離れているからって、遠いわけじゃあない。

傍に立ったからって、一緒にいるとは限らない。

目に見えることだけが全てでもなければ本当でもない。

だから自分が思うものを抱えて、ここまで来れた。





「夕食までには帰って来て下さいね。」

その人を連れ出すたびに、そんな無茶を言う人がいる。

ずっと離れたことが無いと聞いていたので、目の届かないところに連れて行かれるのが心配なんだろうな。

知らないところに良くのなら、慣れ親しんだ人が一緒の方が心強いだろうな。

そう思って二人に

「‥‥‥お二人で一緒に来ませんか?」

と聞いたら、

「グレミオは駄目。」

「わたしはここで待ってますよ。」

と二人から同時に即答されてしまった。

なのになんでそんな返事が言えるのか、ずっとずっと判らなかった。




「‥‥‥ちゃんと戻ってくるから。」

「はい。」

訪ねていった何度目かの時に、その人の部屋のドアごしに聞こえてしまった交わされている言葉。

「だから、ここで待っててくれ。帰る場所がなくならないように、ここでお前はお前を守っていて欲しい。」

「はい。私が無事でここに居ることが、私のつとめですね。」

「うん。」

そんな会話の後にドアの外に出てきたところを、多分妙な顔をして眺めていたんだろう、

僕を見て、送り出す人が柔らかく笑いながら話しかけてきた。

「離れているからって、遠いわけじゃあないんです。傍に立ったからって、一緒にいるとは限らない。

目に見えることだけが全てでもなければ本当でもないでしょう。」

さらっと言われただけなのに、何故か頭のなかに住みついてしまった言葉。

「目に見えて触れられるものしか信じられなかったのが、そうでないものも信じられるようになったんです。

‥‥ただそれだけの事です。」

そう言って笑った顔は穏やかで、でもどこかに強い強い意志を含んで。

「‥‥‥じゃ、行って来る。」

「はい、夕食までには帰って来て下さいね。」

「‥‥‥‥‥‥ん。」

一度は自分さえも捨てようと思った人に、こんな顔をさせる人。

自分を預けられる人に、他の誰にも見せない顔を見せる人。

見ている方が幸せになるような、そういう暖かいものがそこにはあって、だから僕も笑ってしまったのだけど、

笑った顔のもっと奥で、そこには泣きそうになってる自分が居た。



自分たちが持っていたものだから、とても懐かしくて。





目に見えて触れられるものではなく、見えなくて触れられないものも信じる。

それは誰にでも出来て、とても簡単なことで、そして脆くて儚い。

物理的な敵ではなく、ひたすら形の無い自分の心と戦わなくてはならない。

自分が信じられなくなったら、相手を信じられなくなったら、それだけであっけなく壊れてしまう。

それが出来ると言えるようになるまで、あなたたちはどのくらいの年月をかけて何を乗り越えたんだろう。

あなたが帰ってくる場所を無くさないように、帰ってくるあなたを迎えてあげられるように、

この場所でわたしはわたしを守りながら待っている。

貴方は私の帰る場所

私は貴方の帰る場所

出会ってから10年かけて積み上げてきた土台の上に、3年かけて培ってきた関係。







それでもただ信じて待っているだけは辛いから。

だから早く辿りついてあげなきゃならない。

きっとあの場所で待っている。





それが出来るようになるまで、ぼくらはあとどのくらいの年月を過ごして何を乗り越えるんだろう。







「来たねナタク‥‥‥‥‥‥」

見なれた背中。

どんなに時間がたっても見間違えることはないくらい見てきた姿。

生きていてくれた‥‥‥それだけで構えていた力が抜けそうになった。

そして―――


「これが最後の戦いだ‥‥‥‥‥‥決着をつけよう。」


それなのに、久しぶりに聞いた懐かしい声は聞きたくない言葉を作った。






「何故戦わない、ナタク!」

「‥‥‥‥‥‥」

一方的に打ちこまれる棍を最初は受け流していたけど、

考え事で頭がいっぱいになってる今は、もう半分くらい打たれるままでいる。

殴られたところは痛かったけど、殴ってる方が痛そうな顔をしていることが、身体の傷より心を痛くする。

君は僕の為に自分を騙したり嘘をつくことはあっても、自分の為に嘘を付いたことはない。

そういう人だって、ちゃんと判っているから。

だから今、君が何を言っても何をしてもそれは全部僕に殺されるためだってわかる。

ちゃんとわかっているんだから、戦えるはずないじゃないか。

ここには僕しかいないんだから、もう君は君に戻って良いのに。

立場なんてものに変えられるほど、僕たちが10年かけて築いてきたものって脆かったんだろうか。

10年かけても君にとって僕は、目に見えるものしか信じて貰えない相手だったんだろうか。

そんな事を考えているうちに崖っぷちまで追い詰められて、それなのに追い詰めた方が途方にくれた顔をして。

「君はケイロニア軍のリーダーなんだよ、ナタク‥‥‥」

その言葉に、ここに来てからはじめて自然と返事が出来た。

「そんな人は、もういない」


「ケイロニア軍のリーダーなんていない。君がハイランドの皇王であっても、ここにいる僕は僕でしかない。」

‥‥‥なんだか意味の判らない言葉を聞いてるような顔をされてしまった。

僕は口下手だから、伝えたい意味が思うように伝わっていないのかな。

「僕に殺されるために僕を殺そうとしているのが痛いほど判るから、僕は君を守る為に戦えない。」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥今、こんなことをしている僕は、君がつくった。」

「‥‥‥ナタク?」

「君を大事だと思う僕は、僕を大事にしてくれた君がつくってくれた。」

「‥‥‥っ」



ジョウイが何かを言いかけたみたいに口をあけて、手から棍が落ちて、次に膝が崩れた。





その後なにがどうなったかなんて、あまり覚えていない。

記憶にあるのは、右手の紋章が熱くなって、そして今は今まで通りあたたかくなっていること、

そして手のひらには、取り戻したあったかいものが確かに掴まれていること。






「‥‥‥行こうか。」

「うん。」

「ここからもう一度はじめよう。」

「‥‥‥うん。」



「目に見えて触れられるものしか信じられなかったのが、そうでないものも信じられるようになったんです。

‥‥ただそれだけの事です。」


一度は自分さえも捨てようと思った人に、あんな顔をさせる人が居て、

自分を預けられる人に、他の誰にも見せない顔を見せる人が居た。

今の自分たちもきっと同じような顔をしてるんだろう。

‥‥‥まだ、適わないだろうけど。


ためらいなくそう言えるようになるには、あとどのくらいの年月を過ごして何を乗り越えていくんだろう。

「とりあえず、3年‥‥かなあ‥‥‥」

「‥‥‥‥‥3年?」

「なんでもない。けど‥‥‥」

「けど?」

「‥‥‥僕のこと信じられる?見えるもんじゃないけど出来る?」

「‥‥‥‥‥‥とりあえず、僕は自分よりナタクの方が信じられる。」




あなたがわたしを信じてくれたから、わたしは人を信じられる人になれた。




あなたが私を愛してくれたから、わたしは他人(ひと)を愛せる人間(ひと)になれた。




貴方は私の帰る場所



私は貴方の帰る場所