平成18日(金)〜20日(日) 総勢26名
18日(金)〜20日(日) 頼母木小屋泊・杁差小屋 6名(内1名19日下山)
19日(土)〜20日(日) 大ドミ泊・頼母木小屋 9名
19日(土) 日帰り 西俣ノ峰 3名
30日(日) 日帰り 頼母木小屋 2名
30日(日) 日帰り 西俣ノ峰 6名
正月の冬山合宿本隊は猛烈な吹雪のため残念ながら中退となった。西俣ノ峰の荷上げ品は
支援隊と先日の3月16日(日)の荷下げで半分整理された、小屋二箇所の荷物はそっくり残った
今回は残された荷物の荷下げである。西俣ノ峰・頼母木小屋・杁差小屋の三箇所の荷上げ品を
登山シーズン到来前に一気に下げた。
☆18日(金)小雨・風強し
奥川入荘発7:10〜西俣ノ峰9:15〜頼母木小屋14:25
奥川入荘前での出発準備中から小雨が降っていた。登るにつれ風が強くなり先行きに
不安を感じた。順調に高度を稼ぎ、荷上げ地点の西俣ノ峰に到着。荷上げ品は3月に整理
した状態で我々を待っていた。頼母木小屋まで上げる品と他の隊に任せる品を整理し木の
根元に戻した。
風は相変わらず強い。今日は何処まで行動できるか、念のためテントは持参している。大ドミが
最後の幕営適地、ここから先き八匹穴は強風で有名。視界は悪い。ルートは確保している。行くか
ととどまるか、短い話し合いがなされた。強風にはすでに慣れていた。時間は12時前。幕営には
早すぎる。小屋泊まりのほうが絶対楽。翌日の行動にも余裕が出来る。「這ってでも行こう」と結論
は出た。後は進むだけだ。強風は人間が行動できる限界の状態だった。木々についた氷が飛ん
でくる、顔が痛い。前が向けない。実際に人間も飛ばされた。主稜線に乗った時が最悪だった。
思わずへたり込んで四つんばいで進んだ場面もあった。現在地は把握できていたので不安は無かった。
やっとたどり着いた頼母木小屋には転がり込むように入った。
一階の入り口から入れた。二階にテントを張って快適に過ごした。風は止む様子も無く、一晩中
小屋をゆすっていた。
☆19日(土)小雨・風強し
頼母木小屋発10:00〜杁差小屋11:55-発12:40〜頼母木小屋14:50
相変わらず風は強い。朝から様子見である。メンバ一人が今日下山する。覚悟を決めて我々も
行動に移す。風は回復に向かうはず、昨日はあの風の中で行動できたので何とかなるだろう。
右左、前後に強風にもて遊ばれながら進む。地形で一瞬風の無い場所がある。思わず座り込んで
休む。また覚悟を決めて進む。天候は相変わらず回復しない。一部、夏道も出ていた。霧の中に
突然杁差小屋が現れた。風にあおられドアを開けるのも大変だった。無線交信すると後続隊は強風
のため大ドミで幕営し、翌朝に頼母木小屋到着予定とのこと。
杁差小屋に荷上げの6個を5人で分担して頼母木小屋へ戻った。無事役目を完了しホッとした。
頼母木小屋は快適な我々の我が家である。杁差小屋から持ち帰った食料と飲み物でリッチな夜となった。
☆20日(日)曇り〜晴れ
頼母木小屋発9:20〜大ドミ10:25〜西俣ノ峰11:30-発12:00
やっと風も収まってきた。8時過ぎには早々と後続隊も到着。9時前には日帰り隊の2名も到着。
二つの小屋にあった荷物と一斗缶、総てを手分けし、回収した。
後発隊はテン場撤収のため先に下山して行った。小屋の外では今回初めて山々の姿を望めた。
やっと晴れた。目の前に鉾立峰と杁差岳が大きく連なっていた。杁差岳小屋も見える。「昨日はここを
歩いたのか」と改めて実感した。それにしても2日間、凄い経験をした。
穏やかな春山は素晴らしい。「晴れればこんな風景が広がっていたのか」と下山を惜しんで足を運んだ。
大ドミでは撤収は完了していた。来た時よりも重いザックを担いで西俣ノ峰へ向かった。
西俣ノ峰には出迎え隊も着ていた。大勢で今回の荷下げの無事終了を祝った。総ての荷下が
終わらないと冬山合宿が無事終了したことにならない。後一箇所荷上げ上げ品が残っていが、
今回で無事終了のメドもたった。長い計画だった。一人や二人では成し遂げられない計画である。
大勢の協力と調和こそがランタン会の持ち味である。今回はそれを証明した。
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