前ページ
目次
次ページ

トップメニュー
What’s New
Home Room News
学級通信
クラスイベント
みんなのワッ!
プロフィール
校内マップ
とんぼの眼
34bunka.htm
トップ ページ 2

<36号>HR通信

突然,教え子のT君は逝ってしまった

最近,登下校時の交通事故が多い。過日のSHRで紹介したように,二人乗り自転車と自動車の接触事故で骨折という重傷(1〜2ヶ月入院)を負った生徒もいる。交通ルールとマナーは遵守してほしい。過去のつらい体験を紹介します・・・。

衝撃的な訃報の知らせ

深夜11時頃だった。私は床についていた。電話のベルの音が鳴り響いた。「…T君が亡くなりました…」。私は衝撃的なその言葉にしばらく呆然(ぼうぜん)とした。

◇◆◇◆◇◆

T君は私が悠悠高に来て5年目,ちょうど3年生の担任をしていたときの生徒だった。死因は自動車によるの交通事故だった。即死に近かった。翌日の新聞にも片隅に小さな記事として載った。電話でこの突然の訃報(ふほう)を私に知らせくれたのは,やはり同じクラスで担任を受け持ち,看護婦として名古屋の病院に勤務していたHさんからであった。既に卒業当時の同窓生連絡網で,当時のクラスメイトにはこの訃報は次々と伝わっていた。「ひょっとしたら,先生はまだ知らないかもしれない…」と思い,電話連絡をしてくれた。

あまりにも短い寿命

T君は3年生のときHR委員をつとめてくれた。このクラスは担任として思い出の多いクラスだった。私は学年持ち上がりではなかったが,3年A組を担当することになった(悠悠高校では3年生はこれが最初であった)。

「進路」指導のことや「クラス運営」ことなど,とにかくあわただしく過ごした1年間だった。T君はよき相談相手でもあったが,意見の衝突も多々あった。クラス目標の「何事にもトライ」の原案を提案してくれたのも彼だった。文化祭では,はがき六千枚で作成したビッグアートを4階校舎から吊るし感動を巻き起こした。その発案者もT君だった。

卒業した翌年,早くもクラス同窓会を仲間によびかけ実施したのも彼だった。そんなT君が卒業4年目の春に突然逝ってしまった。今から6年前の出来事である。

教え子が先に逝く哀しみ

訃報の翌日,通夜に参列したとき,多くのクラスメイトと悲しみの再開をしなければならなかった。T君の冥福(めいふく)を祈りながら,もう2度とこのような辛い思いはしたくないと願った。私より若い“教え子”が私より先に逝(い)くのはたまらない。以来“交通事故は他人事”とは思えなくなった。「自分は大丈夫」とは誰もが思っても,その保証は何もないのだ。私が「交通ルールや交通マナーは気を付けろ!」と単に唱えるだけでなく,口やかましく厳しく敏感になったのもそれ以来である

命の安全保証は自分自身で

君達にとっては“第三者の関係ない過去の話”かもしれない。しかし私にとっては,T君同様,君達が交通事故にあって怪我(けが)をしたり,生命が危険な目にあうことは決して他人事ではないのだ。交通マナーの悪さに地域の人が迷惑しているとか,地域からの苦情が絶えないというのも確かに耳の痛い話だが,それ以上に“生命の危険をおかすような行為はくれぐれも慎んでほしい”というのが真の願いである。

前ページ 目次 次ページ

トップメニュー ] 目次 ] What’s New ] Home Room News ] 学級通信 ] クラスイベント ] みんなのワッ! ] プロフィール ] 校内マップ ] とんぼの眼 ] 34bunka.htm ] トップ ページ 2 ]