

|
君たちは今日で高等学校を卒業します。もう二度と高校生になることはありません。「やっと終わりだ。せいせいした」という気持ちも少なからずあるでしょうが、どんな時でも今まで過ごし慣れた場所を離れるときには、一抹の寂しさも感じられるのではないかと思います。
卒業試験が終わって、君たちが学校に来なくなって、授業もなくなって、それは僕にとって気楽なことでもあったけれど、やっぱり気が抜けたようで寂しいことでした。
僕はこれでこの学校を11年目が終わります。今までに何度も教えた生徒さんたちが卒業していくのを見てきまし
た。でも、こんなにため息の出るような、気の抜けた気持ちを感じるのは初めてのことです。それは君たちの学年が、僕が3年間持ち上がりの担任として送り出す卒業生だからでしょうか。教養実務コースを僕が初めて持たせてもらった卒業生だからでしょうか。それもあるでしょう。でも、それ以上に、僕をこんな気持ちにさせるのは、僕の君たちに対する思い入れが、今まで教えてきたどの子たちよりも強いからだと思います。
僕は教師になってからずっと、僕なりに「教育とはどうあればいいのか」「教師は何をすればいいのか」と考えてきて、たどり着いたのが「理想かかげて妥協する」という考え方でした。僕の回りには「妥協は理想の放棄だ、俺は絶対に妥協しないぞ」と誓う人々が少なくありません。しかし、どんな理想にしても、そう容易に実現できないからこそ「理想」というのでしょう。簡単に実現できない訳は、常に相手がいるからです。相手にも相手の言い分があります。ですから社会や人間を変えようと思ったら焦ってはいけない、無理をしてはいけない・・・・・・しかし、長い間、理想を捨てずに頑張っていると、いつかはその理想を部分的にも実現できるチャンスがやってくるのでした。そして、僕がこの原則を徹底して付き合ってきた最初の生徒さんたちが君たちだったのです。その結果、僕は君たちからすごくたくさんの笑顔や優しさをもらって、その度に感激をしてきました。もちろん「ああ、やっぱりこうした方がよかったかなぁ」と、後悔することもないわけではありませんが、僕に教師としての生き方のいろいろな教訓を経験させてくれて、それを少しずつ僕の自信へとつなげてくれたのは君たちだったのです。
それに加えて、君たちが僕に教えてくれた最も大きなことは「君たち、生徒さんたちはやっぱり信頼できる」ということでした。僕が「君たちを信じられる」というのは、別に君たちが「僕たち教師のいうことをきいてくれる」ということではありません。正直言って君たちは、僕の期待とは裏腹なことをすることもありました。でも僕は、そのことで「生徒に裏切られた」とは思いませんでした。なぜでしょうか。
僕はこの1年間、「妥協することはあっても、理想は決して捨てないでおこう」ということを心に持ちながら、「君たちのやることには必ず、何らかの君たちの思いや言い分がある。たとえ、それが僕の期待に反していたり、僕にはなぜそんなことをするのか分からなくても、そこには必ず君たちなりの言い分や理由があって、それは僕にも納得できることに違いない」ということを信じられるようになったのです。だからこそ僕は、どんなことが起ころうと、さして慌てることもなく、いつも笑顔でやってこられたのです。教師としてこんなにうれしいことはありません。
僕が最後に、新しいスタートを切る君たちに贈りたい言葉があります。
その一つは「優等生になることを拒否しつつ、
劣等感を持たずに自信を持って生きる」ということです。ここでの「優等生」というのは、《いつも誰か偉い人にほめてもらえないとやっていけない、自分自身の思いよりも、そういう人に認められることを大切に考える人》を言います。そういう人は偉い人の言うことに従って、自分の思いを大切にしません。いつも強いほうについて弱いものいじめをしたり、人をバカにしたりしがちです。そして、そういう人は新しいことができません。だって、新しいことはだいたい始めのうち、誰にも認めてもらえないからです。認めてもらえないどころか、バカにされたり、怒られたりしたら自信がなくなります。劣等感を持ってしまいます。そして、自分の思ったことを言ったりやったりできなくなってしまいます。それよりも「もっともっと自分に自信を持ってほしい!」と思うことのほうが多いのです。だから、自分のできることを少しずつ少しずつ増やしていって、自信を持って、自分の思い・自分の気持ち・自分の考えを大切にしていって下さい。
二つめは、やっぱり「いつも笑顔で元気」ということ。人生は山あり谷あり、当たり前だけど良いときもあれば悪いときもあります。調子の良いときには笑顔で元気にやることは簡単だけど、自分の思う通りにいかない時にどうなるか、そこで、その人の真価が問われるのだと思います。自分の思う通りにならない時に「もうダメだ」とやる気をなくしてしまったり、つぶれてしまったりしていてはその先には進めません。いくら悔やんでも、いくら悲しんでも、いくら文句を言っても、元には戻らないし、何も解決しないのだから、常に先を見て「ではどうするか」を考えることの方が、ずっと大事だと思います。そうしなければ、人生を切り開いていくことはできません。そのために、何があろうとも「いつも笑顔で元気」に自分の人生に取り組んでいくことが決定的に大切だと思うのです。
以上、僕が君たちに望むことは、実は、そのまま僕自身が常にそうありたい!ということでもあります。「優等生になることを拒否しつつ、劣等感を持たずに自信を持って生きる」こと、「いつも笑顔で元気に生きる」ことをずっと大切にしたいと思います。でも、そうやって生きようと思わないと、なかなかそう生きることはできません。どこで、どんな生き方をしていようとも、「いつも笑顔で元気に生きる」ことだけは心がけてみて下さい。
これでもう、君たちとこの学校で毎日会うことができないのだと思うと、なんだか淋しくなってきます。こうしてワープロに向かいながら「笑顔で卒業!」とは思うものの、思い出に目頭があつくなります。4月・・・・・・・緊張と不安を抱いた春のクラス開き、あちらこちらに行った企業・施設めぐり、大・大盛況だった文化祭のバザー、進路変更してしまった仲間のこと、頭を悩ませながらペン先を震わせた志望動機、ちょっと戸惑った面接練習、いっきに登りきった裏山、事故でケガをしてしまった仲間のこと、あれこれ遊んだLHRのこと、雪降る中での数名だけの授業、それでも定期考査はちゃんと無遅刻・無欠席でした・・・・・・そして迎えた今日の卒業式・・・・・他にもいっぱいの喜怒哀楽の思い出をもらいました。みんなどうもありがとう。また、副担任のK先生には、いつも僕をサポートしていただきとても助
かりました。大変お世話になり感謝でいっぱいです。
教師としてこんなふうに生きていけばいいんだ!という勇気みたいなものを僕に持たせてくれたのは君たちでした。迷いながら生きる僕をいつも励ましてくれたのも君たちでした。本当にありがとう。
僕は、君たちから得られたこの貴重な思い出の財産を持って、これからもこのまま勇気を持って生きていけそうです。
いつか君たちの子どもを教えることがあるかもしれません。その時に保護者会で、君たちから「悠悠センセは、変わらないねぇ」と言ってもらえるように生きていきたいです。いつも高校生と一緒に、楽しく、元気に、笑顔で、感激しながら生きていれば、ずう〜っと今のままでいられるでしょう。君たちも楽しさを追い求めながら、元気にやってくださいね。
みんなの元気に活躍している姿が、“風のたより”に僕の耳に伝わってくるのを、今から楽しみにしています。
では、みなさんお元気で! さようなら!
1999.3.1
1998年度 担任 悠悠