| 1.テルミニ駅周辺 |
| ■ テルミニ駅 |
| ムッソリーニが1942年に建設を開始し、戦争で中断されるも1950年に完成。構内には銀行、レストラン、薬局、ファーストフード、みやげ物屋、休憩用ホテルなど旅行者に必要なものは全て揃ってしまうほどの規模である。人通りが多いので、うっかりしているとスリに何てこともあるので、ご用心。 |
| ■ 五百人広場 |
| テルミニ駅の正面に広がる広場。1887年のエチオピア戦争で戦死した500人の兵士を偲んで名付けられたもの。バスターミナルになっているがムクドリの大群がいるので散歩する時は糞にご注意。 |
| ■ 共和国広場 |
| 1870年イタリア統一を記念したモニュメント。中央に噴水があり周りは交通量の多いロータリーだが人通りが多いので安全である。 |
| ■ ディオクレツィアーノ浴場 |
| 共和国広場の東側に見える古代浴場の跡。295年〜305年、ディオクレツィアーノ帝時代に造られた。3000人が一度に入浴出来る規模で、コンサート・ホールやギャラリーまであったという豪華な浴場で当時の中では最大だったという。 |
| ■ ローマ国立博物館 |
| 1889年、ディオクレツィアーノの浴場跡地に造られた博物館。ギリシア、ローマ時代の美術品のコレクションでは、ヴァチカン博物館につぐ規模といわれる。 |
■ サンタマリア・マッジョーレ教会←写真はこちら!! |
| ローマの4大寺院の一つ。ローマ一高いといわれる鐘楼はロマネスク様式のものである。聖母マリアの伝説の基づいて"雪のサンタマリア"というニックネームがつけられている。創建は431年。13世紀には大改築。その後も度重なる改築などで教会内はその時代に毎の建築様式で華麗な装飾美術が施されている。なかでもローマ・モザイクの代表作と言われるヤコボ・トリッティのによる後陣のモザイクは必見。 |
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| 2.ヴェネト通り周辺 |
| ■ 骸骨堂 |
| カプチーノ派の教会。名前の由来は教会の聖職者達の骸骨が教会の下に納められていることからつけられた。約4000人の骸骨が飾られている。 |
| ■ 蜂の噴水 |
| ベルニーニが法王ウルバヌス8世の在位記念の為に法王の家の紋章、蜂を彫刻した作品。貝は豊穣を表している。 |
| ■ 国立絵画館 |
| 1663年に完成した宮殿の建築にはマデルノ、ベルニーニ、ボロッミーニというバロックの巨匠達が名を連ねている。宮殿の2階が国立絵画館になっている。13世紀から16世紀のルネッサンス期の名画が収蔵されている必見の美術館である。 |
■ トレヴィの泉←写真があるよ!! |
| ここは旅行者が必ず訪れる観光スポット。
有名なおまじないは肩越しにコインを一枚投げるとローマに再び戻ってくるといい、2枚投げると好きな人と恋が成就、三枚投げると嫌いな人と別れられると言います。あなたは何枚投げますか? |
| ■ クィリナーレ宮殿 |
| ローマの7つの丘の中で最も高い場所で、法王グレゴリウス13世の夏の別荘として1573年に着工。クレメンス12世時代の18世紀に完成。以来、歴代法王の住居であった。1870年イタリア統一と同時に王宮となった。現在は大統領官邸となっていて毎日午後16時ごろから始まる警護の衛兵の交換式は一見の価値あり。 |
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| 3.スペイン広場 |
■ スペイン広場←写真はこちら!! |
| 映画「ローマの休日」であまりにも有名な観光名所。中央にある噴水は巨匠バルニーニの父親の作品。スペイン階段では似顔絵を書いてもらったり、栗を食べたりジェラートを食べる観光客で一杯。そして広場から正面の通りは有名なブランドブティックがひしめきあっている。プラダ、グッチ、フェラガモ、フェンディ、ベルサーチ、ブルガリ、カルティエ等など |
| ■ トリニタ・デイ・モンティ教会 |
| スペイン階段を登りきったところにある。当時のフランス王シャルル8世の命で1945年に着工。900年後の1585年に完成。バロック式の優雅な外観です。 |
| ■ ポポロ広場 |
| 19世紀初め、ジョゼッペ・ヴァラディエールによって設計された楕円形の広場で中央には高さ24メートルのBC13世紀のエジプトのオリベスク、南側には双子寺の愛称で親しまれるバロック式教会、サンタマリア・デイ・ミラーコリ教会とサンタマリア・デイ・モンテサント教会があり、北にはローマの玄関であったポポロ門とサンタマリア・デル・ポポロ教会がある。 |
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| 4.ヴェネチア広場 |
■ ヴェネチア広場←写真はこちら!! |
| ローマのへそと言われる広場。正面にはウェディングケーキのニックネームで親しまれるヴィットリオ・エマヌエレ2世記念堂がそびえたっています。 |
| ■ ヴェネチア宮殿 |
| ヴィットリオ・エマヌエレ2世記念堂に向かって右側にあるルネッサンス様式の建物。1455年後に法王パウロ2世になった枢機卿バルボのための建てられ、16世紀にヴェネチア共和国の大使館として使われていたことからこの名がついた。大二次大戦中はムッソリーニが住んでいた。 |
| ■ ジェス教会 |
| イエスズ会本部。16世紀頃の建築でインテリアにバロック様式ならではの豪華さが漂っている。礼拝堂には日本にキリスト教を伝えた宣教師ザビエルの右手が安置されている。中国で病死した際、法王の命で片手だけ運ばれたもので、当時の布教活動の苦労がうかがえる。 |
| ■ マルチェロ劇場 |
| コロッセオを小さくしたような3階建ての古代劇場。アウグストウス帝時代の紀元前11年に完成。現在もアパートとして利用。 |
| ■ カンピドリオ広場 |
| カンピドリオは英語のCapital(首都)の語源。7つの丘でもっとも神聖な場所で、BC6世紀からユピテル神殿を中心に、多くの神殿が造られた。 |
| ■ カピトリーノ博物館 |
| カンピドリオ広場をはさんでむかいあった2つの宮殿内の博物館。 |
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| 5.コロッセオ周辺 |
| 注)フォロとはもともと集会用の広場をさす言葉だったが、やがて政治、経済、宗教などの中心をいうようになった。 |
| ■ フォロ・チェーザレ |
| 共和制末期に、カエサルがファルサリアの戦いの勝利を記念して造られたもの。 |
| ■ フォロ・トライアーノ |
| トラヤヌス帝のフォロ。記念柱があり、これはトラヤヌス帝の2回にわたるダキアとの戦いの戦勝記念に建てられたもので、高さ30メートルある。 |
| ■ フォロ・アウグストゥス |
| BC42年のフィリピの戦いで、オクダヴィアヌス(後のアウグストゥス帝)がブルータス派を破り、カエサルの復讐を遂げた記念に造られた。 |
| ■ フォロ・ロマーノ(古代ローマの遺跡群。) |
| ○エミリアのバシリカ |
| BC179年にローマ貴族エミリア一族が建てた |
| ○元老院 |
| シェイクスピアではカエサルがここで「ブルータスお前もか」といって倒れたことになっている。(実際はポンペイウス大劇場で殺された。) |
| ○ラピス・ニジェール |
| フォロ・ロマーノの中ではもっとも古い遺跡。ローマの建国者ロムルスの墓とも、彼の養父の墓とも言われている。 |
| ○セプティミウス・セウェルスの凱旋門 |
| 203年、セウェルス帝と2人の息子の東方遠征を記念して建てられてた。 |
| ○演壇 |
| 最初元老院の前にあったがカエサルがBC44年にここに移した。共和制時代には、ここで雄弁者や政治家が聴衆を前に熱弁をふるった。 |
| ○サトゥルノの神殿 |
| 共和制時代のBC497年に建てられた農業神サトゥルノの神殿。 |
| ○聖なる道 |
| セウェルス帝の凱旋門から南東に延びている石畳の道。かつて戦いで勝利をおさめた将軍はユピテルの扮装をして、4頭立ての馬車に乗り、ティトゥスの凱旋門からこの道を通ってカンピドリオの丘に行き、ユピテルの神殿に報告と感謝を捧げたと伝えられている。 |
| ○コロンナ・フォカ |
| ユリウスのバシリカの前の大理石の柱。608年に東ローマ帝国皇帝フォカスが法王ボニファティウス4世にパンテオンを贈ったのに対し、謝意を表するために建てられた。これがフォロ・ロマーノで最後に建てられた記念建造物。高さは13メートル。 |
| ○ ユリウスのバシリカ |
| BC54年にカエサルが建設を始め、その養子アウグストゥス帝が完成させたバシリカ。カエサルは完成を待たずに暗殺された。 |
| ○ カストルとポルックスの神殿 |
| ローマが王政から共和制になるときに、タルクィニウス王家追放の戦いで活躍した双子の青年騎士を祭った神殿の跡。(2人はユピテルの子とされている) |
| ○ カエサルの神殿 |
| カエサルの遺骸を火葬した跡に建てられた神殿で、祭壇の跡がわずかに残る。 |
| ○ ヴェスタの神殿 |
| コリント式の20本の柱に囲まれた円形の神殿だった。ヴェスタはかまどの神で、家庭の守護神。祭壇の火が絶えると家が滅ぶとされていた。古代ローマ時代にはローマの安全を願う聖火がともされ、1000年もの間、聖処女の手で消えることのないよう守られていた。 |
| ○ ヴェスタの家 |
| ヴェスタの神殿の聖火を守る6人の聖処女の家で、池や庭もあった。聖処女は貴族の家系から選ばれ、勤めは最低30年。生涯をここで送った者も多い。戒律は厳しく、純潔の誓いを破ったものは生き埋めにされた。彼女達は大変格式が高く、皇帝も聖処女には道を譲ったという。 |
| ○ アントニヌスとファウスティナの神殿 |
| アントニヌス帝が、妻の死を悼んで141年建てた10柱の神殿。彼も死後ここに葬られた。 |
| ○ ロムルスの神殿 |
| 307年に死んだマクセンティウス帝の息子ロムルスを祭ったもので、ローマ建国伝説のロムルスではない。 |
| ○ マクセンティウスのバシリカ |
| 306年にマクセンティウス帝が建設を開始し、彼を破って帝位についたコンスタンティウス帝が完成させた大きなものだ。壁が円蓋を支える造りで、サンピエトロ寺院建設の参考にされたといわれている。 |
| ○ ティトゥスの凱旋門 |
| ローマに現存する最古の凱旋門。ウェスパシアヌス帝とその子ティトゥス帝が70年にエルサレムを占領した記念として、81年に造られたもの。 |
| ■ パラティーノの丘 |
| ローマ建国の舞台。聖処女レーアが軍神マルスとの間に双子を産み、双子はパラティーノの洞穴で牝狼に育てられた。その片われのロムルスがBC753年にローマを建国したという。 |
■ コロッセオ←写真はこちら!! |
| 古代ローマの円形競技場。5万人を収容し、剣戦士の戦い、猛獣と人間の対決、水を張っての模擬海戦などが行われた。現在、中央に露出しているのは、地下の猛獣のおりや資材置場。 |
■ コンスタンティヌスの凱旋門←写真はこちら!! |
| ローマ最大の凱旋門。312年にコンスタンティヌス帝がテヴェレ川でマクセンティウス帝を破ったことを記念して造られた。 |
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| 6.ナヴォーナ広場周辺 |
| ■ コロンナ広場 |
| 中央に、176年にマルクス・アウレリウス帝の勝戦記念として建てられた大きなコロンナ(円柱)が立つ。 |
| ■ サンタマリア・ソプラ・ミネルヴァ教会 |
| ローマ唯一のゴシック教会。中にはフィリッピー・リッピの「受胎告知」「聖母昇天」、ミケランジェロがデザインして弟子が仕上げた「十字架を持つキリスト」など宗教画や彫刻が多い。 |
| ■ パンテオン |
| ミケランジェロが「天使のもの」と賞賛した建築。BC27年の建立当時はオリンポスの神々を祭る神殿だったが、7世紀に法王ボニファティウス4世に贈られ、教会になった。現在の建物は80年の火災のあと、128年に改修されたもの。 |
| ■ ナヴォーナ広場 |
| ドミティアヌス帝が86年に造った競技場の跡。 |
| ■ 四大河の噴水 |
| ナヴォーナ広場の真中の噴水。ベルニーニの作品で、4つの彫刻がそれぞれナイル、ガンジス、ドナウ、ラ・プラタを表す。 |
| ■ カンポ・デイ・フィオーリ広場 |
| フィオーリは花のことで、「花の広場」。ローマの広場には教会がつきものだが、唯一ここは教会がない。 |
| ■ ファルネーゼ宮殿 |
| ファルネーゼ柩機卿(のちの法王パウルス3世)のために建てられてもので、現在はフランス大使館として使われている。 |
| ■ スパーダ絵画館 |
| スパーダ宮殿の中にある。この宮殿は法王パウルス3世が16世紀に建てさせたものだが、17世紀にベルナルディーノ・スパーダ柩機卿のものになった。絵画館の展示品はスパーダ卿が収集した17世紀のコレクションと16〜17世紀のイタリア絵画、2〜3世紀のローマ帝国時代の彫刻など。 |
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| 7.ヴァチカン市国 |
| ■ サンピエトロ広場 |
| 1656年〜1667年にかけて、ベルニーニの設計、監督で造られた「世界一美しい広場」。40万人を収容できるといわれる。広場中央のオリベスクは高さ約25メートル。1世紀ごろカギグラ帝がエジプトから運ばせたもので、ここで聖ペテロが逆十字架に架けられて殉職したという。 |
■ サンピエトロ寺院←写真はこちら!! |
| 大きさ、美しさ、豪華さ全てにおいて世界最高の教会。世界最大の規模と豪華さを誇るカトリック教会の主聖堂。ネロ帝の迫害で殉職した聖ペテロの墓の上に、コンスタンティヌス帝がバシリカを建てたのが4世紀のこと。16世紀初めにお法王ユリウス2世がブラマンテに再建工事を命じ、彼が他界したのちはサンガッロ、ミケランジェロ、マデルノらによって引き継がれ、1626年、1300年の歳月を経て完成した。半球型のドームがそびえカトリックの総本山としての威厳と包容力を感じさせるルネサンス建築の最高傑作といえる。
今年はカトリック教徒にとって25年に一度の「聖年(ジュビレオ)」にあたる。聖年にローマにある4大聖堂を巡礼し、聖年にしか開かれない「聖なる扉」をくぐれば、信者はそれまでの罪を償うことが出来るとされている。そして今年西暦2000年は聖年という制度が始まって以来初めて迎える千年刻みの「大聖年」である。ローマへは世界中から2千万人を超えるカトリック信者が訪れると予想されている。 4大聖堂とはサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ大聖堂、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂である。 4つの寺院はローマ市内に点在しているがヴァティカン市国の飛び地で治外法権を得ている。
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| ■ ヴァティカン博物館 |
| 1400室以上もあるヴァティカン宮殿は一部が法王の住居として使われているが、ほとんどが美術館、博物館として公開されている。主なみどころはミイラ、パピルス文書のあるエジプト博物館、ベルヴェデーレの中庭のラオコーン像で有名なピオ・クレメンティーノ博物館、ギリシア・ローマ彫刻の傑作が並ぶキアラモンティ博物館がある。一説のよれば人類の美術遺産のおよそ3分の1がローマにあり、その大部分がヴァティカン博物館に収蔵されているという。 |
| ■ システィーナ礼拝堂 |
| ヴァティカン博物館の見学コースの最後にして最大のみどころ。天井画はミケランジェロが初めて取り組んだフレスコ画。中央の「アダムの創造」が有名だが、もう一つの大作、「最後の審判」は65歳になったミケランジェロが8年の歳月をかけて完成させものである。 |
■ サンタンジェロ城←写真はこちら!! |
| 2世紀にハドリアヌス帝の墓所として建てられて以来、代々の皇帝の墓、法王の要塞、牢獄と時代によって役目を変えたが、現在は武具の展示を中心にした博物館として利用されている。 |
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