【パキスタンの空に】

 

パキスタンの空に





これは、僕が大学生だった頃、アルバイトをしていた家庭教師のスタッフの方から聞いた話です。

当時、「深夜特急」という旅行の本がよく売れ、
テレビではお笑い芸人による「ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」が人気を博していました。

僕もアジアにはまりかけ、2回目のベトナムに出ようと、休暇を取るために
家庭教師の会社にお願いに来ていたときのことでした。

対応に出てきたお姉さんは、僕におもしろい話をしてくれました。

それは、

*********** 怖い話ダメな方は、もうやめておきましょうね。**************


ある学生が、中国に旅行に出かけた。


2ヶ月にも及ぶ大陸横断だ。

まずは、神戸から上海に向けて出る船に乗り、一人の女の子と知り合った。

同じ年と言うこともあり、話は盛り上がり、そして旅の終点も同じ「パキスタン」だった


なぜ、パキスタンなのか。

バックパッカーと呼ばれる個人旅行者の間では、中国の内陸からインドまで陸路で抜ける旅が流行っていた。
パキスタンはその延長線になる。

だが、
それは過酷な旅である。
中国を何日も列車に乗り、そして悪路をポンコツバスで更に何十時間かけて山を越えていく。

男の人でも、途中でいやになるほどの過酷さ。

しかし、その旅程だけではなく、こうした旅行者をねらって窃盗をする者も多く、
人によっては、行方不明となる者も多い。




上海に着いた彼らは、再び出会えることを約束し、船を下りた。

男は、北京、西安と中国の歴史を肌で感じながら、内陸へと進んだ。

そして、だんだん旅は過酷になってくる。
見渡す限りの砂漠をかつて、三蔵法師が天竺を目指したルートで、突き進んでゆく。





彼は、負けなかった。
そうした旅路をどうにか耐え、盗難をどうにかさけ、ヒマラヤを越え、長かった中国をあとにした。

再び、船であった彼女に出会えることを夢見て。





パキスタンに着いた彼は、すでに到着しているであろう彼女の姿を探して、街を歩き探した。

日本人がよく泊まる宿、日本大使館のメールボックス、市場。

だが彼女はいなかった。





ひょっとすると、もうすでに移動したのかもしれない。

彼は、あきらめてこの旅の整理をしていた。






そこへ、宿にいたパキスタン人の青年が「市場におもしろいモノがある。行ってみないか


と声をかけてきた。





彼は、ついていくと市場の一角には鎖に縛られた人間がいた。

いったい何がおもしろいというのだ。





ずいぶん顔も汚れている。手と足がない。切られたのか、生まれつきか。

髪もぼさぼさだ。

インドやこの国では、これらはよく見る光景だ。




親が飯を食わせてあげられないといって、子供の手や、足を切る光景は、日常茶飯事だという。

こうすれば、施しによって何とか、ご飯が食べられるのだ。




彼は、「別におもしろいモノではない」といって立ち去ろうとした。


そのとき

「た す け て」と鎖の人が日本語でつぶやいた。髪の間からうっすらと顔が見えた。

彼は、振り返りその顔を見て驚愕した。

あの彼女だったのだ。

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とまあ、本当か、はたまた作り話かは、定かではありませんが

旅行者の間では、よく聞く話です。

読んだだけでは、あんまりですが実際、想像したり、旅先で聞くと怖いです。

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