EP10「ダブルベッドの男たち」

「ダブルベッドの男たち」



僕は、そのとき渋滞に巻き込まれていた。








蒸し暑い、熱帯の気候に加えて、先ほどから降り出した雨は、



スコールとなってバスの屋根にたたきつけていた。



排気ガスでむせ返った道路は、瞬く間に、こぽこぽと黒い雨水を吐き出している。






もしかして、バスとか動くなるんちゃうん?





僕のそんな一抹の不安をよそに、海外初体験の連れは、爆睡している。







バンコクのドンムアン空港から乗ったエアポートバスは、2時間もたつのに、
まだ中心街には入っていないようだった。





車窓からは、明らかに顔の輪郭の違う人種が何事もなかったかのように、雨宿りをしている。



昨年の中国から、徐々にではあるが、旅の魔力に取り付かれてはじめていた僕は、

アジアという怪しい響きの中に身をゆだねようと日本を南下したのだった。






だが、はやくも僕はこの雰囲気に嫌気がさしていた。




カオサンに行けばいい。



既にバンコク入りしていた友人から、そういわれていた。

「カオサン」には旅人の必要なものが全部集まっていて、その後の旅の予定も立てやすらしい。



おおよそ河原町通の半分ぐらいしかないスペースに

宿、食べ物屋、コンビニエンスストアー等が混沌と密集しているのだそうだ。



まずは、「アジア」というものに免疫をつけ、


「体を慣らす」
のにはもってこいの場所らしい。







ざーっ。








いっこうにスコールはやむ気配はない。




ますますひどくなるばかりだ。




まいったな・・・。




これじゃ18時に「フレンドリーゲストハウス」には、到底無理だなぁ。




ここで一週間前にバンコクにきている大学の連れに合流する予定なのに、バスは依然動かない。






イメージしていた常夏の熱帯とはかけ離れた風景にますます僕は不安を隠せなかった。






びびぃっー。





けたたましいクラクションの音とともにようやくバスはゆっくりと動き始めた。





よかった。進み始めた。





だが、もう日は薄暗かった。




よだれたらしながら寝ていた連れに往復ビンタを食らわすと





ふぁい、もうついたの?





もーついたのじゃねぇよ!!




やっと市内に入ったとこだ。


人の心配もよそにあくびを繰り返している。













ようやく、雨も小雨になってきた。





その雨がやみ始めたころ、バスの運ちゃんが、バックミラー越しに僕らに言った。



「かおさん、にやひやー」


へーへー、ありがとう。こっぷんかー。





ようやくバスから降りられる。





バスの窓があくと、バスの中のクーラー冷気から一転、


もあーっと蒸し暑い湿気が僕のめがねにまとわりついた。



汗が一気に噴出してくる。








暑い・・・。







すっかり暗くなった道路を運ちゃんが指差した方向に向かって歩いていった。




雨が上がってよかったね。





まったくだ。

あのまま降っていたら、おそらく腰のあたりまで、

ずぶぬれだったろう。






んなわけない。








しばらく歩くと、少し明るい通りに出てきた。

どうやら、カオサンっぽい。






タイの一角だというのにやたら欧米人が目立つ。


その合間に時折、日本語が飛び交っている。





どうやらここがそうらしい。










僕らは、ザックをしょいなおすと、待ち合わせのフレンドーゲストハウスへと向かった。

















フレンドリーゲストハウス。



当時バンコクで有名だった日本人の多い宿。





ドミトリーと呼ばれる多人数のベットだけの部屋などがあり、とかく安いらしい。




ぬかるんだ、足元に気をつけながら、裏路地を進んでいく。



いかにも、やる気のない兄ちゃんたちが、どこを見るわけでもなく、ボーっとしている。







これがアジアなのか?






いや、そんなはずはない。もっと活気があるとガイドブックには書いてあった。





うーん。








同じ年ぐらいの兄ちゃんが


こんなところで堕落しているのは、何とも情けない。

















もう8時前だ。





待ち合わせ予定よりだいぶん過ぎてしまった。



待っていたであろう連れも帰ってしまったか、見当たらない。



今日泊まる宿も今からさがさにゃならんのに、さっぱり見当がつかない。




中国での宿探し地獄が頭をよぎる。









どーしようか・・・?


また、駅とかで寝にゃならんのだろうか?



そんなことをおもいながら、しばらくそこらあたりを見渡していると、連れ(O下)

みょーなりんごジュース片手にやってきた。







よっ、

たぶん遅れるとおもって、あっちの食堂で飯食ってた。





ああ、よかった。地獄に仏とは、このこと。



O下にそんなこというと、つけあがってなんとなくしゃくに障るので、




おう。1週間ぶり。と平静を装った。




こいつは武田。





僕は、今回の旅のパートナーを紹介した。





武田は、今朝関空でひげを剃ったばかりだというのに、

もうあごのあたりは
じょりじょりしていた。



「スーパーあごひげ王・日本代表」といっても通じそうだ。






なあ、

とりあえず、宿探したいんだけど・・。








おう。

すっかり日も落ちてしまっている。


安宿は、ひょっとするとないかもしれない。














案の定、カオサンをうろうろと周ること3軒目。




『マルコポーロゲストハウス』。







なんとも、異国情緒漂ういい名前だ。






これからの旅のいい予感を感じさせてくれる。










奥のダブルの部屋が1室だけ空いているという。







だっ、だぶるぅ?






むっさい男二人で、ダブルベッドに寝るとは・・・・








しかし、例によって重装備タイ入りした僕のザックの重みは、


次第に肩に食い込んできている。



えーい。


もう宿探すのもめんどくさいし、時間も時間だ。こんなことは一晩だけだろう。







泊まろう。




おーけー。


うぃー、すてい。

フロントのおばちゃんは、僕にかぎを投げてよこした。





少しひび割れた階段を3階まで上がると、廊下の突き当たりの部屋のかぎを開けた。










かちゃ。




部屋のドアをあけて驚いた。











せまいじゃーん。





ダブルベットとは、全くかけ離れた部屋で、タオルケットが1枚とまくらが1つ。

そして、



無印の普通サイズのシングルベッドしかない部屋であった。



その中に、「入」「切」だけしかないエアコンのスイッチと、

これまたユニットバスとは言いがたいトイレの中でシャワーするといった

バスルームがかろうじてついているのだった。




  イメージ図








ぬぉーい!!










これって、ひとりべやじゃないの?





いや、カップル用の二人部屋らしい。




・・・・・・・・・・・こんな毛むくじゃらのおっさんと寝るとは。









変なうわさ立ったら、どうすんだ。



「いま、タイでうわさの日本人カップル」


なんて芸能ゴシップ書かれたら・・・・








いやなイメージがぐるーりと頭をよぎったが、






まあ、いい。(ええんかい!!!)





その時は、そのときだ。





覚悟を決めて、部屋に入った。







    せまいっつーの。
















夜。






さぶい!








といいながら水しか出ないシャワーでぶるぶる震えて武田がシャワーを浴びている間、

僕は、今後の旅の経路を考えていた。









うーん、



どう見ても、ベトナムへのビザの発給に1週間は、タイにいなくてはならん。


お互いみょーな気持ちが生まれてしまわないうちに、

早く、もっといい宿を探さなくては・・・・。

即刻、至急 早急、クイックリーに。






シャワーから出てきた武田は、がたがた震えながら、





す、すまんけど、クーラー切って。








かんなり寒いらしい。










この窓もないこの部屋では、寒いか暑いか、どっちかである。







僕は、暑かったが、奴の震えが止まらないので、






わかったよ。





しぶしぶクーラーを切ると、僕もシャワーを浴びた。











さぶい!!!!



殺す気か!!








クーラーつけるどころの騒ぎではなかった。







凍え死ぬ。










さっさと出ると、



時折、武田のすね毛があたる狭いベットで、二人横になった。




夜中、こいつ襲ってこないだろうな。



最近たまっとるとかいっとったし・・・。








お互い、そんなお馬鹿な心配を真剣にしながら、

僕らは、ようやく一段落着いた部屋でため息をついた。









なあ武田、明日どうする?




そうだなあ、髪切りたい。



は?何故?

こんな異国の地で、散髪?






そんなことを考えていると、次第に眠くなってきた・・・・。









が、






夜中。





がさがさっ。





という音と、武田との体温で汗ぐっしょりのシャツの感触で目がさめた。




どうやら音の原因はゴキブリらしい。





それより、何でこんなにくそ暑いのだろう?








なんや、クーラーきっとるやんけ!!










クーラーを入れると再び床についた。








へーっくしょん!!











今度は5分しないうちに、

ぶるぶる震えるほどの冷気
が顔にあたってきた。











なんだ!!このクーラー。

温度調節などないので、しばらくすると切らなくては、


やってられなくなるほど寒くなるのだった。






結局、明け方近くになるまで、つけたり切ったりしながら寝るという、

おそらく、この世の中で、5本の指に入るほど、非生産的な行動を取りながら


一日目の夜は次第に明けていった。














2日目。




朝、O下が迎えにきた。





おはよう。


今日どうする?


あのさ、武田が散髪したいんだって。





そう?




O下は、軽くそういうと近くの散髪屋兼マッサージの店に連れてきてくれた。




僕も来てすぐさ、マッサージの店に連れてってって


タクシーの運ちゃんに言ったらさ、

「ソープランド」連れていかれてさ、参ったよ。











・・・・・・・・・で?




で、結局すっきりして帰ったけど・・・。









そんな大下(O下)と私。











なんやねん。参ってないやん!



そんな馬鹿な話をしていると、O下の「ソープ体験」の話で
すっかり興奮している武田の散髪の番になった。











武田よ、どんな頭にする?


そうだな、すっきりしたいって言って。




僕は、頭にバリカンを当てるしぐさをすると、





みょーに若作りをしたおばさんは、おーけーといって、




バリカンをかなりきわどい角度で、後頭部にあてはじめた。








あれ?






武田に見えない後頭部が、えらいすっきりしている。
















というか、スキンになっている。

















おおーっい、おばちゃぁーん。








とき既に遅し。










まあええわ。いまさらどうにもならん。








武ちゃん、
今いい感じだから、おばちゃんに身をゆだねてね。











そういうと、O下と僕は、

日本人の旅行者がおいていったと見られる
古い週刊誌を読み始めた。




















ストップぅ。










武田が、おばちゃんにその言葉を掛けたときは、もう、立派な僧侶であった。













  時、すでに遅し。












夜。









依然、「スキンショック」から立ち直らない武田を連れて




夜の街「パッポン」へとやってきた。












「パッポン」・・・(エピソードW「哀愁のバンコク」参)


とかくすごいネオンがきらびやかで、


ぱっつんぱっつんのおねーさんたちが、音楽に合わせて

ダンシングしているところである。
















僕らは、しばらくうろうろと、
はじめてエロ本を買う中学生のように躊躇していたが、




O下の

「踊る姉ちゃん、見るおっさん、

同じ男なら、はいらにゃそんそん」







のつぶやきに、



意を決して中に入っていった。










まさに、うほほーい。な世界。







もっと、はよ入ればよかった。







早速ソファに案内されると、ブラックライトの光の中から、おねーさんたちがお酌にきた。



「スキンショック」の武田も、かなりうれしそうだ。







が、







何故だか、



お酌されるのは、僕と、O下だけ。






次第に武田が、再び「スキンショック」に戻っていった。







どうやら、本物の僧侶と間違われているらしい。













ぶでぃすと?(ぼうさんなの?)



のー、ひーいず、すてゅーでんと。






ひーいず、りっちまん。しゃちょさんねぇー。






などといってみても、おねーちゃんたちは信じてくれない。






あれ、武田を見て拝んでいる子とかいる・・・・・。







結局、武田は、最後までせくしーおねーちゃんにお酌されることなく、


はたまた、
「しゃちょさん」などとおべっかもされることなく、



時たまダンシングねーちゃんに
「お地蔵様」のように拝まれながら、


この旅をスタートさせたのだった。





***************************************





感想をお待ちしています。

Back to EPSUDE List