せっかくのチャンスなのでちょっとぐらい手を出そうかな‥‥と、不埒な考えを起こしてジョウイが身体を少しだけ離す。
途端にナタクの方から勢い良く抱き付き直してきた。
「えっ‥っととっ‥‥‥と?」
まさかそう来るとは思ってなかった為、受け止め損ねた勢いのまま後ろに倒れ込‥‥‥む前に、背中に積み上げてある机の角とジョウイの後頭部が素敵なハーモニーを奏でた。
ゴッ! 「っい‥‥!!」
「あ!ごっ!ごめんっ!!(汗)」
謝らなくて良い。天罰だ。
「っ〜〜〜〜〜〜〜〜‥‥‥‥‥‥‥だ‥‥‥だいじょうぶ‥‥‥」
「ご‥‥ごめん‥‥‥‥痛かったよね、イイ音したし‥‥‥」
正直目から火花が飛び散るくらいだったが、その前の己に後ろめたいところがてんこもりなのでこれを逆手にとって強気に出ることは出来ない。
苦笑いして後頭部に手をやると、ナタクが申し訳なさそうに幾度も謝りながら、奇麗に後ろで束ねてた髪がわしゃわしゃになるほど一生懸命に両手で頭を撫でてくれた。
そういえばナナミが自分達を撫でる時もこんな風に両手でやった事を思い出す。
最も彼女の場合、何故か髪を逆なで方向に撫でるのが特徴だったが。
妙なところで流石に姉弟だと感心しながら大人しく撫でてもらっていると、ポツリと言葉が零れた。
「‥‥‥‥‥‥ナナミ。」
「え?」
「これはナナミの分。」
「‥‥‥‥‥‥」
「あと、ピリカの分。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥自分の分も。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
そう言われて大事そうに抱えこまれる。‥‥‥頭だけだけど。
「ジョウイ‥‥‥」
動物みたいに人の頭に頬擦りして耳元で名前呼ぶなんて、それってかなり反則技なんじゃなかろうか。
昔から感情を言葉より行動であらわす方が得意だったよな。
でなきゃ天才的なたらしだよ、君。
「君って人の毒気を抜くの上手いよね。」
「?」
「いーよ、わかんなくって。」
「??」
「ナタク‥‥‥」
「うん???」
呼ばれた本人は背中に回された手を不信にも思わず、先ほど自分がぐしゃぐしゃにした髪を今度は整える様に撫でなおしていたりする。
「‥‥‥ちゃんと無事に帰してあげるから、大丈夫だよ。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥うん。」
親友が言う「無事」の言外の意味なんか、相手はもちろん判ってない。
‥‥‥同盟軍のリーダーは良い子だった。
本当に、ほんと〜〜〜〜〜うに親友思いの良い子だった。
そして同盟軍の連中に拝み倒されてナタクを迎えにいらしたルック先生が運良くこの光景に出くわし、『けっ』というお顔をなさってそのまま本拠地に御戻りあそばされた事を幸せそうな本人達は知らない。
後日、「キャロまでは責任もって連れてきますから、そこまで迎えに来てください」
という第四軍軍団長の親書をもったやつれたクルガンが本拠地を訪問し、
同じくらい心労でくたびれたシュウが迎えによこした人選は、汚い仕事は全部俺かよという顔をしたビクトールだったという。
けんのんけんのん。
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